第212話 SS:宝石を名乗った石ころです
ロザリンドはシアリーズの存在に興味津々だった。
行儀の悪さと態度には少し思う所があったが、海外で伝説の冒険者で、しかも偉大な先輩であるヴァルナと気安く喋っているとなると気になるのは当然だ。シアリーズの経歴、ヴァルナとの関係、なにより実力。何もかもが気になる。
「インタビューとか答えるの面倒臭いから、身の上話テキトーにするわよ」
夕食の後、部屋に押し入ったロザリンドに対してシアリーズは淡白な反応ながら割としっかり対応してくれた。存外寛容であったことは少し意外だった。
果たしてロザリンドとそう年齢が変わらない筈の若き戦士は、何を経て七星冒険者の高みに至り、そしてそれを捨てて王国の片隅でパスタを作っているのか。
「先に言っとくけど、大陸の方じゃ生きていくのにやっとな貧乏人が仕事求めて冒険者になるとか珍しくもなんともない訳よ。王国は仕事山ほどあるみたいだけど、皇国とかは特に貧乏人の家に生まれたら一生貧乏とかザラだから」
「……失業対策はないのですか?」
「なくはないけど、教養のある人だけね。田舎暮らしは文字も書けないわ」
「お金がないから学校に通えない……ですか?」
「そんなカンジ。なんだ、箱入り娘かと思ったらそれぐらいは知ってるんだ」
「少し、調べたことがありますので」
アマルの事を思い出し、ロザリンドは頷く。
アマルの家はなんとかお金を捻出できたが、それ以上に貧しい家に果たして教育費を払う余裕があるだろうか。王国の識字率は非常に高く、字の読み書きは雇ってもらえる条件として当然のように存在する。
経済的に豊かな王国だからその条件が当然になっている。
では、その外はどうか――想像は少しくらいしていた。
「アタシはド田舎のクソ何もない農村育ち。仕事なんて草むしりと畑を耕すことしかない。娯楽もない。外貨もない。ただ生きるために食料作ってるだけの、皇国の地図にも載ってないようなトコ」
「王国ではそうした地方が外貨を稼げるよう、一村一品活動を始めとする産業活性化が行われましたが……」
「だとしたらアンタんとこの王様、有能よ。そんな王の治世に生まれたことを感謝しときなさい」
イヴァールト六世は国内を一度も不景気にさせたことがない。総生産量がそこまで多い訳でもない王国が輸出で外貨を稼いでいるのは、儲かる食料・特産・原料とそれを生産するのに適した土地を王国が徹底的に調べ上げたからだ。
『治世は
地世とは王の造語だが、土を知ってこそ上に住む人を導けるという意味らしい。
しかし、シアリーズが語る皇国の皇王はその真逆だと言わんばかりだった。
「皇王はクソよ。自分の足の乗っているところは地面より格式のある場所だと思ってる。だから地方の村が魔物に襲われても政府は気付きもしないし――」
そこで、無表情だったシアリーズの瞳に暗い炎が揺らめいた。
「――偶然通りかかった騎士共はね。アタシたちが魔物の群れに襲われて今まさに滅びようとしてるってのに、素通りしていったのよ。命令が出てないから戦わないんですって」
一瞬、あまりにもするりと出てきた情報に言葉が出なかった。
ロザリンドにとってそれは、常軌を逸した発想だった。ノブレスオブリージュも人間の善意も籠らない。そんなものは騎士ではなく命令通りに動く人形だ。少なくとも自分自身と同じ立場の存在だとは、思いたくもなかった。
「なんですか、それは……」
「アタシが騎士だの王家だのを信じなくなった理由。そして天涯孤独になった小娘が剣を握った理由。そして運がいいことに、アタシには才能があった。魔物の群れをブチ殺す為に剣を振り回す才能がね」
シアリーズは、それ以上多くを語らなかった。
そこに至るまでに様々な――それこそ一言では言い表せない様々な経験や出来事があった筈なのに、彼女は結論しか語ることはなかった。まるでそれを口にすることには意味がないかのように。
「騎士の連中は手のひら返して騎士団に入らないかってすり寄ってきたけど、全員手合わせで叩きのめしてやったわ。アタシたちに何一つしなかったくせに、あっちはたまたま路傍の石の中に宝石が混ざってた程度にしか思っちゃいない。その宝石が輝くまでの過程なんてどうでもいいからよ」
「そんな……」
ロザリンドは否定したかったが、口には出来なかった。
その言葉はもしかしたら、王立外来危険種対策騎士団のスカウトにも繋がる話なのかもしれない。今日に出会ったピオニーがまさにそうだ。この大会の結果次第では借金が消えるという話ではあるが、彼が弱かったら騎士団は彼を誘わなかっただろう。
スカウトとは元来そういうものだ。
想いは無限でも、救いの手や夢への道には際限がある。
「アタシは皇国のデカイ町に住む人間がどうなろうが知った事じゃなかった。金の使い方を覚えてからは金になる仕事ばっかりやったわ。サンドワーム討伐、メイヴ討伐、ネームドドラゴン『ニーズヘッグ』討伐……十五にもなった頃には下手な貴族より金持ちになってたっけ」
