第214話 寄せては返します

 試合開始と同時、彼のお得意の刺突がロザリンドの突きと激突し、鍔迫り合いになる。

 最初の鋭い一撃を受けた瞬間、ロザリンドは瞬時に目の前の男が強敵であることを悟った。


(重いッ!! 捌き損ねれば即座に負けるが、しかしッ!!)


 あの偉大な背中、騎士ヴァルナには程遠い。

 速度も速いが、対応は出来る。


 鍔競り合いから弾き飛ばし、間合いを計って再度斬り込む。

 ヴァルナとの訓練で更に練り上げたロザリンドの剣技は、任務をこなすことで心身ともに満遍なく鍛えられている。冴えわたる剣技がロザリンドに自信を与えた。今日はヴァルナも観戦している以上、無様な姿は見せられない。


「ハァァァッ!!」

「クッ、だがその程度で根を上げるかッ!!」


 相手も当然黙ってはいない。一瞬の合間に体勢を立て直したルートヴィッヒが攻勢に出る。深い踏み込みで最大限にリーチを生かした連続突きが飛来した。十一の型・啄木鳥と少し似ているが、一歩一歩の踏み込みと共に追尾してくるという性質の違いが、より厄介に思えた。


(一撃の速度が速い。十一の型よりむしろ王宮護剣術の方が近い?)


 通常、王国攻性抜剣術では突きは二の型・水薙で受け流すのがセオリーだ。しかしルートヴィッヒの剣術は相手より先に自分の刃を相手に届けることに特化した動きをしているため、受け流しの間合いにあと少しで届かない。

 しかし戦いの中でロザリンドは即座に気付く。


(この剣士、もしやアマルと同じ得意技に特化したタイプの剣士!?)


 相手より優位なリーチで戦うのは確かに戦術の基本だが、ルートヴィッヒの突きを主体にし過ぎた戦術は、相手を間合いに入れずに一方的に攻撃するという状況を維持している。

 手慣れた動きもそうだが、足も完全に突きの為の態勢になっており他の動きをするに難いものだ。彼の戦いを少しだけ見たが、常に突きで相手を倒していたことも思い出す。


『連撃、連撃、連撃ぃぃぃ~~~~!! ルートヴィッヒ選手、怒涛の突きでロザリンド選手を追い詰めてゆく~~~~ッ!!』

「我がリピートラッシュに終わりなしッ!!」

「ぐ、う、うぅッ!!」


 剣と剣を衝突させる一瞬一瞬に火花が散り、集中力を消耗する。

 間合いを詰めるルートヴィッヒの連突は一つ一つ狙いが正確だ。一瞬でも捌き損ねれば敗北する。これほど追い詰められたのは初めての経験だった。ヴァルナ相手では追い詰めるまでもなく一瞬で持っていかれるというのもあるが、勢いだけなら士官学校の教官以上だ。

 じりじりと押し込められるロザリンドの足が、段々とステージ縁に近づいていく。息を乱しながらも剣を振るい、瀬戸際で耐えながら歯を食いしばる。


(これが、同格ということ……!)


 ロザリンドはアマル相手なら片目をつぶっても余裕で倒せる自信がある。しかし目の前の相手は瞬き一つで敗北しかねない力量の持ち主。才能と努力と気合を纏めて乗せて、それでもまだ僅差の相手。


「ですが、勝つのはわたくしですわッ!!」


 同じ構えということは、パターンがあるということだ。今まで攻撃をいなしながらそれを観察していたが、やっと勝機が見えてきた。突きと戻しの一瞬を見切り、ロザリンドは腰だめに剣を逆袈裟に解き放つ。


