第244話 語り継がれる記録です

 Dブロックの試合はイケメン決定戦的な所があるため、客層的にCブロックで盛り上がっている人と違って女性が多い。


 という訳で、人類最強ガドヴェルトの試合の後でも問題なく盛り上がっている。


 アストラエは相手の非冒険者の武闘家相手に勝利。

 心なしか普段以上に気合が入り、剣筋が鋭かった。

 多分、俺とマルトスクの試合の興奮も影響しているだろう。


 一方、彼と次に当たる選手はあのバジョウとなった。

 驚いたことに、バジョウは大会に参加しておいてまだ本気を出していなかったらしい。自慢の笑顔を捨てた『本来の戦闘スタイル』は圧巻で、七星冒険者を下してしまったのだ。これは観客も予想外の大躍進である。


 勝利後インタビュー曰く、俺とマルトスクの試合を見て火が付いたらしい。ザマァ見ろアストラエ、お前も苦戦しやがれ――と言うと、ネメシアに「どっちの味方よ貴方」と呆れられた。敵か味方かは別としてアストラエが苦戦すると飯が上手いんだよウケケケケ、と答えておいた。


 なお、スマイル王子ことバジョウ、仮面王子ことアストラエに並ぶ三人目、糸目王子ことイーシュンは残念ながら敗退したらしい。アストラエとバジョウで王子決定戦をするということで女性陣は既にやたらと盛り上がっている。


 表で大会が盛り上がる一方、背後では選手襲撃事件の捜査が続いている。


 既に今日の調べで、同じ犯人による被害らしきものが六件も発見され、全てここ一週間で小大会に参加した人間が被害に遭っている。つまり、事件発覚のきっかけになったサヴァーが初の本大会参加者ということだ。


「エスカレートしているのかしら」

「可能性は十分あるな」


 夜に選手用に新たに提供された部屋の中で、俺とネメシアは調査担当のクルーズ職員の男性から報告を受けつつそう話した。

 

「被害者の冒険者ランク、ないし推定実力が段階的に上がっている件は犯人の次のターゲット選定の手がかりになると見て、大至急絞り込みを行っています。ただ、目撃者の殆どが出合い頭にほぼ一方的に負けており、相手の容姿や武器が今一つ絞り込めません」


 申し訳なさそうな彼の説明の通り、人物像については殆どブランクだ。

 ローブのせいで体格も分からず、武器は棒状の打撃武器という特徴のないもの。身長は中くらいと証言する人と大柄と証言する人がいるそうだが、これについてカウンセラーのプリムさんの見解が目を引く。


「相手の威圧感や突然の襲撃に対する精神的動揺から、相手を過剰に大きく感じている可能性がある。つまり、大柄という証言は見間違いの可能性があると」

「だから大柄ならば安心と考えるのは早計でしょう? 単独犯か複数犯かさえ今は判然としないのだし」

「騎士ネメシア様のおっしゃる通り、支援者や共犯者の存在は無視できません。むしろ今までこの襲撃事件が表沙汰にならなかったことを考えれば共犯者がいると考えた方が自然です」


 結局のところ、明日からも警備体制や護衛の存在は変わらない。

 部下たちからも目立った報告や被害報告はない。

 俺の大会参加目的や対戦相手も別段変わらない。


 目下状況進行中なのに自分が動けない状況に若干のもどかしさはあるが、俺は所詮オーク殺しくらいしか出来ない男。餅は餅屋に任せるのが一番いい。


「ところで一つ気になっていたのですが……」


 ネメシアがクルーズ職員に問う。


「護衛しろと言われて荷物も用意せずにここまで連れてこられたものの、私の部屋はどうなるのですか?」

「ああ、ご心配なく。荷物は聖天騎士団よりこちらまで送られていますので間もなくここに運び込まれます。この部屋はダブルベッドですので睡眠スペースも問題ありません」

「成程、それなら問題……大ありに聞こえるんですけどッ!?」

「俺の耳がおかしくなったのかな。ネメシアと二人でこの部屋使えって言われた気がするんだけど?」


 さらっと同級生の女と同室を割り振ってきたクルーズ職員は首を傾げる。


「え? しかし聖天騎士団からはそのようにせよと。護衛である以上は睡眠中に寝首をかかれることはあってはならないし、距離は近い方が望ましいと……騎士ヴァン殿から」


 俺とネメシアは顔を合わせて思った。


((あのクソオヤジッ!!))


