第270話 SS:イメージと違います

 時は少しばかり遡り――準決勝第二試合終了直後。

 

 ヴァルナの決勝進出が決定して騎士団員の興奮が冷めやらぬ中、ロザリンドは何とか興奮を抑えてセドナの頼み事を実行するために川沿いを歩いていた。後ろにはナギと、助っ人で引っ張ってきたピオニーもいる。


 向かった先には既に先行した先輩数名や、長らく本部との連絡役に徹してきたキャリバンが何やら話し合っている。と、ファミリヤの九官鳥がこちらに気付いてキャリバンが手招きした。完全にファミリヤを自分の目にしている。


「おっすおっす。試合どうだった?」

「愚問ですわね」

「ま、そうだよな。王子にゃ悪いが勝ってもらわないと困るよ」


 既に賞金総額で言えばシャルメシア湿地の任務で発生した赤字は補填が確定しているが、ピオニーの借金が大きくて金額が届いていない。ピオニーは貴重な戦力なので、出来ればここいらで借金帳消しにして憂いを断ちたい。

 キャリバンの言葉に先輩方がうんうんと頷く。


「借金こさえたまま御前試合には出せんし、メンタルの問題もある! 暗い顔のまま仕事させたくねぇ!」

「み、皆さん……そんなに俺の事を思って!」


 ピオニーが三日三晩山を彷徨った末に救助が来た時のような救われた顔になる。尤も彼の場合は三日もあれば山の中にちょっとした小屋を作成するだけのサバイバビリティとスキルがあるが。

 しかし、彼らはピオニー以上に欲望に忠実であった。


「何より今回は仕切りがヴァルナだから余剰金は全部借金返済に回そうとするだろう? そうなると俺らの取り分が無くなるぜ!!」

「そっちが本音ぇ!?」

「バッカお前、金は大事なモチベーションだぜぇ!? お前だって欲しいだろ、遊ぶ金に貯める金!!」

「欲しいですッ!!」

「なっ!? そうだろ!? 俺っていい人だろ!?」

「優しいおじさぁんっ!!」


 ロザリンド的にはゴミの部類に入る価値観を披露する先輩だが、当人は納得しているようだしこのノリにも若干慣れてきたのでスルーする。建前と本音を同時に喋る騎士団特有の空気を見ていると、本音オンリーのアマルって純真な心の持ち主だったのだな、と思えてくる。


 閑話休題。

 報告は面子の中で一番先輩だった騎士ヨーレイトが行う。

 特段目立った特徴はない男だが、工作班のベテランでキャリバンの収集した情報を纏める係を担うので周囲からの信頼は厚い。


「言われた通りこの辺の川調べた報告するぞ。まず、調べて初めて知ったんだが、ルルズって下水道が二種類あるらしい」

「二種類ですか?」

「ああ。一つは当然生活排水が垂れ流される不潔な奴だ。これは完全に見えない地下に埋めてあるみたいだが、皇国の浄化魔法装置を使ってある程度綺麗にしてから海に排水してるみてーだ」

「ああ……そういえば、一時期海の汚濁が起きていたと本にあったような?」

「そうそう。導入当時はアホほど金が掛かったけど、後で浄化の新理論が構築されて、しかも魔導機関が輸入されて低コスト化しながら水を浄化できるようになったらしいぞ」


 ここまでは唯のルルズ豆知識に過ぎない。

 本題はここからであった。


「で、だな。この地下下水道は水を垂れ流す店や一般の家から出てる訳だが、どうやら一級の稼ぎがある店や清潔感を重視する大ホテルは、どこも自前の浄化装置で廃水を全部綺麗にしてるらしい。その綺麗になった水を、目の前の川に流してるのさ」


 そう言って騎士団の先輩が指さした先には、静かに川に水を灌ぐ高さ三メートル程の大きな排水路があった。人が管理をする為に足場も存在し、そこそこの身体能力があれば川べりの整備されたブロックの凹凸を伝って中に侵入できそうである。


「この綺麗な下水道の出入り口は幾つかあるが……ファミリヤにも実際に確認して貰ったから位置関係、現在の使用状況共に間違いはねぇ。ほれ、こっち見てみな」


 そう言って取り出されたのは、ルルズの地図に下水道の位置を書き込んだものだった。詰所かどこかで資料を閲覧して作ったのだろう。本当にこの人たちは、日常ではあんなに自堕落なのにこの手の仕事が異常に上手い。

