第246話 意味が重複します

 シアリーズが合流した後、彼女は自分の試合前になるまでネメシアをおちょくりにおちょくった挙句に俺の影に隠れて「キャーこわい~!」とケタケタ笑いながら全力で煽ったのちに試合に向かった。


 当然ネメシアは「何なのあの性悪!! 絶対に教養ないド田舎の平民出身に違いないわっ!!」と御立腹で、俺にも「何で貴方もベタベタ触られるがままなのよ!! 役得とか思ってるの!?」と飛び火した。


 バカお前、相手は七星冒険者でも更に上位だぞ。いくら俺でもアレを本気で振り払おうとしたら立派な場外乱闘の規模に発展するわ。

 ちなみにシアリーズの故郷は国に見捨てられて魔物に滅ぼされたらしいが、これ伝えたら今度は優しいネメシアが自分の言動を悔い始めそうなので止めておいた。シアリーズ自身は自分の育ちの悪さをむしろ誇っているきらいさえあるが。


 で、ちゃんと別室で寝られた翌日、試合前のウォーミングアップをする俺の横でついでに自分も鍛錬するネメシアが不意に問うた。


「貴方、次の試合ってオルクスなんでしょ? あの男の能力を侮ってるって訳じゃないけど、そこまで真剣に事前準備する程の相手かしら?」


 現在、オルクスは人気こそあれど、Cブロックを勝ち抜ける選手とは誰にも思われていない節がある。下馬評では俺でさえ初代武闘王には流石に勝てないという声が過半数なので、オルクスの勝ち上がり自体がかなりの大番狂わせ扱いだ。


 流石は聖靴騎士団で対人戦の訓練を山ほど積んできただけあって、地力はある。ただ、それだけだ。今のオルクスは闘技場での戦いで成長したとは思うが、それでもロザリンドと戦えば高確率で負ける程度の腕前でしかない。


 それはそれとして、戦う以上は手は抜かない。


「相手が人だろうがオークだろうが、俺は俺の最適な戦いをするだけだ」

「具体的には?」

「オルクスは対人剣術では総合的にバランスのいい剣士だ。だが試合中に急成長するかもしれん。だから特別なことはせず普通に戦って普通に追い詰める」

「自覚ないみたいだから言うけど、貴方の『普通の戦い』は周囲からすれば嫌がらせみたいなものよ」

「失礼な! 俺は相手が勝つ可能性を見越した行動をとってるだけだ!」


 急に凄い力に覚醒して目の覚めるような反撃をしてくるかもしれないので何があっても攻撃のとき以外は間合いを空けるし、相手がひっくり返った後の追撃はカウンターや意識外からの抵抗が予想されるから立ち上がるまで待つ。攻撃してきそうならとりあえず潰し、我慢比べならいつまでも待つ。


「貴方それ、相手からしたら恐怖以外の何物でもないからね。自分の得意スタイルの全てで梯子を外されて、何一つ思い通りに立ち回れず、生かさず殺さず痛めつけられてるってことだからね」

「セドナはそんなこと言わなかった」

「アストラエ王子は?」

「……」

「ほら見なさい、そうなんじゃないの」


 言われてはいないが顔がそう言っていたのを思い出した俺は、何も言い返せなかった。俺ってばおかしいこと言ったかなぁ。一回戦で戦ったカイリーなら首を横に振ってくれる気がするんだけど。


 それでも俺は警戒する。


「あいつはこの大会に出てから少し変わった。その変化は恐らくあいつを強くしている。それに、騎士は手抜きはしない」

「出た、俺流騎士道」


 からかうように笑うネメシアに「いいだろ別に」と少し不貞腐れ、俺は素振りを続ける。一昨日ほどの高揚は確かにないかもしれないが、気の緩みはない。


(あっちには頼もしいサポーターもついてるしな)


