第228話 武者震いです
無事に第一回戦を終え、晴れて見物人に回った俺は再びフロレンティーナのVIPルームに訪れていた。
「お疲れ様でした、ヴァルナ様。こちらをどうぞ」
「ありがとう、アマンダさん」
流石の気配りというべきか、すっと飲み物を手渡されたので受け取る。祭国特製の疲労回復ドリンクは、良薬口に苦しの言葉に反してイケる味である。尤も、栄養ドリンクとしては比較的イケる程度で、ロザリンド辺りはまだ慣れないようだが。
観戦用ソファにはいつもの面子とフロルが待っており、祝福の言葉を贈られる。
「楽しそうだったねぇ君。ま、初戦突破おめでとう」
「おめでとー!」
「おめでとうございます。顔に似合わずやりますわね」
「顔と強さは関係ねーから!」
隙あらば弄ってくるフロルだが、彼女のそれは所謂愛のあるイジりという奴である。そうでなければフロルとセドナでキャットファイトが始まる所だ。
「いやしかし、顔面偏差値と戦闘力には密接な関係があるという説もあるぞ。顔がいいと周囲から肯定的に受け入れられ、自己肯定がしやすくなるというものだ」
「そんなもんで強さが決まってたまるかっつーの。基礎作りと反復練習しろ」
(それやったところでヴァルナくんみたいになれる人いるかなぁ……)
(いない気がしますわ……)
絶対関係ないとまでは言わないが、顔が良くても駄目な奴は駄目である。尤も、もし俺が十人中十人がブサイクと認める顔だったら周囲の評価はだいぶ変わっていたかもしれないとは思う。サンキュー両親、そこだけはそこそこ感謝している。
「しかしヴァルナ、僕は色々君のいるCブロックを調べてみたんだが……ここ、魔境だ」
「え」
そんな報告は受けていないアストラエの話に間抜けな声が漏れる。
曰く、Cブロックに大会優勝候補とダークホースの半数近くが集結しているらしいのだ。なにせ数が数なので騎士団情報班も情報をまとめ切れていないのだが、流石主催者と繋がりのあるアストラエといったところだろう。
(ねぇアストラエくん。ヴァルナくん自身が危険な選手筆頭だって伝えた方がいいのかな?)
(シッ、あんまし大きい声出すと聞こえるよ)
(何言ってるのかは聞こえないけど、俺に対して大失礼な事考えてんなコイツら)
(お三方とも視線だけで通じ合っています……いいなぁ、わたくしもアストラエ様と視線だけで通じ合いたい……)
そして、その言葉を証明するようにCブロックに次々と危険な選手が登場し始める。
――ヴァルナの次の試合に登場したのは、大会の開催前に突如として現れた、性別すら不明なローブを身に纏った人物。登録名は『ヴェンデッタ』となっているその人物は、試合開始と同時に獣のような俊敏性で相手選手に接触した。
「ハァァァァアアアアアアアッ!!」
声をぼかす魔法道具を使っているのか男とも女とも知れない不思議な声を出すヴェンデッタは、相手選手の繰り出した槍を手の甲で受け止めながら踊るように懐に入り込み、何をさせるより前に槍を持つ手を掴んだ瞬間、空いた手で怒涛の連撃を叩き込む。
「ハイッ、ハイッ、ハイッ、ィヤァァァァーーーーーッ!!」
顔面の掌底、首筋の手刀、勁による鳩尾の殴打、全て装備品の僅かな隙間を正確に突き崩す連撃の末、ヴェンデッタは掴んだ相手の手を主軸にその場で体を回転させ、首をもぎ取るような回し蹴りで対戦相手をステージに叩きつけた。
余りの威力にバウンドして再び立ち上がる形になってしまった対戦相手を待っていたのは、両手で何かを抱えるような独特の姿勢を取ったヴェンデッタの姿だった。
「四門北方ッ!! 玄洞黒天掌ぉぉぉぉッッ!!」
「ゴボぁッ!!?」
ドグンッ!! と、おおよそ人体から発せられるとは思えない音がヴェンデッタの一撃を受けた対戦相手の胴体から響く。まるで命中したというよりは『送り込まれた』ような余りある衝撃が体内を蹂躙し、対戦相手は反吐を吐き出しながらその場に蹲り、動かなくなった。
泡を吹く対戦相手に慌てて救護班が駆け出す中、しかし実況は淀みない。
『一瞬の連撃、そしてフィニィィィーーーッシュッ!! リーチの差など関係ない、殴れる相手なら殴って倒すッ!! 王国より現れたマスクドたち以上に謎めいた刺客、ヴェンデッタ選手!! 二回戦進出ぅぅぅーーーーッ!!』
俺が一番手で、ヴェンデッタは二番手の試合だった。
すなわち、次の俺の対戦相手である。
「ヴァルナ、あれは……」
「ああ、武玄の構えだ。あいつ、最低でも王国護身蹴拳術八段……ヘタするとそれ以上だぞ」
最後に見せたあの構えを、俺は見たことがある。
あれはタマエ料理長が一度だけ見せてくれた構えの一つと同じ。王国護身蹴拳術の中でも最上位に位置する四つの構えのうち、最も『重い』とされる構えこそ、武玄の構えだ。護身というくくりを完全に超えたあの構えを習得している人物など王国内には数えるほどしかいまいに、本当に何者なのだろう。
俺の見立てでは手足の細さからして女性な気もするが、まさかタマエ料理長ではあるまい。あの人ならあの程度の相手は指先一つで倒せるし。俺も頑張ったけど素手だと指先五本でやられたもの。
