第223話 番外編:ヤバい奴です
「素手大会には参加されないのですか?」
絢爛武闘大会二日前――何かに参加しようかと受付嬢に相談していると、そんなことを言われた。
「これまでの戦いで見てきましたけど、実況にも『武器持つ必要ある?』って言われてましたよね。サヴァーさんとの試合でも最後の決め手は素手でしたし、ご参加されないのですか?」
「うーん、素手はねー。自信ないからねー……」
どの口が言うんですかと言わんばかりの理解不能な物体を見る目で見られたが、本当に素手のみの戦闘となると自信溢れる事は言えない。そもそも王立外来危険種対策騎士団――最近は一部で『外対』と略されているらしい――は小細工、小道具上等だし、そうでなくともオークを確実に殺すために武器の使用は必須条項だ。
もちろんそこいらのチンピラが百人襲ってきた程度なら頑張ればどうにか出来ると思うが、一対一で素手の達人と戦うとなると話は別だ。俺はここ数日で名前まで覚えてしまった受付嬢に理由を説明する。
「サンテちゃんは王国護身蹴拳術九段の人と戦った事ないからそんなこと言えるんだって。九段になるともうバケモンだよ?」
「ヴァルナさま、鏡見てから言ってください」
婉曲に化け物扱いされた。
九段連中の次元が違うヤバさが伝わっていないようだ。
「いやいやいや本当にヤバいんだってあの人たち。俺、拳ガードしたと思ったら直線で六メートル吹っ飛んで滝に横から突っ込んだことあるんだよ?」
「はぁ。ヴァルナさまも頑張れば出来るのでは?」
「相手が俺より格下ならね。同格と格上は無理だ」
騎士団には俺より素手が強い人が二人いる。
タマエ料理長とフィーレス先生だ。
二人とも厳密には騎士団の人間ではないという辺りに歪みを感じる。
フィーレス先生はまだ勝率三割弱くらいはあるが、タマエ料理長に関しては剣を捨てて十年は修行しないと同じ土俵に立てないくらいの差を感じる。
「うちの師匠と戦って勝負になる人なんて二代目武闘王くらいのもんだよ?」
「知ってらっしゃるのですか、二代目を?」
「うん。だって王宮で働いてるし。あの人もヤバイよ。手合わせとはいえ十メートル上の天井に背中から叩きつけられた時は死ぬかと思った」
九段クラスになるともはや何で負けたのか分からないレベルの技を繰り出してくる事がある。食らっているうちになんとか理屈までは理解できるのだが、技が完成されるまでに費やされた時間の差を感じて幾度戦慄したことだろう。
ここまで話せばサンテちゃんも納得してくれる筈である。
「……総合するに、ヴァルナさまはそのヤバイ師匠と二代目武闘王の両方に蹴拳術を教わったハイブリッドヤバイ人なのでは?」
その発想はなかった。
「いや、両方に習ってるからって師匠より強くなる訳じゃねーから!」
「ぶっちゃけ比較対象がぶっ飛び過ぎてます。逆に素手は弱気なのに剣術では最強無敵と豪語出来るロジックが謎なんですが……」
結局、サンテちゃんには最後まで釈然としない顔で「まぁ、そこまでやりたくないなら……」と言われ、俺も釈然としない顔になった。これに関しては俺は間違っていないと声を大にして言いたい。
◇ ◆
聖靴騎士団で絢爛武闘大会に参加できそうな人間は、オルクスを含めて三名。
大会前の駆け込み参加が増えて難易度が上がっていくなか、一人、また一人と負け星で落ちていく。そんな環境の中、魔物勝ち抜きバトルは相手が魔物だけあって難易度が変わらない。
その日、オルクスはまたもや果敢に魔物と戦っていた。
競技は既に終盤であり、前回と違って今回はきちんと理性を残した形で戦っている。相手はハーフトロールだ。これは子供のトロールを特殊な方法で育てた人工育成の魔物であり、狂暴性はそのままに大きさは三メートル程度に抑えられている。
「グゴゴゴオオオオオオオッ!!」
元々トロールは上位の魔物。
大きさも然ることながら、その膂力はミノタウロスを捻り潰す程に強い。
故にか安全性確保のため審判による敗北判定も厳しい。
上からブオン、と振り下ろされる拳を間一髪で躱し、脇に回り込む。
(獣相手の戦いにも少しは慣れた……きつい相手だが、勝機はあると見た!!)