 今、人生で一番ネメシアと心が通じ合ってると思う。

 どうもあのオッサン、ひげジジイと違って男女の姦計に重きを置いているらしい。


 ちなみにネメシアの部屋は隣に用意するよう手筈を整えてくれたものの、用意は翌日になるとのことで一晩だけネメシアと同じ部屋で過ごした。風呂に入るときより上がった時が気まずい。ネメシアが入ったときは本を読んで視線を送らないでいたが、湯上りで肌の紅潮したネメシアはラフな格好でベッドに座った後も無視は逆にきつかった。

 元々こいつ美人だから、妙に色気があるな。

 くっ、見てしまう自分の未熟さが憎い。


 こちらの視線に気付いたネメシアは、じとっとした、しかし少し恥じらう目でこちらを睨んだ。


「何見てるのよ、ケダモノ。そんなに私の体が見たい訳?」

「見たいか見たくないかで言うと、正直見たさはある。竜騎士と俺たちは筋肉の付き方微妙に違うからな」


 ネメシアのしなやかな肢体はそれだけで女性の魅力が溢れている訳だが、同時に竜騎士である彼女の体にはそのバランスを崩さない程度の健康的な筋肉が備わっている。竜上で体勢を維持する為か、太腿辺りの筋肉は特にうちの女性騎士より鍛えられているようだ。


「冷静に分析されてもセクハラ感しかないんだけど」

「それは確かに……すまん、もう見ない」


 仰る通りなので一言謝って、俺もシャワーを浴びることにする。

 一応試合観戦の合間や後で軽めに訓練したので汗はかいている。決してカルメに訓練した訳ではないので間違えないように。

 マルトスク戦の後で疲労の蓄積が心配されたが、動いた感じではむしろ調子がいい気がする。俺の試合は明後日になるが、明日の訓練はそれなりに気合を入れて大丈夫そうである。


 なお、風呂上りに俺もラフな格好でベッドに向かった訳だが、ネメシアの視線が突き刺さって逆セクハラを受けている気分である。


「貴方、どれだけ身体鍛えてるのよ……彫刻のモデルより、その、セクシーよ?」

「誉め言葉が嬉しくねーよ、このスケベ。そんなに俺の身体が見たいのか?」

「……見たい」

「欲望に忠実っ!?」


 その後、背中の筋肉を指でなぞられながら、「うわぁ、広背筋が……」とか言われても指と吐息がくすぐったいだけ。出るところ出たら勝訴するくらいセクハラな気がする。


「そ、そんなこと分かってるわよ! 分かってるけど、でも……貴方、着痩せするタイプだったのね」

「そうか? スタミナ重視だから変な筋肉付かないように気は使ってるんだけど」

「えーいいなぁ、男の子。女の子だと筋肉ってなかなか膨れなくて……」


 その後、何故か筋肉談義に話が発展し、最終的にタマエ料理長の料理は栄養学的にも絶妙なバランスで成り立っているという謎の結論に達した。

 何故かネメシアとの絆が深まり、そのまま二人で熟睡した。

 いや、本当に何故なんだこれは。


 そして、翌日。


 この日から、絢爛武闘大会はいよいよ大詰めとなる。

 最初は百二十八名いた参加者も、四回戦開始時点では十六名まで絞られている。これは過酷な戦いを勝ち抜いた世界最強の十六人である。これまで観客に見せることと進行ペースを両立させていた大会も、ここまでくれば一試合一試合を間を開けてじっくり観戦する状況となる。


 これが意味するのは、手狭になった従来型コロシアムではない大会専用コロセウム――『アルテリズム』の解放である。


 この施設は普段は使われていないが、絢爛武闘大会の時のみ船の大掛かりなギミックを発動させて実現する。この変形ギミックを発動させるとスペースの関係上デネブ・アルタイル・ベガの三つのコロセウムが使用不能になり、通常コロセウムの三倍以上の観客を動員できる特大のコロセウムが完成するという訳だ。


 ステージの大きさ自体は他コロセウムと変わらないが、歴史の目撃者となりたい観客の動員数と視界を確保するために何層、何ブロックにも分かれた観客席が立ち並ぶ様はまさに圧巻。

