第255話 今一度問いましょう

 絢爛武闘大会、第五試合の経緯について語ろう。


 まず、マスクド・アイギスを名乗るセドナだが、やはり彼女の今の実力で本気の七星冒険者相手に勝つのは無理だった。ピオニーすら一撃も当てられなかった『千刃華スライサー』リーカは、今大会でも数少ない無傷で勝ち上がってきた剣士。セドナの頑張りも虚しく、今回も彼女はパーフェクトゲームで勝ち上がった。


 ただ、試合後のセドナは思いのほか悔しそうではなかった。

 当人曰く、「私ってやっぱり切った張ったの戦いを主にする人じゃないなって思った」と本人なりに学ぶ面があったようだ。これには一緒に会いに行ったネメシアも意外そうで無理してないか暫く心配しまくってたが、セドナ当人の言い分には肯定していた。


「貴方の強みは頭脳や行動力であって、戦いそのものじゃないものね」

「まぁ、戦闘向きの性格が必ずしも戦闘だけに役立つ訳じゃないし。暇ならロザリンドの手伝いでもしてやってくれんか?」

「もっちろん! むしろそっちの方が聖盾騎士の本領だよっ!!」


 彼女なりに変わろうとしているからこそ、敗北にくよくよしない。後はその変わろうとする気持ちが変に空回らないよう見守ってやろう。

 なお、この試合にてAブロックから準決勝に進むのはリーカ氏で決定した。


 Bブロックは正直予定調和の感もあるが、試合するごとに調子を上げ続けているシアリーズの圧勝。AブロックとBブロックの激突する準決勝は、かつての仲間同士という興味深い内容になった。


 俺の読みではこの試合、かなりの接戦になると予想している。

 シアリーズは確かにこの大会の優勝候補で底知れない実力を感じるが、相手のリーカという女性は『速さ』という一点に関して俺でも追い付けないかもしれない程の実力と持久力の持ち主だ。

 リーカが順当に勝つか、シアリーズが先にキツイ一撃を叩き込むかの戦いになるだろう。


 さて、ABブロックの勝者が出たということは、俺のいるCブロックにも一人の勝者が選出されるということ。すなわち、ここまで勝ち抜いた俺と、対戦相手の『人類最強』ガドヴェルトのどちらかが次の試合で勝ち上がる。


「で、ヴァルナ。正直な所だけど、貴方勝ち目あるの?」


 剣を素振りする俺にネメシアが問う。


「あると言いたいところだが……マルトスクの時と同じく、これと決まった勝ち筋は見えない。それにガドヴェルトはこの大会、全ての試合を一分以下の時間で終わらせている。筋力、瞬発力、反応速度、どれをとってもケチのない純然たる身体能力の差でだ。魔物的な脅威と人間的な戦闘の融合したような戦闘法……これほど厄介な敵はいない」


 オーク討伐的なシミュレーションもしてみたが、イスバーグに出たような速度と筋力がバカに高い個体が相手となると、集団は逆に足並みを乱されやすい。最終的にはやはり、実力の高い戦士で堅実に戦うしかなくなる。


「ま、当たって確かめるしかないな」

「なにを能天気な……」

「いや、マジで。武器持ってないだけならそりゃコルカさんの時の経験が役に立つだろうけど……ガドヴェルトの腕見たろ? 丸太みたいな太さ、重さ、リーチだ。あの体形で高速格闘戦するなんぞ、未知にも程があるわ」


 唯でさえ常人離れしたその両腕は特注のガントレットに包まれており、下手に斬りかかれば逆に武器を持っていかれる。懐に入ればなんとかなるだろうが、素手の格闘戦に特化したガドヴェルトのことなので隙と呼べるほどのものはないだろう。


 唯一仮想敵として近そうなのは――タマエ料理長くらいか。

 やべぇ、巨大化したタマエさんとか勝てる気しねぇ。


「でも最悪、素手の殴り合いになるよなぁ」

「ちょ、正気で言ってる!? あんな腕に殴られたら幾ら頑丈さが取り柄の貴方でも……!!」

「額が出血じゃ済まない覚悟は決めて来てるよ。真剣勝負だから当たり前だ」

「もう……心配する方の身にもなってよ」

「……あー、なんだ。してくれるのは嬉しいがな」


 ここで普段なら「変な勘違いして思いあがらないでよね!」とかネメシアなら言う所なのだが、相手が本気で強いためにそんな言葉すらない。じっと見つめるその瞳にありありと浮かぶ「無茶はやめて」の一言。ガチめの心配のされ方である。

 と――訓練部屋の扉が開いた。


「ど、どーも~……」


 入ってきたのは――コルカさんだ。


「貴方は確か……」

「コルカさん、もういいの?」

「いやーアハハハハ……正直超気まずいです、ハイ。二人の邪魔しちゃった?」


 あちらから近づいてくるくらいだから、敗北した日の妖怪コロシテ化してた頃に比べれば相当立ち直っている方だろう。それでも普段の快活さを知っている身としては、相当身が縮こまっている気がする。


