第245話 SS:今も少し疑っています

 ヴァルナが試合観戦をしつつシアリーズとネメシアの距離を取り持っている頃、コロセウム外では意外な人物が共に行動していた。


「ここが判明している第四の現場……遮蔽物や横道が多いですわね」

「つまり、どういうことだ?」

「不意打ちし放題、といった所でしょうか」

「ふーん……槍が得物な俺には実感湧かねぇな。狭すぎて振り回せねぇ」

「ふむ、面白い視点ですわね。確かにこの遮蔽物を利用して襲撃するならば、大きな武器は悪手。犯人の武器はそれほど大きく長いものではないのかもしれません」

「はへー。騎士ってやっぱ頭いいんだな。俺も座学ちゃんとやっときゃよかった」


 行動を共にするのは、王立外来危険種対策騎士団所属、ロザリンド。

 そしてもう一人は同騎士団所属、ガーモン――その弟、ナギ。

 縁もゆかりもない二人が行動を共にしているのには理由がある。


「しっかし護衛として行動を共にするとか言いながら一緒に捜査って、それアリなのか? まぁ俺は今ヒマだし兄貴の事もあるから全然いいけど」

「当事者間で合意があるなら問題ありません。それに大会で実績のある貴方とわたくしなら、並大抵の敵では物足りないのではなくて?」

「確かに、七星冒険者か野生のヴァルナじゃなきゃ何とかなるな」

「そんな実力者なら格下を狙わないでしょうに……」


 本大会を敗退した今、ロザリンドは気になる試合はチェックしつつ、空いている時間を警ら名目の現場調査に費やしている。これは事件解決の為というより、ヴァルナも気にしているであろう事件に早々に終止符を打って、憂いなく試合に臨んで欲しいと思ったからだ。


 同時に、ヴァルナはのちの任務に響く事にならないよう複数人での行動を心がけるよう指示した。犯人の得体は知れないが、少なくとも本大会に通用する実力を持ったサヴァーを打ち破った可能性が高い以上は、確実を期すため相応の戦力を揃える事が望ましい。

 最初はピオニーに頼もうかと思ったロザリンドだが、彼は武器の破損が余程堪えたのか未だ寝込んでおり、当てに出来ない。カルメは頼りにならなくはないが接近戦が脆弱であり、鞭使いのウィリアムは何やら用事があるとかで別行動中と都合が付かなかった。


 そこでロザリンドが思いついた助っ人が、ヴァルナと友人であり上司の弟であるナギだったという訳だ。彼の実力は兄と互角か、もしくはそれ以上。シアリーズもその伸びしろを認める程度には腕が立つ。


 幸い、時間が余っているらしいナギは話を快諾し、今に至るのである。


「お、ゴミが落ちてる。この紙屑の中に隠されたメッセージが……ないか」

「密室殺人事件ならともかく、三日前に起きた事件ですし……」

「だよなぁ。犯人は現場に戻るったって、現場山ほどあるし」


 ガーモン先輩とは性格が正反対だな、とロザリンドは思う。彼ならばついでだからゴミ拾いしようと言い出しそうだ。それも悪くないが、あいにくゴミを入れる袋を持ってきていない。

 何にせよ、聞き分けのいいアマルと思えばそれほどコミュニケーションに問題はなかった。比較対象をナギが知らないのは幸運なことかもしれないが。


「にしても妙な事件だよなぁ。腕試しで辻試合ってんなら分かるけど、殆ど不意打ちなんだろ? しかもサヴァー以外はとても本大会には出られねぇ雑魚ばっかだし」

「現場も人目につきにくい場所ということ以外、特に法則性も見当たりません。場当たり的な犯行か、酔っ払いの戯言を疑ってしまいますわ」

「や、計画的じゃねえの?」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」


 ロザリンド自身はこれを計画的な犯行ないしその一部だと捉えているが、頭を使うのが嫌いそうなナギが自ら主張したために理由を聞きたくなる。ナギは特に深く考えるでもなく意見を述べた。


「金だよ金」

「お金……ですか?」

「この時期のこの町で冒険者狙って襲うなら、普通金目当ての強盗だろ? なのに被害者は誰も財布や武器をスられてねぇ。しかも全員、犯人をローブ姿とはいえ見たんだろ? つまりあくまで目的は戦う事だったって訳だ。金目当てなら姿を隠して背後からガツンで終いだ」

