第237話 オーク狩りの誇りです

 剣ではなく言葉を交えた戦いが、俺とマルトスクの試合に一つの間を齎す。


『シアリーズ選手のお株を奪う二刀流での連撃に、マルトスク選手が怯んだぁぁぁーーーーッ!! 一進一退の攻防が遂にヴァルナ選手の側へ傾いてきたかぁッ!?』


 一時の小休止は観客にとって攻防の合間の小休止となり、実況のマナベルも叫ぶ。しかし、実況はあくまで実況。今や会場とステージ上はまったくの別世界と言ってもいい。


「今度は、仲間と来たか」

「アンタ汚染土の解毒出来るか? 縁のない土地の現地住民と話付けて土地に踏み入る了承もぎ取れる? 魔導機関の管理とか、安価で有効な罠の設置とか、事後処理と書類仕事出来るか? 出来るなら、仲間は確かにいらないかもな」

「……」


 マルトスクの沈黙が一つの答えだった。


 王立外来危険種対策騎士団の任務には、俺を抜きには解決できなかった問題が数える程はあったかもしれない。しかしその中にあって俺一人でも解決出来た問題は、殆どない。


 具体的には騎道車内で流行り風邪パンデミックが起きたときに俺が一人で超頑張ってオーク掃討から死体回収まで全部やった事件とか。あの時はありとあらゆる意味で地獄だった。しかも結局俺も風邪をひいて貴重な有給がベッドの上で浪費されるし。

 療養中にタマエ料理長のスペシャル病院食とかフィーレス先生の看護、ノノカさんのフォローがなかったら一週間ふて寝したかもしれん。その節は大変お世話になりました。


 閑話休題。ともかく、オーク問題を前にすれば抜きんでた剣の実力も大したアドバンテージは持たない。重要なのは組織の連携、定石の構築、そして効率化である。


 達成すべきはオークの根絶。

 しかもそれは、どちらかと言えば個人ではなく組織の悲願だ。

 俺はその目標に賛同しているし、前に進んでいる実感もある。


「聖靴派はまだ力を持っているが、あんたが王国に居ない間に随分削いだんだぜ? 組織の名前を潰したところでまた新たな派閥が生まれるだけだから、うちのルガー団長は叩き潰す戦法を取らなかった。ゆっくりと、ゆっくりと、派閥の存在意義を削ぐ戦法を取ったんだ」

「……そのために人生を擦り減らして、甲斐があったと言うのか」


 低く唸るように問うマルトスクに、俺は肩をすくめた。


「さぁ、それは本人にしか分からん。ただ……傍から見る分には心底楽しそうに生きてるぜ、ひげジジイは。策謀めぐらすの好きだからなぁ。多分、能力を最大限発揮できる天職だったんだ」


 悔しいがあのひげジジイ、この手の策謀では本当に有能だ。しかし、平民に生まれるとその頭脳を活かす仕事に就くのは難しかったろう。はっきり言って詐欺師か犯罪集団の元締めの方がよほど似合う。


 ひげジジイにとって騎士団は最高の遊び場であり、育てるべき子供だったのだろう。利益を度外視した究極のやりがい、もしくは人生を懸けた趣味。正解かどうかは確信がないが、そんなに間違ってないと思う。

 マルトスクはゆっくりと剣を構え直す。


「ふ。そんな面白い男がいたら、同じ時代に生まれておきたかったものだ」

「やめとけ。絶対後悔するしひげ毟りたくなるから」

「それも、持つ者だから言える言葉だ」

「持ちたくなかったわ!」


 じじいが持つのは太鼓持ち。そして上げたら急転直下のバックドロップ。憎たらしいひげジジイの腹立たしい高笑い顔が目に浮かぶようだ。

 と――。


「すぅー……破ァァァッ!!」


 轟、と。

 マルトスクが突如放った気合の雄叫びが響き、纏う空気が変化する。


「失礼……今のは己に対する喝だ。おかげで雑念に囚われた心を見直すことが出来た。見苦しいところを見せたな――騎士ヴァルナ」

「ようやく小僧やわっぱは卒業か?」

「お主はどうやら根っからの騎士であるらしい。それを認め、敬意を払おう」


 静かに、しかし確かな存在感を以て、足元か湧き出すような闘志がマルトスクから溢れる。先ほどまでの荒々しさとは違った落ち着きのある、どっしりとした圧に、喉がごくりと鳴った。