 オルクスを常に全力で応援し続ける女性の顔を思い浮かべる。

 民の応援に力を得て力量差を覆す――それもまた、俺の憧れた騎士という生き物だ。




 ◆ ◇




 一方、別の場所で訓練を続ける男と見守る女がもう一組あった。


「うち、色々周りの人に聞いて回ってみたんですけど、騎士ヴァルナさんの弱点とか癖とか全然わかりませんでした……」

「そんなことをしてたのか? 無駄だ無駄。あいつにそんな都合のいい弱点があったら士官学校時代にとっくに誰かが見つけている」


 しゅんと落ち込むアルエッタに、オルクスは呆れる。

 戦士でもない彼女なりにオルクスの勝ち目を探していたらしいが、余計なお世話であり徒労だ。


「奴と同期の士官は誰一人として奴より強い騎士を知らん。奴には誰も敵わなかった。教官もオークも、剣神と謳われたクシュー団長でさえだ。この大会に出てから余計に奴の力量を思い知らされる」


 竜殺しマルトスクと自分が戦えば、一瞬で紙屑のように吹き飛ばされるだろう。オルクスはあの激戦のほんの一部でさえ耐えきれる自信がない。強すぎる光は同時に影を生む。


「奴は眩しすぎた。同期の平民騎士が全員騎士を落伍するほどな」


 厳密には逆玉出世狙いだったヒュベリオは違うかもしれないが、他三人が騎士を続けられなかったのは間違いなくヴァルナの影響だとオルクスは思っている。あの男が同期でさえなければ、奴の同級生のうち二人は今頃牢屋の隅ですすり泣いてはいなかった。もう一人も怪我で騎士を諦める程に焦ることはなかったかもしれない。


 あれが陰湿であったり醜悪な男であったならば、まだマシだった。嫉妬の捌け口が明確になる。しかしヴァルナは人間として分かりやすい「嫌いな理由」が少ない男だった。嫉妬している自分が醜いと心のどこかで思わせてしまう程に。


 オルクスは「平民だから」を捌け口に出来たし、セドナの寵愛を狙う身として常にヴァルナをライバル視出来た。しかし、同じ平民にはその逃げ道さえ用意されていなかったのではなかろうか、と時々オルクスは思う。

 思ったから何が変わるものでもないが、今は不思議とヴァルナという男の眩しさばかりを思い出す。


「あいつに弱点などない。隙は見せない。慢心はしない。だがこちらの慢心は突くし、癖も見抜く。今ならハッキリ分かるが、ヴァルナと剣術で渡り合ったアストラエ王子は正真正銘の天才だ」


 アストラエ王子は十二の型を習得していないから絶対にクシュー団長には勝てない。しかし、彼ならそのうち習得してクシューを超えても不思議ではない。当時の剣術成績で一位ヴァルナ二位おうじの差は大きかったが、二位と三位の間は隔絶していた。


 客観的に見て勝ち目はない。

 主観的に見ても、勝ち目が見えない。

 しかしオルクスの心は今、なんとか恐怖や焦りを鎮められている。


(セドナの前でみっともない戦いはしない! それに……)

「はぁ~……ほんの少し話しただけですけど、あのお二人はそないにお強いんですね~……」


 少しずれたことを喋っているアルエッタを見て、思う。

 この女に身の心配をされるのも極めて癪だと。


「なら精々観客席で見ているがいい。この私の華麗な戦い様をな!!」

「オルクス様、凄い自信です!! 勝算がおありなんですか!?」

「小細工が通じぬなら地力で勝つのみ!! 聖靴の誇り、その身に刻んでくれるわ!!」

「わぁぁ……なんや心配してた自分が恥ずかしいです! オルクス様ならきっと優勝できます!!」

「その為にまずは目の前の一戦という訳だ。さて……もういい時間か。この辺りで訓練を終える。お前は先に例のバーの連中と合流していろ。いつも通りな」

「はいっ!! 失礼しまぁす!」


 ぺこりと綺麗にお辞儀して、また揺らしたアルエッタは安心した顔で去っていく。


 彼女は馬鹿で愚かだが、盲目ではない。

 この試合のどちらに勝敗の天秤が傾くかくらい悟っているだろう。

 自分自身でさえ、先ほどの言葉が空疎な虚言に等しいことを知っている。


 腹立たしいことだが、ここはヴァルナが好きだと語っていた騎士物語の主役の如く振舞うしかない。勝ち目のない戦いであったとしても、挑み諦めぬ者にこそ勝利の女神は微笑む。




