第213話 懸念事項はまだあります

 絢爛武闘大会まであと三日の朝。

 食事を終えてすぐさま作戦会議を開く。


「ロザリンドは昨日と同じく剣術大会だな?」

「はい。昨日に勝ち上がった時点で既に申し込みを済ませてあります」

「僕も同じくです、センパイ!」

「うむ。偉いぞ二人とも。カルメはこのまま大会に出続けて小遣い稼ぎだ。ロザリンドは今日の大会で優勝すれば決勝参加資格が得られるだろう。大会参加の有無はお前の判断に任せるが、無茶して怪我だけはするなよ」 


 昨日の大会で色々と吹っ切れたカルメは、試合結果に関しては本格的に心配ないだろう。ロザリンドの方は問題ないとは思うが、彼女は筋こそいいものの剣士として経験不足なのが不安でもある。

 駆け込みで大会に参加しようとする上位冒険者がやってくると厳しいかもしれない。

 

「そういえばアストラエ、お前は棒杖術大会出るんだっけ?」

「君らが出場権を手に入れるまでは自重してマイナー競技をやるよ。僕は王族特権で大会参加資格持ってるしね」

「汚ねぇ、マジ汚ねぇこの権力ブンブンクソ野郎」

「はーっはっはっはっはっは! これが王族の力だ!!」


 快活に笑うアストラエに割と本気でイラっとしたが、当人はどこ吹くだ。アストラエは遊びに権力は使わないがやりたいと思うと割と呵責なく権力パワーをぶん回す。絢爛武闘大会でぶつかったら騎士団の威信と俺の意地に懸けてボコボコにしてやる。


「まぁ小粋なジョークはこの辺にして、これでも僕は杖術結構強いんだぜ? 杖術は棒術の中でも結構面白いし、君も見ていきなよ」

「わぁったよ。シアリーズは?」

「十分暴れたし、賭けに興じることにするわ」

「オッケー。ウィリアムはまたショット・マッチか?」

「いや、今日は午後の無差別級だ。鞭使いの戦い方ってヤツ、観客にちゃんと見せてやりたいんでな」


 テンガロンハットを人差し指でくいっと上げるウィリアム。自称鞭を極めた男なだけあって、鞭使いのプライドもあるらしい。暇があったら見に行こう。


「で、ピオニー。お前は何で目の下にクマあるんだ?」

「いえ、宿のベッドがふかふか過ぎて逆に寝つきが悪くて……ああ、徹夜で作業とかいつものことなんで戦いには問題ありませんよ……気乗りはしないですけど。全然全くしないですけど。休んでいいなら遠慮なく休みますけど」

「そうか。やれ」

「アンタには情ってモンがねえんですかッ!?」


 情はある。使う相手と場所をケチっているだけだ。


「ちゃんと応援しに行ってやるって。俺、午後から大乱闘だから午前は空いてるんだ。一緒に昼でも食べよう、奢ってやるから」

「そんなこと言って酒のお店に連れてって耳に心地よい言葉を聞かせて飲ませて酔わせて契約書にサインさせる気なんでしょ!! ミザリアやマルヴェールみたいにぃぃぃぃぃッ!!」

「誰だよ! というか昼から酒飲まねえよ!」


 ピオニーの闇の力が止まらない。

これはみゅんみゅん療法必要かもな。

魔物セラピーで闇を止めるってもう訳がわからんが、使えるものは使っておこう。当人喋らない相手が可愛いとかいってたけど、みゅんみゅんの言語レベルはまだ一歳児くらいなのでギリギリセーフだろう。


 こうして今日のスケジュールが決定した。

 昨日の調子でいけば問題なかろうが、気の緩みが出ないことを願う。


 ちなみに宿の食事は美味かったが、騎士団で提供されるものに比べると若干物足りなかった。俺達、知らない間に舌が肥えてしまったみたいだ。いつか結婚したときにパートナーの料理に「タマエ料理長のよりマズイ」とか文句言って離婚の危機迎えそう。