「随分お詳しいのですね」

「え? あ、違うからな! 小金稼いだ冒険者ってのは治安悪い町だと結構狙われやすいんだよ! 皇国が一番ヤバかったな。犯人は孤児で、咄嗟に庇った槍以外パンツまで持っていかれて衛兵にしょっ引かれるかと思ったわ……」


 なんとか取り返したけど、と、過去の事件を思い出したナギはげんなりしていた。槍一本で体はすっぽんぽんとはどこの原始人なのだろう。ロザリンドとしてはパンツまで剥ぎ取らないと生きていけない皇国貧民の現状が些か心に引っかかったが、今は捨て置く。


 それにしてもお金か、とロザリンドは唸る。

 彼女が犯人の犯行を計画的だと言ったのは、かなり違う理由からだ。事件の目撃証言の少なさと現場に残る証拠の少なさに、被害者が一律に意識を飛ばされるまでで済まされている事。そして高度な作戦を立てなければ不可能なクルーズ内での綿密な犯行、更に目撃された犯人が全員同じ格好であることから同じ元締めの指示で行われた複数犯という可能性などを加味したものだった。

 故に、お金は盲点だった。


 これは育ちのいいロザリンドの思考の死角だろう。

 王都では追剥ぎや強盗などの事件が特権階級の耳に届く事は殆どない。より厳しい社会の現実を間近で見たナギの方が実は本質を突いているのかもしれない。


「……この近辺では既に聞き込みも終わっています。一旦捜索本部に戻って食事にでもしましょう」

「おうよ。まったく、あっちから仕掛けてきてくれりゃ楽なんだがなぁ」


 退屈そうに欠伸したナギの言葉に呆れつつ、しかしそれが手っ取り早いのは確かか、とも思うロザリンドだった。



 捜索本部に行くと、そこにはたくさんの弁当に囲まれた恰幅のいい男がデスクに座っていた。男はこちらに気付くと手を振る。


「お疲れ様、君たち! 弁当は幾らでもあるから遠慮なく持って行くといい。お茶はすまないが各自で淹れてくれたまえ!」


 男の名はシェパー農産大臣。

 王国議会の重要人物であり、偶然この町に試合観戦とフードファイトに来たばかりに王国側の事件捜査を統括する立場に置かれてしまった不運な人物だ。彼はそのふくよかさの例に漏れずかなりの大食漢であり、既に数個の弁当が空になっている。


 そんな彼のチョイスした弁当はなかなかの品であり、ナギは思いのほか質のいい昼食に舌鼓を打っている。ロザリンドとしては弁当を食べる経験が殆どなかったため、テーブルマナーと微妙に噛み合わない存在に少し戸惑いながら食事した。


 食事を終え、事務的な報告に入る。


 事件が周囲に知られていないかや細かな変化など、直接捜査に参加していないロザリンドはどうしてもそういった退屈な報告が多くなる。事件現場を見たのは殆ど寄り道のようなものだ。


「……という訳で、現状では特段の変化はありませんでした」

「うんうん。なんだかんだ、こういうのは観客の疑心暗鬼や犯人狩りに発展するのが一番怖いからねぇ。結構なことさ」

「犯人狩り? 我々が捜査しても見つからない犯人をどう捕まえるのですか?」

「いやいや、暴徒と化した民は捕まえた人が犯人かどうかなんてどうでもいいんだよ。とにかく不安を紛らわしたくて捌け口を探してるだけなんだからね。魔導排斥運動とか酷かったなぁ……」

「?」


 聞き覚えのないフレーズにロザリンドは首を傾げる。

 ナギも同じだったのか、弁当を食べる手を止めて不思議そうな顔をする。


「なんすか、それ?」

「あー、あんまり大っぴらになったコトじゃないから知らないよねぇ。ちょっと長話になるよ?」


 紙ナプキンで口を拭って水を飲んだシェパー議員は咳払いする。


「王国って元々魔法主義と実利主義の対立で生まれた実利重視国だったりするのよ。だから王国民は魔法の素養がある人間を先祖に持たない人が圧倒的に多いんだ。しかもその後この島に居住地を移しちゃった。島の原住民も魔法の素養を持たなかったもので、昔は目の当たりにすることのない魔法に対する偏見があったんだ」

