第210話 諦められないのが人の性です
魔物勝ち抜きバトルにヴァルナ達が夢中になっていたその頃――アルタイル・コロセウムでは変則的競技が行われていた。
『ショット・マッチ』。
コロセウム・クルーズの競技の中でも一際試合時間が短く、そして一瞬の瞬きも出来ない緊張感のある競技だ。
参加者は体の前方から見える位置三か所に小さな陶器とそれを固定する道具を取り付けて戦う。陶器は攻撃で簡単に砕け散る代物で、この陶器が全て割れてしまった方の負けだ。もし同時に最後の一枚が割れた場合、僅差で先に割れた側がいるのならばファミリヤ契約済みハヤブサのホルスくんがジャッジする。
ただし、この競技の独特なところはまだある。
勝負がつかず一分が経過した場合、勝負は即座に判定に持ち込まれるのだ。皿の枚数、積極性、更に命中せずとも有効打と取れる攻撃……それでも決着が着かない場合は、なんと両者失格となる。コロセウムの競技の中でもここまで極端なルールを取ってまで速度を重視する競技は他にない。
つまりこの競技は、とにかく相手より速く動かなければいけないし、防戦に回れば判定負けするので何がなんでも攻めるしかないという超攻撃型競技なのである。
武器はなんでもいいが、隠し武器や小道具は一切禁止。
試合開始時に手に持っている武器以外は徒手空拳以外認められない。更に言うと、相手の武器を奪って攻撃するのはこの競技では許可されている。
判断は一瞬。あらゆる選択肢があるが故、限られた時間内に何をするか常に思考を巡らせなければいけない。そのスピーディーさ故に、試合内で思わぬ絶技が牙を剥くのだ。
その競技が今、決勝戦を迎えようとしていた。
『スピードが売りの『ショット・マッチ』ですか、嘗てこれほどまでに早く決勝戦を迎えたことがあったでしょうか! しかも、今回の決勝は二方同じくパーフェクトゲームで勝ち進んだスピード狂いですっ!!』
速度重視というだけあって司会のミラベルも心なしか早口だ。
『第一コーナー!! 今大会初出場で決勝まで勝ち上がったその男の名は、イーシュン・レイ!! 宗国からの参戦です! 武器は素手! 目にも止まらぬ速度で拳を放つ『居合拳』で対戦相手の皿を全て叩き割った猛者です!!』
宗国特有の袖が大きな服を着た短髪の男、イーシュンが前に出る。一見して細身に見えるその体は極限まで自らの奥義の為に鍛えあげられており、袖の隙間から見える体のラインは恐ろしく無駄がない。
その瞳は糸目のせいか視線がどこを向いているか理解し辛く、余りにも無口であるため挑発しても効果があるかどうかさえ分からない。そのミステリアスな所が人気を呼んだか、既に彼の動向に注目が集まっている。
『第二コーナー!! これまた初出場ながら対戦相手の皿を全て割った男、ウィリアム・プレステスッ!! 伊達男っぽい恰好をしてますが、この人本業は王立外来危険種対策騎士団の騎士らしいです!! この国の騎士団クセ強すぎない!?』
どこか気取った態度で前に出るのは、内心で騎士団の仲間が殆ど見に来ていないことにショックを受けている騎士団第二部隊所属、ウィリアムだ。最初の方こそ唯のイロモノと思われていたが、左右の腰からぶら下がった二つの鞭のうち片方だけでここまで勝ち上がったからには周囲も認めざるを得ない。
鞭は対魔物では確かに使いにくい武器だが、対人においてその速度とリーチは驚異の一言だ。ウィリアムの命中率もあってここまでの対戦相手は碌に対抗できず一方的に皿を割られている。
まさに最強の矛と最強の矛同士の激突。
孕むは矛盾に非ず、より純粋に速い方が勝つだけの戦い。
「久々に高ぶっているよ、ボーイ。悔いのない戦いをしよう」
