第238話 SS:終わってからが長いです
ヴァルナがマルトスクと激突した試合より時間を遡り、その日の第一試合。
王立外来危険種対策騎士団の若きホープにして、その勇ましい戦いぶりから観客に『
対するは、謎の仮面少女マスク・ド・アイギス。小柄な体躯からは想像できないアグレッシブな動きで対戦相手を圧倒し、不思議なギミックを多く搭載した武器と仮面が会場の子ども心をガッチリ掴んでいる。
片や勇ましき女騎士、片や可憐で強いヒロイックな戦士。
今大会でも指折りの人気を誇る美少女の激突はしかし、互いにトーナメント上位まで勝ち残った者同士の熾烈な争いとなった。
(予想以上の強さとは思っていたけど……ここまでですか、セドナ・スクーディア先輩!!)
猛烈な撃ち合いの中でロザリンドは内心舌を巻いた。
一見踏み入る隙に見える瞬間がいくつもあるのだが、実際には全てがブラフ――と見せかけて、それも違う。
セドナの動きは剣術での戦いならば確かに隙になるが、あの盾を用いての戦いであれば問題のない動きをしている。つまり、通常の剣術のセオリーに当てはまらない。
「ぶん、ぶん、どーんッ!!」
気の抜けるような掛け声だが、その動きは直撃すればシャレにならない。軽い横薙ぎから体を回転させての更なる横薙ぎという一見して単調な動きが突如反転し、いきなり盾の先端が振り下ろされる。彼女の技量を見誤った者なら一撃で意識を刈り取られるだろう。
この振り下ろしがまた曲者だ。彼女の盾には接触した相手に衝撃を叩き込むギミックがあるのだが、それは押し込みスイッチのように弾きの前に一度押し込まなければならない。
なので今の一撃でひとまず衝撃を放ったから再セットまで衝撃は来ない――そう思って近づいた試合開始時のロザリンドは、そこで強烈なカウンターを受けた。
一見してギミックは発動したように見えたのだが、当たらない事を察知したセドナはギミックを温存していたのだ。セドナは良家の令嬢でありながら、戦いでは驚くほど手癖が悪かった。
(いえ、考えてみれば当たり前……所謂『ハチャメチャ大三角』は三人で訓練をしていたのです! もれなく手癖が悪くても可笑しくはないっ!!)
ヴァルナもそうだが、試合を観戦させてもらった王子アストラエもこの程度の引っかけは平気な顔で行ってくる。剣術に関しては未熟だったという事前情報がいよいよ何のあてにもならなくなってきた。
何よりも厄介なのが、セドナの精神性だ。
「あはははっ!! 凄い凄い、流石ヴァルナくんが褒める自慢の後輩さん!! でも私だって剣以外なら負けないよぉっ!! ぃりゃあッ!!」
「くっ、水薙ッ!!」
「また受け流されちゃった。じゃあ次はもっともっと強く打ち込まなきゃダメだねっ!!」
大振りの一撃を受け流されたにも拘らず、セドナの表情には落胆どころか喜色が浮かんでいる。
慢心している訳ではない。
もちろん嘲笑でも、余裕の表れでも、虚勢でもない。
彼女はただ、戦いや瞬間のやりとりの一つ一つを楽しめる人物なのだ。
ロザリンドは戦いの際は相手がヴァルナでもない限りまず笑う事はない。それが真剣に勝負に臨むことだと思っているからだ。しかしセドナは真剣勝負さえも楽しく感じ、常に自然体で戦いを組み立てていく。戦いというぶっつけ本番の中での試行錯誤で成長しながら、衰えぬ戦意を常に維持する。
故に、その精神には慢心も焦燥も生まれない。
至極単純に、彼女は『戦いに向いている性格』なのだ。
(――ですがッ!!)
