第220話 有料なんてどうかしてます

 オリハルコンという金属について、説明しよう。


 ピオニーの鍬の先端にも使われているこのオリハルコンという金属は、数ある金属の中でも超稀少金属だ。地域によっては聖銅と呼ばれ、この金属の一グラムがダイヤモンドより稀少とも言われている。


 この金属には謎が多く、鉱山で採掘されることがほぼない。物質としての成り立ちには諸説あるが、魔物発生前の古代の文献にそれらしいものが登場しないので、魔物発生頃に秘密があると学者たちは踏んでいるそうだ。


 この金属の最大の特性は、強烈な硬さとそれに反比例するかの如き軽さ。


 例えば俺の持つ剣は平均的なサイズで素材は鋼鉄。

 重量は一キロ少し。重量だけ見るとそこまで重くない。

 が、もし同じサイズの剣をオリハルコンで作れば硬度は倍以上、重量は三分の一だ。なお、コストは鰻登りで恐らく十倍を遥かに上回るだろう。これはオリハルコンを溶かして加工するのに半端じゃない火力の溶鉱炉と燃料が必要だからだ。


 故に、オリハルコンで作られた武器というのは国宝に匹敵する代物であり、冒険者なら一度は夢見て、そして叶わぬが故に夢と消える幻の品なのだ。

 余談だが、帝国はこれを人工的に生み出そうとしてアダマント合金なるものを開発したそうだが、残念ながら鋼鉄より少し上程度の代物にしかならなかったらしい。


 話を戻すが、オリハルコンの武器というのは戦士の夢なのである。


 ところがどっこい、極論を言うとオリハルコンの武器は超金持ちであれば用意出来るという夢も希望もない現実がある。然るに、世界有数の金持ちの家系の子どもがそんな夢をブンブン振り回しているなんてことも有りうる。


 簡潔に結論を述べるならば、である。

 セドナは士官学校入学記念として、父親からオリハルコン製の盾をプレゼントされている。


「えやぁぁぁーーーーっ!!」


 アルタイル・コロセウムに可憐ながら勇ましき声が響く。

 見た目の華奢さからは想像も出来ない全速力で、自称マスクド・アイギスことセドナは突っ込んだ。彼女のオリハルコンの盾――『スクード』には先を見るための小さなのぞき穴があり、盾を前面に出しても意外と視界良好だ。


 ハルバードを扱う対戦相手、ファーベルという冒険者の男はこれを華麗に躱そうとするが、避けた方角にすぐに方向転換してきたセドナに逃げ切れないと悟ったか迎撃のためにハルバードを振り抜く。


 槍と斧の複合武器とも言えるハルバードは、長身手長のファーベルの体形と相まってここまで多くの対戦相手を沈めてきた。その実力は俺の見立てではロザリンドに粘り勝ったルートヴィッヒを上回っている。


 つまり――まぁ、あの盾を持ったセドナなら何とかするだろう。


「引き付けて、引き付けて……ここッ!!」

「何ぃッ!?」


 ハルバードが振り抜かれる最大の威力となるタイミングを見切ったセドナが盾を傾けながら上に突き上げ、ハルバードの一振りが完全に弾かれる。二の型・水薙とは似て非なる、パリィという技だ。

 セドナはそのまま盾を構えてハルバードの長い柄を盾で擦りながら接近し、一瞬のフェイントを噛ませたシールドバッシュをお見舞いする。


「ぐはぁッ!? くっ、なんとやり辛い……!!」

「まだまだいっくよー!! そぉれッ!!」

「おのれ、この私がこんな小娘に……ッ!!」


 セドナが全身を回転させ、盾の先端を相手に叩きつける。

 瞬間、防御に出されたハルバードと接触した盾がズガンッ!! と強烈な衝撃を放つ。これは金に物を言わせてシールドに内蔵された『シェルインパクト』と呼ばれる装置が発生させた衝撃だ。


「う、腕が……!」

「もっと叩くっ!!」


 あのシールドの縁には、ばねなどを組み合わせることで相手と接触すると同時に凄まじい勢いで迫り出す機能がついている。迫り出す長さは僅か数センチ程度だが、ギミックによって生み出される瞬間的なインパクトは強烈だ。

