第250話 今はこう思っています

「「親に逆らった事がないぃ!?」」

「え? それってヘンかな?」

「「ヘンだっ!!」」

「うう、そうなんだ……知らなかった」


 事情を聞いていた俺達は、悩みの内容よりそちらに意識が持っていかれてしまった。片や王国史上最も親に逆らっている王子、片や人並み以上は反骨芯がある平民。聞く相手が少々特殊だったので多数決に流された感はあるが、一度も衝突したことがないというのは衝撃だった。


 話を戻す。

 セドナはあの後、父に呼び出されてそれはそれは心配されたらしい。


『大丈夫なのか!? 実は虐められてるんじゃないんだろうな!? 理不尽だと思ったら助けを求めるなり倒すなりしてもいいんだぞ!? あの少年に脅迫されていないか!? まさか彼は虐めの元締めなのではないか!? 嗚呼、やはり一人でセドナを行かせたのは失敗だった!! 密偵に探らせて訓練の様子がおかしいと聞いて来てみれば、やはりそうだったのだなッ!?』

『違うもんっ!! ヴァルナくん以外、みんな遠慮ばっかりでちゃんと付き合ってくれないんだもん……』

『パパはお付き合いを認めた覚えはありませんよぉぉぉッ!!!』


 ……パパは一度興奮すると人の話をあまりよく聞いてくれないタイプだったらしい。アイギア氏を必死に説得して俺の無実を証明しようとしたセドナだったが、アイギア氏は『セドナが気付いていないだけで実は虐められている説』を提唱。アストラエと俺が裏でつるんでるという主張にセドナが「元々仲がいい」と勘違いさせる発言までして、大変紛糾したそうだ。


 セドナは父にここまで疑われたのは初めての経験だという。

 同時にアイギア氏も娘にここまで反発されたのは初めてだったようだ。

 結論として、アイギア氏は『セドナを士官学校に行かせたのは失敗だった』という結論に達してしまった。


『士官学校を辞めて家に帰ろう、セドナ!! 自分から痛い思いをすることはない! 家族も皆も家でお前を待っているさ!!』


 その一言が、スクーディア親子の仲に初めて亀裂を入れた。


『そんなこと、言わないでよ……私、今がすごく楽しいのにっ!!』

『せ、セドナ!? どこへ行くんだ、セドナ!? パパなにか悪いこと言ったかぁぁぁーーーーッ!?』


 セドナは、そのまま部屋を飛び出してここまで来たらしい。


「私、パパのいう事は何でも聞いたし、それをおかしいと思った事もなかったの。時々わがままは言ったかもしれないけど、パパはいつも『セドナはいい子だから』って、やりたいことをさせてもくれた。ママだってそうよ。家族親子ってそういうものだと思ってた……」

「確かにそれは善い家族ではあるだろうが、なんというか……綺麗すぎるな」


 アストラエの漏らした声に、俺は首を傾げる。

 それは良いことなのではないだろうか。

 すぐにそれを察したアストラエは説明した。


「子が親を、親が子を尊重して喧嘩することなく過ごす家庭。それは理想的な家庭かもしれない。しかし実際には親にも子にも独立した意志があり、些細なことで衝突を繰り返すものだ。セドナは多分、親への逆らい方を知らないんだ」

「なんだそりゃ……喧嘩しねぇ家庭ってそんなことになっちまうのか!?」

「僕だって初めてだ! というか他所の家族の事情に首を突っ込んだのも初めてだよ!」


 アストラエは幼少期は特に、相当な反骨精神で王宮中を困らせた問題児だ。俺だって親と喧嘩くらいしたことはある。マイペースすぎていつも論点がずれてイライラしたけど。


「セドナはどうしたいんだ、実際の所」

「居たいよ、士官学校に!! でも、パパのいう事はいつも正しくて、意見が対立することなんてないと思ってた。こんなこと初めて……パパを悲しませるのは嫌だけど、私、二人と離れるのはイヤ……」


 へたりこんで膝を抱えるセドナの姿を見て、俺とアストラエは初めてセドナという人間の根底にあるものを知った。


 それは、依存。

 そして、一種の孤独。


 俺とアストラエがいつも接しているのはセドナだ。

 そして、俺達や家族以外と接しているのは、セドナであってセドナではない。あれは「人間はこうあることが正しい」という概念を偶像化したような正しさを持った、ただそれだけの顔だ。今、彼女の本当の欲求は俺たちの前でしか真に姿を見せていない。


