第233話 昔の男に似ています
試合終了後、個室に運び込まれたコルカさんの様子を遠巻きに見に行くと、既に騎士団の何人かがやってきているようだった。こちらに気付いたカルメが駆け寄ってくる。
「どういう状態だ?」
「み、見て頂いた方が早いかと……」
カルメの言葉に素直に従い、気配を抑えてそっとドアを開けて中を覗き見る。
「こ……殺して……殺してください……」
そこには全身の皮膚が紅潮したまま顔を抑えて悶え苦しむ彼女の悲痛な声が響いていた。カウンセラーらしい女性がうんうんと話を聞いている。
「辛いのね」
「辛いとかじゃなくて恥ずかしい……全てが恥ずかしい……生まれてきた事さえ恥ずかしい……」
「一度冷静になって考えたら、自分のしていたことが認めがたくなっちゃったの?」
「だって……殴ってけがさせて監禁しながら愛しますって、ヤンデレのメンヘラじゃないですか……ヤバイ女じゃないですか……そ、それを衆人環視の中で名前も顔も晒して堂々宣言するとか……しかもそれでフラれるとか……この大会が『恥ずかしい女世界一決定戦』とかだったら優勝するほど酷過ぎるじゃないですかぁッ!! う、うえ……うわぁああぁぁーーーーーーんッ!! もうお嫁に行けないよぉぉぉぉーーーーーーッ!!」
「よしよし。大丈夫、人を好きになるのは恥ずかしいことじゃないんだから」
このままだと衝動的に工作班の人に自力では二度と這い上がれない穴を掘る依頼とかしそうである。そして頼まれて掘った馬鹿が自力で出られなくなると俺は予測しているが、それはさておき十分反省はしているようだ。
これで反省一つしてなかったら流石に手が付けられない。
俺と結ばれない人生なんて要らないとか言われなくてよかった。そういえばコルカさんはこれまでも幾度か男性と付き合ってフラれた経験があるらしいし、その辺は俺の勝手な考え過ぎだったかもしれない。
カウンセラーの人は決してコルカさんの言葉を否定せずに子供をあやすように相対している。しかし彼女の声はどこかで聞いたことがある気がするな。顔に覚えがないのに声だけとはこれ如何に。
ドアをそっと閉じた俺はふぅ、とため息をついた。
「一応試合終了後、コルカさんとヴェンデッタは別の人という扱いにしてあげてくれって会場の人には頼んだけど、どこまで効果あるかねぇ」
「それって逆にコルカさんに生暖かい目が集中していたたまれなくなってしまうんじゃ……」
「避難所を用意するか。ゲイバーとバニーズバーのどっちがいいかな」
「――そういうことでしたら、ゲイバーをお勧めしますわ」
「お、ロザリンド」
ここ最近は各自自分のことに集中するということで顔を合わせていなかったロザリンドが現れる。彼女にとっては同時期に第一部隊に配属された女性だし、多少は気がかりだったのだろう。
「バニーズバーの方々では変な方向に焚きつけそうな気がいたしますし、ゲイバーの皆さまは色々と人生経験が豊富です。傷心のコルカさんにも上手く話を合わせてくれると思います」
流石はゲイたちと妙に仲のいいロザリンドである。
よくあの視覚的にキツイ筋肉集団と普通に話せるものだ。
幼少期にゲイの治癒士と友達だったからだそうだが、子供の頃の出会いは人を変えるものなのだろう。俺もそうだし。
「それにしてもヴァルナ先輩……まさか相手の土俵である格闘戦に挑み、怪我一つさせずに場外に持ち込むとは、お見事です」
「まぁ、どうやら彼女がああなってしまったのは俺のせいもあるみたいだからな。それに、心は重症だから怪我しなきゃいいって話でもない」
扉の向こうから「コロシテ……コロシテ……」と亡霊のささやきみたいな声が聞こえてくる。彼女の想いを受け止めた上できっちりフったことで一応のけじめはつけたつもりだが、所詮それは俺の考える筋である。彼女の一件が本当に片付いたと言えるのは、彼女が立ち直ってからだ。
「時にヴァルナ先輩。こんな質問は今更なのかもしれませんが……何故コルカさんの告白を拒否されたのですか?」