「へー、知らんかった。物語に登場する魔法が滅茶苦茶誇張されてんのは知ってるけど」


 ナギが話を半分くらいしか聞いてなさそうな顔で相槌を打つ。

 しかし、読書家であるロザリンドはその話を耳にしたことがない。訝し気な顔に気付いたシェパー議員は苦笑いする。


「まぁ、本物の魔術師を見て偏見もだいぶなくなったからね。それでもやっぱり一部にはカルト的なまでに魔法排斥を訴える人っているのよ。子供の頃から親や親族にありったけの偏見を注がれて育つとね」


 そして凝り固まった一部の魔法排斥主義者がとうとう行動に出る……前に、聖盾騎士団が割って入り、現行犯の主義者と交戦。結果的に彼らに加えて支援者まで全員牢屋に叩き込む結果になったという。


「魔法排斥なんて他の土地じゃ鼻で笑われるような事さ。いわば国の恥部。ぼくみたいに議員でもやってないと耳にしない程度には表沙汰にならなかった。逮捕者百人を超える大事件だったのにねぇ」

「ひゃくにん……!? 本当に大事件ではないですか!!」

「そういう訳で、王国も清廉潔白な民族じゃないのさ。祭国の人もこちらを100%は信用してないから気を付けてね」


 それは暗に、品種改良オークに端を発する魔物密輸騒動の事も匂わせるものだった。口に出さなかったのは、外部協力者のナギがいたからだろう。あの王国の大不祥事とも言える件は、民にいたずらな混乱を招くとして箝口令が出ている。


 王国は王国民の犯行をそれほど疑ってはいないが、祭国はそうでもない。その意識の差はきちんと頭に入れておいた方が良さそうだ、とロザリンドは思った。

 と、シェパー議員が思い出したように手を叩く。


「所で、サヴァー氏が意識を取り戻したらしいよ。昼食を終えたら聴取がてら会いに行くけど、よければ来るかい?」


 それは、捜査関係者全員が待っていた吉報だった。




 ◇ ◆




「背丈は中肉中背……いや、少し細身だったと思う。武器は棍棒と呼ぶには細すぎるが剣と呼ぶには厚みがあり刃がない。そんな半端な武器だった」


 意識を取り戻したサヴァーは己の敗北と大会敗退という悔恨の残る結果にしばし無言で目を閉じたが、やがて記憶を手繰るように説明を始めた。


「声は中性的だったが、喉に細工をしていたかまでは分からん。人間味のない平坦な声で、こちらを値踏みするかのような言葉をいくつか吐いたのち、突然斬りかかって来た」

「成程……なんと言ったか覚えていますか?」

「……こちらの名前、登録番号、危険度が何とかと、条件がどうこうと……断片的な言葉だったから、それ以上細かくは思い出せん」


 祭国側の捜査責任者の問いに、サヴァーはなるべくじっくり思い出すように言葉を選ぶ。その一つ一つが謎に包まれた犯人像を浮かび上がらせる。


 とはいえ、浮かび上がる人物像は非常にミステリアスだ。体格と武器が判明したのは大きいが、私怨の線はなさそうだということ以外に謎が多い。口ぶりからして誰かに唆されている可能性も否定できなかった。


 やがて話は、二人の戦いの内容へと移る。


「貴方から見て、犯人の実力はどうでしたか?」

「……ここに俺がいる。結果が全てだと思うが」

「失礼は承知です。思い出したくないと仰られるのであれば日を改めます」

「いや……失礼。俺にも矜持がある故、言い出せないのはこちらの理屈だな」


 なにせ内容が自らの敗北譚だ。

 大っぴらに他人に聞かれたい話ではない。

 それでも、犯人捜索の手がかりに、心情を察しながら敢えて問われた質問をサヴァーは受け入れた。


「言った通り、俺よりも強かったのは確かだ。ボーラの投擲を瞬時に捉える動体視力、ボーラによる攻撃に反応し弾く速度と力……どれも強力だった」


 己の未熟を噛み締めるような苦い顔を押し殺すように、サヴァーは続ける。


「振り下ろした剣の威力は言わずもがな、石膏の壁や床を破壊する威力。ボーラを捌く為に激しく動いていたが、息切れも聞こえず、更には一度腹に命中するも意に介さず反撃してきた。あの手ごたえは生身か……防具があったとしても極めて軽装だったと思う」

