第267話 消えた天才です
王族――それは女神より統治を認められた、選ばれし者の中でも更に別格の存在。生まれながらにして国民の未来を背負うなど、一平民として生まれた俺には想像もつかない世界である。
あの第二王子は余計にそうだ。
自由奔放で自己中心的。
いや、本当のところは、『だからこそ』なのだろう。
アストラエの自由はタイムリミット付きだ。フロルと正式に婚姻が交わされた暁には、奴は運が良くて前線に赴くことのない要職へ栄転。悪ければ騎士団と縁を切って王宮に舞い戻ることになるだろう。
『弟とは、ずっと今のような関係でいてあげてくれないか』
それは、イクシオン殿下に初めて出会った日、雨が降りしきる宮殿の庭園を眺めながら受けた言葉だ。
『あれには対等な人間がいない。居たとしても、自分自身が対等に扱われていると信じられないのだ。でも君のことは信じている。血の繋がった家族にすら繋ぎ止められなかったものを、君は繋いでいるのだ。だから、その繋いだものを手放さないでいてやってくれ』
『はぁ……何が繋がってるのか抽象的で、自分には分りかねます』
『ははは、人の心が具体的過ぎるのも気味が悪いものだよ。曖昧なままでいいのさ』
『とりあえずあいつが勝手な事したらまた殴って止めていいということで』
『第一王子の名に於いて許そう。友情の範囲の内でね』
想像を絶するほど抑圧された環境の中で、アストラエは生きてきた。その過程でどうして俺をそこまで価値ある存在と思ったのか、経緯は分かるようで分からない。しかし一つだけ確かだったのは、アストラエはいつも俺の味方であろうと努力していたことだ。
俺は一人の人間として、友達として、それに応えないほど不義理な存在になりたくない。故にこの試合でも、負けてやる気は一切ない。俺が俺らしくあることが、アストラエが俺に求めることでもある。
至極単純に言えば、なんの気遣いもせず普通に戦って普通に勝利を目指すだけ。例えそれが第三回絢爛武闘大会の準決勝第二試合であっても、日常とやることは何一つ変わらない。
いつもは賑やかしいマナベル・ショコラの実況は、今日はやけに静かに始まりを告げた。
『王子は、対等な友がいなかった……王子は無聊を慰めるように士官学校へと入学した……王子は、そこで唯一無二の存在と出会った。王子はその男と切磋琢磨し、永遠の友情を誓った。王子はそのまま騎士団の一人となり、剣を鍛え続け、そして今――親友の目の前にいる』
アストラエ自身が語ったのか、或いはもう一人の王子のタレコミか、それはアストラエのこれまでの話であった。そして当然、続くのはもう一人だ。
『平民は、騎士を目指した……平民は夢を追い求めて士官学校の門を叩いた。平民はそこで格差社会の洗礼を受けながら、折れず腐らず前に進み……そこで王子と出会った。彼は王子と対等な関係として常に共に行動し、時に王子を諫め、時に王子と剣を交え、友情を育んだ。やがて彼は練りに練り上げた剣術を王の御前で示し、最強の騎士となり、そして今――最強の戦士を目指し、親友の目の前にいる』
誰ですかそれと思うほど脚色されている気がするが、よく聞くと合ってる。何で経験した本人が一番実感湧いてないんだろうか。さてはアストラエ、オメーのせいだな、と濡れ衣を着せる。
『誰が予想したか、このカードを!! しかし恐らく、運命の女神は二人がこの世に生を受けた瞬間にはこの日を予見していたに違いありませんッ!! 王国の海を守護する聖艇騎士団に所属する、異例づくめの天才王子!! 大会初期は謎の怪人マスクド・キングダムを名乗ったその男ッ!! 才色兼備、天は彼に二物を与えそして、最強の試練をも与えたもうた!! これまで王族の参加者は僅かに存在しましたが、本大会で準決勝まで勝ち進んだ王子は歴史上彼一人しかいませんッ!! 今やこの大会での女性人気文句なしのNo.1ッ!! 王国第二王子……アストラエ選手ぅぅぅーーーーーーーーーーッ!!!』
会場が歓声の大爆発を起こす。最前列はもれなくパワフルな女性客に占領され、黄色い悲鳴が飛び交っていた。アストラエはそれに見向きもせず、こちらに不敵な笑みを送っている。
『対するこの男!! 今更何の説明が必要だというのか!? いいえ、この男だからこそ必要なのですッ!! デビュー戦以来負けなし、死角なし、弱点なしッ!! マルトスク選手との激突で剣の極致を魅せ、ガドヴェルト選手との壮絶な殴り合いで男気をも魅せ、折れた剣に代わり新たな剣をひっさげてここに立ちますッ!! ファンタジスタよ、今度はどんな奇跡を起こすッ!! 王国筆頭騎士ヴァルナァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!