 未だ俺が昇っていないステージの上から見上げる世界は、これまでのコロセウムでは味わえない迫力を帯びるだろう。


 偶然にもクルーズ内の部屋を与えられたがゆえに観客のまだ入っていないコロセウムの変形を見物することが出来たのだが、最新のエンターテインメント性と旧来型コロセウムの良さを奇跡的なバランスで取り込んでいるのが凄い。

 王国の御前試合会場である王立競技場も立派ではあるが、ここは視覚、機能、規模の全てにおいて他の追随を許さないだろう。


「大会終盤にのみ解放されるってのがまた浪漫だなぁ」

「だろう? 羨ましいなぁ、祭国は。彼らの本国がどうなっているのか俄然気になってきたよ」

「……当然の如くイクシオン殿下が話に参加していることに眩暈がしそう」


 俺の言葉に同意するようにうんうん頷くイクシオン殿下に、ネメシアは頭を抑えて項垂れる。次の国王になる男がポンポン自分が任務遂行してる場所に現れるのが慣れないのだろう。

 とはいえここは変形してもVIPポジションが変わらない王子のVIP席だ。彼がいてもなんら不思議はない場所である。


 と、イクシオン専属メイドのキレーネさんがネメシアに近づき、そっと彼女の鼻先に小瓶を持って行って蓋を開く。どこかミントにも似た清涼感のある香りが広がり、ネメシアが立ち直った。


「すごい爽やかな香り……香水ですか?」

「……」


 キレーネさんは何も言わずネメシアに小瓶を渡し、小さくにこりと笑ってまたイクシオンの後ろに控えた。実はキレーネさんは超絶無口らしく、昨日も一言も喋らなかった。殿下曰く、仮に口を開いたところで超絶声が小さいらしい。


「気分が沈んだらその香りで気持ちをリセットするといい、という事だろうね。キレーネは調合とか得意なんだ。私の使う香水も全部彼女が毎日百種類以上のフレバーの中から選んでくれる。腕前とセンスは私が保障しよう」

「……」


 キレーネさんは何も言わないが、褒められて照れるように俯きながらはにかんだ。

 その姿がまた、なんだかほっこりする。


 閑話休題。

 本日ここで行われる記念すべき試合は、四回戦Aブロック第一試合だ。


 セド……もとい、マスクド・アイギスの勝敗や如何に。


「勝敗は見えてるけど」

「あれ、シアリーズじゃん。おひさー」

「おひさ。確かに暫く顔合わせてなかったわね、色男さん」

 

 随分長く会ってなかった気がするシアリーズが現れ、賑やかになってきた。

 ただ、しれっと返答したのは俺だけで、周囲は突然の最上位冒険者の一角の登場に動揺や感動が入り乱れている。


「七星冒険者、『藍晶戦姫カイヤナイト』シアリーズ……!? 外対騎士団の協力者になったって話は聞いてたけど……」

「そう、そのシアリーズ。無敵の実力に無双の可愛さ、シアリーズです」

「そういうの自分で言うなってば」

「……! ……!」

「キレーネ、声が小さすぎて聞こえていないぞ」


 真顔で大ボケかましてくるから油断できないシアリーズである。

 ロザリンド辺りとはあの後もちょくちょく会っていたようだが、顔見せに来たのは自分の試合まで時間に余裕があるから俺をからかいにきたのだろう。イクシオン殿下の耳にも彼女の話は入っていたのか、挨拶から入っていた。


「改めて名乗らせて貰おう。我が名はイクシオン。王国の王子という立場で大会に関わらせて貰っている。開会式では声をかけるタイミングもなかったので、会えて光栄だよ」

「アタシは別に光栄でもないけど?」

「はっはっは! 流石はヴァルナくんの友達なだけあって変人の気配が凄いな! まぁ、こっちが勝手に光栄に思っているだけだから気にしなくていいよ」

「フーン。弟と同じく話の分かる王族ね。ちなみにさっき後ろで虫のさざめき以下の音を出してたメイドは何を言っていたの?」

「大ファンです、サインくださいだそうだ。お願い出来るかな?」

「仕方ないわね……ま、ヴァルナと仲いいみたいだし特別に頼みを聞いたげる」


 生意気と失礼と不敬が化学反応を起こして大爆発したような言葉を連発するシアリーズに、彼女と初対面のネメシアの口がひくひくと痙攣する。大真面目な彼女からすれば看過しがたいのだろうが、唯我独尊なシアリーズが相手ではいいように弄られてしまいそうだ。