 ◆ ◇




 誰もが待ち望んだ時間が、定刻通り訪れる。


『絢爛武闘大会の激しい戦いを三度勝ち抜いて漸くその威容を晒す第四にして原初のコロセウム、『アルテリズム』……三度に亘る大会でこのコロセウムのステージを踏んだ選手は少なく、しかし積み重ねた歴史の重みは他のコロセウムに負けることはありません……』


 司会実況のマナベル・ショコラの実況も、他のコロセウムより広い『アルテリズム』に合わせてかいつも以上に鮮明に、澄んで聞こえる。これは他のコロセウムにない観客席の構造の複雑さを利用した音響だという。


『されど、世界中の戦士の中でも選りすぐりの猛者たちを受け入れてきたコロセウムも、大会はこれで三度目。三つの大会の選手たちの魂の記録がここには渦巻いています。そして、その中にこれまで『騎士』と呼ばれる存在はいませんでした』


 その理由を観客の大半は理解している。

 しかしマナベルは敢えてそれを口にする。


『騎士は所詮国の狗。求められるのは強さより忠実さ。木端冒険者よりは強くとも上位冒険者には及ばない半端者と、酒の席で戦士たちは笑ってきました。しかし、これは!! 目の前に広がるこの光景はどうしたことかッ!! あれに見える二人の男は二人とも国に仕える立派な騎士ではありませんかッ!!』


 二つのゲートがスモークとバックライトに彩られ、異界から顕現するかのように二人の男がその中を悠々と突っ切る。


 片や軽装ながら騎士然とした出で立ちの高貴な雰囲気漂う美丈夫。

 その足は規則正しく力強い軍靴のリズムを刻んで歩く。


『世界最高練度ッ!! 王国が誇る聖靴騎士団より現れ、この短期間で爆発的に成長していく若き星ッ!! 刻む靴の聖なる響きは勝利へ向かう勇ましさ!! オルクス・プールード・オォォガスタァァァァーーーーーーッ!!!』


 片や、それより更に軽装ながら、どこか騎士を思わせる衣装を身に纏う男。

 纏う気配は恐ろしく静かであるにも拘わらず、彼の足音は不気味なまでによく聞こえる。


『対するは奇しくも彼の同期騎士ッ!! しかし困ったことに、彼は説明することが多すぎるにも拘らず『説明不要』の矛盾を抱える大傑物!! 誰が予想したか、忘れもしない一昨日いっさくじつの『竜殺しマルトスク』との戦いで遂に本性を現した王国の切り札ッ!! 世界で唯一人、竜殺しを殺す者スレイヤー・スレイヤーを名乗る権利を得た男ぉ……ヴァァァーールナァァァァァーーーーーーーッッ!!!』


 やがて二人はステージ上で相見え、互いに抜刀する。

 天に向けた剣を眼前に掲げる、騎士式の礼。

 これまでの大会開始前にはなかった、他の踏み入ることを許さない神聖なまでの気配が、コロセウムを騎士と騎士の決闘場へと変貌させる。


「私が勝ったらスレイヤー・スレイヤー・スレイヤーかな?」

「長いしダサくないか、それ」

「腹立たしくも同感だ……行くぞヴァルナ。オーガスタ家の誇り、聖靴の誇り、そして我が全身全霊と愛を以てして、今一度貴様に挑むッッ!!!」

「騎士として、身魂賭して受けて立つッ!!」

『Cブロック四回戦第一試合ッ!! ……開始ッ!!』


 今、若き騎士たちの決闘の火蓋が切られた。

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