 そして資料を見るに、どうやらこの綺麗な下水道は無駄なくシンプルに設計されている。通路の数は少なく、幅は大きく。迷路的な要素が一切ない。


「国の主導で綺麗に都市整備されたおかげだろうな。おかげで日が沈むより前に調査が終わりそうだぜ。ただ、内部には灯りがねぇから詰所でカンテラ借りてきた。壊れたら弁償だから扱いに気を付けろよ」

「ありがとうございます。では、定例報告までにわたくしたちが戻らなかったらこちらを先輩に」


 これがのちにヴァルナの手に渡る報告書である。

 キャリバンはそれがまるで自分の過失であるかのように申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「報告書かぁ。暗闇に強いファミリヤがいれば必要なかったが、こいつらに地下空間とか一番不適所だもんなぁ」

「風モネェシ、アッタトシテモ追イ風トカダト最悪ダ!!」


そう、騎士団所属のファミリヤたちは、狼のプロとヴィーラを除き全てが鳥。いくらファミリヤ契約で能力が強化されていても、彼らに地下空間を行き来する能力を求めるのは余りにも酷だ。

 ファミリヤの訴えにナギがうんうんと頷く。


「よく鳥目って言うもんな!」

「ア、夜ニ前ノ見エネェ鳥ッテアンマリ居ネェラシーゾ。少ナクトモ騎士団所属ノ鳥ハ夜デモアンマリ困ラネェシ」

「え、マジで!? どや顔で鳥目とか言った俺超恥ずかしいじゃん……」

「シッカリシテクレヨ人間~……」

 

 こうして、ロザリンドたちは暗闇に覆い隠された地下調査を開始した。

 地上組は先輩方とキャリバン率いるファミリヤ軍団。彼らは川べりの出入り口を監視し、犯人の出入りがないか確かめる。

 そして水路組はピオニーを先頭に、ロザリンドが中央、ナギは後方確認で行う。これは犯人が高い戦闘能力を持っている為に一定以上の戦力が欲しかった為だ。特に閉所や暗闇でも察知能力が高いピオニーを連れてこられたのは僥倖だった。代わりにナギはこの狭い空間では得意武器の槍を活かしきれないが、後方確認にも目が必要だと考えたロザリンドは敢えて彼を連れてきた。


「大得意って訳じゃないが、冒険者時代は狭い場所での戦いもあったからな。ちゃーんと短槍くらい持ってるさ」


 カンテラで後方を確認しながら、ナギは反対の手に握った短めの槍を持つ。短いと言っても一メートル以上は確実にある。既に持っているのは、遭遇してから構えたのでは遅いし手元が狂って壁にぶつかりかねないという判断からだ。

 この辺りの判断力が、彼が大陸で実際に冒険者を経験したことへ実感を持たせる。


「それに短槍は短い分取り回しやすいから殴打武器としては幅が広まるし、投げやすい。俺にもうちょっと稼ぎがあれば、取っ手の取り外しができる万能槍とか作ってたんだけどなぁ」

「剣と比べた際のコストの安さも槍の長所ではありませんこと?」

「対人ならな。対魔物だと相手が悪けりゃすぐ折れるから、大陸じゃ剣の方が人気だ」


 先頭を歩くピオニーがその会話に反応する。


「俺は好きですよ、槍。魚捕まえるのに重宝しましたし、丈夫な棒の先っちょ削るだけで立派な武器ですからね。金がないときは本当にお世話になりました……あ、金っていうのは金物も含めてね」


 そんなピオニーの手にはなたが握られている。自慢の鍬は壊れているし、騎士団支給の斧もこの閉鎖的空間では戦闘に向かない。となると、手に馴染んだ鉈がいいと判断したそうだ。

 ピオニーは「人間相手なら鉈でなんとかなるでしょ」と気楽に笑うが、逆に鉈で人に斬りかかると考えるとむしろ怖い気がするロザリンドだった。剣で斬りかかるのも怖い筈なのに、何故ホラー感があるのだろうか。


 それにしても、とロザリンドはこの地下水路の想像以上の清潔さに驚く。

 少々空気は籠った印象があるが、石が濡れたような匂い以外に悪臭がない。地下のお約束であるネズミは勿論虫さえ殆どいない。恐らく周囲に木、土、草の類が一切なく、更に水が清潔過ぎて餌がないせいだろう。


