第217話 すれ違いは加速します

 棒術という武術は、意外と奥が深い。

 まず、使う棒は基本的に剣より長いのでリーチがあるが、代わりに槍のように穂先に刃がないので殺傷能力がない。それだけ聞くと弱い武器にも思える。鉄の刃は重さにもなり、重さは威力と重なるからだ。


 しかし、刃がない代わりに棒には軽さがあり、何より自由度が高い。

 穂先があっては出来ない動きも、棒なら出来てしまうことがある。

 突き、足払い、拘束と対人では多彩な使い途がある。


 が、世はまさに対魔物時代。

 棒術は人間の犯罪を取り締まる役割としては現役だが、決してメジャーとも派手とも言えない。ましてアストラエが習得しているという杖術は、棒術の中でもドがつくマイナー武術だ。

 しかし、マスクド・キングダム――もとい、アストラエという男は世界を自分中心に回してしまう気質がある男だ。


「くっ、そのすかしたマスク叩き壊してやらぁぁぁぁッ!!」


 対戦相手が振るうのは細いながらも鋼鉄で仕上げられた、身の丈ほどある六角鉄棍。遠心力から生み出される破壊力は絶大で、下手なハンマーより破壊力が一点に集中する。使いこなせればこれほど恐ろしい武器もないだろう。


 対し、マスクド・キングダムことアストラエの持つ武器は一メートル半あるかないかの木製の棒、いや杖だ。ぶつかり合えばどちらが勝利するは明白な筈だった。


「――甘いねッ!!」


 アストラエが踏み込むと同時、持ち手を切り替えたことで急にリーチの伸びた杖が相手の振り下ろしに合わせて手元に潜り込み、手首を強かに打ち据える。相手選手からはまるで棒が生き物のように手元に入り込んできたように見えただろう。


 振り下ろしてしまった鉄棍は床にぶつかる直前に引かれ、男はなんとかアストラエに鉄棍を向けて間合いを取ろうとする。しかし、彼と違って木製で長すぎない杖を獲物にしていたアストラエは手早く持ち手を変え、次の瞬間には杖の先端を男の喉に突きつけていた。

 長くて重い鉄棍にはあの動きは出来ない。

 軽く短めの棒だから出来ることだ。


「まだやるかい?」

「……ったり前ェだクソガキぃッ!!」


 男の額と腕に血管が浮き出て、鉄棍が足掃いのように横薙ぎに振り抜かれる。ところが男が気付いた時には、アストラエの足はなんと彼の鉄棍と持ち手の上にあった。

 これは棒術というより当人の捌きを褒めるべきかもしれない。

 振り払った筈のアストラエの杖先は依然として男の顔に突きつけられている。


「もう一度聞く。まだ、やるかい?」

「まだ……まだだぁッ!!」


 男が遠心力に物を言わせた破壊力ではなく、鉄棍のリーチを生かした構えに変わり、アストラエが飛んで引く。棍の丁度中央辺りを掴む、棒術の基本の構えだ。アストラエは、面白くなってきたとばかりにぺろり、と舌なめずりした。


「破ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 突く、薙ぐ、回って流れを作り更に突く。リーチと重さを活かしながらも先ほどとは打って変わって堅実な動き。リーチに負けるアストラエの杖ではリーチを最大限に活かした戦いではどうしても遅れを取る。


 だが、アストラエにとってそれは大した問題ではなかったらしい。

 鼻歌交じりに駆けだしたアストラエは手元で回転しながら振り回される鉄棍の動きを見切り、一瞬の隙間に杖を滑り込ませる。


 ただ杖を滑り込ませるだけでは弾かれただろう。しかしアストラエが捻じ込んだ杖は、その端をアストラエが手でしっかりと掴んでいる上にどっしり地面に足を据える形で捻じ込んでいた。

 それでも、鉄棍の回転の威力が相手では拮抗させることは難しい。

 ならば、拮抗させなければいいだけだ。


「そらよっとッ!!」


 打ち込んだ勢いと相手の鉄棍の遠心力を利用して華麗に横一回転して懐に回り込んだアストラエは、対戦相手に顔すら向けず持ち替えた杖の先端で相手の横腹を打ち据えた。

 崩しに入ると見せかけての回り込み、そして攻撃。

 流れるように美しく決まったワンセットに観客が歓声を上げる。


 不意を打たれた上に防具の守りが薄かった場所を突かれ思わずよろめく相手の顔に、三度目の杖先が突き付けられる。


「三度目はもう言わない。選ぶといい」

「……畜生、負けでいいよッ!!」


 がくりと項垂れた対戦相手は、負け惜しみ染みた声で鉄棍を床に叩きつけた。お世辞にも態度がいいとは言えないが、アストラエは気にした様子もなく杖を指先でくるくる回しながら観客に手を振る。