「……俺に許されるのは勝利のみだ」
「ふう、おカタいね。人生長いぞ? 焦って肩肘張るのはやめときな」
「俺の肩と肘はこの上なくリラックスしている。いつでも拳が放てるようにな」
ウィリアムは肩をすくめ、イーシュンは相変わらずの糸目。
しかし、軽口をたたき合う二人のうち、どちらかが次の瞬間には敗北する。その勝敗の瞬間、一瞬の緊張感こそがこの競技の至高の楽しみだ。待ちきれぬ観客たちの空気を悟り、ミラベルが即座にカウントダウンを開始する。
『では試合開始五秒前!』
ウィリアムの皿は左胸、右足の太もも、そして額。イーシュンの皿はまるでボタンのように胸から腹にかけて一直線に装着されている。
『三!』
イーシュンの皿は素手で守りやすい反面、近い場所に集中しているのでガードが剥がれたら一巻の終わりだ。
『二!』
対してウィリアムは分散しているだけ一度には割られにくいが、全ての皿を守って動くことは出来ない。互いに対照的な配置だ。
『一!』
イーシュンの肩、肘、手の関節の全てが弛緩する。
ウィリアムの腕が、ごく自然な動きで腰の鞭へと伸びた。
『――ゼロッ!!』
パパパッ!! と、何かが破裂するような音。開始と同時に二人の腕が瞬時にぶれて、気が付いた時には床に五枚分の皿が落ちていた。
余りにも呆気なく、しかし神がかり的な読み合いと攻防の末の結末。先に口を開いたのはウィリアムだった。
「参ったよ、本当に……」
その声は自分自身に対する落胆を隠せない声色。その胸と足には既に皿はなく、俯く顔についた皿がどうなっているかは伺い知れない。
一方のイーシュンの手には、鞭の先端がしっかりと握られている。その光景に観客は悟る。彼は観客すら認識できない速度で飛来した鞭を完全に見切り、捕まえた上で拳を放ったのだと。
イーシュンは、確かに音速を超える鞭の軌道を完全に見切って捕まえ、その上で居合拳を放ってウィリアムの皿を割った。ウィリアムの最大の武器である鞭は、それを掴み取ることができれば封じる事が可能だ。そうなればウィリアムは勝機を失う。
この勝負、開始前から既にイーシュンに大きな勝算があった。
沈黙を破り、そこまで無言だったイーシュンが、口を開く。
「……ふ、不覚ッ」
勝算はあった。しかしあったから、それを絶対に掴み取れる訳ではない。何故ならば、対戦相手にも程度の違いがあれ勝算は存在し、そして一瞬の勝負に於いてそれを掴み取れるか否かこそがこの競技では重要なのだから。
「早撃ち勝負で二本目の鞭を抜かされたのは久しぶりだ。誇っていいぜ、ボーイ?」
イーシュンが片方の鞭を封じて二発の拳を放ったその時には、ウィリアムはもう一方の鞭を目にも止まらぬ早撃ちで放ち、攻撃と防御で腕の封じられたイーシュンの三枚皿を一撃で全て叩き割っていたのだ。
顔を上げた彼のテンガロンハットには、傷一つない陶器が勝利を称えるようにスポットライトの光を浴びて燦然と輝いていた。
『決着ぅぅぅぅーーーーーーッ!! 今日一番のスピードジャンキーは……ウィリアム・プレステェェェーーーーースッ!!!』
どっ、と湧き上がる歓声に応えるようにウィリアムは額の皿を取り外して上に放り投げ、空中を飛ぶ皿を居合のような鋭い鞭の一撃で粉々に叩き割った。
◇ ◆
「――と、いう訳さ。 どうだいリーダー、俺の腕は?」
「口先だけじゃないのは何よりだ。後は調子に乗って酒を飲み過ぎるなよ、伊達男。二日酔いで勝てませんでしたは余りに情けない」
「御忠告どうも。しかしリーダー、俺の燃料はこの煙臭いウィスキー……こいつを飲むなってのは、馬に人参を食うなと言っているようなものだぜ」
「一度でも節度を間違えたら二度とウィスキー飲めなくなるから気を付けて飲めよ」
