第209話 見たことのあるパターンです

「言わんこっちゃねえ……!」


 観客席でオルクスの戦いを観ていた俺は、案の定慢心して追い詰められるオルクスに思わず眉間を指で押さえた。


 オークは二足歩行で手を使う亜人タイプの魔物である。二足歩行は四足歩行より速度に劣るが、代わりに手に入れたのが物を持つことによるリーチの増加である。それこそオークとの戦いでまず一番に立ち塞がる問題だ。


 今までオルクスが殺してきた魔物は全て剣を握ったオルクスの方がリーチが長いから勝てた。オルクスの思考は恐らくそこで止まっていたのだろう。じゃんけんで言えば相手がパーしか出してこないからとにかくチョキを出せば勝てる、みたいな感覚で、相手がパー以外を出せばまやかしの無双は消え去る。


 確かにリーチの短い格下相手ならそれが最善手だが、リーチの長い相手や互角の相手が出てくれば、その戦法は即座に瓦解する。 


 しかも、そもそもオークに限らず群れで行動する肉食の生物は集団で狩りをする。オークも基本的に複数で一組のグループを作って狩りに向かう以上、数を活かして包囲するのは当たり前だ。だから王立外来危険種対策騎士団では罠も催涙爆竹もなんでも使ってオークの優位性を突き崩す。


「ありゃ駄目ね。完全に初級冒険者がパニクってるのと同じ状態だわ」

「何をそんなに戸惑う必要があるのでしょう。包囲されたとしても突破は簡単なはず……」


 俺と同じ感想のシアリーズがやれやれと首を振り、ロザリンドはもし自分ならどう突破するか複数の答えを見つけているようだ。相変わらず自分基準なところが抜けきらないが、解決策を複数考えるのはいい癖だ。


「冷静さを欠いたら普段出来ることも出来なくなる。あいつも集団戦のイロハくらいは訓練したことがある筈だが、最初に包囲される前に動き回ってればもう少し違ったんだがなぁ」


 オークのリーチは確かに脅威だし、威力も一撃必殺に近い。だが所詮オークの攻撃は戦闘技術として洗練されたものにはなり得ない。カースト上位のオークならともかく、通常オークの棍棒など隙だらけだ。

 一人でオークに囲まれた際の正解は、動き回って一対一の状況を作り、その上で速度を活かして一匹ずつ仕留める。たったそれだけだ。


「はぁ~……しゃあねえなぁ」


 この大会、ヤジはある程度許容されるが、ああしろこうしろだのと指示を出す行為はマナー違反とされている。選手の気を逸らしてしまうからだ。しかしオルクスがこのままオークに袋叩きにされてセドナが来る前に戦闘不能になるのは余りにも憐れだ。


 いや、敢えて怪我した方が心配して貰えるという可能性もあるが、とにかくアドバイスくらいは――そう思った俺の行動が実行されるより早く、その声は突然響き渡った。


「はぁーっはっはっはっはッ!! 無様なりオルクス・プールード・オーガスタッ!!」


 コロセウムの喧騒を押しのけて響き渡る高笑いに、オークたちまでもが戸惑いそちらを向く。


 そこには、蝶を模したような仮面をつけた金髪マントの気取った男が立っていた。場所はなんと司会実況席の真上の屋根。クーベルさんが驚きの余り椅子を蹴飛ばして立ち上がる。


『謎の闖入者現るッ!? いや誰なんだあんた一体ッ!?』

「な、な、何者だ!!」

「誰ぞ何ぞと問うならば答えて進ぜようッ!!」


 その極めて変な人はしかし、何ら恥じることはないとばかりに貴族以上に堂々と名乗りを上げる。


「我が名はマスクド・キングダムッ!! 王国を憂い、王国の為に戦う正義の仮面紳士であるッ!! はぁーーーっはっはっはっはっは!!」


 高笑いしながら自称マスクド・キングダムは司会席の屋根を一飛びし、空中でくるくる回転しながら二十メートルは下にあった床にスタン! と華麗に着地する。


「さて、流石にオークに直接手出しをするのではオルクスくんのプライドも傷つくだろう。では問題だオルクスくん! 君がオークに勝っているものは何だ!?」


 試合に乱入したばかりか選手に話しかけ始めるマスクド・キングダム。どうすればいいか分からず戸惑うオークの隙を見てなんとか包囲網から抜け出たオルクスが、震える足に力を籠めながら答える。


