第225話 賜りし二物の使い途です

 王国第一皇子の下、第三回絢爛武闘大会の開催が宣言される中、二人のマスクに挟まれた俺は上中下で言えば中程度の盛り上がりでいた。不思議と込み上げる高揚感はあるのだが、盛り上がり切らないのは両隣のマスク共が雰囲気を削いでいるせいだろうか。

 マスク・ド・キングダムこと馬鹿王子アストラエが口を開く。


「……我が兄上ながら痺れることを言ってくれるよ。まさか浪漫と来るとはね」

「おーおー、上の観客席見てみろ。特権階級共のオンパレードだ。ジャガイ……もといシェパー議員一人で幅取ってるなぁ。あ、国賓席にフロルいるじゃん。セドナ、紹介してやるから後で会いに行こうぜ」


 アストラエの婚約者、フロルことフロレンティーナ嬢は流石にマスク・ド・キングダムの正体に気付いているらしく、熱烈な視線を送っている。こっちにも軽く手を振ったので二人で振り返したら、なにやらもう一人のマスクの足元からピキッ、と何かの割れる音がした。


「うん。私の方がヴァルナくんともアストラエくんとも一緒にいた時間は長いんだってことを思い知らせてやらなきゃね!」


 婚約者に張り合う癖に別に愛している訳でもないマスク・ド・アイギスことセドナ。その独占欲の深さと対抗心は一体どこから湧いているのかは不明だが、対抗心の張り方が幼児レベルな気がする。


「気にするだけ無駄さ、ヴァルナ。だいたいセドナの場合、人が良すぎて嫌う方がハードル高いからね。どうせ話し始めて二分もすれば友達になってるよ」

「ありありと想像できるな」

「そ、そんなに単純じゃないもんっ!!」


 両手をブンブン振り回して全力抗議するセドナだが、その必死さが逆に場を和ませる。コイツの場合隠密スキルを使って回り込み、背後からナイフを突きつける方法くらいでしか相手を怖がらせることは出来ないのではないだろうか。


 ともあれ、トーナメント表だ。

 一通り目を通すだけでも膨大なトーナメント表に、参加者たちは当然の如く双眼鏡などを取り出して名前を確認する。それぐらいしないと見えない程トーナメント表が大きすぎるのだ。一応A、B、C、Dの四つのブロックに別れてはいるが、一ブロック三十二名という馬鹿みたいな量を鑑みれば無理らしからぬことだ。


「俺は……Cブロックだな」

「僕はDブロックだ。勝ち上がればヴァルナと当たれるね」

「わたしAブロックー! って、あ。ヴァルナくんの所の人たちいっぱいいる」

「何!? マジか!? あっちゃー……ロザリンドにピオニーにウィリアムまでいるじゃねえか。俺以外団子になっちまったな。シアリーズはBブロックか」


 これから四つのブロックでは参加資格所有者の盛大なトーナメントが始まる。

 余りにも人数が膨大であるために二つのコロシアムを使って処理され、これの消化はどんなに早くとも三日は費やされる。

 三つ目のコロセウムが使われないのは、可能な限り『見たい試合が見られない』という状況を排除しようとする祭国のサービス精神とスケジュール調整が関係している。実際、試合も休憩や準備も計算に入れて交互に行われるらしい。


 そして人数が三十二名――すなわち二回戦を勝ち進んだ人間が揃った時点で、やっと絢爛武闘大会は一試合ずつの消化に変わる。はっきり言って、それまでは予選のようなものである。

 この際、コロセウム・クルーズの乗員は試合が長引いても早まっても随時スケジュールを調整し連絡を飛ばさなければいけないので、戦争のような慌ただしさの中で仕事をするという。サンテちゃんがやつれていく様を見られるかもしれないが、そんな憐れな姿は見たくない。


「セドナの試合は今日中にはありそうだな。俺とアストラエは明日……下手するとアストラエは明後日もあり得るか?」

「出来ればそれは遠慮願いたい所だがね。観客席で座っているだけというのも性に合わないし。今日はセドナの試合が終わり次第、フロルと一緒に皆でお茶会でもしよう。外賓用のVIPルームからも試合は覗けるしね」


 ふと、俺は思いだしたようにセドナに声をかける。


「セドナ。言うまでもねえが、俺の同僚に当たったからって手心加える必要は全くないぞ」

「あはは、加減できるほどわたし強くないもーん。全試合全力でいくよっ!」

「おう、その調子だ!」


 任務やオークとの戦いと違って、この大会の戦いは戦士と戦士のぶつかり合いだ。勝利を求める想いの強さが勝敗を分けることも多くあるだろう。その中にあって出し惜しみをするというのは、する側にもされる側にも決して後味の良くないものを残す。

 尤もこれは俺の言葉ではなく、前に馬鹿三人衆の一角、口だけ先輩が言っていた言葉だ。先輩を敬って手加減しろというから試しに手加減してあげた時だったのだが、妙に印象に残っている。


『手加減されてるって分かってる戦いって、なんかつまんねぇな』

『俺だってつまんねぇですよ。でもやれって言ったの先輩でしょ』

『そうなんだけどよぉ。やっぱお前の本当の実力知ってると、互角に剣がぶつかる現状が気に食わねぇんだよなぁ』


 その会話の後に出たのが、後味云々だ。

 アストラエはその話に少し思う所があったのか、そうか、と小さな声で呟いた。才能の有り過ぎるアストラエは戦いの場で時々遊ぶことがあるから、思い当たる節があったのだろう。


 しかし、手加減してる場合じゃないというのは的を射ている。

 なにせこの大会には、少なからぬ『シアリーズと同格』の戦士が身を潜めているのだから。


 