「いいえ、私は別に見物人みたいなものだし……というか、きちんと顔を合わせるのは初めてですよね。私はネメシア・レイズ・ヴェン・クリスタリアと申します」

「外対騎士団料理班所属、コルカでぇす……あー、なんで私の周りって良家の令嬢増えていくんだろ……」

 

 俺からすれば士官学校に入った時点で周囲はどいつもこいつも良家出身だが、コルカさんはある日セドナお嬢様に出会い、就職先でロザリンドお嬢様に出会い、そしてここでネメシアお嬢様である。確かにお嬢様のオンパレードだ。


「はー、いかんいかん。弱気になるなコルカ……えっとね!! 次の対戦相手が熊も逃げ出しそうな奴でしょ!? だから格闘術を嗜んだ身としてアドバイスとかスパーリングとか手伝えたらなぁと!! その、大会でトンでもないこと言っちゃったお詫びも兼ねてね。嫌なら帰るけど……」

「いや、助かるよコルカさん。正直今回は武器使ってる場合じゃない場面出てきそうだし」

「あ、うん、そう……いや、ごめんね? フられた手前、いちいちそっちの反応伺っちゃうの。嫌味とかじゃないよ!?」

「分かってる分かってる。でもさ、気まずいのは分かるけど、仕事辞める訳じゃないんならこれから俺と顔を合わせる事沢山ある訳だから。なんなら帰ってからフラレ経験のある女性騎士とかと話して、どこかで折り合いはつけないといけないよ」

「そうだよねー……うぅ、考えてるからもやもやするんだ! 身体動かせば気も晴れる!! 早速やろう、ヴァルナくん!!」


 こうして、妹弟子とのスパーリングに俺は汗を流した。


 途中、何故かネメシアもちょこちょこ混じって訓練していたが、もしや暇だったのだろうか。当人は素手の護身術はそこまで嗜んでいなかったようだが、竜騎士特有の体幹の良さからか順応が早かった。


 そしてその中で、俺はコルカさんがタマエさんに教わった話を色々してくれた。俺の時には語ってくれなかったような話も多く、実りのある訓練だったと言えるだろう。


 試合を前にした前日の夜――ベッドの上に座って考える。


 人類最強。

 生憎と俺はその言葉にそこまで惹かれてはいない。しかし、格闘術を極めた者や素手の戦いを嗜む者達は、一様にそれに憧れるものだという。相手は俺に少しばかり武術を伝授してくれたあのセバス執事長が嘗て倒した男――しかし、その後現役を退いた彼と違い、ガドヴェルトは四十代という年齢からは信じられない程の圧倒的なパフォーマンスを見せている。


 ファンは言う。

 彼は常に全盛期の男だと。

 年を重ねるごとに更に強く、更に深くなっていくと。

 そして、男が憧れる男の背中だと。


「――人類最強、上等じゃねえか」


 その称号に興味はないし、騎士道は貫くと決めている。

 しかしそれでも心の奥に燃え盛る対抗心を隠せないのは、俺も男だからなのだろう。




 ――そして翌日、その時は定刻通りやってきた。


『誰が呼んだか、『魔境』Cブロックッ!! あらゆる激戦の歴史が刻まれてきたコロセウム・クルーズに於いて、最も熾烈な戦いが繰り広げられたと言っても過言ではないブロックです!! 勿論他ブロックの勝者たちも決して劣らぬ活躍で観客たちを沸かせましたが、何せこのブロックには優勝候補、新人、ブラックホースまで混ぜ込まれたさながら魔女の薬壺!! されど当初、このCブロックの頂点を決する戦いに立つのは『竜殺し』と『人類最強』の二人だと囁かれていましたッ!!』


 白日の下に晒されるは、巨岩からそのままくり抜かれたかの如き骨と筋肉の鎧。数多の戦いと数多の傷を経て尚、衰えるどころか全てを受け、己が力として吸収したかのような巨体。

 彼の一挙手一投足が起こす風が、大気に己が覇者だ、道を開けろと告げている。


『一人の男は下馬評通り、勝ち上がってきました!! 武器など軟弱、拳で語れ!! 比類なき膂力、体力、脚力、力と名付けられた凡そ全ての力を手に!! 全ての試合で対戦相手を圧倒し、その鋼の肉体に衰えなどない事を証明した男を、人々は『初代武闘王ビギニングオデッセイ』と称えましたッ!! 人類最強ゥゥ……ガァァァドヴェルトォォォォォーーーーーーーーッ!!』


 実況のシャウトに応えるようにガドヴェルトが腕を突き上げると同時、観客がどっと沸き立つ。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!最強ぉぉぉぉぉーーーーーーッ!!」

「やっちまえガドォォォーーーーーッ!!」

「人類の頂点の力、見せてやれぇぇぇーーーーッ!!」


 最強の肩書は、最も大きな羨望を集める。

 魔物との終わらない戦いに明け暮れる人類は特に、不偏にして絶対の実力に酔いしれる。彼らはガドヴェルトの試合に限って、勝敗を知りたくて観戦している訳ではない。

 彼らは、ガドヴェルトが絶対的な腕力で勝利をその手に掴む瞬間に心の奥から溢れ出す、得体の知れない快楽の中毒者と化した者たちだ。


『しかし、もう一人……遂に公の場に姿を現した英雄、『竜殺し』マルトスクは、此処にはいません。天衣無縫、剛剣無双のあの男は、優勝候補を二分した絶技の持ち主は、彼に全てを託してステージを去ったッ!!』