彼女の戦いは当然ながら、主武器たる盾に依存している。
そして盾の弱点は、その大きさにこそある。
ロザリンドは勝負に出る。彼女の盾を穴が空くほどに観察した彼女は、あの盾には衝撃ギミックが完全に機能しない僅かな隙間があることに気付いたのだ。
衝撃ギミックは盾の内から外へ放たれるため、構造上必ず隙間が生まれる。あの盾はその隙間を刃を挟み捕まえる場所としても活かしているようだが、逆を言えばあの隙間ならカウンターで弾かれることはない。
その隙間を突き、全身全霊の一撃を叩き込む。
その重みはさしものセドナも耐えられるものではないだろう。
後はもはや、拳で勝負を決するのみ。
ロザリンドは護身術として王国護身蹴拳術を習得している。ヴァルナにこそ一歩及ばないものの、素手の戦いならばリーチが長いこちらに分がある。
このまま戦っても精神的に継戦向きの彼女相手には分が悪い以上、勝負を決めるのは今だ。
「はぁぁぁぁッ!!」
咆哮を上げ、一気呵成に攻め立てる。
セドナは斬撃を的確な力と角度で弾いていくが、こちらが間断なく攻め続ければあちらも無理な反撃には出られない。突きを中心に側面の衝撃ギミックを避けるような戦いで、圧しに圧す。
流石のセドナもこの流れは良くないと思ったか、途中巧みな手捌きで盾を地面にぶつけ、衝撃ギミックの反動でこちらの剣を跳ね上げてきた。このギミックを一瞬の判断で別の用途に応用する柔軟な戦略にも苦しめられたが、決着は今こそつく。
五の型・
人生で初めて王国攻性抜剣術の型を逸れた、しかし乾坤一擲の振り下ろし。
「鵜啄・
「嘘ッ!? 受けきれないッ!!」
ダガァンッ!! と轟音を立て、振り下ろしは見事にギミックとギミックの継ぎ目に理想的な威力と角度で命中。これで完全に盾を無力化した。
しかし、続く一歩を踏み出そうとした瞬間、ロザリンドの胸元に刃が突き付けられた。
盾を手放したセドナが、今までの試合で見せたことのない武器――スティレットという短剣を突きつけていた。進むことも引くことも叶わない、チェックメイトだった。
「あっぶな~い……まさか盾を叩き落としに来るとは思わなかったな。だけど、戦いは二手、三手先を読んで行動するもの! って、アストラエくんがいつもいってるもんね」
「剣……一体どこから……」
「盾の裏にスティレットが仕込んであるの。もちろん審査には通っているよ? でも実戦で使う事になったのは初めて」
剣を手放して両手を上げ、ギブアップのポーズを取る。
彼女が未熟な使い手ならば剣を取り上げて逆襲も出来たが、残念なことに彼女の動きは堅実で付け入る隙が見当たらなかった。ロザリンドの意志をくみ取った審判が司会実況席に旗を振り、マナベル・ショコラの判定が響き渡る。
『ロザリンド選手、あと一手の所まで追い詰めましたが届かずーーーッ!! 美少女仮面マスク・ド・アイギス四回戦進出ぅぅぅーーーーーッ!!』
会場は大いに沸き立ち、ロザリンドとセドナ両名を祝福するような言葉が飛び交う。先を見通す一手を読みそこなったロザリンドはゆっくりと肩を下ろす。
「……あー!! 正直、貴方なら辛うじて勝てると思っていました」
「見た目より鍛えてるでしょ?」
「御見それしました。強さにはこういった在り方もあるのですね……うう」
「今回は私の勝ちだぁ! えっへん!!」
にかっと清々しい笑みを浮かべ指でVサインを作るセドナは、その後多くは語らずファンサービスのために会場を軽く回り、去っていった。
悔しい、もう一回やり直したい。
それが嘘偽らざるロザリンドの本音だ。
あの最後のだまし討ち染みた一手さえ予測できていたなら、自分にも十分に勝機があった。逆を言えば、その一手が戦士と戦士の戦いにとって大きいのだ。残念ながら、決勝でヴァルナと戦うには彼女は未だ未熟であるようだ。
結果は結果故、致し方ない。
ただ、本当に惜しい戦いだった。
ロザリンド、三回戦敗退。
しかしこの敗北は、確実にロザリンドの糧となることだろう。
そして、この日の彼女の一日はそれだけに終わらなかった。
それは、ピオニーの反応速度を以てして一撃も当てる事が叶わなかった大陸最高位冒険者『
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