「詫びとして、見せてやる。貴殿が騎士である限りは決して経験することの出来なんだ修羅場を潜り抜けた、剣の神髄を。貴様の天職が騎士であるならば、儂は天性の戦人いくさびとであるッッ!!!」


 確かにマルトスクは途中で騎士も騎士団も投げ出した。

 しかし、投げ出して向かった新天地で得た物があるから、彼は英雄に上り詰めた。その相手は化け物に限らず、『竜殺しを下す』という名声を求めて浅はかにも押し寄せた数多の無礼者たちもそれに含まれる。


 そして現在、彼に勝ったと喧伝する者は世に一人もいない。


 マルトスクが間合いの外から剣を振る。全身を捻り、掬い上げるように――その意図に気付いた俺は横っ飛びに跳躍した。


「ぜやぁぁぁぁぁッ!!」


 瞬間、剣の余りの威力にステージの床が砕け、その破片が凄まじい速度で前方に押し出された。否、もはやこの威力は発射されたと形容すべきだ。回避行動はとったものの、砕かれ飛来する石は点――すなわち狙い撃ちではなく、面の攻撃だ。しかも石の動きを全て予測するなんて芸当が初見で出来る筈もなく、いくつかが体に掠る。

 直撃する破片だけ身をよじって避けようとし、すぐさま断念して被弾覚悟で前に出る。視線の先に、破片とほぼ等速ではないかという速度で駆け寄るマルトスクの姿が見えた。


「エリャァァァーーーーーッ!!」


 もはや掛け声というよりは悲鳴や怒声に近い叫びと共に、ほぼ突撃のような猛烈な一撃が迫る。剣と体の位置が異様に近いので受け流しは出来ないし、見ただけで分かる程度に桁違いの力が籠っている。


 立て続けの攻撃に回避も困難と見た俺は、瞬時に行動を取捨選択し、左手の剣を地面に突き刺して一刀流に構え直し、「全力で迎撃する」という結論を弾き出す。ギリリ、と歯を食いしばり、タイミングを合わせてオークをハンマーで叩き潰すイメージと共に九の型・打翡翠を振り下ろした。


 ガギャアアアンッ!! と、まるで巨大な物体が激突したような強烈な衝撃が腹の底を叩く。この戦いで大きな音や衝撃は幾度もあったが、それは八咫烏の衝突に匹敵する衝撃だった。


「ぬぐぅあああああああああッ!!」

「負っ、けっ、るっ、かぁぁぁぁーーーーーーッ!!」


 互いの足場が割れるのも気にせず、俺は腹の底から叫んだ。マルトスクの顔が鼻先三寸に迫るほどの至近距離で剣と剣がギチギチと異音を立てて圧し合う。

 

 打翡翠は本来、振り落ろす力を瞬間的な動きで極限まで速めることで一瞬のうちに強烈な威力を発揮する技だ。故に奥義が発動した後の動きは全て自力。タマエ料理長にタックルを受ける訓練の事を思い出し、とにかく押す。


 ここまで近づき、ここまで力を込めてしまえば最早逸らすのは不可能。

 地力と地力のガチンコ勝負をするしかない。


(いや、するしかないじゃない……押し返すんだッ!!)


 剣から伝わるこの闘争心は、魔物と衝突しても押し負けないという揺るぎない心構えを示している。常に格上の存在に挑み続けてきたからこそ生まれた不退転の剣に逃げ道などない。


 息を吐き、吸い込む。

 激しい運動の中でも自然とすることが出来る、内氣の呼吸だ。

 限界まで力を込めた腕に更なる活力が生まれ、俺は力のままに一歩踏み出す。しかしマルトスクはそれでも剣を引かず、逆にまだ接近しようとする。恐らく長年の戦いの中で、マルトスクも無意識に氣を使っているのだ。


 時間にすれば十数秒の拮抗。しかし当事者にとっては命運を左右する果てしないまでの押し合いの末、俺はダメ押しの一手として自分の剣の腹に全力で頭突きを食らわせた。


「オラァァァァァァッ!!」

「ぐおッ!!」


 額に焼けるような痛みが走るが、効果はあった。

 拮抗が崩れ、俺が押した。


「四の型・雉射を頭でッ!! 一歩間違えれば頭蓋に切れ目が入るぞッ!!」

「あんたの全力を叩き潰すには、その程度のリスクは背負わないとなッ!!」


 額からたらりと垂れるのは、汗ではなく血だろう。

 それでも、格上の化け物を前に何のリスクも背負わず挑んで勝つことなど出来ない。いつか俺がオーク以外の、小細工を挟む余地がない敵が現れたとき、この無茶はきっと必要なのだ。

