第216話 そんなのばっかりです

 斧という武器は、歴史が古い。


 人間が鉄器の扱いに長けるより以前から道具として、そして武器として存在した斧。その形状の基本と特徴は現代に至るまで変わっておらず、ある種の破壊力の真理のようなものを内包している。

 大陸の冒険者に斧を愛用する戦士は少なくなく、特に大斧の破壊力は目を見張るものがある。


 一方で、王国だと斧は原始的な武器と蔑む層も一定数存在する。木こり、薪割りなどの作業は今や都会と呼ばれる地方ではほぼ行われない行為だからだ。


斧術ふじゅつはむしろ大陸のが発達してんだよな。対魔物に斧を使うから。対人斧術は王国でもまともな使い手は十人もいないんじゃないか?」

「えー? でも投擲斧とかの大会ってあるよね?」

「投擲斧と斧術は違うからなぁ。つっても、俺も斧は正直門外漢に近いわ」


 斧部門大会の決勝を観客席で観戦する俺とセドナは、激しくぶつかり合う斧と斧を眺めながら雑談する。

 ピオニーの試合を見に来たのだが、今日彼が出る無差別級は斧部門の後に行われるのだ。会場は『デネブ』。斧同士の豪快な戦いは、その迫力から人気が高いらしい。


「アストラエのが本当は詳しいんだよ。あいつ斧術も一応出来るらしいし」

「でもヴァルナくんだって薪割りしたことあるんでしょ?」

「薪割り用の斧と斧術用の斧は違うからなぁ」


 前にアストラエが持っていたマイアックスは、かなり軽く刃も小さめだった。やはり斧術は先端の重さがどうしてもネックであり、対人術にするには斧自体を軽量化するしかなかったそうだ。


 対して、いまステージでぶつかり合っている戦士たちの斧は薪割り斧より大きく、戦闘用にゴテゴテしている。基本は柄のぶつかり合いで、ここぞというときに遠心力を乗せた斧の一撃が繰り出される。


 ゴッ!! と鈍い音が響き、片方の選手が吹っ飛ばされた。

 途端、観客からどっと歓声が沸き起こる。

 勝利した戦士は斧を掲げて勝利の凱歌をあげた。


「うわ、痛そう……本物の刃だったら大変な事になってるよ?」

「斧は武器の特性上寸止め難しいもんな」


 斧部門では安全の為に最低限の防具と、愛用の斧を使う場合は刃を覆うカバーを装着することが必須になっている。でないと死ぬからだ。熟練者同士ならともかく、ここは勝敗を競う血の気の多い連中が集う場所。過去には凄惨な事故も起きている。


 今は剣など刃のままを許された競技もあるが、将来的にはなくなっていくだろう。絢爛武闘大会では全ての武器に非殺傷制限が掛からないという伝統も、いずれ変わるのかもしれない。


「それで、そのピオニー君だっけ? 昨日は斧部門で優勝したんだよね」

「ああ。俺は見てなかったんだが、大した盛況だったらしいぜ」


 流石は木とトロールの足を間違えて両断した男。

 本人曰く斬った後に「あれ?一撃で斬れるとか柔らか過ぎね?」とか思ってたらしい。うちの騎士団の斧使いと言えばアキナ班長がいるが、推定ではピオニーの方が格上である。

 ただし、二人が出会ったらピオニーが虐げられるヴィジョンしか浮かばないのが不思議だが。あの薄幸そうな青年ではアクの塊みたいなあの人の相手は無理だろうな。


 そうこう言っているうちに斧部門の表彰が終わる。

 俺達もそうだが、客の大半が続けて次の試合を見るようで席を動かない。

 売り子のお姉さんがビールを売り回っているが、俺とセドナは遠慮しておいた。


 十分後、今日の無差別級が開催された。


 入場してくるピオニーの鍬を見て、観客はどよめいた。


「鍬……?」

「なんだなんだ、奴は一揆衆の代表か何かか?」


 鍬は畑の土を耕す為に生まれた農具だ。

 斧と違って全力で農業に特化した道具だ。

 海外ではいざ知らず、少なくとも俺は鍬を武器に使うなどという珍妙な戦法は聞いたことがない。だからピオニーが鍬で戦うと言い出した時、いったいどんな戦い方をするのか密かに楽しみにしていた。