「でもアンタ、一つ間違えてるね」

「ほう。聞かせて貰えないかい?」

「アタシはヴァルナの友達ではない」


 と言いつつ、ついっと近づいてきたシアリーズは俺の腕をさりげなく、しかし七星冒険者としての実力を余すことなく発揮する素早さでぎゅっと抱きしめた。


「い・い・ひ・と♪」

「ぶはっ!? ヴ、ヴヴヴヴァルナぁっ!? 貴方、まさか……!?」

「コイツは仲のいい人であって男女間のいい人とは一言も言っていないぞー。ついでに言うがシアリーズは平気な顔して大嘘ついて周囲をからかうタイプだから乗せられるな」


 現に、顔を真っ赤にして食いついてきたネメシアをみてシアリーズは意地悪な顔でにやにや笑っている。


「ふーん……ねぇヴァルナ、あの子は?」

「ネメシアだ。同級生で今回たまたま俺の護衛になった騎士。真面目な子だからあんまり意地悪するんじゃないぞ」

「べつに? アタシは唯ヴァルナとの親密さを周囲に簡潔に知らせるためにこうしただけであって何ら他意はないよ? ねぇ、唯の同級生さん?」

(もしそうだとしても既に目がイジリ対象見つけた面してるんだよなぁ)

「何故かしら、凄く挑発されている気分になるのは……!!」

「どうどう、落ち着け。シアリーズにいちいち反応してたらお前の神経が持たないぞ」


 ちなみにシアリーズの予想ではセドナの試合はセドナの勝利だった。

 何故かと疑問に思ったが、見ていれば分かると言われ試合を見る。


「くっくっくっ、俺は無敵鉄槌ボンバルディエ!! 俺がこのスーパーストロングアルティメットハイパーハンマーを手放すときは、俺の理想のカワイコちゃんが出てきたときだけだぜぇぇぇーーーーっ!!」

「えーと、よく分からないけど……正義の戦士、マスクド・アイギス参上! 負けないぞ、無敵鉄骨ボンバーさんっ!」

「ぐはぁぁぁぁぁーーーーーッ!? 俺の理想の身長ちょい低めの細身で可愛い系の顔立ちで慎ましくも主張して憚らない胸と天真爛漫そうな明るい性格かつ天然で庇護欲を掻き立てられるオーラを放った美少女だとぉぉぉぉーーーーー!? お、俺は……俺はもう戦えねぇ!!」

『ギブアップだぁぁーーーーッ!! 早い、早すぎるぞボンバルディエ選手ぅぅぅーーーーッ!!』


 大会最速で即落ち降参した。

 会場からは「やる気あんのか」とブーイングの嵐である。

 こんな大会くんだりまで出てきて対戦相手が好みの女だから負けるって、あいつ馬鹿なんじゃないだろうか。降参後に告白して秒速でフラれて意識不明になった。本格的に馬鹿じゃないだろうか。セドナ戸惑ってんぞ。


「ボンバルディエは実力だけは七星冒険者だけど、問題もあってね。好みの女には絶対に武器を振るわないのも含め、おつむが残念なの。正直ガチンコでやればアタシでも手こずるけど、まぁそういうことよ」

「ネーミングセンスもだいぶ残念だけどな」

「どっちが?」

「両方」

「あの子、怪我しなくてよかった……いえ、これはあくまで怪我人を望まないという一般論的な心配に過ぎないけど! それにあそこにいるのはマスクド・アイギスだから私とは関係ないし!」

「赤の他人に親身に心配なんて優しいのね、ネメシアちゃん?」

「なっ、何なのよさっきから貴女はっ!? 言いたいことあるならにやけ面してないで言いなさいよっ!!」

「落ち着け。優しいは誉め言葉だしお前は優しいから問題ないだろ?」


 ……おい、フォローしてやったんだから俺を睨むなよネメシア。

 ニヤニヤの止まらないシアリーズと挑発に乗せられすぎて顔が真っ赤なネメシアの争いは始終シアリーズ有利だった。

 

 ともあれ、この戦い未満の酷過ぎる試合結果は、絢爛武闘大会の長いようで実はそこまででもない歴史の珍試合として永遠に語り継がれる事だろう。変な歴史ばっかり重ねてるな、人類は。

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