 例えば、マルトスクを打倒せねばならない時など、特に。


「ガぁぁぁぁぁあああああッ!!」

「チェリャアアアアアアアッ!!」


 必殺の一撃が激突し、弾かれ、ステップで互いに互いの死角を狙って走りながら再度激突。激突のたびに目を覆いたくなる風が巻き起こるが、構わず更に力を注ぎこんで激突を続ける。


 マルトスクの動きは全く容赦がない。

 足を斬り落とそうとするかのような斬撃に刺突。関節の可動域を正確に把握した回避と接近。なにより、この一瞬たりとも停止できない戦いで全力の状態を常に維持し続けるスタミナ。


 マルトスクとて疲労もあるだろう。それが証拠に息は大きく、汗も飛び散っている。それでもマルトスクは決して引かない。引けば負ける情け容赦のない魔物たちとの戦いが、それを続ける事を可能とするのだ。


 こちとら全力を注ぎ過ぎて頭に酸素が足りなくなりそうだし、剣を握る手がいつピークを過ぎて疲労に負けるかも分からない。

 だが、俺はそれでも笑った。


 いつ負けるか分からないという事は、今はまだ負けはしないのだ。

 酸素が足りなくなろうが、体は戦い方を覚えている。

 俺はまだ、この伝説に挑み続けられる。


 走りながら地面に刺した剣を回収し、俺は再度マルトスクに肉薄した。


「竜殺しマルトスク、覚悟ォッ!!」

「英雄を超える名を貴様が背負えるかッ!?」

「舐めんなッ!! 俺の背中にゃ騎士団と民の期待がとっくに乗ってるんだよぉぉぉぉーーーーーッ!!」


 この剣戟の中に、俺の出せる全てを込める。

 マルトスクに比べると半分以下の更に下だが、俺の剣は軽くないぞ。




 ◇ ◆




 連打、刺突、牽制に見せた一撃。

 回転斬り、受け流しと斬撃の同時行動。

 絶え間なく、粗もなく、容赦もない。


 マルトスクがヴァルナから受ける猛烈な連撃は、まるで踊るかのように一連の流れとなって殺到する。それに対して一撃必倒の覚悟を以て剣を振るい、ひたすら叩き込む。


 弾くことは出来ない。

 いなすことも出来ない。

 それをした瞬間、剣を食い破られる。


 マルトスクはその剣が如何にして完成したか、分かった気がした。


(ただ目の前の相手を打倒すだけでは、剛剣はともかくこの連携と柔軟性、正確性は身につかん。恐らく様々な種類の戦士と訓練し、数多の魔物――オークを相手に最善手を研究し、剣以外のものさえ剣に応用したのだろう。なんという、恐ろしい――オーク斬りがこのような結果を生むとはッ!!)


 こちらは竜殺し。

 弱点を突いたり行動パターンを読むだけでは決して勝てない壁に幾度となくぶつかり、超えてきたことを誇る名として、マルトスクは竜殺しを誇りに思っている。


 対して相手はオーク殺し。

 オークなど殺すのは簡単だ。簡単ゆえに、マルトスクはその殺し方に拘ったことなどない。ただ実力を以て鏖殺してきた。


 しかし、ヴァルナは恐らく拘りに拘り抜いたのだ。


 オークがどの体勢でいようが、マルトスクは正面から斬る。

 しかしヴァルナはオークの体勢を見て、どの角度からどの程度の力を込めて殺すのかを考え、その上で次のオークを仕留める算段まで整えてから斬ってきた。そういった緻密さが剣の太刀筋から伝わってくる。

 その拘りが流れへの意識と剣技の多様性を生み、騎士団の剣術だけでは届きえなかった高みへと可能性を繋げた。


 これは、マルトスクが王国に居残り続ければ或いは手にしたかもしれない、しかし最早届くことはない、一つの答えだった。


 マルトスクはその答えを静かに受け止め、思った。


 それでも、負けるものかと。




 ◇ ◆




『止まらないッ!! 止まらないッ!! ヴァルナ選手が止まらないぃぃぃぃーーーーッ!! 額からの出血などおかまいなしの、まるで舞い踊るかの如き連撃ですッ!! しかしマルトスク選手も食い下がるッ!! 竜殺しの壁を越えさせまいと立ち塞がり続けるッ!! もはやこれが限界を超えたバトルだぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!』