先ほどとは打って変わって野太い歓声が爆発し、会場のボルテージが最高潮に達する。
『あ、ちなみにヴァルナ選手は前回の試合の後、マッスルオデッセイ背中部門の大賞が決定しましたので賞金と粗品が贈られます!! ロイヤル寄りスタイリッシュマッスレストの受賞は歴史上初だそうですよ!! ガドヴェルト選手を退けての大賞おめでとう!! マッスルオデッセーイ!!』
「俺それ知らない奴ぅ!! 結局何なんだよマッスルオデッセイってッ!?」
『筋肉に贈られる最大の賛辞です!!』
会場からマッスルコールが鳴り響いている。背中を見せろということだろうか。しょうがないので審判に一応確認を取って、装備を外して上着を脱いで背中を見せる。ポージングとか取った方がいいんだろうか。
とりあえず両腕で力拳を作るようなポーズを取ると、背後から女性たちの声が聞こえてくる。
「……えっっっっろ。なにこのせくすぃーなまっする……」
「マジヤバ語彙力死ぬ。ガドヴェルトの背中が究極だと思っていた時期は過去のものになりました」
「触りたい……舌で筋を」
「えっ」
「オォウ……んマッソォ……オァディスィー……!!」
「……」
「ロザリンドちゃん!? 意識をしっかり保てぇ!!」
どうなってんだ俺の背中。セドナとかにも背中の筋肉やばいってよく言われたしネメシアにも凄いって言われたけど、背中の筋肉ってそんな人を魅了するものじゃなくない? 俺の背には美の女神でも宿ってんのかと疑問に思いつつ、キリがいないので服を着る。ああ! と残念そうな声が上がったけど、これ筋肉魅せる大会じゃねーから。
「だからアストラエは脱ごうとすんな。大会の主旨変わるぞ」
「えぇ、僕も肉体美には自信があるんだが……まぁしょうがないか」
改めて、互いに剣を構える。
今更改めて言うこともないが、新たな剣の初陣だ。
二刀流も一刀流も利点と欠点があるが、アストラエのような手合いには一本の方がやり易いのでまずは一刀流で行く。
アストラエもまたオリハルコン製の愛用カトラスを構える。実際にはもう一つ仕込み武器を持っているようだが、それも含めて全て対応した上で勝たなければならない。八咫烏を修得したアストラエが以前と比べどこまで強くなっているのか――好奇心が疼いて仕方ない。
「ガッカリさせんなよ、アストラエ」
「おや、疑うのかい? 僕は君との試合というそれだけで期待が収まらないのだが。ふふ……最高の試合をしようかッ!!」
『宿命の対決!! 試合……開始ィッ!!』
俺とアストラエは、全く同時に地面を蹴って剣と剣を衝突させた。
そこからは、怒涛であった。
瞬時に間合いに入るや否や、互いに複数の斬撃を放ち、その斬撃を相殺し合う。王宮護剣術お得意の刺突だ。決定打にならないうちに弾かれたように互いに時計周りに走り、アストラエが先に斬り上げの斬撃を放つ。但し、普通の斬撃ではない。異常なまでに腕をしならせた振りは剣が飛来するタイミングが掴みづらい。バックステップで回避を選ぶ。
「そうくるさなッ!!」
当然のように動きを読んだアストラエが回転そのまま深く低く踏み込み、股を大きく広げて低空の回し蹴りを放つ。飛んで躱すが、アストラエは躱された足を主軸に体を持ち上げ、空中にいる俺に次々蹴撃を放った。逃げ場がなく、立ち回りも完璧。しかしあと僅かで足が命中する所でアストラエは急に攻撃を斬撃へ切り替える。
「いま膝と肘で挟んで足を潰そうとしたろ?」