 生身に当たれば当然大激痛、防いでも武器越しに衝撃が腕を襲う。

 そして、避けようにもセドナがガンガンに攻めてくるので避け様がない。


 ばねのような仕組みなので一度伸ばしたギミックをセットし直す必要があるのだが、あの盾はシェルインパクト発動後に更に盾で殴ることでセットし直される仕組みになっている。セドナはそれを巧みに利用して絶え間ない衝撃でファーベルを揺さぶっていた。


「うーん、やっぱりあの盾ズルいよね。金に物を言わせてギミックだらけ、世界一贅沢なオーダーメイド品だよ」

「ほぼフルオリハルコンだからな」


 苦笑いするアストラエに頷く。


 セドナは剣術の才能がかなり乏しい。

 しかしそれは彼女が弱いと言うよりは、彼女と剣の相性が悪いのだ。


 あのシールドはつまり、セドナのバトルセンスに十全に対応できるようカスタマイズし尽くされた最新最硬の盾。あの盾とセドナが組み合わさることによって、初めて彼女は六星クラスの相手にも怯まない勇猛果敢な戦士になる。


「金にモノを言わせた武器に頼った娘などに、何故っ!?」

「だからだよっ!!」


 次々に襲い来る盾の猛攻にファーベルが糾弾するように叫ぶが、セドナは一歩たりとも退かない。


「この盾の為にお金を払った人がいる! この盾を作るために滝のような汗を流した人がいる! この盾を使いこなす為にたくさん時間をかけて鍛えてくれた人がいる! だから私はこの盾を信じてるし、今の私の為に注がれた沢山の想いに応えなくちゃいけないっ!!」


 確かにあれが普通の盾ならばセドナはあそこまで善戦出来ないかもしれない。逆を言えば、あの盾だからこそセドナは全力で敵に立ち向かえる。彼女にとってあの盾は、盾に連なった全ての人間の想いの盾なのだ。

 優しいセドナは、その想いに応えるためなら努力を欠かすことはない。


 盾がセドナを、セドナが盾を。

 彼女はある意味で、俺と全く違った方向に『完成』された戦士だ。


「アイギス盾甲術必殺ッ!! ピークロォォォックッ!!」


 セドナの咆哮と共に、盾のギミックが発動して盾中央部に溝が出来る。恐らくは六の型・紅雀を参考にしたであろう盾先による刺突攻撃は、ガードに構えていたハルバードの柄をぴったりの溝幅ですり抜けてファーベルの腹に叩き込まれた。


「ごっ……コハァッ!! み、溝、だと……?」

「本来は剣や長物を挟むために作られたギミックだと思うけど、使い方次第で矛にもなるの」

「あの、攻防の中で……この隙を、狙って、いたのか……油断、した――!」


 無念と悶絶の入り混じった顔でそう言い残し、ファーベルはその場に倒れ込んだ。意識はあるようだが、腹に入った強烈なダメージに足腰が言う事を聞かなくなっている。

 戦闘続行を諦めたようにファーベルはステージ外に武器を投げ出し、それを戦意喪失と受け取った司会、ミラベルが声を張り上げる。


『試合終了ぉぉぉーーーーーーッ!! 当初は記念参加勢と目されていたマスクド・アイギスがまさかの優勝ぉぉぉぉーーーーーッ!! 本当に、本当にこの王国という国は我々を何度も驚かせてくれますッ!! 皆さん、コロセウムに咲く可憐な一輪の花に惜しみない声援をッ!!』


 一段と大きな声援がコロセウム中からワァッと響き、既に彼女に出来たファンたちも野太い声を上げる。俺とアストラエもそこそこの声で祝福すると、周囲に手を振っていたセドナがこちらを向いて可愛らしいガッツポーズで応える。


 ハチャメチャ大三角に弱卒なし。

 どうにも、彼女も絢爛武闘大会のライバルとして立ち塞がりそうである。




 ◇ ◆




 夕方、またバニーズバーに集結した騎士団の面々は口々に報告する。


「カルメ」

「ばっちり優勝です!」

「ウィリアム」

「右に同じく、だな」

「ピオニーは見てた。お前もこれで大会出場権を得たな」

「嬉しくないんですけど……」

「これで出場権を得ていないのはロザリンドだけになったが、今ロザリンドはシアリーズ指導の下で猛特訓中だ。お前ら、変なちょっかいは出さないでやれ」


 ロザリンドが負けた事は、騎士団メンバーに少しばかりの衝撃を以てして受け止められた。特にカルメは彼女の実力を知っているだけに、心配そうだ。


 しかし、シアリーズが『戦士としての餓えを覚えさせるから手出し無用』と言って彼女との特訓を別行動で行っているため、会いに行くことを許可は出来ない。俺だって殆ど行けてないのだ。