「八の型、白鶴ッ!!」


 ギャリィンッ!! と、ルートヴィッヒの剣を握る腕が仰け反る。まさか攻めの流れを断ち切られると思っていなかったルートヴィッヒの両眼が驚愕に見開かれた。


「なんとッ!?」

『カウンタァァァァ~~~~~~ッ!! ここに来てロザリンド選手、一転攻勢かぁぁぁーーーーーッ!?』


 ルートヴィッヒの剣は突きに向いた細身の剣。故に力を込めても重量の差はどうしようもない。突いた瞬間の刃を狙ったロザリンドの一閃が、彼の剣を強引に弾き飛ばす。


 攻撃は最大の防御と言うが、白鶴は相手が攻撃しようが防御しようが問答無用で武器を弾き飛ばす超攻撃型の奥義だ。習得は難しいが、これぞ王国攻性抜剣術の本懐の一つである。


「御免ッ!!」


 振り抜いた剣を瞬時に返し、ロザリンドはトドメの一撃を放った――筈だった。


「敗北は、私も御免でねぇッ!!」


 ルートヴィッヒの足がステージを蹴り、体を無理やり奥に飛ばす。殆ど自ら吹っ飛んだような無様な動きだったが、勝利を確信したロザリンドの虚を突くには十分だった。一瞬戸惑ったロザリンドだったが、後方に飛んで転がりながら必死に剣を構え直そうとするルートヴィッヒを見てすぐさま本分を取り戻す。


「に、逃がしませんッ!!」

「くぉのおおおおッ!!」


 再度、剣が激突する。ルートヴィッヒは押されているが、敗北確定の場面から根性で立ち直っていた。彼の音楽家のような髪はカツラだったらしく吹っ飛んだ拍子に外れており、中から見事な丸坊主が顔を出して観客の失笑を買っている。


「ハゲとるやないかい!」

「ヅラだったのかよ!」

「ハゲてないわ!! 剃ってるだけだ!!」

「無様な転倒に無様なカツラ! もう潔く敗北を認めなさいッ!!」

「そうはいくかぁッ!! エリザベートの治療費の為に一ステーラでも多く稼がねばならないんだよぉッ!!」

「え――くぅッ!!」


 ルートヴィッヒが再度攻勢に出る。

 そこからはシーソーゲームだった。

 ルートヴィッヒの隙を見てロザリンドは突き崩すのだが、あと一歩のところでルートヴィッヒが盛り返す。それを一度、二度と繰り返す。観客たちも紙一重の戦いにハラハラしているが、俺とシアリーズを含む実力ある人間はそうでもなかった。


「これは……駄目だな。ロザリンドは精細さを欠いているし最初の覇気がない。逆にルートヴィッヒは消耗している代わりに気合だけで押し返している」

「金に汚い本職冒険者っていうのは二種類いる。割に合わない仕事をすぐ切り捨てるか、金の為なら石に齧りついてでも結果を取りに行くか。ルートヴィッヒに病弱の妹がいるってのは意外と知られてない話だけど、あいつは妹の為なら幾らでも暴れるのよ」


 真っ当に戦って勝てないならペースを崩して泥試合に持ち込む、という魂胆だったようだ。いつも相手を正面から実力で撃破してきたロザリンドからすれば、何故勝ちに持っていけないのか戸惑っているだろう。