 実況が何か言っているのは分かるが、頭には全く入らない。

 俺の頭が考えているのは別のこと。


(大体、分かってきた)


 斬撃がマルトスクの剣先を捉え、二本で受け流す。


「ぬあッ!?」


 受け流した先の剣を受け止めつつ、空いた剣でボロボロになった足場を素早く抉る。


「くぅッ!?」


 足場が不安定な場所ではどんな剣士も渾身の力を出すのは難しい。だからマルトスクは必ず足を前に出す。引かないのは、引けば付け入る隙になるからだ。故に俺はその動きを利用して回り込み、蹴りを叩き込む。


「ぬぐッ……猪口才なぁッ!!」


 蹴りの威力はかなり込めたが、マルトスクは大会参加者の中では比較的重装備であるため、蹴りは全体重をかけたものではなくガツンと蹴りつけるようなものだ。ここでマルトスクはリカバリの為に少し早く剣を振りにかかる。


 故に、タイミングを一瞬だけずらして剣をぶつけ、滑り込ませ、弾く。


「く、おおおおおおおおッ!!!」


 それでも流石は英雄。

 どんなに行動を制限しても必ず立て直してくる。

 だが、たとえそうだとしても、一つ一つの攻めが積み重なるたびにマルトスクの手札から次の動きが少しずつ削ぎ落されていく。それこそが俺の狙いだ。


 世に必殺の技は存在せず、必殺の状況が存在するという考えがある。

 英雄はこの考えを超越し、繰り出す技が必殺に至る。

 では必殺に至った者同士が戦う場合はどうなるか。


「まだ、まだぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ――やはり、話は基本に戻る。


 マルトスクは気付いている筈だが、気付いたところで絶対に抜けさせない。それが可能なのは、マルトスクが必殺の技という一見して万能に見える剣技に慣れ過ぎてしまったからだ。


 対巨大魔物では連撃を叩き込む余裕がない。

 対人では実力差ゆえに一瞬で蹴りをつけてしまう。

 それが本来は欠点にすらなり得ない、マルトスクの持つ隙。


 今、マルトスクの出来る行動から、俺の最後の一手を妨害しうる技を一つを除いて全て剥ぎ取った。


 とても不思議なのだが――俺は、今ならこの奥義はマルトスクを超える気がするのだ。一度目、二度目と相殺されたが、きっとその時の俺に足りなかった「何か」が今の剣には満ちている。


 放たれるは、人生最高を更新する究極の絶技。

 二本も剣を握ったまま放つのは初めてだが、関係ないだろう。


「王国攻性抜剣術、第十二の型ッ!!」

「……ッ!! いいだろう、受けて立つッ!!」


 オーク狩りの双刃を構える。

 竜狩りの竜牙、『ハバフツリ』が突きつけられる。

 互いに想う万感を込めて、解き放たれるは神の鳥。

 


「「――八咫烏ッッ!!!」」



 瞬間、視界が加速し――。


 ――。


 ――やがて、時間の感覚が戻った時、勝敗は決していた。


「そう、か……お前の八咫烏は……そういう、ことであったか……は、ははは……なんとも馬鹿げた話だが、結果はどうにも変えられんな」

「今度うちの騎士団見学に来てくれよ、先輩。うちの料理長の飯は貴族も涎を垂らすほど美味いんだぜ?」

「ああ、それはいい。羨ましいな……」


 俺の二本の剣は、挟み込んだ『ハバフツリ』諸共マルトスクの体をステージ外まで押し出していた。


『――ああ、ああああ!! 出ています!! マルトスク選手の足が、ステージ外に出ていますッ!! 勝者ヴァルナッ!! 勝者はヴァルナぁぁぁぁーーーーーッ!! 今、世界の戦いの歴史が大きく動いたぁぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!!』


 観客が興奮のあまり席を立ち雄叫びを上げる中、俺は竜殺しを退けたオーク殺しの刃を二つ、天高く翳した。


 仲間と志を共に今日まで積み重ねた道が、剣に重なる。

 今日の勝利ばかりは、騎士団に捧げておこう。

 俺がもし外対騎士団に入らなければ、今日の勝利はなかったのだから。

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