流石にこの期に及んで魔物相手に慢心する程オルクスもバカではない。
一つ一つ動きを分析し、確実な勝機を見出して動いている。
観客も段々とオルクスの事を受け入れ始め、声援を送る。
の、だが。
「オルクスさまぁぁ~~~!! がんばれっ、がんばれっ、オルクスさまぁぁ~~~!!」
その声援の中にあって一際大きく、そしてオルクスとしては耳障りなものが一つ。
そう、何の因果か面倒を見ざるを得なくなった平民の娘、アルエッタである。
ゲイバーの店員が護衛がてらサイドに控えているので彼女を連れ去ろうとする不逞の輩は現れないが、生まれ持ったそれの大きさに自覚がない彼女が手を振るたびにたゆん、ぼよんと揺れまくる。その揺れに男は生唾を飲むこみ、一部女性は自分の胸に手を当てて歯ぎしりしている。
ありていに言って、超目立っている。
そして、自分共々下種の勘繰りの対象になっている。
(何故どいつもこいつも私とあの女の関係性を噂する!? そして何故その内容の過半数が下卑たものなのだ!?)
世の不条理にオルクスは歯ぎしりする。
ヴァルナは今、シアリーズという海外の高名な冒険者と付き合いをしているという噂が流れている。しかしその内容は会場で一緒に観戦しながらイチャついていた、程度の微笑ましいものだ。そのままシアリーズという女は頑張って欲しいとさえ思う。
ところがオルクスとアルエッタの話になると、途端に胸の話に直結する。言葉にしただけで頭が悪くなりそうな胸の俗称の連発に、本格的に下種な夜の話など、猛烈に下ネタ方面である。むしろ世間はアルエッタの事を何だと思っているのだろう。
オルクスとしてはこれがセドナの声援であれば百人力を通り越して万人力の励みになるのだが、悲しいかな彼女は競技に参加するため会場にはいない。この脱力をどうにかやる気に昇華させなければいけないと思ったオルクスは、一つの結論に至った。
(あの平民娘に、私の苦戦する姿を見られて一喜一憂騒がれたくないッ!!)
結局、その日のオルクスは更に研ぎ澄まされた剣技でハーフトロールの首を見事に刈り取り、その後の魔物も苦戦はすれど見事に撃破。絢爛武闘大会の切符をその手にしたのであった。
「すっごいかっこよかったです、オルクスさまぁっ!!」
「私が格好良いのは当たり前だッ!! だからいちいち抱き着くなッ!!」
「ダメ……ですかぁ?」
相変わらず柔らかいそれを態とかと思うほど密着させるアルエッタが、上目遣いに甘える。
「く……後で付き合ってやるから余りしつこく引っ付くな!」
思いっきり断ってやりたい所だが、そのことがセドナに知れれば好感度低下は必至。されどこのまま続ければ、周囲は本格的にオルクスとアルエッタがそういう関係だと思い始めるだろう。どちらの道を選んでも、相変わらずオルクスの先に待つのは地獄である。
◇ ◆
王国護身蹴拳術は東洋から伝わる独特の理論に基づいており、元を辿ると多勢を素手で制圧するという割と無茶なコンセプトの格闘術だ。当然、その高みに到達できる者がごく僅かであったため、源流から支流へ別れていく過程でそのコンセプトは薄れていった。
その者はしかし、偶然が重なってその源流を受け継ぐ者を師と仰ぎ、力を得た。
自覚はなかったが、才覚があったのだ。
それを自覚したとき、その者は浮かれた。
この力があれば、意中の者に力を示すことが出来る。
他の者たちを押しのけ、想いを告げる自信をくれる。
これだけの実力があって、今更何を恐れるのか――と。
しかし、自信を付けたその者が意中の存在の下へ意気揚々と向かうと、その先には信じられない光景が待っていた。
見知らぬ者と仲睦まじげに談笑する相手。
見知った者と並び歩く相手。
挙句、異性を両手に抱擁する相手。
その者は激怒し、傷心し、そして憎悪した。
力を持つことによる増長が齎した極端な思想と行動だと、師がいれば指摘していただろう。されど、皮肉にも一人でこの場に来たその者にはストッパーとなる者がいなかった。
必ずあの者を後悔させ、贖わせなければならない。
その為ならば、我が身、修羅と成り果てん。
その日、突如として顔をローブで覆った謎の選手が素手大会で対戦相手を全員叩きのめした。さほど優れている訳でもない体格で、並み居る存在を次々に薙ぎ倒す正体不明の選手に、コロセウムの観客たちは「また面白いのが出てきた」と囃し立てた。
……いや、正式な選手なのに正体不明ってどうよ、と思うかもしれない。
しかし考えても見て欲しい。既にマスク被った怪人気取りが二人も大会出場権を得てるんだから、今更一人くらい増えてもいいじゃんと祭国側は思うのではないだろうか。いや、思うに違いない。
ノリとライブ感でやっちまえ。
それが祭国クオリティなのである。
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