 コロセウムへは別々に向かう。昨日の一件で騎士団の人間として注目を浴びたため、あまり集団で仲良しこよしの行動をしていると本大会で八百長を疑われる、とはシアリーズのアドバイスだ。


 というか、王都だと誰も俺に気付かないのに外国人多いと「Oh、ミスタ・ヴァルナ……」とか「応援してます!」とか聞こえてくるんだが、ホームよりアウェーの人の方が優しいってどういう了見だ。なんなら騎士団内よりホーム感あるのは釈然としねぇ。


 閑話休題。

 最初はロザリンドが参加した剣術大会を見に行った俺は、そこで自分の嫌な予感が彼女に近づいているのを感じた。


『またもや一瞬ーーーーーッ!! 速い、速過ぎる!! 大陸の名だたる六星メラク冒険者でも上位を誇る『遷音速流トランソニック』ルートヴィッヒ、決勝進出~~~~~!!』

「我が音速の調べに曇りなし! 精進し給え、ピアニシモな剣士くん? 」


 音楽家のような派手なロール髪の男はよく分からない例えを相手に送り、悠々とステージを降りてゆく。一見して服装も派手だが、あれは恐らく元は軍服の類だ。見た目に反して動きを阻害するものは殆どついていない。


「あら、ルートヴィッヒってばまた若干腕と髪のロール具合を上げたわね」


 いつから居たのかシアリーズがぬっと後ろから顔を出す。


「知り合い?」

「まぁね。いけ好かない見た目の割に根性あるわよ。私より冒険者歴長いし……私たち程じゃないけど、ハートが強いわね」


 後ろの席から乗り出して俺の隣に座ったシアリーズがポップコーンを齧る。ポケットにはルートヴィッヒに賭けた賭けチケットが突っ込んである辺り、相応に評価しているようだ。シアリーズはによによしながら肘でこちらのわき腹をつんつんとつつく。


「ロザリーには厳しい相手じゃない?」

「だとしても、いま俺に出来ることはない。それに――」


 横からすっと差し出されたポップコーンを失敬しつつ、俺は呟く。


「自分を負かす相手ってのは必要だ。あむっ」

「あら、王国ナントカ騎士にあるまじき発言。俺の剣技を越えていけってヤツ?」

「俺は確かに最強騎士だが、自力で最強になったとは思ってねぇから。四師匠、教官、セドナ、アストラエ……色んな出会いと経験が今の俺を作ってる。特にバトルメイクの点ではアストラエな。あいつの所為で俺も騙し打ち出来るようになっちまった」

「意外と手段選ばないのね。あのボンボンそんなに出来るの?」

「出来ると言えば出来る。天才肌だから、多分順当に経験積めばそのうち……七星ドゥーベって呼ばれるぐらいの実力にはなると思う」


 アストラエは天才だ。

 しかも彼は敗北しない天才ではなく、敗北を糧に成長する天才である。

 士官学校時代、入校から半年が経過した頃、既に『八咫烏』まで使えるようになっていた俺は負けることがなくなっていた。教官、同級生、誰にも負けない。それは若さゆえの万能感を精神的に未熟な俺に与えていたのかもしれない。

 アストラエとの戦いも、その時期になると引き分けもなく勝ち越しを続けていた。


 しかしある日、俺は唐突に訓練でアストラエに不覚を取った。


『目が良すぎるのも考え物だな、ヴァルナ。まんまと引っ掛かりおって!』

『……マジか』

『ふふん、裏伝四の型・角鴟みみずくだったかな? 中々面白い技じゃないか。なので技を盗ませて貰ったよ?』


 俺より短期間で裏伝を習得した上、応用を利かせて鞘を投げるフェイントを利用し意識を逸らされた末の一撃。内心で絶対に勝てると思っていた俺の慢心を華麗に突く、久しぶりの敗北だった。