「フッ……それ飲むなって言うより怖いんだけど。え、マジで言ってる?」
ストレートでウィスキーを飲むウィリアムは結構酒に強いようだ。彼が個人的に追及しているらしい「ハードボイルド」の強い拘りの為か、焦げ目のついた燻製ソーセージと燻製チーズをツマミにどことなく気取ったポーズで飲んでいる様は、ここがバニーズバーでなければ格好よく見えるのかもしれない。
どーも俺の美的センスとは噛み合わないが、そこは個人の自由だろう。
今日、全員が無事に競技で優勝したことを記念して食事会をしようとしたところ、行きがけにカルメを勧誘しようとしていたバニーズバーの皆さんがサービスしてくれるということなのでそこに来ている。
明日のこともあるのでお酒は明日に残らない程度に抑えるよう伝えたのだが、ウィリアムとサポート組の一部以外はアルコールに手を付けていない。なお、料理は全体的に人参が入っているとかそういうバニー要素はない。
「昔はあったんだけどぉ、人参嫌いのお客さんが一度暴れてから半分は人参なしのメニューになったのよぉ。名前なんだっけ……ボクサツだっけ?」
「モクサンよモクサン。あの胡散臭い食い逃げ犯! 今度見つけたらターダじゃおかないわよッ!!」
従業員のバニー達は相当煮え湯を飲まされたのか、思い出すのも忌々しいとばかりにシャドーボクシングしている。モクサン……心なしか耳に覚えがある気がするのだが、思い出せない。ロザリンドにも質問してみたが心当たりがないと言うので、ひとまず考えるのをやめる。
「それにしてもここの料理は随分スパイスが効いてますわね……」
スパイスの効いた煮込み料理を口にするロザリンドは、舌がピリピリする刺激と独特の香りに戸惑いがあるようだ。騎士団に入って味覚も柔軟になったかと思ったが、そういえば彼女が毎日食べているのはタマエ料理長率いる料理班の作った料理だった。プレセペ村の食事で問題なかったようだから油断していた。
「初めて食べる料理は無理して沢山食べない方がいいぞ。口に合わないものずっと食べてると体調崩すしな。苦手ならちょっとずつ慣らしていけ。食べきれんなら俺も手伝うから」
「い、いえ! まかり間違っても先輩にわたくしの食べかけ料理を渡すなどと無礼千万な真似は出来ませんっ!」
「じゃ、アタシがもらっとこっと」
シアリーズが横から煮込み料理の皿にフォークをひっかけて皿をかっさらう。アマルでさえやらないテーブルマナーの悪さに呆れるが、彼女は気にせず皿の中身である鶏肉を豪快に齧る。食べた分を飲み込んだシアリーズは唖然とするロザリンドに意地の悪い笑みを浮かべる
「ルルズは港が近いから輸入品のスパイスが安価で手に入るのよ。だからこの辺の料理はどれもスパイスに拘ってるわけ。王都じゃ辛いものは野蛮なお料理かしら?」
「そ、そうは言いませんが! 食べ慣れなかっただけです!」
「なら慣れる努力もなさい。色んな場所を旅するには丈夫な胃袋も必要なのよ」
この言い方に対抗心を燃やしたか、ロザリンドは無言でナイフとフォークを器用に使って煮物を解体して食べ始め、解体された煮物をシアリーズが横から掠めとるという謎の攻防が始まった。
何やってるんだか、と思っていると背後からアストラエが近づいてくる。
「彼女なりの気遣いってヤツだろうね。ああして食べれば結果的にロザリンドくんの取り分を減らしつつ、慣れる訓練にも出来るってところか」
「お前はいいのかよ、聖艇騎士団の停泊地に行かなくて」
「よしてくれ、あそこは陸に上がった気がしなくて嫌なんだ」
そういいつつアストラエは店員のバニーたちに色紙を配り始める。
「やーん! 王子様までお名前書いてくれたんですかぁ!?」