「怖い……こんなに嫌なことが世の中にあるんだって思う程、怖い。屋敷のみんなや家族は大好きなのに、ヴァルナくんとアストラエくんの代わりの存在だって感じられる気がしないよ……」


 本来なら人が幼少期には済ませているようなありふれた経験を、今、セドナは初めて受けている。彼女には、俺達が必要なのだ。


「孤独か」


 不意に、アストラエが口を開く。


「ヴァルナは、家族に理解してもらえない孤独を背負って騎士を目指した」

「……否定はできないかな。俺はもうあの人たちに理屈で分かってもらうのは諦めてここまで来たし」

「僕はね、王族であるという事実が受け入れられなかった。こんなに理不尽で不自由なことはあってはならないと思った。それが僕の心を孤独に向かわせた」

「今は少しは気を許せただろ……?」

「まぁ、ね」


 まだ素直に肯定は出来ないのか伏し目がちだが、アストラエは否定しない。

 アストラエと家族の仲を、俺は数日前にほんの少し取り持つ手助けをした。

 その価値はあったと思う。


「そしてセドナ。君は誰にでも分け隔てなく心を開くが、開く心の扉の幅は常に一定だ。故に誰からも愛し愛されるが、君が自ら大きく心の扉を開けて迎え入れようとする人がいなかった。それも心の孤独だと思う」

「寂しくなんてなったことないよ……」

「でも今は寂しいだろ。僕らと別れるのが」

「……うん」

「別にそれは家族を軽んじてるとかじゃないんだ、セドナ。単純な話さ。君には――真に友達と呼べる存在がいなかったんだ」


 孤独が人を引き寄せる。

 俺達三人は、孤独な心が引き合わせた仲だったわけか。

 そんな風に聞くと、目の前の少女を無碍に出来ないという情が湧く。

 俺はしゃがみ込み、セドナと目線を合わせた。


「セドナ。選ぶんだ」

「選べないよ……」

「駄目だ、選ぶんだ。親に従うか、親の話を蹴るか。選択肢は二つに一つ。これは……君の冒険だ」


 既知の結果を求めることは冒険ではない。

 未知を知るために行うのが冒険だ。


「君は士官学校に来た。それも冒険だと思う。現に君は俺たちに出会った。それは多分、君にとって重要な事だったんだ。だからこそ冒険を続けるか、やめるかは自分の心に問いかけなければならない」

「アストラエくんは、どっちがいいと思う?」

「駄目だぞセドナ。それはお前だけの選択だ。僕達が答えを決めて君がそれに従ったら……そう、ヴァルナの言う冒険にならないだろ?」

「な、なんでさ! いじわる!! 二人ともいじわる!!」


 むきー、と八つ当たり気味に叫ぶセドナだが、もうそんな言葉が出ている時点で彼女の中の答えは決まってる気がした。


「いいもんっ!! 二人がおいでって言ってくれないなら、私追いかけるっ!!」


 それが、セドナの選択。

 小食すぎる欲望の精一杯であった。


 ……その後は、まぁ、酷かったが。

 初めて娘に拒否されたアイギア氏は号泣の末に帰宅。

 教官たちは先の見えない状況に大慌て。

 

 数日後、セドナの母君であるヨアンヌ氏が夫の耳を引っ張りながら騒動を謝罪しに来てなんとか収まったものの、肝心のアイギア氏は俺にもアストラエにも「娘を頼むよ。もし何かあったら、あったら……」って笑顔で痙攣していた。初めて見る威嚇方法だったけどすごい怖かった。直後にヨアンヌ氏に底冷えする声色で名前を呼ばれていたが。


 これがいわゆる、娘に初めて拒否られてパパン大ショック事件である。


 その後もセドナパパことアイギア氏はちょくちょく俺が娘とよからぬ関係になっていないか監視しに来たものだ。ヒマか。貧乏暇なしの逆バージョンなのか。




 ◆ ◇




「……で、今度は何に悩んでるんだ?」

「うん。あのね……私、変わりたいなって」


 自分でも具体性に欠けると思ったのか、両手の人差し指をこめかみに当ててセドナは必死に言葉を絞り出す。


「あのね、私……最初はこの大会に出て勝ち上がる理由、ただヴァルナくんとアストラエくんに置いていかれるのが嫌だったからなの」

「お前はそういう奴だもんなぁ」

「そう、今までの私。士官学校時代に自分の選択をしてから、何も変わらない……でもね。久しぶりに同級生に会って、同じようでちょっとずつ変わってるのを見て、私はこのままでいいのかなって凄く疑問に思ったの」