その稼いだお金の使い途の一部が、ロザリンドの近くの壁際に見える。
シアリーズの剣は誰が見ても最上位の業物だし、身に着ける軽量鎧は細部に至るまで拘り抜いたオーダーメイド品だとロザリンドは一目で分かった。下手をするとクシュー団長が使うそれ以上の代物だ。故に質問した。
「お金が大好きなんですか?」
「好きよ」
にまっと笑い、即答された。
でも不思議と嫌らしさは感じない、無邪気な笑みだった。
「でも使い途はあんまりなかったから、貧乏人の村作りの手伝いに寄付したりした。実際のところ、その頃はお金を山ほど持ってれば皇国の偉い奴らを見下せると思ってたから持ってただけで、今も結構持て余してんのよねー。持ってきてはないけど宝石とか結構買ったのよ?」
「……少し不思議に思ったのですが、それほどお金があるのなら何故王国でパスタ屋さんを? 店を構えるにしても、もっとよい立地があったのでは……?」
シアリーズが店を構えているらしいジマル島は、貿易拠点として栄えてはいるが、小さな島だ。料理屋をしているのなら料理を振舞いたいと思った筈だが、それならより多い人が来る場所に店を構えることも出来たのではないだろうか。
「それはヒミツ。まだアタシと貴方はそんなに親しくないから」
「むぅ。ではもっと親しくなりましょう」
「アンタ意外とガツガツ来るわね……ま、いいけど。とにかくこれでシアリーズちゃん人生第一章、成り上がりの章はおしまい。今日はここで閉幕なのでとっとと帰りなさい」
「いえ、まだ終わらせません! ネームドドラゴンの件をもっと詳しくッ!!」
シアリーズの人となりも気になっていたが、やはり最も気になったのがそれだ。彼女が討伐したというサンドワーム、メイヴはどちらも七星級の魔物なので気になるが、ネームドドラゴンは見逃せない。
「数あるドラゴン種の中でもとりわけ凶悪で、固有の特徴と危険性を持つネームドドラゴンなど、討伐しただけで勲章ものの存在ですわよ!? 世界中の戦士が滅竜勲章に憧れましょう!?」
ネームドドラゴンは認定された者から名前を付けられ、討伐すれば褒章に勲章を授けられる。ニーズヘッグが名前であれば『ニーズヘッグ滅竜勲章』といった名前になる筈だ。
古来より邪悪な竜の伝承は世界中に暇がなく、それを破るのは戦士として最高の栄誉である。竜に攫われた姫君を助ける騎士の物語は知らぬ者のいない有名なおとぎ話だ。
しかし、シアリーズはどうでも良さそうに欠伸した。
「金は貰ったけど勲章なら貰ってないよ。だっていらないもん」
「――はぁ!? め、め、め、滅竜勲章ですよ!? 他の誰も持つことが許されない最高の名誉で、それこそシアリーズさんが嫌いな国を見返せるものではないですか!?」
「あー、あー、うるさいうるさい……」
耳を塞いで渋い顔をしたシアリーズは興奮するロザリンドの肩をポンポンと叩いて落ち着かせた。止められて初めてみっともなく叫んでしまったことをロザリンドは恥じる。
「も、申し訳ありません。余りにも理解に苦しむ話でしたので……」
「まー、蹴った当時は同僚に散々同じこと言われたけどさ。そもそもアタシの家に勲章なんて一つもないわ。小さな勲章から大きな勲章まで、全部蹴ってきた。これはアタシの人生哲学ってヤツ」
そこに至るだけで伝説とされる七星冒険者は、まだまだお子様ね、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「赤の他人や偉い連中に認められなくとも、アタシはアタシ。だから人から認められた証なんて必要ないわ。知ってる?
「ご自分で!? でも、宝石カイヤナイトの色が髪の色と似ていたと話では……!」
「だったらもっとメジャーなサファイアでもよかったと思わない?」
「それは……確かに。カイヤナイトもサファイアも藍い宝石ですが、知名度はサファイアの方が格段に上ですわね」
サファイアは藍い宝石の代表格なのに対し、カイヤナイトは近年になって注目を浴びた宝石だ。それまではサファイアに比べ透明度がなく、層が重なったような構造故に割れやすいと石ころ同然の扱いを受けていた。それが最近になって、サファイアに劣らぬ美しさだと評価がひっくり返った。
そう思い、はっとする。
「カイヤナイトって石を知った時、アタシに相応しいと思った。今は石ころ扱いでも、将来必ず輝くから」
「では、やはり貴方がきっかけで……! いえ、確かに貴方がその名を名乗ってから知名度が上がりましたが!」
「石ころを宝石に変えるのは周囲でも王様でも金持ちでもない。このアタシが変えてやるの。お高く留まって勲章をくれてやる、だなんて上から目線で人の価値を決めてんじゃない、ってこと」
どうやらカイヤナイトという石ころが宝石に化けたのは、この冒険者の仕業だったらしい。挑発的なまでに偉そうにふんぞり返るシアリーズを見て、ロザリンドにはどうしてか、彼女が宝石より眩しく輝いて見える気がした。
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