 アルタイル・コロセウム司会、ミラベル・ショコラの耳に心地よい叫び声が会場に木霊する。


『決着ぅぅぅぅーーーーーー!! 流麗にして劇的ッ!! まさか、まさかの快進撃でマスクド・キングダムが棒術大会優勝ぉぉぉ~~~~~~ッ!! その見た目で棒術って所も驚きですが、驚異の技量で対戦相手全員が弄ばれてしまいましたッ!! 既に会場にはこの華麗なる怪人のファンが諸手を上げて黄色い歓声を上げていますッ!!』

「「「キャ~~~~!! マスクド・キングダムさまぁ~~~~!!」」」

「はーっはっはっはっはっ!! ――僕に不可能はないッ!!」


 キメ顔でアピールしたアストラエは手遊びがてら杖を左右自在にくるくる回転させながらステージを去っていく。その様をずっと見ていたセドナは「さっすがアスト……おっほん! 流石マスクド・キングダム!! かーっくいー!!」と興奮して叫んでいる。


「しかし、マジで面白いな杖術。持ち手に制限がないから剣の間合いと槍の間合いを自在に調節できるうえに、格闘技的な流れも存在してるのか。多分セバス=チャン執事にも色々教わってんだろうな」


 残念ながらオーク殺しにはそんなに役には立たないが、見る価値のある戦いだった。特に、間合いに入ると同時に常に相手の顔に切っ先を向けるあれは相手を牽制しつつ本当に必殺の間合いに入っているというのが興味深い。

 久しぶりに友人が存分に戦っている様を見るのも、そんなに悪い気分ではなかった。


 ただし。


「また全員揃った。やはり僕らは惹かれ合う宿命か……」

「俺は任務! お前らは面白半分に寄ってきただけだろうが!」

「む、失礼な。聖艇騎士団は今も海上で職務を遂行しているとも。まぁ僕は有給中だけど」

「私の所の聖盾騎士団だって陰ながら警備してるよ! 私が単独行動で行動に指示がないだけで!」

「そもそも任務で出した損失の埋め合わせに金を稼ぎに来た君の方がよっぽど不純な理由に思えるよ」

「黙れ。議会が金出さないのが悪い! くたばれ議会。一人残らず毎日箪笥の角に小指ぶつけろ議員共!」

「また始まっちゃったね、ヴァルナくんの病気が……」

「こうなると医者の投げた匙さえ特権階級に当たれと言い出すね」


 試合終了後、ハチャメチャ大三角がここに集結してしまったのは正直気が重い。俺が休暇中なら付き合ってもよかったのだが、今ここで厄介ごとを起こされるとは流石に俺の心労がヤバイ。ただでさえ目を離せない二人だし。 


「そういえばセドナ、オルクスには会ったか?」

「え? オルクスって……ヴァルナくんが偽名に使ってるのだよね?」


 違う、そうじゃない。

 カリプソーでの偽者騒動的なアレではなく、本物のオルクスの話である。それを指摘するとセドナは恥ずかしそうに目を逸らしながら「し、知ってるよ~? モチロン知ってますとも~!」と忘れていた事を隠せない顔で誤魔化そうとした。ペットの犬並みのしらばっくれ方である。


「昨日の彼は魔物相手に善戦してたんだよ? まぁヴァルナと僕のアドバイスがなければ途中敗退だったわけだけど、何とか勝利して聖靴騎士団の面目躍如さ」

「ふーん。オルクスくんって会うたび長話するけど、ただ暇なだけじゃなかったんだねぇ……意外」

(ヒドい言い様だな……)


 「暇そう」というのは全く評価されていないということである。実際にはオルクスも国防上の重要な役割を担っている訳だが、アピールタイムの頻度と長さのせいで彼女からは「暇な騎士」認定を受けているらしい。馬鹿にされるより悲しい気がする。