「カルメ、ウィリアム、ピオニーの三名はこれから自由行動だ。小遣い稼ぎ、修行、遊び……規則の範囲であれば好きにしていい。ただし大会終了後には任務にとんぼ返りだからコンディションには十分気を配れ」

「「「了解」」」

「お料理お持ちしました~~!」


 話が纏まったのを見計らったかのように、バニー給仕が料理をテーブルに置く。


「……で、君は結局手伝わされてるのか、アルエッタさん」

「はい~! 皆さんほんに親切で、うちさえよければずっとここで働いてもええって言うてくれたんですぅ~!」


 そう、バニー給仕の正体は昼にオルクスの連れていたアルエッタさんである。バニースーツの胸元がはちきれそうなぐらい揺れており、非常に際どい。もちろんお触り禁止の店なので見えそうで絶対に見えない的な設計にはなっているのだろうが、恐らく胸サイズが最大のバニースーツでも彼女のそれは持て余すのだろう。


「ま、サービス業は王都にもあるからじっくり考えるといいんじゃないかな。オルクスと相談して」

「モチロンですっ! あ、オルクスさま~~!!」


 ほにゃっと微笑んだ彼女は残りの飲み物と料理を持って離れた別テーブルにいるオルクスの下に駆け寄っていき、床に躓いて飲み物を軽くオルクスに零してしまった。


「うおッ!?」

「あっ……も、申し訳ございません! 今すぐ拭きますんでぇ!」


 すぐさまタオルを取り出して拭こうとするアルエッタだが、零れた飲み物が掛かったのはよりにもよってオルクスの太腿、それも割と股間に近い場所である。テンパるアルエッタはそんなこと一切気にせず座るオルクスの脚に覆いかぶさるような態勢になり、むにゅん、と二つの豊満なそれが潰れる。

 その自覚のなさとタイミングが恐ろしい。


「い、いい! 拭かなくともいい! 着替えるからしばし待て!!」

「でもっ、早よ拭かんとシミになってまいますよぉ!?」

「捨てるからいい! それより離れろ! この態勢は……!」


 オルクスの股間に顔を近づける大いなる双丘の女性。

 他人に見られるには些か、いや、至極躊躇われる光景である。


 しかもその光景は、こちらの近くの席に座るセドナにバッチリ見られている。無論相席しているアストラエや店員も見ているのだが、オルクスからすればセドナに見られているのが一番の大問題である。


「オルクスくん……」

「せ、セドナ。違うんだ、これは……!」

「アルエッタちゃんに心配させまいと服を捨てる選択をするなんて紳士的だよ! アルエッタちゃんへの思いやりに溢れてるねっ!」

「そ、そうなんだよ~! そういう訳だアルエッタ、私に見栄を張らせてくれたまえ!」

「流石はオルクスさま……うち、感激ですっ!!」


 セドナがいる手前、アルエッタを邪険に出来ず否定も出来ない。

 セドナの純真さに救われて好感度が上がるのに、セドナの残酷さに堕とされて夢からは遠のく。またしても想い人が齎す二重の地獄に、オルクスは悲しみを裏に隠した快活な笑みで肯定した。この調子だとあいつそのうち胃に穴が空くんじゃないのか。


 なお、ウィリアムはアルエッタの胸元を終始ガン視し、冷めた目のカルメがテーブルに置いたウィリアムの手にテーブルナイフでナイフゲーム――指と指の隙間に往復連続でナイフを当てていくもの――を始めるまでそのままだった。


「ぬおおおおおおッ!! ミスタ・カルメ!! ナイフゲームは他人の手でやるものじゃないぜッ!?」

「いいじゃないですか、こういうスリリングなゲームはきっとハードボイルドです。アーテガスベッター」

「痛だぁぁぁぁぁぁぁッ!? ナイフが突き刺さらない絶妙な力加減ッ!?」


 しかし、ここ暫くオークと交戦してないな。

 明日、クルーズの人に頼み込んで競技用オークを殺させて貰おうか。多分有料だけど。自分から金払ってオーク殺すってよく考えなくても頭おかしいな。

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