第226話 共感しても戦います
祭りは準備をするまでが一番楽しいという説もあるが、それはあくまで準備する側の話である。何も知らずに参加した人間からすれば、参加したその日こそ楽しい日に感じるだろう。
コロセウム・クルーズ周辺では屋台から何から大盛り上がり。
クルーズではこれから大会終了まで、毎晩花火が打ちあがる。
逆にギャンブルの店は一部を除いて珍しく店仕舞いだ。これは、コロセウム・クルーズが停泊している賭博街ルルズに普段訪れない人物が押し寄せていることに関係する。
身も蓋もない話、素人がギャンブルに手を出して大会観戦費さえ払えない無一文になる事を防ぐためだ。おかげで完全会員制の賭場以外は殆どが店を閉じ、または普段やらない商売に精を出しているのである。
さて、一日目から大盛り上がりだった大会はなかなかのペースで試合が消化され、昨日の見立て通り二日目の正午頃には俺の出番が回ってきそうである。
対戦相手の情報を仕入れてきてくれた先輩の報告を、俺は宿で聞いていた。
「しょっぱなから情報収集泣かせの奴でよぉ。こいつ、穴埋め枠なんだよ」
「百二十八の参加枠が埋まらなかった時のために祭国が予めツバをつけてた誰かさんの一人、ってことですか」
「そういうことだ。大会参加経験は小大会を含めゼロ。ただ、母国じゃそれなりに名の知れた男らしい」
用意された書類に目を通す。
顔写真は流石に用意できなかったこともあり、内容は簡素なものだ。
名前はカイリー・クーベルシュタイン。
性別は男、年齢は十八歳。
帝国の軍人らしく、軍曹という役職なんだそうだ。
「帝国軍の階級には馴染みがねぇだろうから言っておくが、十八歳で軍曹ってのは相当な実力か、或いはコネがねえと不可能なぐらいの出世だ。俺達で言えば副班長に近いくらいだと思ってくれや」
帝国の軍という組織体系は王国騎士団に比べてやたら階級が多く役割も細分化されているため、厳密にどれと当て嵌めるのが難しいらしい。とにかくこの男は俺と同じくらい出世が早いと思っておく。
「そもそも軍の戦いなんて民間人はあんまり見る機会がねぇし、軍は集団と数で戦闘する連中だから俺らや冒険者みたいに特定の誰か、それも前線兵士が称賛されることは殆どねぇ」
「だからこそ、そんな中から祭国が選んだこの男は只者じゃない、と」
「だな。ダメ元で色々当たってみたんだが、王国側に一つだけそれらしい情報があった。ほれよ」
騎士団資料の写しらしいそれを渡され、目を通す。
「こいつは、聖靴騎士団と帝国陸軍第一師団の模擬戦の記録? クシューが戦車ぶっ壊したとかいう奴か」
「そう、戦いは結局聖靴騎士団が勝利した。でも、問題はここよ」
とんとん、と指差された場所を注視する。
当初、聖靴騎士団は帝国の近代兵器や武器に対応できず追い込まれたが、終盤で一気に逆転して指揮官を含む多くの部隊を戦闘不能に追い込んだとある。
しかし、その戦いの中にあって最後まで壊滅を免れ、騎士を倒し続けた部隊が存在したようだ。その名を、通称『不死身の04小隊』という。
戦いの開始時に騎士の実力を見るために捨て石同然の囮作戦に使われ演習場のど真ん中で交戦。当然、騎士団側で反逆の狼煙が上がったときも真っ先に攻撃を受けているが、所属する若き兵士が水際で敵を食い止め、指揮官が撃破されて演習が終了するまで粘り続けたようだ。
「ま、帝国軍人最後の意地ってやつだ」
「クシューは敢えてこいつらを放置して迂回したのか」
「当時の帝国戦術では戦車に随伴する兵士は少なかった。逆に言えば戦車さえ突破しちまえば楽勝だったわけだ。大型魔物も仕留める戦車を突破されて帝国もさぞ泡を食ったろうな」
この辺、クシューがただ剣が強いだけの男じゃないのが伺える。流石は実戦慣れした戦士。殲滅戦特化の俺らと違って効率よく勝利目的を攫いに行く聖靴騎士団の場慣れがよく分かる。
あくまでそれは人と人との戦いでの場慣れだが。