 今この会場に来ている同級生と言えば俺とアストラエ、オルクスにネメシア。見物客の中にも何人かはいるかもしれない。セドナは目立つので挨拶くらいはしたに違いない。


「オルクスくんはいつの間にか凄く騎士っぽくなってた。ネメシアさんともさっき会ったけど、なんか変わった。昔ほどツンケンしてなくて、一人で空回った気分。ヴァルナくんも変わったよ」

「俺、そんなに変わってるか?」

「ヴァルナくんとコルカちゃんが戦って、コルカちゃんが告白したときね。私、ヴァルナくんは絶対断れないと思った。そういう人だったもん。でも断った。私、すごい驚いたな」


 あれか、と思い出し、確かにそうかもしれないと思った。


「前日にちょっとな。確かにその時のことがなかったら、快諾はせずとも振る勇気まではなかったかもしれん。あれ以降まだコルカとはまともに顔合わせてない……はぁー、俺って鈍いのかなぁ。あんなに近くに居たのに気付いてねぇんだもん。ちょっと自信無くす」

「うん。まぁおかげで私は助……んん、こほん。なんでもない」

「?」


 かなり小声だったので俺の耳でも明瞭には聞き取れなかったが、何でもないのなら今伝える事ではなさそうだ。


「私、今までなんとなくで二人を追いかけてきた。士官学校時代から変わらない関係でいられると思って。でもヴァルナくんは騎士として更に高みを目指して、アストラエくんも婚約者のフロルちゃんの事とか、色々考えてる。だったら私も、今よりビッグになりたいの!!」


 ふんす、と鼻息荒く決意表明するセドナだが、すぐに肩を落とす。


「でもいきなりビッグになるって言ったって、何からどう始めて何を目指せばいいのか、全然決まってないんだよね……」

「……何だセドナ、もう目標定まってんのかよ。俺はてっきりもっと漠然とした悩みを抱えてたのかと思ったぞ」

「定まってないよ! ビッグになりたいって言っても具体性がふわっふわじゃない!」


 抗議するように手を振り回すセドナだが、彼女は自分の変化に気付いていない。

 彼女は現状のままでは頭打ちになると考え、自分の中で打開策に見当をつけていた。それは、今がずっと続けばいいという甘えた考えではなく。理想に近づこうとする意志だ。

 どうも彼女の中の欲望も、少しは育ってきたらしい。


「お前なぁ、それこそ自分で見つけないと意味ないだろ? とりあえず今は次の対戦相手の事でも考えてな。リーカ・クレンスカヤは強い……死力を尽くさないと勝ち目はないぞ?」


 大陸最強、七星ドゥーベランク冒険者にして『千刃華スライサー』の異名を持つリーカ・クレンスカヤの実力は、下馬評では少し下に見られている節がある。しかし試合を観戦した俺は、観客がその戦闘速度に騙されていると思った。

 彼女にとって速度とは強さの一種類に過ぎない。

 強さの本質はそちらではない。


 俺の忠告にセドナは少し意外そうに眼を見開く。


「わ、珍しい。ヴァルナくんが強いって断言するなんて」

「この大会は本当に強い奴だらけだよ。次にアストラエが当たるバジョウ・イッテキもな。まったく……俺とぶつかった試合じゃまるで本気出してなかったのかよ、あいつ」


 ぼやくように呟き、俺はふとバジョウと試合でぶつかるアストラエを思った。


(こんなところで躓くんじゃねえぞ、アストラエ。お前は俺のライバルなんだろ?)


 ――偶然にも知ることが出来たバジョウ・イッテキのプロフィールにはこんな情報が記されていた。

 バジョウ・イッテキは冒険者歴が極めて浅く、戦闘力と星の評価がまだ釣り合っていないこと。イッテキ家という武家の次期当主であること。そして、もう一つ――。


 イッテキ家は、列国では『軍神』、或いは『鬼』の家系と呼ばれていること。

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