「な、何って……貴族、騎士としての誇り!」

「誇りを翳すだけでは勝負に勝てんぞ!」

「明晰な頭脳と剣技ッ!!」

「しかしそれは今の戦いに活かされていないな! もっと即物的に、シンプルに使えるものがある筈だぞ!!」

「な、なにが……私が何を見落としてると言うのだ!!」


 マスクド・キングダムの迫力に押されて動揺するオルクス。で、それはそれとして俺もステージ外の場所に降りてマスクド・キングダムに直行してそいつの耳をガッシリ掴む。


「分からぬならば教えてやろう! それは……あイダぁッ!?」

「速度だオルクス。先手が取れないなら後手を取ればいいだろうが。という訳でホラ、こっち来いこの馬鹿!」

「ま、待て! まだ我が熱い激励の言葉が彼に届いてな……イダダダダ!! 取れる! 僕の高貴な耳が取れる!!」

「いやすいません皆さまホント。このマスクドなんちゃらには俺がキツく言っておきますんで、試合の続きをどうぞ」


 魔物監視や司会、観客にペコペコ頭を下げながら俺は人間用のゲートに悲鳴を上げるマスクドなんちゃらを引きずり込んでいく。


 何を隠そう、俺はこのマスク野郎の正体に嫌というほど心当たりがあった。


 いくら仮面を被っているとはいえ顔をよく見知っている者なら背丈や髪で既視感を覚える。加えてあの馬鹿笑いに、着地の瞬間に裏伝五の型・鸛鶴こうづるなどという小器用な真似が素面で出来る男など、俺は一人しか知らない。


 人目に付かない場所までやってきた俺は、据わった目で目の前のお調子者を睨みつけた。


「何やってんだアストラエ、この馬鹿」

「いったぁ……会うなり耳引っ張るこたぁないじゃないかヴァルナ!!」


 マスクを取って涙目で言い返してきたのは、予想通りこの国の第二王子にして親友のアストラエだった。




 ◇ ◆




 数分後、会場。


『いやぁ、マスクド・キングダム……一体何者だったのでしょう。電光石火でヴァルナ氏が連行してしまいましたが、どうやら登録選手ではないようです。結果的に彼のアドバイスで何とかオルクス氏は勝利いたしましたが、観客の意識はもう完全にマスクド・キングダムの方へ向いています。うーん……とりあえず気を取り直して、第六戦の用意が整いました!!』


 観客から未だにどよめきが収まらない中、俺は後ろの席に座ったアストラエをじろりと睨む。周囲は彼がマスクド・キングダムだとは気付いていないようだ。


「この目立ちたがり馬鹿。お前のせいでオルクスの存在感が余計に減っちまってるじゃねえか」

「まぁまぁ、ハードル下がっただろう? それに僕が目立つのは当然だよ。目立とうと思ってた訳だし」

「余計悪いわスカポンタン」


 突然現れた男に後輩たちとシアリーズが訝し気な視線を送る。


「誰こいつ?」

「俺のダチ」

「おいおいヴァルナ、彼女はもしや藍晶戦姫カイヤナイトシアリーズかい!? 騎士団の協力者名簿に名前はあったが、直に会えるとは光栄だな! 僕はアストラエだ、よろしく」

「よろしくしない。貴方、家柄のいい金持ちの臭いがするから」

「えー」


 基本的に貴族とか権力とかを疎んでいるシアリーズにぷいっとそっぽを向かれ、心底悲しそうな顔をするアストラエ。ざまぁ。後でシアリーズにはプレゼントをあげよう。


 一方アストラエの名にようやく合点がいった後輩ズが「えぇぇぇぇぇぇ!?」と叫んでいるが、こんな奴は驚くにも有難がるにも値しない男なので敢えて補足説明はしない。


藍晶戦姫カイヤナイトと仲良さそうじゃないかヴァルナ。君と馬が合うとは相当な実力者かつ不思議ちゃんと見たぞ。しかしいいのかなぁ、そんなに仲良くしてるとセドナが来たとき絶対拗ねるぞ?」