 ◇ ◆




 Aブロックの試合経過を語ろう。


 先日の疲労と精神的なアレを持ち越すことが不安視されたロザリンドだが、祭国の気遣いでマッサージや特製の疲労回復ドリンクを施され、一回戦では対戦相手を瞬殺。海外から珍しく戻ってきたというバウベルグ家次女のコーデリアはこれに驚きを隠せなかったという。

 ちなみにドリンクはそれなりの高値だが購入可能だ。

 何本か買ってノノカさんに成分分析して貰おう。


 セドナも快勝。彼女の勝利は観客を沸き立たせ、今大会はレベルが高いと実力以外の部分で勝手に盛り上がっていた。セドナパパのアイギア・スクーディア氏も会場に駆け付けたが、最前席でドデカイ応援旗を振り回し対戦相手にプレッシャーを与えるとのことでVIP室まで遠ざけられた。ちなみに旗を振った後、腰を押さえて冷や汗流してた。年齢も鑑みて自重してください。


 第二部隊所属ウィリアムは、巧みな鞭捌きで対戦相手から武器を奪い華麗に勝利。彼はこのまま勝ち進むとセドナとぶつかるだろう。随分な美人さんと試合後に話し込んでいたが、恋愛関係だろうか。


 ピオニーも危なげなく勝利したものの、元々Aブロックは王立外来危険種対策騎士団のメンバーが三人もいる。あまり喜んでばかりはいられない。


 それに、Aブロックには一人突出した実力の選手がいるらしい。何やら大陸でシアリーズと因縁があったという話だが、さてどのような相手なのやら。七星冒険者であるのは確からしいので、厳しい戦いになるだろう。


 続いてBブロックだ。


 Bブロックにはシアリーズの他、知った顔が二人いた。

 元クリフィア自警団隊長のナギと、俺がこのコロセウムで初めて対戦したサヴァーだ。


 ナギは大陸冒険者相手に巧みな槍捌きで翻弄し、見事に勝利。

 クリフィア時代もその動きは十分に鋭かったが、槍捌きだけでなく動きに狡猾さが増した。これは卑怯になったという事ではなく、攻め一辺倒だった戦術がより広く、攻略し辛くなったということだ。

 シアリーズには及ばないだろう、と冷静に考える自分と、出来れば試合で激突したいと高揚する自分。知り合いが活躍してると意味もなくテンションが上がってしまう。


 サヴァーも勝利した。どうやら俺に負けてからずっと鍛錬していたらしく、やはり俺と戦った時よりも動きが鋭い。しかもボーラで攻撃しながらボーラを手放し、接近戦で打撃を加えながらボーラをキャッチして連撃という絶技まで披露し、周囲を大いに沸かせた。

 前と同じ勝ち方はさせない、ということらしい。

 挑戦状をたたきつけられた気分で、やはり勝ってほしいと思う。


 シアリーズは言うまでもない。

 秒殺で相手をのして、悠々と凱旋である。

 試合時間より試合に入るまでの時間の方が長かった。


 こうして一日目はABブロックの大半の試合を消化し、翌日は残りの試合とCDブロックの試合となる。俺はCブロックの試合一番手なので、明日は忙しいだろう。


 ちなみにセドナとフロルの邂逅だが、フロルが試合を観戦してすっかりマスク・ド・アイギスのファンになってしまっていたため、セドナは毒気――元々ない気もするが――を抜かれて普通に仲良くなった。


「ほら、盾の裏には折り畳み式の刺股もあるんだよ? これでも暴徒鎮圧の訓練受けてるんだから!」

「まぁ、刺股までオリハルコンですわ! 加工が大変だったでしょうに!」

「作ってくれた職人さんには感謝しかないもん。お礼に何度もお菓子を作って差し入れに持っていったけど、職人さんのお孫さんが全部食べちゃって……タタラちゃんって言うんだけど」

「ご自分でお菓子を! う、羨ましい……わたくしも自分でお菓子を作ることができればアストラエ様に……!」


 お嬢様がお菓子作れるのって、今更ながら珍しいんだな。

 ちなみにセドナのお菓子は、ちょっとした町の製菓店をやれそうなくらいには美味い。よくあれでパティシエでなく騎士シュバリエをやろうと思ったものである。


 余談だが、フロルに付き添う敏腕秘書的存在のアマンダさんも控えていた。元気にしていたようだが、以前に一緒に仕事をした王宮メイドのノマがいないと知ってちょっとだけがっかりしていた。彼女も純真無垢なノマの魅力に心を奪われた一人になってしまったようだ。


 ――そういえば、ノマの兄である女装メイドのロマニーことロマはメイド長である。故に、俺以上にセバス=チャン執事から護身術、護衛術を叩き込まれていた筈だ。

 二代目武闘王の直弟子に当たると言って差し支えない。

 そのことをアストラエに聞いてみると、意外そうな顔をした。


「知らなかったのかい? そりゃ王宮護剣術、ナイフコンバット、投擲となんでもござれさ。王国護身蹴拳術ももうすぐ八段だし、大会に参加してたら結構いいとこまで行くんじゃない?」

「そんだけ才能のある奴が、なぁ……」

「ねぇ……」

「あれ、何の話で盛り上がってるの二人とも?」

「いえ、逆に盛り下がっている気がしますが……?」


 女装したら男とバレないほど整った容姿に加え、演技、知能、技能共に溢れ出んばかりの才能を持った男、ロマ。そんな才能の使い途がまさかのノマに寄る悪い虫を駆逐するため女装メイドに費やされていると思うと、勿体ないなぁと思わずにはいられない。


 本人の選択進路と周囲の予想は、必ずしも一致しないものである。

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