第218話 他人事と思い笑っています

 大乱闘。

 本来はおおよそ競技を示す言葉としては相応しくない筈なのに、何故かオールスターバトル的な雰囲気を内包した不思議な競技だ。

 比較的新しい競技で、導入されたのはつい二年前になる。


 開催されるのはベガ・コロセウム。

 司会実況のクーベル・ショコラのマイクが今日も唸る。


『さてやって参りました、ここベガ・コロセウムでも指折りの人気を誇る大バトル!! 全コロセウムの中でも最大、参加者上限五十名!! 大乱闘ぉぉぉーーーーーーッ!! ルールは簡単、ステージ上で次々に襲い来るギミックを躱しながら戦って、最後に残った選手の勝ち!! シンプルにして至高のルールですッ!!』


 大乱闘のギミックは祭国の技術の粋を結集したド派手なものであり、ある意味全競技の中で一番金のかかる競技でもある。これこそ俺が今日参加する、シアリーズやナギが稼いだらしい小大会だ。

 武器の持ち込みルールは無差別級とほぼ同時だが、小道具の持ち込みは基本禁止だ。


 参加者は丁度定員五十名。真剣勝負に挑むというよりは、障害物を躱す競技に参加するような気楽さが感じられる。それが証拠に参加選手の一人が気軽な態度で俺の肩を触る。


「よう、新参のヒーロー! まぁ肩の力抜け……超抜けてる!? リラックスしすぎだろ肩の筋肉フニャフニャかよ!!」

「緊張する理由もないし、競技も始まってないし。お前も落ち着けよ」

「この競技始めて十二年目くらいありそうな貫禄ッ!?」


 十二年前はこの競技は存在しないのだが、それはさておく。

 王国攻性抜剣術の繰り出す瞬発力はリラックス時の筋肉の状態を知ってこそ最大限の力を発揮する。あとオーク討伐ばかりした俺達騎士団は隙あらばリラックスしようとするのも理由の一つだ。


『さて、昨日に続いてまた別の競技に参加する騎士ヴァルナにも注目が集まる所ですが、大会直前になって選手のレベルも高くなっています。他に注目すべきはやはりあの男! 少し前からコロセウムで名の通るようになった美男子、バジョウ……様でしょうか!!』


 一瞬詰まったが結局様付けされたのは、彼自身よりその周囲に忖度した結果だろう。

 観客の一部から上がる黄色い声援に笑顔で手を振る黒髪の男がいる。カルメを弓術大会で打ち破ったと思ったら打ち破られた男、バジョウだ。話によると弓だけでなく剣と槍も修めているらしく、今回は独特の反りがある剣、刀を携えている。

 長い刀が一本に短い刀が一本。よくみると刀の鞘に更に小さな刃が仕込まれている。彼自身の服装から考えても、恐らくは列国特有のものだろう。タタール・ブランドの剣に近いものを感じる。


 そして実況の言う通り、他の選手の中にも強そうな気配を放つ者がちらほら見受けられる。最近になって気付いたのだが、どうやらオークの目利きを繰り返しているうちに外見を見れば人もオークもだいたい強さを推し量れるようになったらしい。ただし人間相手だと振れ幅が大きいので過信は出来ない。


 参加前に聞いた話なのだが、この競技は恐ろしいことに七星ランクでも一瞬気を抜いたらうっかり負けることがある程にランダム性が強い競技という。シアリーズは気合と根性で全勝したが、内心ヒヤっとした罠は何度かあったと本人は言っていた。


 今日、このステージで勝つのは唯一人。

 ステージギミックによってステージそのものがゴゴゴゴ、と堅苦しい音を立ててせり上がり、逆にステージ外は下に下がり高低差が生まれる。ちらりと下を見ると救命ネットが張られるのが見えたが、それでも高さ十メートルはありそうだ。観客からは下が殆ど見えないかもしれない。


『さぁ、勝利するのは歴戦の古強者か、或いは誰も目にかけていない新人か!? 強いも弱いも老いも若きも、誰が勝つのか分からないッ!! 飛んで跳ねて潰し合って最後の一人を掴み取れッ!! 試合ィ……開始ッッ!!!』


 高らかなる宣言と同時に、周囲に存在する全ての選手が敵になった。


 直後、ガッコォォンッ!! と、ステージが西側に傾いた。


『開幕からローリングスロープ発動だぁッ!!』

「どわぁぁぁぁぁぁッ!? いきなりかよぉぉぉぉーーーーーッ!!」


 偶然西側にいた選手たちが悲鳴を上げてステージを転げ落ちる。落下中に他の選手を蹴り飛ばしてなんとか姿勢を取り戻したり、そういった選手を道ずれとばかりに足を掴んで落そうとしたり、ステージ縁にしがみ付いて必死に耐えたりとさっそく大荒れだ。