少し遠慮がちながらもロザリンドが問う。
カルメも興味があるのか遠慮がちにチラチラ見ている。
フった理由を自分で説明するというのもなかなかに恥ずかしいものがあるが、コルカさんにあれだけ恥をかかせて自分は恥を避けるというのも自分勝手かなと思い、答える。
「俺は人助けが仕事だし、騎士だ。弱き者の盾となり、剣となるために優しさを切り捨てる事はできない。でもコルカさんはその優しさを自分だけに向けて、自分に俺を管理させろと言った。つまり、それがコルカさんが恋人に求める条件だ」
騎士道を心がけている俺にとって、今を変えずにコルカさんの条件に合わせるのは無理がある。そもそも他の女性とのいちゃいちゃというのがコルカさんの独断で決定されると、もうどうしようもない。
「コルカさんが嫌いな訳じゃないけど、そこは譲れなかった。それに、なんだ……コルカさんのあれって、多分結婚を前提とした付き合いの話だよな?」
「そう、でしょうね。あの真剣さからすると」
「俺もさ……流石にそこまで深い付き合いとなると、自分なりに色々考えたいことだってあるんだよ。なんというか、少なくとも今のコルカさんは俺の人生を捧げる相手ではないかな……と、思った。すまん、説明になってないかもしれんが俺も説明の仕方が分からん」
「運命の赤い糸を感じなかった、って感じでしょうか……」
カルメが乙女チックなことを言うが、案外そうなのかもしれない。
我ながらロマンチストみたいなことを考えてしまっているが、俺だって少しくらい夢を見てもいいと思う。恋や愛に夢を抱くのは何も乙女だけではない。いつか、もしかしたら、俺がコロっと恋に落ちる誰がかいるかもしれない。
「別に理想が叶わなくたっていいさ。案外夢みたいなこと言いつつ、実際にはどっかで丁度いい落としどころに落ち着くのかもしれない。でも、そういうささやかな憧れって誰でも抱くもんだろ?」
「それは……」
「そうですわね……」
二人とも多少は心当たりがあるのか、少し気恥し気に他所を向く。よかった、俺だけ恥ずかしいこと考えている訳じゃないらしい。
なお、司会実況席の後ろで俺の気を散らすことを言ったアストラエには一発腹パン喰らわせて「ぉうッ」と悲鳴をあげさせてやった。当人は「あの程度で集中力が乱れるようでは僕に勝ち目はないよ?」と懲りずにほくそ笑んでいたが。
――ともかく、無事に二回戦は突破することが出来た。
その後の試合について語ろう。
俺の三回戦の相手は、またしても対戦相手を瞬殺した伝説の戦士――竜殺しのマルトスク。誰もが読めていた展開だ。対戦相手に善戦すら許してくれないこの剣豪との戦いは、下手をすれば騎士になってから最も厳しい戦いになりそうだ。
同じCブロックのオルクスはかなり危ないながら辛うじて二回戦に勝利。彼も唯のボンボンではなく意外と根性のある奴と人気が出始めているが、アルエッタを侍らせている――と周囲に誤認されている――せいかヘイトもそこそこあるようだ。まぁ、頑張れ。
試合はそのままDブロックに突入。
アストラエは今回も危なげなく勝利し、脚光を集めている。
しかし一方で、同ブロックにいるバジョウ――カルメが的当て大会で、そして俺が大乱闘で激突した男だ――も脚光を集めている。
このまま両者が勝ち抜けば、四回戦で二人は激突する。
女性陣はこの美男子対決に目が離せないらしく、最強イケメン決定戦の様相を呈している。ちなみにウィリアムと戦ったイーシュンも勝ち上がり、今や彼は「糸目王子」とも呼ばれているらしい。アストラエは「仮面王子」でバジョウは「スマイル王子」だそうだ。
本物の王子が混じってるのだがいいのだろうか。
まぁ、アストラエは満更でもなさそうなのでいいのだろう。
なお、まさかの恋に生きる戦士だったという事実から闘技場内でのヴェンデッタの人気は逆に高まったらしく、所謂「中の人」扱いのコルカさんはファンレターやプレゼント、そしてゲイバーの人生経験豊富なゲイたちとのカウンセリングで多少は生きる希望を取り戻したらしい。
