第十三章 絢爛なる決闘場 接触編

第224話 絢爛豪華に開催です

 ついに明日、第三回絢爛武闘大会が開催される。

 大会参加が危ぶまれた後輩のロザリンドがベッドですぅすぅと寝息を立てるのを横目に見ながら、俺は隣の椅子に座ってメモ帳に目を通す。シアリーズは用事があるとどこかに行ってしまった。


 現在の所、既に全員で稼いだ賞金額とシアリーズから流れてくる賞金、そしてギャンブルでちまちま稼いだ他同僚の稼ぎを合わせれば、当初の負債であった約一千七百万ステーラを賄えそうだ。


 宿代、食費、参加費を差し引いても黒字は確定。

 最後に残ったのはピオニーの借金である約五千万ステーラのみだ。


 目指すは優勝だ。ベストは優勝と準優勝を俺とロザリンドで、というパターンだろうが、絢爛武闘大会は合計百二十八名による壮大なトーナメント戦になるので、運が悪ければ潰し合いになるだろう。


 なお、優勝賞金だけはシアリーズが取った場合分配なしとなっている。流石の彼女もそこまでお人よしではないという事だ。元々お人よしとは言い難いけど。


 一つだけ心配なのは、トーナメントの割り当て次第ではロザリンドのコンディションが悪いまま戦いに突入する可能性があることくらいだが、シアリーズ曰く大会運営はその辺の空気を読むそうなので何とかなるだろう。


 なにせ総勢百二十八名の参加者だ。

 どんな消化の仕方をしたって一日では終わらない。

 と、ベッドからもぞもぞと布の擦れる音がして、寝惚け眼のロザリンドが起き上がる。ただしまだ覚醒しきっていないのか、目はどこかとろんと蕩けて眠気に負けそうだ。


「おう、お疲れさん」

「……ふぁい」


 随分と可愛らしい声で気のない返事をしたロザリンドは、しかし眠気が勝ったか体が横に傾いていく。落ちても大変なので席をずらして受け止めると、彼女は甘えるように俺の体にすり寄ったのち、自らこちらの膝の上に横向きの頭を乗せてきた。


「がんばったのれ、ごぼうびくらひゃい……」


 思わず吹き出しそうになるほどゆるゆるなおねだりに苦笑する。恐らくバウベルグ家では一度たりともこんなおねだりをした経験はないのだろう。しかし、今日こうして限界を超えた事によって、彼女の心境にも変化があったのかもしれない。

 ……実は元々甘えたい願望があったという線もあるが、それはさておき。


「偉い偉い。また一つ強くなって先輩は鼻が高いぞ?」

「えへへ……こうはい、でしゅもん……♪」


 なんとなく今の彼女にはこれがいい気がして、優しく頭を撫でてあげる。案の定、彼女は無邪気な笑みでそれを受け入れ、もっと欲しいとでも言うように膝に頬ずりする。

 手は子供のように俺の服をひしっと掴み、そのまま数分、緩やかで暖かな時間が続いた。そしてそろそろいいかと思って頭から手を離した頃、ロザリンドの体が急に硬直した。


「……」

「お、もしかして目が覚めたか?」

「……!!」


 ロザリンドの顔が、耳が、全身が真っ赤に紅潮していき、次の瞬間猫のような俊敏性でガバッと起き上がった彼女はベッドに舞い戻って頭からシーツを被った。


『今のは気のせいです!! 先輩の気のせいですッ!! 私は何も言ってない何もやってない何も考えてないっ!! ああああああああああああーーーーーっ!!』


 シーツの中から籠った叫び声と悲鳴が聞こえてくる。眠気が覚めると同時、自分が何をやっていたのか客観的に見つめ直せたらしい。個人的には後輩にああやって甘えられるのもそんなに悪い気はしなかったのだが。