 と、噂をすれば俺の耳に聞き覚えのある声が届く。


「だ、か、ら! 離れるんじゃないとあれほど言っただろうッ! 先輩方もこの件だけは信用できんのだから!」

「すいませぇん……」

「いい加減にこの町が品のない町だと理解しろ! さっきの勧誘なんぞどう見てもお前の体目当てだったろうが!!」

「ほんますみません……」

「全く、私に約束を違えさせるな……」

「はい……えへへ」

「何を笑っている!」

「あ、いえ……オルクスさま、助けてくれたんですよね? それがなんか嬉しゅうて。うちみたいな田舎もんの為に、ほんまありがとうございます!!」

「ええい、勘違いするなよ! 自分で誓ったことを守るためだ! 貴様の為なんぞではないわ!!」


 ほにゃんとほほ笑むタレ目の女性に嫌そうな顔をするその男は、間違いなくオルクスである。


 いやしかし待て、本当に声の主はオルクスなのだろうか。


 話からするとどうやら彼は平民の女性を助けたというか、護衛の真似事でもしているように思われる。相手の女性が人の垣根越しにちらちら見えるが、見るからに平民だ。しかし、普段からあれほど平民を蔑視して憚らないオルクスが、女性とはいえ果たして平民を助けるのだろうか。


 王都には俺のそっくりさんが出没したという。

 ということは、あのオルクスもそっくりさんである可能性はある。一人見たら三十人いると思えというやつだ。そう、持っている剣や纏う選手用ローブもすべては偶然の産物なのかもしれない。そんなことを思い悩んでいると、ついに二人と出くわしてしまった。


「ぬぁっ、セドナが何故ここに!? アストラエ王子も!? あとどこからでも湧いて出るヴァルナ」


 本物だったらしい。

 俺の名前だけぞんざいな時点で本人確認済みである。


「あっ、オルクスくん。噂をすればってやつだね。昨日の大会で魔物倒したって聞いたよ! おめでとう!!」

「い、いやいやい大したことじゃないさ! しかしまぁ、もし昨日に君が応援してくれていればきっと僕の勇姿を見せられたと思うよ! では、今日は少々用事があるので……」


 どうやら人混みの関係でまだアストラエとセドナには女性の事が見えていないらしい。オルクスは自分が別の女と一緒にいるところを好きなセドナに見せたくないのか、早めに話を切り上げて誤魔化そうという魂胆のようだ。

 しかし、この時ばかりは日頃の行いが災いした。


「あれ、普段ならもう少しお話するのに珍しいね? 何かあったの?」

「そういえばさっき、女性と何やら話している声が聞こえた気がするが……厄介事ならば手伝おうか?」

「えっ、いや……」


 セドナも勿論だが、アストラエからすれば彼女を前にして長話をしない彼というのはそれだけで異常事態である。本当にのっぴきならない事態が起きているのだと前のめりにすらなっていた。

 で、その実態はというと。


「あの~……もしかしてオルクスさんのお友達ですか?」

「あっ、馬鹿こっちに来るな――」

「初めまして! うち、アルエッタ言います! いまオルクスさんにお世話になっとります!」


 その女性、アルエッタは少々訛りの強いイントネーションで恭しく一礼し――身体を起こした際に、揺れた。


「「「――……」」」


 セドナは無意識に自分の胸に手を伸ばし、アストラエは小さく息を呑み、俺は茫然とした。人生十七年を生きてもなおそれは、その大きさは、未知の領域だった。

 これはイスバーグ山、いやクーレタリア級と呼称すべきか。

 通行人も含め周囲の視線をバキュームする存在感に俺も一瞬抗うことが出来なかった。というか、あんなに大きくなるものなのかと目を疑った。


 しばしの沈黙。

 頭を抱えて何とか言葉を絞り出そうと苦悩するオルクス。

 状況が分かってないのか首を傾げるアルエッタ。

 その振動で揺れる二つの果実に視線を持っていかれる他三名。


 最初に沈黙を破ったのは、アストラエだった。


「あー、僕の名前はアストラエだ。隣りにいるのがヴァルナで、もう一つ隣がセドナ。僕らはオルクスの学校時代の同級生さ。それで、アルエッタさんだったね? オルクスとどういった関係で――」

「オルクス君っておっきいのが好みなんだ……ふーん」

「わ、私にやましいことなどないよ!? 騎士としての本分を果たしているだけさ!! 特別なことじゃない!!」


 必死に喰らいつく巨乳好きの男を、セドナは「まぁ男の人ってそういうところあるよね。別に知ってるけどさ」という絶妙にドライな視線で見据える。俺やアストラエに対するそれと違い、知らないおじさんがスケベな発言をしたのを偶然耳にしたときみたいな反応である。