「んなこと知ってらぁ。仕方ないから空き時間はあいつに付き合うよ」

「……フーン。ヴァルナってば付き合ってる女の子にナイショでここに来てるの?」


 シアリーズが流し目でにやぁ、と笑う。面白そうな話だと判断したらしい。なお後輩二人は顔こそこっちに向いていないが耳がきっちりこちらの方を向いている。

 お前らそんなに俺の不幸が嬉しいのか。俺もひげジジイを筆頭とした迷惑かけてくる組の不幸は嬉しいから気持ちは少し分かるぞ。


「別に俺とアイツは付き合ってないっての」

「でもあっちは意識してんじゃないの~?」

「知らん知らん。あいつは友達が構ってくれないとすぐ拗ねるだけだ」

「構ってほしい女心……ヴァルナには分かんないよねー?」

「僕としてもヴァルナ、彼女と君とってんなら断然アリだと思うよ。オルクスには気の毒だが、彼はまぁ最初から芽がなかったし」

「サラっと酷いこと言うな! まだ可能性が眠ってるかもしれんだろ!?」

「はっはーん。三角関係なんだ!」


 こいつら基本的にはつるまない癖に面白そうな時だけ手を組むタイプだ。由々しき事態である。というか三角関係じゃねえ。俺から二人に対して何も向いてねぇ。

 いや、今のは訂正する。それを口にするとセドナが悲しそうな瞳でじっと見つめてくる気がするし。親友だ、親友。普通より強い絆で繋がっている。


「逃げたね、親友という都合のいい言葉に」

「大丈夫ヴァルナ。わたしたち分かってるから、貴方の本当の気持ちに」

「この場にいない女のことで勝手に盛り上がるな! 試合見ろ試合!」

「はーい……ねぇ貴方、アストラエだっけ? 意外と気が合うのかもね、私たち」

「ふふん、そうかもしれないね。何せヴァルナの親友だから」

奥さんフロルに浮気報告するぞー」

「まだ結婚してないッ!! いや将来的にはするしやましい気持ちもないけど!!」


 最後に一回噛みつき返して満足した俺は試合の経過を見る。

 どうやらオーク戦でも結構な体力を消費したのか、オルクスの動きは先ほどまでのキレがない。第六戦は賞金の門番ことミノタウロスのようだ。


 図鑑曰く、ミノタウロスは確かオーク以上トロール以下の魔物で、見た目の大きさの割に機敏に動く厄介な魔物だ。オークと同じく棍棒などの武器を使うが、素手の戦闘力も高い。デカイ見た目に反して狭い場所が好きで、番で繁殖するため群れの単位は小さく繁殖力もそこまでではない。


 ちなみに、如何にも凶悪そうな面をしているが草食らしい。冷静に考えたら牛が亜人化した存在だろうし、釈然としないが当然ではあるのかもしれない。草食獣って下手な肉食獣より強いことあるものな。


「はっ、はっ……ここだッ!!」

「ヴモッ!!」


 走り回って転げ回りながら、オルクスは一瞬の隙を縫って剣を振る。余裕がないせいで奥義が出ず、剣はミノタウロスのわき腹を浅く切り裂くだけに終わった。そのダメージの少なさに表情を歪めながら、オルクスはすぐに走り出した。


『オーク戦には辛うじて勝利したオルクス選手ですが、やはり魔物との戦闘経験のなさが響いて決定打を打てません! このまま消耗し続ければ待っているのは敗北のみ! 果たして逆転できるのでしょうか!!』

「……出来そうだな」


 オルクスの動きを暫く見た俺は、そう結論付けた。

 シアリーズも気付いていたのか同調する。


「そうね。貴族のボンボンにしては意外と根性あるわ」

「そう、なのでしょうか? わたくしには無駄が多く感じますが?」

「確かにそう。だけどそういうことじゃない……そうね、ヴァルナのお株を奪ってたまには私が説明しようかしら」


 気まぐれを起こしたシアリーズがロザリンドの問いに答える。


「同格や格上の魔物との戦いにおける基本は動き回ること。相手の方がパワーもリーチも勝っているのなら特に、動きを止めたら負けるわ。つまり戦略的には、オーク戦で余裕ぶっこいてたあの頃より格段に対魔物の立ち回りになってるってワケ」