「俺のご褒美は不満だったかな?」

『そそそ、そんなことありませんっ! 先輩は素晴らしい先輩ですし身に余る光栄ですっ!! でも、でもですね!! そもそも何でここに先輩がいらっしゃるのですか!?』

「覚えてないの? 試合に勝ってから寝ちゃったロザリンドを俺が医務室まで運んだんだよ」

『乙女の寝姿を、だだ、男性が見つめるのは不躾ではありませんか!?』

「だって、途中まで様子を見てたシアリーズがさ。席外すから代わりに見ててくれって言うから……」

『~~~~~~~っ!!!』


 心なしか「あの女ぁぁぁ~~~!!」と心の中で叫んでいる気がする。

 しかも、帰ってきた件の女は羞恥に悶えるロザリンドに追撃を放つ。


「お姫様抱っこで運ばれた上に寝顔見られちゃったね、ロザリー」

「あ、シアリーズ。帰ってくるの遅かったな」

『ち、ちょっとお待ちに!! お姫様抱っこ!? 公衆の面前で!? ヴァルナ先輩に!? な、何でわたくしはそんなときに寝て……いやぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?』

「そうか、俺に運ばれるのは嫌か……それはすまんかった」

『違っ、そうじゃなっ、ああもぉぉぉぉーーーー!!』


 考えてみれば意識がない間に男に肌を触られるのは普通嫌か、と思い謝ったが、彼女は更にシーツのなかでもがき苦しみながら悲鳴を上げるばかりだった。


『神様、時間を!! 頑張った御褒美に時計の針を十分だけでいいから戻してぇぇぇぇーーーーーー!! あ゛あ゛あ゛あああああーーーーーっ!!』


 彼女が望むご褒美は、数多くの人々が望み、しかし決して手に入ることのないものであった。




 ◇ ◆




 絢爛武闘大会デュエルオデッセイ、当日。

 僅か一夜で改装されたコロセウム・クルーズの吹き抜けの大ホールのステージ上に、一人の美丈夫がマイクを握り立っていた。

 高貴さを感じさせるコートに装飾品。

 態度から溢れ出る知性と教養。

 そして、どこかアストラエに似た風体。


『――今日という日を迎えられたことを、誠に嬉しく思う』


 聞くものに耳を傾けさせる不思議な雰囲気を纏った声に、コロセウム・クルーズに集合したあらゆる国、あらゆる人種の人々が耳を傾ける。


『戦いとは、不思議なものだ。強さをぶつけ合うことなく勝敗が決したり、全く異なる強さがぶつかり合い拮抗したり、予想だにしない一手が戦局を覆すこともある。戦いは文化的ではないとする声もあるが、とんでもない。戦いもまた人が積み重ねた生きるための術――立派な文明、文化である』


 人は常に何かと戦いながら文明を研鑽してきた。

 現在人々が当たり前のように振るっている剣とて、その研鑽のなかで生まれた。剣術もそうだ。槍もそうだ。そして世にはまだ新たな武器が生まれ続けている。

 それを用いる戦法、戦術も言わずもがなだ。


『だが、同時に人は常に強さを比較する。上を目指そうとする。そこにはある種、原始的な本能がある事は否めない。それは文化の、戦いの根底に眠る熱き意志……高揚感? 情熱? 闘争本能? 違う、この言葉たちでは説明しきれないものが、我々の胸に秘められている』


 一拍起き、断言する。


『その絶えることなき熱を――人は浪漫ろまんと名付けた』


 その男性は、マイクを天高く振り上げ、叫んだ。


『今ここにッ!! 王国第一王子イクシオンの名の下、第三回、絢爛武闘大会の開催を宣言するッ!! 浪漫を追求する同志たちよ、共にこの戦いの生き証人となろうッ!!』


 拡声機能を使わずとも響き渡る力強い宣言に、観衆が、選手が、その場にいるありとあらゆる人々が爆発的な歓声を上げた。大人も子供も、男も女も、老いも若いも全ての人間が同じ浪漫を胸に抱き、狂乱する。


 世界の誰もが求め、知りたがっている。

 全ての戦士が、そこからの眺めを知りたがっている。


 さあ、決めよう。

 世界一強いヤツが、一体誰なのかを。

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