 正直俺も、この男がそういう下世話な趣味を持っていたというのはすこぶる意外である。愛欲と性欲は別のものとノノカさんも言ってたし、いくら一途な奴にも溜まる何某があったのかもしれない。

 まぁ何が理由であれ、レディのエスコート自体はよいことだ。

 問題は送り狼の可能性があるということである。


「聞けぇ!! 特にいかがわしいモノを見る目をしたヴァルナぁッ!! 私は偶然町で暴漢に襲われていた彼女を助けて一時的に面倒を見ているだけだッ!!」

「ふーん。胸の大きさが違ったとしてもそうだったって胸張って言えるか?」

「だから違うッ!! 助けた女性がたまたまそうだっただけだッ!!」

「ロリコンとかショタコンの貴族って結構そういう詭弁を使うんだよなぁ」

「アストラエ王子まで疑うのですかッ!?」


 アストラエ的にはそこまで軽蔑している風ではなく、俺もそんなに否定しているつもりはない。ただ、関わったからには筋を通さねば納得できないというだけだ。当の本人はどう思っているのだろうか。


「皆さんほんま仲よろしいんですねぇ~。羨ましいなぁ~」


 アルエッタはにこにこ笑っている。超のんきか。

 さっきも思ったが、俺とアストラエの名前を聞いても無反応なあたり、超絶田舎出身か或いは外国人なのかもしれない。この短い間に結構連発されたセクハラ事案トークにもピンと来ておらず、放っておいたらその辺の質の悪い勧誘に誘われて裏路地に攫われそうな人畜無害さを感じる。


「彼女は出稼ぎで職を求めてここに来たらしい。助けたはいいが、放っておくのが不安だったんだ! 彼女はその、非常に女性的魅力に溢れながらも警戒心が薄いというか、何と言うか……分かるだろヴァルナッ!!」


 かなり言葉を選んだオルクスが急に話を振ってくる。

 とりあえず彼は彼なりに必死らしい。

 言いたいことも分からないでもないので曖昧に頷いておいた。


「ふーん、ヴァルナくんも大きいのがいいんだ……」

「そっちじゃねーよ」


 むくれるセドナがわき腹をつついてくる愛くるしい様に、何故自分とヴァルナでこうも違うと嫉妬に狂うオルクスの歯ぎしりが聞こえる。やめろ、俺は悪くないだろ。

 彼女のそれは小さいとは言えないサイズなのだが、彼女なりにコンプレックスを抱いているのかもしれない。とはいえ、あれは流石に比較対象が悪いぞセドナ。オーク狩りにも邪魔そうだし。

 と、アストラエが疑問を呈す。


「頼れる人や友人はこちらにいないのかい? 海外から就労に来た人には現地講座とかもやってる筈なんだが……」

「それが、うち船間違えてもうて、そーゆー集まりの人たちと一緒に行けへんかったんです」

「むぅ。オルクス、きみの先輩方は頼りにならないのかね?」

「……これは私が言ったとは言いふらさないでくれよ」


 オルクスは狼狽した顔で周囲をちらりと見て、こちらに寄って小さな声で話す。


「今回私と共に町に来ている騎士の先輩方は、女好きだ。相手が平民の娘で、しかもアレなら娼婦感覚で手を出しかねん。あの娘が泣き寝入りする姿が目に浮かぶ」

「うわー」

「聖靴騎士団最低……」

「セドナ、流石にそれは風評被害の規模が大きすぎないかね?」


 このげんなりっぷりとセドナに言いにくい事を伝えている様子からして、本当に洒落にならないのだろう。外国から来た田舎者の一人娘を守ってやれるのは今現在、オルクスだけなのである。


 あのオルクスが、見知らぬ平民の娘の為に四苦八苦して護衛している。

 選民思想の特権階級で高慢ちきで平民を野人だと思っているオルクスが、自発的に女性を守護している。それはまるで――騎士ではないか。

 今更ながら謎の感動が俺の全身を駆け巡り、つぅ、と瞳から雫が落ちた。何年も前に枯れたと思っていた、涙だった。


「……え、ヴァルナくん!? 何で唐突に泣いてるの!?」

「いや泣く気はなかったんだよ。泣く気なんてなかったんだけどさぁ……まさかあのオルクスがこんな、立派な……グスッ」

「君ってやつは相変わらず分からんところはとことん分からんな。それでオルクス、いつまで彼女の面倒を見る気だ?」

「信用できる人手がないし、一度助けると決めたからね。私が責任を持って王都に届け就職先が決まるまでは、致し方あるまい……」


 セドナにまで知られてしまった以上、いよいよ投げ出すわけにはいかなくなったのかオルクスは消沈している。セドナにスルーされた以外でこれほど落ち込む彼を見るのは初めてかもしれない。アルエッタはとりあえず自分の存在が重しになっていることは悟ったのか、ぺこぺこ謝る。謝る度に揺れる。