「勢いでって言うけどさぁ……本音どうなのっていわれると、やっぱり私だけ見て欲しいんですよ……」
「わかるわぁ。ああいう無骨さがあるのに若い子ってなんか一途そうに見えるものぉ」
「モテる男はいつもそう! 待っている
乙女と漢女たちの夜更かしは、暫く続いたという。
そういえば――この手の話題に面白半分に首を突っ込みそうなシアリーズの姿が見えなかったのが少し気がかりだ。飄々とした彼女であれば明日の試合など気にせずやってきそうなものだが。
少し気にはかかったが、明日に備えて休むとしよう。
絢爛武闘大会の参加者も今日で三十二人まで減った。
これまでの戦いは観客にとって前哨戦と言ってもいい。
戦う側からすれば始まったばかりでも、絢爛なる強者たちの終着点は確実に近づいていた。
◇ ◆
「――へぇ。クロスベルの尻を追っかけまわしてたアンタがこんな大会に出るなんて、意外だわ。とはいいつつ大会参加者に同じ名前があるのは知ってたんだけどね」
「相変わらずシアちゃんは意地悪ですね……私としては、クロスさんに次いでいなくなったシアちゃんが王国に移住してたことの方が衝撃なんですが」
闘技場を見下ろす人通りの少ない通路で、二人の少女が会話していた。
片や優勝候補の一角、藍色の髪が美しい『藍晶戦姫』シアリーズ。
もう一つは彼女とは対照的な橙色の頭髪をおさげにした少女。
「まだクロスを探してるの?」
「そういうシアちゃんはもう探してないんですか? 魔王決戦前夜に告白までしたのに?」
「そのあとアイツ逃げたじゃない。勇者の服の想像を絶するダサさからだけなら同意するけど、アタシからも逃げた。アンタからも」
「元々そんなに気の強くない人ですもの。もちろん再会したら言いたいことは沢山ありますけど」
優しくも、少し含みのある言い方。
そういえばこういう子だったな、とシアリーズは思う。
ゆるふわの優しい子かと思いきや、案外しっかりしている。
「私、この大会で名を上げてクロスさんがいなくともやっていけることを証明しようと思ってます」
「で、それはそれとして人の集まる場だからクロスを探すための宣伝効果を狙ってる? 全然未練引き摺ってるじゃない」
「それはそれ、これはこれです」
クロスの背を追いかけるのではなく、クロスを捕まえる。
嘗ての彼女は少し引っ込み思案でクロスの後ろをひたすら必死に着いていくタイプだった。そういうセリフが出てくる時点で、彼女は強くなったのだろう。皮肉にも、こっちの告白にイエスもノーも告げずに逃げ出した意気地なしを追うことで、彼女は逞しくなったのだ。
故に――もし激突することがあるならば、彼女は強いだろう。
元々七星に匹敵する高いポテンシャルを秘めていた。
あれから数年、今はどうかなど考えるまでもない。
「ま、頑張ったらいいんじゃない? アタシはもうアイツの事は考えるの辞めたから」
「ヴァルナさんでしょ?」
ほんの少しだけ、息が詰まった。
「クロスさんより少し色白ですが、お顔がよく似ています。面食いですね、シアちゃんも」
「別に顔じゃないし、そもそもあれはそんなにイケメンじゃないし。まぁ一つの切っ掛けであるのは否定しないけど、中身は全然似てないもの」
「でしょうね。ヴァルナさんはしっかりフりましたもの」
「だからそんなんじゃ……まぁ、逃げるよりは百倍いいけど」
悪戯っぽくクスクス笑う少女に毒気を抜かれたシアリーズは、これ以上言い訳しても無駄そうだと思って踵を返す。
「精々気張りなさい、リーカ。貴方のブロックもまぁまぁ強いのが混じってるから」
「噂に聞いた今の同僚さんでしょう? 私、負けません!」
彼女の名前はリーカ・クレンスカヤ。
嘗て魔王討伐の戦いでシアリーズと肩を並べて戦った冒険者――そして、『
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