と、話が逸れたが、それでもこの04小隊を聖靴の強豪が最後まで突破できなかったことは事実。そしてこの戦いで最も多くの敵騎士を戦闘不能にした功労から、当時二等兵――入団一年目の新米くらいの立場――の兵士が皇帝から金十字勲章を賜っている。
帝国の金十字勲章は一兵卒に送られる勲章としては分不相応なまでの名誉。
その名誉を賜ったのが、カイリー・クーベルシュタインだ。
「帝国は弓矢を発展させた、銃っていう武器を使ってるらしい。資料にも載ってるが、今はもっといい性能のもん使ってるだろうな。流石に競技用に安全な弾にはなってるだろうが、本来一発胴体に喰らっただけで死にかねん威力だそうだ」
「つまり油断せず一撃で仕留めろと」
「首飛ばすなよ?」
「オークなら飛ばしときますよ」
「えぇ、こいつ怖ぁ……」
小粋なジョークのつもりだったのだが、何故かドン引きされた。
「仕留めるなら普通心臓か動脈だろ。首飛ばすとか怖いわぁ」
五十歩百歩だった。
二人揃って深刻な職業病に凹んだ。
◇ ◆
で、試合の時間。
「帝国陸軍第一師団04小隊所属、カイリー・クーベルシュタイン曹長でアリマスッ!!」
カカッ、と踵を綺麗に揃えて胸を張り、カイリーは堂々名乗った。
情報提供では軍曹だった筈だが、出世していたらしい。
軍服という作業着を発展させたような服に、手には鉄の筒に色々取り付けたような武器を持っている。どうやらあれが要注意武器の銃のようだ。
機能は弾丸――矢のようなもの――を装填し、トリガーを引き、火薬の爆発で加速した弾丸を筒の直線状に発射する。言葉を聞いただけではいまいち凄さが分からないが、実際に目の当たりにすればその真価も量れるだろう。
銃の他にもいくつかナイフ等の装備を持っているようだ。銃の先端にはナイフが装着され、長さはナイフ込みで百二十センチはあるだろう。ちょっとした槍としても使える構造のようだ。
カイリーは顔つきは細身ながら絞り込まれた肉体を持つ、身長百九十センチ以上はある長身の男だった。手も足も相当長く、下手をすると観客には俺が子供に見えているだろう。このリーチと鍛えられた肉体は、戦士とはまた違った危険さを感じさせる。
とりあえず名乗り返すのが礼儀か。
「王立外来危険種対策騎士団所属、特別執行官。そして王国筆頭騎士のヴァルナだ」
「噂はカネガネお伺いしています!! 情報局にて『ナゾがナゾを呼ぶナゾめいた人物』との報告アリっ!!
「そうかい。威力偵察の貴重な機会だ。存分に来るといい」
「……時に、特別執行官とは尉官でアリマスか? 佐官でアリマスか?」
「任務を外れての単独行動が許される程度、かな?」
「佐官っぽいので佐官だと思って接するでアリマスッ!!」
喋り方が全体的に堅苦しい。尉官も佐官もよく知らない俺は、とりあえず帰ったら帝国軍の階級をきちんと調べて覚えようと思った。
ついでだから試合開始前に少し話を聞いてみる。
尉官も佐官も確か曹長よりは偉いので、答えてくれるかもしれん。
「ちなみに何で大会に出たんだ? 最初からコロセウムで腕試ししたかった訳じゃなさそうだけど」
「実は小職、帝国軍人の鑑である為に連日連夜任務をこなしていたのでアリマスが、なんと上司に有給休暇を消化しろという任務を言い渡されたのでアリマス!!」
「超ホワイト組織じゃん」
俺の中での帝国軍の評価がアッパー気味に急上昇した。
上司から直々に休めとか、ひげジジイなら必ず陰謀を内に秘めてでしか口にしないぞ。休暇先を進められ、そこ行きの馬車まで確保され、心にもない労いの言葉と行き先の説明で警戒心を緩めて送り込んだら現地ではい任務だぞ。
ほんとクズだなあのひげジジイ。一回と言わず何度かくたばれよ。
「しかし仕事外の自由行動など経験がなく、仕事を探して基地内をうろついては休暇中に職場に来るなと言われ、町内を散歩してもやりたいことは見つからず、結局手に馴染む武器を探して武器屋に行ったり士官学校の様子を覗いたり……」
滅茶苦茶どこかで聞いたことのある話、否、経験したことのある話である。
まんま休暇が突然来たときの俺そのものじゃん。