 落下した選手は七名。俺は不安定な足場には慣れっこなので耐えた。


「堪えたと思ったその瞬間が、一番あぶねぇのさぁッ!!」

「一理あるな。せいッ!!」


 後ろから切りかかってきた男に振り向きざまに剣の腹で一撃。


「ぐへぇッ!? おわぁぁぁぁーーーーーッ!!」


 男はそのままバランスを崩して傾いたステージを転げ落ちていった。足場が不安定なのは仕掛ける側も同じ。攻めに転じるのはハイリスクのようだ。

 見ればこの隙にライバルを減らそうと既に戦いが起きており、これで五名が更にステージの下に転げ落ちる。早速の大量脱落で観客は大盛り上がりだ。


 と、ステージが振動して傾斜が元に戻る――と同時、今度はステージの床の一部が開き、中から液体が噴き出してきた。


『立て続けに選手たちを襲う罠ッ!! ホットウォーターだぁぁぁぁーーーーッ!! なお健康面に考慮して火傷しないギリギリの温度で飲用可能な水を使用していますッ!!』

「アッツゥイッ!! アアッツ、アッチィィィィィィッ!!」

『おおっと不運にも真下に噴射口があった選手が股間を押さえて転げまわり、そのままリング・アウトだッ!! まったく大げさですねぇ』

「馬鹿野郎この、火傷しなきゃなんでもいいだろみたいな考え方やめろやッ!!」


 試しに触ってみたら確かに火傷しないギリギリまで温度を上げているのでボイルドされた水ではないらしい。しかも上に噴き出た後に散って落ちてくるため視界が悪化し、足場も少し滑りやすくなっている。

 と、その合間を縫って二人の剣士が接近する。


「競争相手に早めにご退場願うためにッ!!」

「テメェは優先して落とさせて貰うぜッ!!」


 チームという訳ではなく、勝率を上げる為に勝率の高い選手を潰す一時的な協力のようだ。昨日の大会であからさまに周囲に警戒されている俺をこの隙に狙いに来たのだろう。


 そのまま迎撃しようと構え、ふと横から立ち昇る湯柱に目が行く。正面の二人は二手に分かれて湯柱を突破する気らしい。ならば、このお湯は利用できるのではないだろうか。


「やってみるか……九の型、打翡翠うつせみッ!!」


 通常の剣技と違い浅めに剣を構えた俺は、二人の選手がちょうど二手に分かれた瞬間に合わせ、全身を捻った深い踏み込みと共に深く刃を解き放つ。

 刃は対戦相手に届くことなく、噴き出す湯を真っ二つに切り裂いた。


「ハッ、どこ狙って――ブハァッ!?」

「湯をッ!? づあぁっちゃぁッ!?」


 切り裂かれたお湯が二手に分かれ、対戦相手二名の全身に叩きつけるように降りかかり、装備の隙間に湯が入り込んだ二人は悲鳴を上げて転げ回る。剣そのものではなく、剣が別った湯の流れこそが今回の狙いだ。


 九の型・打翡翠は非常に構えが浅く、そのため通常の刀身の半分程度しかリーチがない。その代わりに威力と速度は折り紙付きで、同じ振り下ろしの剣である五の型・鵜啄と違って瞬間のインパクト重視。俗にいえば「ぶっ叩く」のが本質だ。

 動きの鈍った二人に裏伝を利用した足捌きで蹴り飛ばし、ステージ外にご退場願う。


『騎士ヴァルナ、ステージギミックを利用して作業的に対戦相手を処理していく!! 恐ろしい順応力ですッ!! 一方のバジョウ選手もこのステージを利用して大立ち回りだッ!!』


 見れば剣を掲げたバジョウが湯と湯の間をすり抜け、対戦相手を弾いたり湯に蹴り込んだりと派手に動き回っている。その一挙手一投足が妙に栄え、主に女性客から歓声が上がり、そして落とされた男たちから怨嗟の声が上がる。


(なるほど、華があるってヤツだな。アストラエやセドナみたいに何しても様になるタイプだ)


 実際、本人の動きもいい。男性客からも華麗な足さばきと余裕のある不敵な笑みから彼を応援する者もそれなりにいるようで、良くも悪くも彼はこの競技の中心となって踊っていた。


 この攻防でリングアウトした対戦相手は九名。先ほどの脱落分と合わせて計算すると残り二十九名。そろそろ半分を切る勢いになってきた。


 次は何が来るかと周囲を観察するが、なにも来ない。

 選手たちはそれを見るや急に本来の競技内容、乱闘に移った。怒号と剣、槍、盾がぶつかり合い、入り乱れていく。


『ギミックとギミックの間、僅かな休息!! しかしそれはステージにとっての休息だ!! 次のギミックがいつ襲い来るか分からない中、腕自慢の選手たちは一人でも多くの戦士を脱落させたいところです!!』