 俺は悔しさからフェイント対策を学び、訓練し、万全に仕上げた。次の日から俺がまた勝ち越した。しかし少しするとアストラエが俺の速度にだんだん追いつけるようになって時間内に決着が着かず引き分けになることがちらほら出てきた。


『速度に慣れてきた。それにヴァルナがどう攻めてくるのか予想出来るな。友ゆえに!!』

『うっせぇ! 俺だってお前の動きたまに読めるわ!』


 俺はその日から更に動きに磨きをかけ、多彩な動きを覚え、実戦で慣らしていった。俺の勝利は日に日に増えていったが、ある日突然ぽんと負けた。


『多彩な戦術は戦略性を広めるが、どの戦法を選ぶかを考えないとドツボに嵌るぞ? そら、久しぶりに僕の勝ちだ。崇め奉れ……イダダダ、足を踏むな足を!』

『え、祟れ踏み躙れって言わなかった?』

『どんなバイオレンス翻訳機能積んでるんだ君の耳は!?』


 いくつ戦術を覚えても、実際に使うのは一部だ。それを意識してはいたが、詰めが甘かったかアストラエに詰将棋のように誘導されてしまい動きが鈍った。俺はそこから更に練習した。

 しかし、甘いところを詰めるたびにアストラエはどこかしらから突破口を捻り出して、俺は不覚を取るたびにそれを修正してを繰り返した。


「俺が早熟したのは、経験不足ゆえの甘さをアストラエが目ざとく見つけてきたせいだ。アストラエの奴、今も多分俺の隙になるところを探ってる」

「この上なく理想的な修行相手って訳?」

「まさにそうだな。その分だけアストラエも強くなってきた。お前ももし戦う事になったら気を付けろよ?」

「それよりヴァルナ。このポップコーン私の手作りだから食べた代価として昼奢ってね」

「畜生油断した!? しかも美味いなこのポップコーン!! どうせ奢るなら俺が残りを全部食ってやる!!」

「あっ、ちょっと! 私の食べる分は残しなさいよ!?」

(おい、王国筆頭騎士と藍晶戦姫カイヤナイトがいちゃついてるぞ……!)

(気になる……試合よりそっちが気になる……!!)


 この通りポップコーンを口の中に詰め込む俺は、王国筆頭騎士になっても至らない点もあるのだ。


 対して、ロザリンドはどうだろう。

 俺は先輩として彼女に色々と技術を教え指導しているが、彼女からすれば俺は憧れの存在なので自分が勝てない現状に不満はないようだ。そして彼女自身が指導しているアマルは、とてもではないが今の実力でロザリンドに勝つことは出来ないだろう。


 つまり、ロザリンドには対等に戦える相手がいない。

 騎士団には彼女の上と下はいても中がいないのだ。

 それが意味するものは、もしかすればこれからお目に掛かれるかもしれない。


『王国騎士団新進気鋭の若き女騎士ロザリンド選手は、前大会も今大会も含め今の所敵なしでしたが、駆け込みでやってきた本業本場の実力者であるルートヴィッヒ選手相手には果たしてどうか!? 注目の決勝戦ッ!!』


 マナベル・ショコラの実況に観客たちが沸き上がる。

 昨日の時点で鮮烈なデビューを飾っていたロザリンドの真の実力を彼らも知りたいのだ。当のロザリンド、ルートヴィッヒ両名、ステージの上で緊張した様子は見られない。


「どっちか勝つと見てるの、センパイ騎士さん?」

「技量はロザリンドが上だ。だが――」


 目を細め、俺は不安を口にする。


「気持ちで負ければ技量も当てにならなくなる」


 二人の放つ闘志はどちらも観客席まで伝わるほどのものだ。

 司会のカウントダウンを数えながら、しかし俺は既にそこに優劣が生まれている気がしていた。


『三! 二! 一! ――ゼロッ!!』


 二人が同時に駆け出し、白刃同士が衝突して火花を散らした。

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