「……ここは綺麗すぎて、自然に優しい筈なのに生き物の呼吸がないや」


 ぽつりとつぶやかれた森人の言葉は、静かなせいかやけにロザリンドの耳に響いた。

 三人の足音と話し声が反響する通路を進んでいくと、ピオニーが歩幅をゆっくり縮め始める。


「音の反響からして、そろそろ広い空間に出ます」

「了解。不意打ちに気を付けてください」

「後方は未だに問題なーし!」


 やがて、広い空間に出る。

 水路と水路を跨ぐ通路はないが、開閉式の堰があちこちにある。ロザリンドたちの通った通路と空間を繋ぐ場所にも大きな堰があった。この堰を利用すれば水路を簡単に行き来出来そうだ。一旦そこを渡りながら、ロザリンドは呟く。


「何に使うのでしょうか、この堰は。雨天時の排水量の調整?」

「じゃねーかな。側溝とかにある水路の水も落ちてくるみたいだし」

「冷静に考えたらいま雨季だから、俺ら相当無謀な事をしてるのでは……?」

「祭国の晴れ男と晴れ女たちを信じましょう。それにファミリヤ情報では暫く雨はありません。脱出通路も地図で確認してあります」


 ここからは、各ホテルへと繋がる水路へと行ける。

 ホテル地下の下水道は、幾つかの地上ホテルを一つのブロックとして、それらの水が一つの下水道に流れ込み、それが今ロザリンドたちのいる大きな空間に流れ出るようになっている。ブロックは大きく分けて五つだ。


「このブロックを調べる訳ですが……まずはセドナ先輩が怪しいと踏んだ場所から調べましょうか」


 他二人は特に異議がないので頷く。


 セドナは、犯人が地上ではなく地下を利用している可能性について語っていた。

 

『犯人の逃走ルートと重なるこの辺りに、何か人目に付かず移動する絡繰りがあるんじゃないかなって思うの。例えばホテルの地下から都合よく外に繋がる……大きな水路みたいなもの、とか?』


 彼女はこの時、地下水路については資料を持っていなかった為、唯の推理でしかない。ただ、彼女はその時、既に疑うべきホテルを一つ発見していた。


『ここのホテルね。この町で一番のサービスを提供してるって口コミになってる凄いホテルなの。皇国の人がメインの出資だからうちは余り関われない、一番交渉が難航するであろう場所なんだけどさ。ここ、八月限定で大噴水っていう名物設備を使うの。文字通りおっきな噴水。多分国内最大じゃないかな』

『ああ、一度見たことがありますわ。建物の高さに届かんばかりの量が噴出して虹がかかる、大胆な催しでした』

『うん、凄い水量を使うの。だからね……全ホテルの中でここだけは、大量の水を貯える設備が必要なの。位置的には地下に。そして設備が大きくなれば、それだけ非常時の対策として出入りしやすい場所や空間を確保しなければならないと思うの』

『つまり、犯人はここから出入りを?』

『それは確かめないと分からないかな。ごめんね、あやふやで。でももう時間がないから可能性は一つでも潰しておきたいの。私はもうコロセウムでは戦えないから……出来る限りのことをしたいの』


 それが、誰に向けた言葉であったのか、ロザリンドは直ぐに理解した。親友である二人が精一杯にぶつかろうという中、それを観戦すらせずに仕事を選んだセドナの言葉は重かった。 


 ロザリンドはその頼みを快諾した。

 あるかどうかも不明な痕跡を探す使い走りに使われるとしても、セドナは今、ヴァルナやアストラエ王子に恥じない仕事をしようとしている。その気高さと絆を感じずにはいられなかった。


 やがて、三人はブロック水路に辿り着く。ブロックに流れ込む複数の水路にはそれぞれ管理するホテルの名前が壁のプレートに刻まれており、その中でも一際大きな水路の前で全員の手が止まる。


「ここがセドナ先輩の疑った場所……ホテル・ネビュラー」


 三人はアイコンタクトし、水路縁の移動用通路を辿る。

 ホテル・ネビュラーは超一流ホテルだ。それこそ王国の大臣であり今回の事件調査の王国側最高責任者であるシェパー大臣も宿泊している。果たしてここに本当に犯人の痕跡などあるのか。


 ロザリンドは、不思議とここには何かあるという確信に近い感情を抱きつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る