「オルクス様、私のようなモンの為に、ほんま申し訳ありません……」

「だから、私が勝手に決めたことをお前が謝るな!」


 平民の娘に強がって見せる騎士。

 しかもオルクスは彼女の胸を一切見ない。

 いつの間にこれほど男前の騎士になってしまったのだろう。

 次から彼に偉そうに騎士道を説けなくなった。


 という話はさておき、この様子だと宿に預けるのも不安だし目を離すのも不安と言った様子だ。何より本人の警戒心が足りてない。このままでは試合にすら出られないのではないだろうか。

 アストラエも同じ思いに至ったのか、思案している。


「まさか衛兵に一個人を王都まで護衛するよう頼むわけにもいくまい。聖艇騎士団の手を借りようにも、彼らはこの大会関連の仕事で手一杯だ。聖盾騎士団は……」

「少数精鋭で人混みに紛れ込んで働いてるんだよ? 私以外は手が空いてないと思うなぁ」


 これで三つの聖騎士団の力を頼れなくなり、自然とその場の視線が俺に集まってきた。うちも無理だ、と言いたい所なのだが、俺はこのとき非常に安全な場所の心当たりが脳裏に浮かんでいた。


「ゲイバーとバニーズバーの人たちなら協力してくれるかも」

「貴様なんだその意味不明な選択肢は!! ふざけているのか!?」

「その手があったか……!!」

「あれ!? アストラエ王子が心当たりあるという事は本物のコネクション!? いやどんなコネクションだッ!!」

「げいばー? ばにーずばー? 何それ?」

「知らなくていい、知らなくていいぞ麗しのセドナ!!」


 怒涛のツッコミ連打をかますオルクスだが、俺は別にふざけていない。

 本当に頼りに出来そうなほど信用のある現地協力者がそこだけだっただけだ。

 昨日の夜にバーの人々と俺たち騎士団の関係を知ったアストラエは思わず唸るが、セドナはどっちのワードも聞き覚えないないらしくこてんと首を傾げている。

 そのままのお前でいてくれ。

 いや、どっちのバーもお触りなしの健全なバーだが。


「おいオルクス、どっちにする? ゲイバーの人たちは皆人がいいし彼女を襲うこともない上に屈強だ。バニーズバーはまぁ少し仕事を手伝わされるかもしれんが、同性同士で話しやすいだろう。うちの宿も近いし、大会終わるまでなら融通を利かせてくれると思うぞ」

「……ッ、……っ、~~~~ッ!! ……ば、バニーズバーで」


 片や身の危険、片やセドナに軽蔑の目で見つめられる可能性大。

 究極の選択に随分苦しんでいたオルクスだが、最終的に身の危険が少ない方を選んだらしい。今回の件はまぁ、俺もセドナにフォローはしておこう。俺は簡単なメモと地図をオルクスに渡し、くれぐれも店に失礼のないように言い聞かせて二人を送った。


 苛立ったようにつかつか進むオルクス。しかししばらく進むとぴたりと止まり、わたわたと追いかけていくるアルエッタの姿をしっかり確認した。追い付いたアルエッタは何が嬉しいのかほにゃんと笑って並歩し、オルクスは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら歩幅を縮めて歩き始めた。


 余りにも意外過ぎる光景を見送ったのち、セドナが俺とアストラエの服のすそを引っ張る。


「ねぇ、オルクスくんってさ……」

「何だ?」

「絶対アルエッタさんに惚れてるよねっ! だってあのいい方、好きだけど素直になれない男の子ってあんな喋り方するって本に書いてあったし! アルエッタさんに乱暴な言葉をかけちゃうのは愛情の裏返しなんだよ! いやぁ、あのオルクスくんがねぇ! 最初はお胸目当てかと思ってたけど、あの反応はハートだよハート!! わたし応援しちゃおっかなー!!」

「……」

「……」


 ふんす、と目を輝かせて自信満々に持論を語るセドナを前に、俺とアストラエはアイコンタクトを交わし、曖昧に頷いておいた。いい加減ガチ告白しないとフラれることもなく生殺しになるぞあいつ。

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