「明日には大会優勝の箔がつくから楽しみにしていてくれたまえ。なに、ヴァルナのついでさ。それに王族としてではなく騎士団名義だしね」
「いやいやいや!! アストラエ王子のサインが貰えるなんてスゴイことですよ!? この事が知れ渡っちゃったらアストラエ様のファンクラブ会員が押し寄せてうちのお店女性客だらけになっちゃいますって!!」
「はぁ~~~……王国筆頭騎士と王子のサインが並んでるとかやばぁ……」
あれはバニーズバーを貸し切りにして料金もサービスする見返りとして要求されたサイン色紙だ。俺を含む小大会優勝メンバーに加え、アストラエも面白半分にサインを書いている。
王国筆頭騎士、第二王子、海外の伝説的冒険者の名前が刻んである色紙とか冷静に考えると相当貴重な品である。記念に余った色紙を取っておけばいつか何かの取引に使えるかもしれない。
「で、アストラエ。お前どの競技に参加する気だ? うちの連中とカチ合わせは困るんだが?」
「予定表見て決めるよ。これでも僕、割と何でもできるから。なーに、絢爛武闘大会で優勝したときの賞金は君らに譲るさ。お金には困らないからね」
それは、自分がこの大会の頂きに立つという宣言だ。
俺に向けた言葉だろうが、シアリーズも一瞬ちらりとアストラエを見る。その視線には威圧感に近い何かが籠っていたが、アストラエはそれに気づいた上で受け止め、平然と話を続けた。
アストラエと公の場で戦うと言うのは、競争相手として純粋に厄介だ。
王国最強である俺が『確実に勝てる』と断言できないこの男は、本人の言う通り本当に割と何でもやってのける。というよりも、戦いの場で人道に反さないあらゆる手段を取ることに抵抗や呵責がない。下手をすると王立外来危険種対策騎士団の面々よりもだ。
士官学校時代、俺は何度もこいつに煮え湯を飲まされた。それ以上に打ち負かしてはきたが、それは常にいつ不意を突かれて敗北するかというスリルと隣り合わせた事だった。
だからこそ、だろうか。
「いーや、俺が優勝するからお前に恵んでもらう金は必要ないな」
「そうでなくちゃ面白くない。流石は僕が友と認めた男だ」
互いに何が嬉しいのかすら理解していないくせに、戦うときの事を考えると笑ってしまうのだ。
それに、その言葉を正しく理解するならばもう一人――可愛い顔してとんだ食わせ物がコロセウムにやってくる。
「セドナも参戦したらもっと面白いぞ?」
「だな。あいつ剣はカラッキシだが『得意武器』を持つとマジで強いからな」
未だ大三角は完成されず。
コロセウムクルーズの激戦は、明日から更に荒れ狂うことになる。
「……時に、君の後輩で何故かバニー服を着せされているのがいるが」
「ああ、恥じらいの余り胸元と股間を必死で隠しているな」
「彼はロマになったノマなのかい? それともノマになったロマなのかい?」
「さぁ。登録上は男の筈だけど、ああいうの見ると段々自信なくなってくる気がする」
俺たちの視線の先には、手とお盆で必死に胸元を隠すカルメの姿があった。
「だから、着たじゃないですか! 一度着たら諦めるって約束だったじゃないですか!! もう着替えさせてくださいよ!?」
「まッだッだッ!! その恰好で私たちが給仕して貰うまでやめさせないッ!!」
「給仕してるのは貴方たちでしょ!? もうお給金いらないからやめさせてくださいよぉーーーっ!! たっ、助けてセンパァーーーーイっ!!」
涙目でバニーたちから後ずさる涙目のカルメの肌は、ムダ毛の一本も見えない見事な美しさで網目手袋と網目タイツを着こなしていた。
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