「次の試合、厳しくなるな」
「次の試合だけで済めばいいけどな」
アストラエが厳しい顔で次の試合を見つめる。
「――汝、剣戟に能わず。失せよ」
試合開始と同時に、対戦相手は為すすべなく吹き飛ばされてステージ外に転げ落ちた。
斬られた、殴られた、気圧された――そのどれもがしっくりこない。恐らく攻撃があったということだけは周囲も理解できるし、相手が剣を抜いているので剣を使ったのであろうことも想像はつく。
なのに、会場にいる誰一人として、その選手が『何をして』相手を倒したのか正しく認識できなかった。言うなれば、ただ勝ったという結果だけが急に目の前に現れたような状態だった。
俺は、そのような結果を齎す技を知っている。
その技を放った人物――歴戦の証明のように顔に古い傷跡を残す齢六十に届かん高齢の男性が静かに剣を収めるのを見ながら、俺は瞠目した。
「十二の型、八咫烏……」
王国攻性抜剣術が究極奥義。
それを使えるということは、王国攻性抜剣術の免許皆伝であるということだ。
「奥義を使える君が言うなら間違いないな。あのジイさんは昔、王国の騎士団にいたことあるんだってさ。その名も――」
「わたし知ってるよ、ヴァルナくん。確か現存する数少ない竜殺しの実践者。老いて尚衰え知らず、絵本の題材にもなってる。二つ名は、『竜殺しのマルトスク』」
「俺だって知ってるよ……正真正銘、伝説の剣士じゃねーか!」
読書好きのセドナが知らない訳はないビッグネームに、俺は吐息が漏れた。
竜殺しのマルトスク。
人魔問わず敵を斬り続けて研鑽を重ね、ついには一対一で竜まで殺した英雄。
その竜狩りという戦果、戦いに全てを捧げた生き様、そして高齢になって尚衰えぬ実力が生み出す逸話の数々は、大陸中の剣士の憧れらしい。王国では彼の本はなかなか手に入らず絵本と難しい表現のある本が少々だが、俺も騎士に次ぐ程度には憧れていた。
「……王国出身とか聞いてねえぞ。少なくとも俺の読んだ本には一言も書いてなかった。森国に住んでるっていうから森国出身だとばかり」
「その辺、どうも込み入った事情がある気がするね。当人が王国出身であることを全く語らないし、王国騎士だったってのも祭国が渡航歴なんかを散々調べ回って繋いだ糸を僕が仲介してやっと判明したことだ」
分かるのはそこまでだ、とアストラエは肩をすくめる。
彼が王国出身だと知っていたら、俺は騎士じゃなくて冒険者を目指して海外に旅立った可能性がある――それだけのビッグネームと、勝ち上がれば衝突するというのか。
「今大会に参加してもらうために祭国は相当足繁くあの人の所に通ったらしい。今大会の優勝者予想のギャンブルじゃオッズを二分する英雄だよ」
下手をするとシアリーズより格上で、しかも奥義使い。
最初から慢心はしていないが、これはもしかすればクシューを超える存在とぶつかろうとしているのかもしれない。なんやかんやで俺はクシューより強い相手と剣を交えた事がない事を考えると、まさにこれこそ絢爛武闘大会の本懐と言えるだろう。
竜殺し――その心の隅に残る少年心を擽る歴戦の古強者に、俺は固唾を呑む。
負けるかもしれない、と思ったわけではない。それでも、ステージで観衆の声援に我関せずと帰っていく老人から、途轍もない剣気を感じた事だけは、未だ収まらない俺の鳥肌が証明していた。
あの人は、間違いなく強い。
「……ん? 待て、竜殺しのマルトスクがいるのにオッズが二分? もう片方は誰だ?」
「初代武闘王。君と同じブロックにいるよ?」
「Cブロック魔境ってそういうことかッ!?」
紛うことなき魔境である。
もうCブロックだけで決勝やっていいのではないだろうか。
同じくCブロックに入っているオルクスの事が急に心配になってきた。ボロ雑巾になってアルエッタさんに「死んじゃ嫌ですぅぅぅ~~~!!」って泣かれながら「最期はセドナに看取られたかった……」と事切れる奴の姿を幻視してしまう。死の間際までぶれない男だ。死んでないけど。
(ねぇアストラエくん。やっぱりヴァルナくん自身も魔境化の一翼を担ってるって伝えた方がいいんじゃないかな?)
(シッ、あんまし大きい声出すと聞こえるよ)
(何言ってるのかは聞こえないけど、また俺に対して大失礼な事考えてんなコイツら)
(ご自身のことよりご友人の行く末をお気になさるアストラエさま……素敵ですっ!!)
部屋の隅っこでアマンダさんが頭が痛そうにため息をついていた。
なお、その翌日にはDブロックでアストラエの試合があった。
結果は当然のようにアストラエの圧勝。フロルは子供のようにはしゃいで王子様の勝利を祝っていた。
絢爛なりしかなコロセウム・クルーズ。
されど、その輝きはまだ本調子ではない。
全てはこれからの戦士たちの戦い次第である。
大会は、第二の決戦に向けて激しさを増してゆく。
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