 

 しかし、戦闘的なサムシングを想像していた俺の予測は、斜め上どころかアッパーに匹敵する勢いで覆された。


「お~野菜~のたーめなーらエイヤコ~ラ♪ 借金~のたーめにーもエイヤコ~ラ♪」


 そこには、鍬を使ってステージを耕すピオニーの姿があった。

 その目は一心不乱に石畳を見つめており、既にトランス状態に入っているのか他の何も目に映っていない。一心不乱に鍬を使って石畳を粉砕している。


 敢えてもう一度言及しよう。

 石畳を、鍬で粉砕して耕しているのだ。


『ぴ……ピオニー選手御乱心!! 御乱心~~~~~!? 試合そっちのけでステージを粉砕し始めました!! というか嘘だろ!? ちょっと堅い土みたいなノリで耕してるけどそれ石です!! 石の塊です!!』

「ぼーくの自慢の鍬先は~♪ 近所で拾ったオリハルコ~ン♪ 加工でハンマー砕け散る♪ そーれヨッコイショー、ヨッコイショー♪」

『笑っていいのかどうか非常に判断に困りますッ!!』


 民謡張りにコブシを効かせた謎の歌を歌うピオニーの姿からは狂気しか感じられない。そして隣のセドナは何故かフレーズが気に入ったのか一緒になって「よっこいしょー♪ よっこいしょー♪」と歌っている。癒ししか感じられない。


 ただし、会場は冷めきっているというか、ドン引きしている。

 対戦相手も暫く茫然としていたが、やがてコケにされたと感じたか沸々とした怒りから大きく足を踏み出す。


「てめぇ!! 対戦相手を目の前にどこまでふざけていやがフベェッ!?」

『対戦相手のイサミ選手、耕されたステージで足を滑らせたぁ!?』


 どしゃあ、と間抜けにも倒れる槍使いのイサミ。

 だがそんな隙をピオニーは見逃さなかった。

 鍬の先端とは逆の方向を向けて振り上げ、豪快にスイングを放つ。


「耕すのに鬱陶しい岩発見! 邪魔だどけぇッ!!」

「ボルゴォッ!!?」

『イサミ選手、障害物と間違えられてステージ外まで吹っ飛ばされたぁぁぁーーーーッ!! K.O.負けですッ!!』


 恐るべきことに斜め上方向に直線で吹っ飛ばされたイサミは観客席下ギリギリの場所に叩きつけられてどしゃりと落下した。ぴくぴく痙攣する身体は一切起き上がる気配がなく、どう見ても勝敗は決している。

 そしてピオニーは何事もなかったかのようにステージ上を耕す――というか粉砕する作業に戻った。もうステージの半分が何か植えられそうなほど破壊されている。


『……えー、運営から緊急連絡が入りました。今試合に限っては面白いので見逃すが、次回から必要のないステージの破壊は悪意ある妨害行為と見做してステージ代を弁償させるとのことです!! ちなみに『デネブ』の上ステージの弁償代は一枚丸ごとであれば二百万ステーラです!!』