「分かる、分かるぞその気持ち。そこまで仕事をしようとするのは病気だとか訳の分からんことを言われただろう!」
「言われましたッ!! 分かっていただけるのでアリマスかっ、小職の気持ちを!! 急に休めと言われても何をすればいいか分からず、女を口説けと言われてもさしたる興味はなく、家に連絡を取れば開口一番結婚はまだかと言われ、入れ込む趣味が特にないと言ったら『将来早くボケるぞ』と言われる小職の苦しい胸の内が……!!」
「全部分かる。むしろ分かりみしかない」
ははぁん、お前さては俺の精神的そっくりさんだな。
「おお、騎士ヴァルナ……いえ、同志ヴァルナ!!」
「盟友カイリーよ!」
生真面目そうなカイリーが破顔した。
思わず互いに前のめりになって両手で握手する。
よかったー、俺だけおかしい訳じゃなかったんだなー、と心の孤独が埋まっていく。何となくここにタマエさんがいたら目頭を抑えて首を横に振る気がするが、その謎のイメージの意味する所は今の俺には推測できない。
「そんな不器用な小職が打ち込めるのは戦いのみ! 折よく祭国に絢爛武闘大会参加の誘いが来た際、せっかくの機会であるからして、世界の猛者たちの戦い方を威力偵察し帝国の民を守るための力を鍛えようと愚考し、今に至るのでアリマスッ!!」
「あんたとはいい酒が飲めそうだよ……もっと違う形で出会いたかった」
「自分もでアリマス。しかし、そうであるならば尚更――最高の試合をしましょう、同志」
和やかな空気が、一瞬で変わる。
先ほどまでの和やかな空気から、猟犬が解き放たれたような獰猛な吐息が感じられる感覚へ。カイリーの笑みが、捕食者か殺戮者のそれに、極めて自然に移行する。このひりつくような殺気に、俺も歓喜を以てして剣の柄を持ち、スイッチを入れる。
カイリーの瞳は爛々とした狂暴性と理性が混ざり合った瞳で俺を見つめる。
否、観察している。
きっと戦いに入った際に俺が相手に向けるその目に似ている。
「小職は帝国軍人でアリマス。第一回二国演習の屈辱は忘れることはなく、故に王国騎士との戦いは威信を賭けたもの。たとえ貴方が聖靴の人間でなくとも、皇帝より勲章を賜ったのならば……ご理解いただけますよね、同志?」
「手に取るように分かるとも、盟友」
カイリーは軍服の胸元にある勲章を撫でた。
俺も、王国筆頭騎士になった際に国王から賜った勲章を撫でる。
本大会では絶対勝利を誓うものとして敢えて付けたそれは、すなわち国の頂点さえも俺の勝利が続くことを望んでいる証だ。
俺は王国最強の騎士である。
故に王国民の前での敗北は許されない。
例え王が許そうとも、俺が許せないのだ。
その精神性も含め――間違いなく、カイリーと俺は仕事に対するスタンスが根っからの同類だった。
これ以上の言葉は要らず、実況の声が響き渡ると同時、俺達は所定の位置へ向かっていた。
『帝国より現れし刺客ッ!! この帝国最強の『一般兵』は、嘗て王国騎士を以てしても最後まで撃破する事が出来ませんでしたッ!! さあ猟犬よ、お前はこのコロセウムで何を見せる!? 王国の騎士を初戦の相手に掴み取ったのは偶然か、はたまた執念か!? 大陸では知る人ぞ知る『不死身の04小隊』隊長ッ!! カイリィィィーーーー・クーベルシュタイィィーーーーーンッ!!』
カイリーが手に抱える銃を槍のように持ち、軍靴を鳴らす。
『対するはぁ!! わずか数日で『王国最強』という言葉の意味を幾度となく証明し続けた男ッ!! 僅か一週間前までノーマークだったその男は、今や大会優勝候補に名を連ねる程に我々に武を魅せてくれましたッ!! 観客の誰もが思っています――『今日は何をやらかしてくれるのか』とッ!! 王国筆頭騎士ッ、ヴァルナァァァァァーーーーーーッ!!』
俺はカイリーに応えるように剣を抜き、儀礼の構えで返答した。
『試合――開始ぃぃぃッ!!』
「「参る」」
瞬間、二つの影が獣の如くステージ中央で激突した。
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