 もはや慣れてしまった会場の熱気を気にする様子もなく平然と歩き、対戦相手の前に立つ。


『王国の歴史上最年少で騎士の奥義を全て習得し、御前試合で『剣神』クシューを二度下し、オークを斬り続けてたった二年ッ!! ビギナーズラックと笑った者もいました。彼に世界は早すぎると酒場で語った者もいましたッ!! しかしその予想を全て裏切り、彼はここにいるッ!! そしてもう一つ、恐ろしい事実が明かされましたッ!!』


 実況のマナベルはここで一度言葉を区切る。熱気に湧いた会場も何事かと私語や声援を止め、会場が一瞬の静けさに包まれる。


『彼には数多の師がおり、その師たちから多くの英知と武術を授かったそうです……そしてその中に、彼とガドヴェルト選手との戦いを宿命づけた名前が一つッ!! 彼は『二代武闘王セカンドオデッセイ』チャン・バウレンの……嘗てガドヴェルト選手を下し優勝を攫ったあの伝説の弟子だったぁぁぁーーーーッ!! 本当にアンタ何なんだッ!! 騎士ヴァルナァァァァァァーーーーーーーーッッ!!!』


 ――あらゆる歓声が入り混じったそれは、もはや音の爆発と形容すべき轟音。


 第二回絢爛武闘大会にて疾風の如く現れて素手で猛者を次々下し、決勝戦でガドヴェルトと壮絶な殴り合いの末に勝利を掴んで消えていった謎多き英傑、チャン・バウレン。その名が今大会にないことを嘆いた観客たちの感情が、暴走していた。


「『二代武闘王セカンドオデッセイ』の弟子ィィィィッ!?」

「道理でやたら素手が強いと……マジかよ、ああヤベェ!! まさかここでその名前聞ける上に弟子が勝ち上がってきてるとかアツ過ぎんだろッ!!」

「馬鹿野郎クルーズ運営ッ!! 何でこんなオイシ過ぎる試合を決勝まで残さねぇんだよッ!!」

「おい、宿で酒瓶抱いて寝てる連中叩き起こしてこいッ!! 荒れるぜこの試合はよォォォッ!!」


 古参観客たちに投入された燃料は枯草に火を放つように燃え上がる。僅かな期間しかここで戦った事がないセバス執事長の名前は、その出番の少なさが逆に目撃者たちの印象に強烈に焼き付いていたようだ。


(ま、確かにあの人はねー……手合わせした回数は正直指で数える程度だけど、特に素手はかすり傷すら負わせられなかったしな)


 情報を上に漏らしたのは確実に受付のサンテちゃんだろうが、弟子と言えるほどのものを伝授してもらったことなど一度もない。彼に教わった技は、全て俺が頼んで教えてもらった物に過ぎない。

 弟子と呼ぶのも烏滸がましい立場なのにこの盛り上がり、祭国の職員は話を盛り過ぎるのが難点だ。余計な重圧がかかった気がする。


 それまで観客にサービスしていたガドヴェルトも、獰猛さと無邪気さを両立させた壮烈な笑みを浮かべていた。


「チャンは元気か?」

「ええ」

「お前を代わりに大会に寄越したのか?」

「全然全く関係ありませんね。参加理由も関係ないし、大会の話聞くまであの人がチャンピオンだなんて知らなかったくらいですし、そもそも弟子と言えるほど面倒見られちゃいませんよ」

「……それを聞いて安心したよ。弟子を嗾けてくるような糞爺になってたら、俺が根性叩き直してやらなきゃならん所だった!」


 ニカっと笑ったガドヴェルトは、両手の拳を胸の前でガツンッ!! と突き合わせる。その動きだけで鼓膜と腹の底に衝撃が響いた。


「だが嘗ての仇敵の名前を聞いて、俄然高ぶって来たぁッ!! お前、ヴァルナッ!! お前の敗北はその気がなくともチャンの顔にも泥を塗るッ!! 生半可な試合すんじゃねえぞォッ!!」

「そういうアンタが、生半可なこと言ってんじゃねえ……」


 その言葉に少しばかりカチンと来た俺は、剣を抜いてガドヴェルトに突きつけた。


「俺の敗北は、王国に住まう全ての人間の顔に泥を塗る。背負ったモン勝手に小さく見積もるんじゃねぇッ!!」

「応、そうかッ!! 随分背負うじゃねえかヴァルナッ!! だが背中の重さは口じゃなくて、その剣にでも乗せときなッ!!」


 轟く気迫は天を突き、迸る戦意は誰にも留めること能わず。


「Cブロックの頂点を決する五回戦ッ!! 試合――開始ィッ!!!」


 今一度人類に問う。


 人類最強は、誰だ。

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