「……他には、何かありますか?」

「これは勘に近いが……奴は戦士としての技量はそこまで高くなかったのかもしれない」


 今になって思い返せば、といった口ぶりだが、その意外な言葉に周囲は微かに眉を顰める。サヴァー程の技量を持つ戦士故に嘘とは言い難いが、彼自身の敗北とその情報は噛み合わない。


「反応速度は速かったし力も強かったが、少しばかり動きに無駄が多いというか……力任せな部分があった。戦士として完成されているなら、あれほど床や壁を壊すことはなかった筈だ。ともすれば、純粋な身体能力が非常に高いが故に技量をさほど磨いていなかったのかもしれない」

「成程……貴重なご意見、ありがとうございます」


 それ以上は思い出すことがないのか、サヴァーは小さく息を吐き、ベッドに背を預けた。


 祭国や聖盾騎士団が一礼して病室を去っていくなか、サヴァーに二人の人影が近づいた。ナギとロザリンドだ。


「よっ」

「ああ、お前か……試合はどうだった?」

「おっと、まだ聞いてなかったか。負けたよ、見事に。あのシアリーズって女強すぎるぜ。Bブロックを勝ち抜くのは多分あいつだ」


 二人はヴァルナ経由で顔を合わせ、その後も少しは話をした関係だ。コロセウムで戦ったことからか、二人は奇妙な仲間意識を持っていた。


「そちらは、ヴァルナの後輩の女子おなごだな」

「ロザリンドです。以後、お見知りおきを……ヴァルナ先輩は貴方の身に降りかかった災いに憂慮しておられました。心中お察しします」

「ここにいるの全員大会敗退者だからなぁ」


 なお、当のヴァルナは両サイドを女子に囲まれて四苦八苦しているが、そんなことはどうでもいい。彼も楽しくてやっている訳でもないのだし。

 サヴァーはあんまりにも率直なナギの言葉に苦笑いした。


「試合で勝敗がつかなかったのは口惜しいが、仕方あるまい。正直、俺もBブロックを勝ち上がるのは藍晶戦姫だと思っていた。体が治ったら修練の積み直しだ」

「俺も俺も」

「わたくしもですわ」


 言って、三人でくすくす笑う。

 敗北に沈むのではなく次の戦いに目をやってしまう、三人は同類だと理解してしまったからだ。サヴァーの様子も安定しているらしいことを確認した二人はそろそろお暇することにした。


「では、また」

「大人しくしてろよ?」

「ああ、気遣いどうも……いや、少し待て」


 サヴァーは何か喉に物が引っ掛かったように呼び止め、少し悩み、やがて口を開く。


「これは俺の勘繰りかと思い口にしなかったが……犯人のことで少し」


 二人は顔を見合わせ、サヴァーに近づく。

 証言者が重要な情報を悪意なく口にしないことはある。同類として気の許せる相手が調査に参加しているからこそ、サヴァーもそれを口にしようと思えたのだろう。二人が聞く体勢になったのを確認したサヴァーは、心なしか抑えた声でそれを告げる。


「現場は光が少なく暗かった故、確信がある訳ではないが……実は俺の一撃が一発、犯人のフードを掠って僅かにその中が見えた。顔立ちや骨格は見えず、喉か鎖骨辺りの肌が見えた程度の、殆どなんの手がかりにもならぬ話だ」

「確かにそうだな。でも何でその話を……?」


 首を傾げるナギに、サヴァーは自分でも確信がないといった表情を浮かべる。


「確信はないし、見間違いかもしれんが……皮膚の色が、人間のそれと大きく違っていた気がするのだ。纏う気配もどこか異質。俺はあれが『本当に人間だったのか』と、言い訳がましくも僅かに疑っている」


 それだけ告げ、「つまらぬ戯言に時間を取らせて悪かった」と話を切ったサヴァーは今度こそ横になった。ナギもロザリンドもその言葉に戸惑いを覚えつつも、一応は記憶の片隅にとどめて病室を後にした。

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