「ピオニィィィィーーーーーッ!! それ以上ステージを耕したらお前将来にわたって給料抜きになるぞぉぉぉぉーーーーッ!?」

「タダ働きは嫌だぁぁぁぁーーーーーーッ!! ……はっ、僕は一体何を……手に持つのは鍬……地面……堅い……農地にするために耕さなきゃ」

「司会実況!! ピオニーの精神状態不調のためセコンドの入場許可を!!」

『許可します!! むしろどうしてこうなるまで放っておいたんですか!?』


 こうして大陸に噂された『魔狩りの森人』の正体は、予想以上に精神面でヤベーやつという噂が一気に広がってしまうのであった。


 数分後、控室。


「斧大会の時はまともだったんだろ?」

「まぁ、トロールと間違えて以来、木とそうでないものを区別できるよう訓練しましたし。でもほら、鍬持つときって耕すときじゃないですか。だから耕そうかなって」

「石畳耕してなんか変だと思わなかったのか?」

「昔、石灰欲しくて一日中石灰岩削ってたとかザラにあったので……」


 驚異の人力作業をし過ぎて倫理回路に破綻が見られる。

 話せる相手がいなくて精神を病んでしまったのだろうか。


「話し相手ならいましたよ! サボテンくんが!」

「サボテンは喋らねぇよ!!」

「嘘だ! 日照りが続いて川が干上がったあの日、サボテンくんが『僕を食べてくれ』って言ったんだ!! 僕は喉の渇きに耐え切れず友達の肉を食べたんだよォ!!」

「お前の心には闇しかねえのかッ!?」


 悲壮感溢れる叫び声である。

 ところでサボテンって美味いのだろうか。

 ンジャ先輩辺りなら知ってそうな気がする。


 しかし、参った。ここにノノカさんがいれば土トークで盛り上げられたしフィーレス先生がいれば本格的にカウンセリングも出来たんだろうが、生憎と今はいない。どうしたものか悩んでいると、すっと後ろから様子を伺っていたセドナがピオニーの顔をそっと触った。


「お友達、大事だったの?」

「生まれて初めて売れた野菜の代金で買ったんだ……ずっと一緒だったんだ……」

「そんなに想ってくれて、サボテンくんも幸せだったと思う」

「そんなことないっ!! 友達に食べられる最期が幸せな訳が――!」

「好きでもない人に、自分を食べてだなんて言わないよ。サボテンくんは自分の体を捧げてでも、大事にしてくれたピオニー君を助けてあげたいと強く願ったから、そんなことを言ったんじゃないかな?」


 やわらかに包み込むような声色で諭すセドナに、ピオニーは震えながら耳を傾けていた。

 心なしかセドナに後光が差し、背中に翼が生えて見えるほどの神々しさだ。


「大丈夫、キミは一人じゃない。サボテンくんとの別れはきっと辛いと思うけど、一緒に居たときの嬉しさはなくならない。キミが生きて前に進むことは、サボテン君が夢見た未来だから……」

「お、お嬢さん……! 可憐なお嬢さぁぁぁぁんッ!!」


 その言葉に救済されたかのように、感極まったピオニーは滂沱の涙を流してセドナに抱き着いた。


「わわっ!?」


 と思った瞬間、セドナは反射的に巴投げでピオニーを投げ飛ばした。

 ドガッシャアアアンッ!! と派手な音を立てて控室の備品をなぎ倒し、その備品を頭から被ったピオニーは、もぞもぞともがいて暗い声を漏らす。


「……そのタイミングで投げ飛ばすのは、ヒドくないですか」

「ご、ごめんなさい! でも貴方が抱き着こうとした瞬間ヴァルナくんから凄い気配を感じたからつい……」

「嫉妬デスカァ!! そういう関係デスカァ!!」


 勘違いしないで欲しい。もしこの件がセドナパパに発覚すれば「どこぞの馬の骨とも知れない男が汚い手でセドナの素肌に触った」という認識で受け取られ、ピオニーに借金の比ではない責め苦が襲い来ると思いブロックしようとしていただけである。

 人生破滅を回避させようとしていたんだ。俺って優しいだろ?


「僕にゃあ女子に抱き着く権利すらないんですか。女、怖い……」

「どうしようヴァルナくん。これ根本的な解決になってない気がするよ」

「セドナにしては頑張った方じゃない? こっから先は当人と医者の問題だし」

 

 結局、平常心を取り戻したピオニーは自慢の馬鹿力で対戦相手を次々に場外に吹き飛ばし、棄権者も数名出して優勝を収めた。だが、この精神の脆さは一度本格的にカウンセリングなり何なりした方がいい。

 ケアを怠ったな、ひげジジイめ。不健全な精神だってたまには健全な肉体に宿るんだぞ。騎士団内見てみろ、そんなのばっかだ。

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