 技量はロザリンドが上だ。

 事実、何度も動きを崩している。

 それでも一度手放した勝利への流れは簡単には戻らない。アストラエとの戦いで引き分けや負けに持ち込まれたときも、実力とともに勝負の流れを持っていかれていた。


「時に、あいつハゲてる訳じゃなくて剃ってるって言ってるけど、何でカツラを?」

「冒険者って上に上ると名指し依頼もあんの。目立ってた方が記憶に残りやすいでしょ? ズラが取れればウケも取れる。必死なのよ」

「あんな見た目で真面目だなぁ……だがしかし、そういうことかもな」


 俺の視線の先では、終わらない勝負に先に動きを鈍らせたロザリンドの喉元に、隙を死に物狂いで待ち続けたルートヴィッヒの刃が突きつけらる決定的な瞬間が映っていた。


「参り、ました……」


 どこか現実感のない声で、ロザリンドは剣を下ろす。

 それは気合というより、精神力とか、ハングリー精神の差なのかもしれない。


 ロザリンドは剣士としての高みを目指した。

 それを間違っていることだとも、軽いことだとも思わない。

 それでも、今回はルートヴィッヒの「勝ちたい」という思いが上回った。


『決着ぅぅぅーーーーーーッ!! 長く拮抗した戦いでしたが、最後の最後に隙を見せたロザリンド選手を見逃さず追い詰めたルートヴィッヒ選手の勝利ですッ!! やったぞ妹思いのハゲ!! 賞金持って帰って妹さん喜ばせてやってくれぇぇぇーーーー!!』

「言いふらすなぁッ!! あとハゲちゃうわッ!!」


 疲労困憊の上にルートヴィッヒがカツラを拾いながら司会実況にキレる。

 エンタメ至上主義のガバガバな個人情報管理。珍しく選手が悪くない系の物言いである。


「妹のことはあんまり大っぴらに話してないことだからぁッ!! 私にも冒険者のキャラってものが……!」

『既に会場では『ルートヴィッヒの妹を救おう募金』にお金が集まっています!! ああ、ロザリンド選手の負けた賭け券を詰めないでください!! ロザリンドファンクラブの皆さんが怖い顔で見てますよ!!』

「勝手に募金始めるなッ!! いや助かるけど!! 嬉しいけどさぁ!!」


 戸惑いと怒りがないまぜになった声でルートヴィッヒが叫ぶが、もう誰も聞いていないどころか「内心そういう扱いされるのオイシイって思ってんだろ?」と煽られる始末。情報を暴露したマナベル・ショコラの司会席の下方に設置された募金箱に観客がやいのやいの言いながら金を投下している。後続にルートヴィッヒに賭けて儲けた連中が続いていた。

 シアリーズがポップコーンを食べ終えて立ち上がる。

 俺も長居は無用と立ち上がった。


「ちょっと募金していこうかな……」

「やったげれば? アタシはちょっとロザリーの顔見に行くから」

「それなら俺も――」


 と、言いかけたところでシアリーズの人差し指が突き付けられる。


「やめときなさい。あの子にとっては今一番見たくない顔よ? 尊敬されるセンパイなら空気読みなさい」

「……分かった。俺の話は後にしよう」


 確かに、俺に負けたときと明らかに違い、ロザリンドは見るからに気落ちしている。

 剣を仕舞い、力ない足取りでとぼとぼゲートから出ていく彼女の背中を見て、俺はシアリーズに任せることにした。彼女が自ら会いに行くと言ったということは、それなりに彼女の事を気に掛けているということだ。


 これは彼女にとって越えるべき壁だ。

 答えを導き出せるのは、彼女しかいない。


 ……病弱と言えば、ヤヤテツェプ討伐の後に会ったマモリの母、コイヒメさんはどうしているのだろう。旦那さんのことに決着がついて少しは元気になっていると、きっとマモリの心も落ち着くだろうけれど。






 ――その頃、プレセペ村。


「次の夏の流行は冷やし麺! そしてこの近辺では冷やし麺と組み合わせがぴったりな大陸野菜を栽培しています。どうです? ここで契約を逃せば夏の流行の際して仕入れが割に合わなくなりますよ?」

「なんと、次の流行まで読んで栽培を……!?」

「ふふふ、それだけではありません。流行とは作るものですから」

「いやぁ、まさかこれほどの商人が潜んでいたとは! 是非ともイセガミ流通と契約をさせてください、マダム・コイヒメ!」

(ここ数日で母上が元気になり過ぎてる……!)


 コイヒメ・イセガミは自分が病気がちだったことを忘れているのではと疑いたくなる速度で財を築き始めている。そしてマモリは母がヴァルナに抱きかかえられた際、彼から若さか何かを吸い取ったのではないかと真剣に疑い始めていた。

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