「これもスリルのうちって訳か。うっかり乱闘に熱中し過ぎると次のギミックで吹っ飛ばされると」

「そゆことデスね~」

「で、戦いに自信がない奴はこの時間はこそこそ逃げて、ギミック発動を待つんだな」

「そういうことなんデスよ~」

「……で、君だれ?」


 さりげなーく隣で相槌を打つ人物に目をやると、その人物は恭しく一礼した。


「どもデス! 若き戦士、カダインというデス!」


 くりくりした瞳の少年にしか見えないカダインは人懐っこい笑みで答える。かなり小さく、ブッセ少年といい勝負くらいの幼さだ。


「で、カダインは何でおれに声かけたんだ?」

「決まってるデス。後で賞金山分けするから協力しまセン? ほら、ボクはこの通り手足も短くていたいけな少年なので、正直最後まで勝ち進むのは厳しい訳デスよ」

「ふーん」


 確かに子供なら厳しいだろう。それに得た賞金の使い途は買った奴が決めること。その場での共闘はこの競技では日常茶飯事だと聞いているし、おかしいとは思わない。

 俺がおかしいと思ったのは、もっと別のことだ。

 いぶかしがる俺の心を知ってか知らずか、カダインは上目遣いでこちらを覗き込んでくる。


「それにですね、実はカーちゃん病気なんです。この高いでちょっとでも金稼ぎしないと薬買えないんデスぅ……ねえお兄さん! ボクを助けると思ってお願い! ネ?」


 瞳をウルウルして懇願するように服のすそを引っ張るカダイン。

 しかし、いたいけと言う割には手足は結構鍛えられている。見た目には少年に見えなくもないが、よく見ると筋肉の付き方がガチなのだ。そして何より目の前の少年の視線の投げ方などに既視感がある。


「何歳?」

「十一歳デス!! 冒険者であれば多少幼くトモ参加できマスので!!」

「ふーん。俺はてっきり貴方はルヴォクル族の三十代くらいかと思ってたけど」

「……や、やだなぁ。そんなことある訳――あるんだよオラァッ!!」


 急に豹変したカダインの槍突きを知ってたとばかりに捌き、カウンター気味に蹴りを叩き込む。カダインは体の小ささが災いしてゴロゴロ転がり、あっという間にステージ縁に追い詰められる。


「クソがぁッ!! 王国はルヴォクル族殆どいねぇって聞いたから通じると思ったのによォ、ファッキンシィットッ!!」

「口悪ぅ……あー、残念だが同僚にルヴォクル族の先達が一人いてな」


 ノノカさんは割と自分の容姿をフルに活用している人なので、歳を経ても幼い容姿のルヴォクル族ならではの声色や仕草を使ってくる。という訳で、もしかしてと警戒していたのだ。


「だがなぁ、ルヴォクル族ナメてたらあかんぜよ……! すぅー……ふえぇぇぇぇーーーーーー!! このお兄ちゃんがボクをイジメルですぅぅぅーーーーーッ!!!」

「あっ、子供特有の卑怯なやつ来たッ!?」


 幼い声を最大に振り絞って泣き顔と共に放たれる声に、事情を知らない観客と選手の一部の目がこちらを向く。主に女性たちの視線が非常に厳しい。


「おい、乱闘にも参加せずに子供を追い詰めてんぜ、騎士ヴァルナが……」

「ガキから潰すってのは合理的だがよぉ、流石に大人げなくねえか?」

「ちょっと!! そんなに追い詰めて可哀そうだと思わないわけ!?」

「バジョウ様ぁぁぁーーーー!! そこな悪漢に制裁をぉぉぉーーーッ!!」


 これまで味方、或いは中立だった周囲の声と目線が急速に冷めていく。一部の観客は何が起きたか把握したか、憐れみや同情の視線が送られてきた。こうなったら諦めろということらしい。

 世の中には時折、こうして聴衆の心を誘導するのが上手い人間というのがいる。


「クケケケケケケ! 嘘を嘘と見抜けるからって聴衆が味方する訳じゃねーんだよ!」


 最初の純真そうな面の皮が原型を留めないカダインが悪魔の笑みを浮かべる。しかも俺にしか見えない声量と角度で。これは完全に常習犯の顔だ。


 それにしても、これは大乱闘だからこそ通じる手だろう。

 一対一の戦いで勝ちを譲ろうなどという奇特な戦士はまずいないだろうが、大乱闘は誰と誰がいつ戦ってもいい競技だ。見逃しという手もあるし、何かを口実に手ごわい相手を潰そうという動きも起きる。


 そして、ルヴォクル族に騙され女性陣の声を代弁せんと、一人の男が俺とカダインの間に割って入った。


「やぁやぁやぁ!! ここから先は列国武家に生まれし男児、このバジョウがまかり通さんッ!! 幼き少年をいたぶる前に、まずは我が剣技を突破して見せよぉぉッ!!」


 無駄な見栄を切っている間に一発叩き込もうかとしたが、そうすると本格的にヒール扱いなのでぐっと我慢した俺であった。


 ……あっ。アストラエの野郎、観客席でコッチに指さして爆笑してやがる。

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