「オレハソンナヒドイコトシナイヨー」
勿論やろうとしていた。
ちょっとしたお茶目心だ。
すぐさまアストラエの斬撃と刺突が迫り、迎撃する。ただ単純な連撃のように見えて、全て俺が剣を引っかけての小細工を前提にした立ち回りを徹底している。技量も重さもマルトスクの方が上だが、俺という剣士の事をよく知っている立ち回り故に容易に隙は突けない。
寄せては返す波の如く、圧しては引いてを躍るように繰り返す。ミスリル製の剣はアストラエのカトラスに一切引けを取らない。しかし状況は膠着している。何故ならば剣のディスアドバンテージが無くなったのと同じく、アストラエが強くなっているからだ。
最後に王宮で訓練したのが遠い昔に思えてくる。あの時のアストラエは総合的な技量で言えばまだ御前試合にぎりぎり出られないくらいだった。尤も、御前試合に相応しくない戦い方を抜けば、という注釈はあるが。
一瞬のうちに様々な予測を巡らせ、観察し、防ぎ、攻めに転じ、躱し、ステージ上を駆けまわる。すべての動きが能動的であり、全ての動きが一つの反応の遅れで致命的になる。そんな危険な綱渡りを、アストラエは頭でやれる男だ。
通常、実戦での戦略は地道な反復練習や実践訓練で得た経験を基に構築された『大まかなヴィジョン』を以て即興で組み上げる。しかし、アストラエは一つ一つを計算して先の展開を予測し、その上で攻め込む手を丁寧に選んで実行する。それを実戦の中で体を滞らせずに出来る。
だから――この男は本当に油断ならない。
こちらから踏み込んだ瞬間、正面に居たアストラエが消えた。殆ど反射で二振り目の剣を鞘から中ほどまで抜くと、そこにカトラスの一撃が入った。今までの俺であればバランスを崩してる程の不意打ちだが、ガドヴェルトとの殴り合いを覚えた俺の足は衝撃を綺麗に地面に逃がした。
剣が来たのは左だ。
ならば咄嗟に体を左に向けるのが模範解答。
だが、アストラエ相手に模範解答をするというのは、すなわち「引っかかったな馬鹿め」と言われることである。全神経を集中させて気配や音を辿り、俺は反対方向である右へ向けて逆手に持ち替えた剣を振り抜く。
ギャリリリッ!! と、刃と刃が擦れ合った。
「四の型・角鴟。それもリーカ・クレンスカヤの足捌きを真似たろ」
「くくく……完璧に取ったと思ったが、逆手持ちでこの剣の重さは反則だぞ、ヴァルナ!」
そこに予想通り、アストラエはいた。
俺が試合で突撃をかます時というのは、静から動への緩急の瞬間だ。相手の体感時間から急にずれたような加速は、極めるとそれだけで不意打ちに相当する。故に俺は、攻めの瞬間にカウンターを受けることが少ない。何かさせる前に押しのける戦法だからだ。
アストラエはそれをよく知った上で、それだけでは不覚は取れないと考え、心理トラップと新技術を挟んで取りに来た。もしこの大会が始まる前の俺であれば危うく負けている所である。
どっと噴き出す冷や汗に反比例するように、心が昂る。
そうだ。そうなのだ。アストラエたる者、そうでなくてはいけない。
逆手の剣でカトラスを切り払い、俺は自覚する程に獰猛な笑みを浮かべた。
「嬉しくなるな、親友ッ!!」
「その顔、驚愕に引き攣らせて見せようッ!!」
まったくこの大会は――毎試合が決勝戦みたいだ。
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