「それに回避に使う動きが少しずつだが洗練されてきた。流石訓練だけは一丁前の聖靴で鍛えられてるだけある」


 実戦なくして強くはなれないが、訓練を疎かにすれば綻びが生まれる。聖靴騎士団は、本当に訓練だけは他のどの騎士団より入念に行っているのだ。オルクスも基礎がなっていなければもっと早くに敗北していただろう。


 髪のセットが崩れていることも、体に砂埃が付着していることもオルクスは気にしていない。いや、気にする余裕がない。だから余計な思考を切り捨てて必死で走り回っている。


 それでいい。魔物との戦いで考えるべきは、自分が勝利するために何をすべきかだけだ。


「ヴモァアアアアアアアアッ!!」


 先にしびれを切らしたミノタウロスが大きく振り翳した棍棒が一直線に叩き下ろされ、ステージに大きな亀裂が入る。その瞬間、オルクスは優雅さの欠片もない雄叫びを上げてミノタウロスへ駆け出す。


「うおおおおおおおぁぁぁぁぁッ!!」


 深く踏み込んだオルクスは、ミノタウロスが棍棒を持ち上げるまでの僅か一秒ほどの時間を縫って棍棒を足場に跳躍し、加速を殺さないまま全身を回転させて遠心力を乗せた白刃を煌めかせた。


「荒鷹ァァァッ!!」


 すれ違いざま、空中でミノタウロスの首を半ばまで切り裂いたオルクスは着地の衝撃を床を転がることでなんとか打ち消し、膝をついて肩で息をする。


 ミノタウロスは喉を切り裂かれ口をぱくぱくさせながら悶え、やがて失血によりその巨体を自らの血溜まりに沈めた。


『これは見事ッ!! 起死回生の一撃によってミノタウロスに致命傷を与えたオルクス選手、意地を見せたぁぁぁぁーーーーーッ!!』


 この逆転勝利には会場も沸いた。魔物戦に挑んでミノタウロスで負ける選手はかなり多いらしく、この関門を超えるかどうかが見どころの一つになっていたのだ。

 やはりオルクスは油断ならない男だ。

 俺は賞賛の拍手を送ると同時に、それを再認識した。



 ――その後、何かが吹っ切れたらしいオルクスは獣のように魔物相手に暴れまわり、なんと第十二戦目のガーゴイル相手に紙一重で勝利。ガーゴイルは大陸でも四星最上位級の力を持つ魔物であったため、思わぬジャイアントキリングに会場は沸き立った。


 が。


「私は……一体何をしてたんだ? ミノタウロス戦の途中辺りから記憶がないのだが……うわ、服が埃塗れに!? 御髪が滅茶苦茶に!?」


 多分生き延びることしか考えなさ過ぎて途中から本能だけで戦っていたらしく、勝利インタビューになってやっと正気を取り戻したオルクスは試合の事を途中から覚えていなかった。

 なんとか誤魔化していたが、あの顔は御前試合で気付かないうちにクシューを倒していた俺と多分同じやつである。そうまでしてセドナに自慢できるネタが欲しかったのか、オルクスよ。


 ちなみにこの魔物勝ち抜きバトル、シアリーズ曰く選手の実績や戦いぶりを見て出す魔物が変わるらしい。オルクスの戦いは前半初級者接待、後半からじわじわ上げて最後は彼に倒せる可能性が低めだが不可能ではないレベルの魔物を宛がっていたという。


「言っとくけど調教できる魔物は六星メラクのごくごく一部までが限界だから、あんまし期待しない方がいいわよ。魔物の在庫なくなったら出場させて貰えなくなるし」

「だとさ、ヴァルナ。残念だったなドラゴンとか出てこなくて。まぁどうせ君なら楽勝だろう、あっはっはっは!」


 いや、別に俺はそこを期待してる訳じゃないんだけどな。

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