第208話 数で暴力です
オルクスが五回戦に進もうとする中、会場内の売り子から飲み物を買ったシアリーズがふとこちらを向く。
「そういえばあんまり気にしてなかったけど、王国内に調教したとはいえ魔物を連れ込むって王国法的にアリなの? 外来ナントカ法っていうのがあるんでしょ?」
「外来危険種対策法な。国の認可なしで魔物を持ち込み、或いは生きたまま移動させるのは法律違反だ」
キンキンに冷えたレモネードを飲んで頭がキンキンするのに顔を顰めながら、俺は一応説明する。
「国の許可なくこれをやれば問答無用で牢獄行きだが、許可が通れば連れ込みは可能だ。じゃないと騎士団がテイムドワイバーンを所持できん。もちろんコロセウム・クルーズに事前に全ての魔物の数と種類の申請を出させ、船の入港と同時に王宮の記録官が入って申請と違いがないかチェックしてる筈だ」
「めんどくさ……ああでも、大陸でも魔物の捕獲とか移動の時に町や関所に寄るときは許可証必要だったっけ」
「魔物の捕獲をされたことがあるので?」
ロザリンドの問いにシアリーズが退屈そうに答える。
「ま、お金になる話だったから。でも依頼主が魔物使って街を混乱させようとする悪党だったから、結局依頼料はパァになるわ魔物の後始末しなきゃいけないわでもう大変……聞いた時は美味い話だと思ったんだけど、そのあとも大変だったわ。最終的には何故か魔王討伐パーティの一員になってたし」
「え? お前そうだったの!?」
「まぁね。でもそのせいで色々あって大陸に居づらくなっちゃったから、今は商業ギルドに鞍替えして普段は離島でパスタ作ってる訳」
衝撃の事実発覚である。まさか魔王討伐メンバーの一人が彼女だったとは知らなかった。彼女も相当な冒険をしていたようで少し羨ましい話だ。魔王を倒す戦士なんて、剣を志す者は一度は必ず憧れる。
「もしアンタが大陸で生まれてれば勇者になったかもしんないわね。あの超絶ダサすぎ勇者服進呈されたアンタの顔は見てみたいかも」
「見た事すらないけど謹んでお断りする」
「よねー。ちなみに魔王自身は確かに大した奴だったけど、所詮はテロリストの類よ。国を滅ぼした後に何するかなんて考えてないくせに理想だけは声高らか。なんだっけ、はぐれ魔族? とかいうのだったみたい」
魔族といえば今の世界を隔てて存在する二つの世界の片割れ、魔界の代表種族だった筈だ。アストラエが酔っぱらって漏らした情報を信じるなら、生で見たことがあるのは三界サミットという全世界の政治の代表が集まる場に訪れた人間のみ。アストラエはその代表のうち天族とトランプで盛り上がったと言っていた筈だ。
「はぐれとかいるのか……案外探せばその辺にいるかも?」
「ないと思うわよ。そいつ相当昔から地上に潜伏してたみたいだし、今は出入りするとすぐ両方の警戒網に引っかかるらしいし。魔族を連行しに来た羽根生え人間たちが言ってた」
密かに生の天族、魔族を見る機会があるかもと期待していた俺だが、シアリーズは諦めなさいと言わんばかりに首を横に振る。
しかし、こうして話すと彼女はやはり冒険者だったのだと思い知らされる。王国内で民を守る戦いを続けていた俺には決して経験できない戦いや出会い、別れを繰り返して彼女という戦士が完成したのだろう。ロザリンドは彼女の話にかなり興味があるようで、「今夜お話を聞きたいですわ!」とシアリーズににじり寄って嫌がられてる。
「ヴァルナ、あんたの後輩ちょっと強引過ぎない? 新作パスタ食べさせていい?」
「勿論駄目なので懐から出そうとしているその手を止めなさい」
「美味しいのに……」
シアリーズの懐から一瞬想像を絶する寒気のようなものが漏れ出た気がした。鞄すら持っていない彼女の一体どこにパスタが格納されているのかは、きっと明かされぬ永遠の謎なのだろう。
「そう思うなら脅し文句に使おうとするな! ったく、ロザリンドはそれ後にしな。そろそろ五戦目が始まんぞ!」
「り、了解しましたわ!」
俺の指摘にロザリンドが慌てて姿勢を正す。シアリーズは背もたれに寄りかかりながら、「まぁ夜に暇だったらお喋りくらいしたげる」と小声で言い、ロザリンドの表情がパァっと明るくなった。
素直じゃないけど優しい奴なのだ、シアリーズは。
『お待たせ致しました! では第四戦で撃破した魔物の片付けが終了いたしましたので、第五戦! これはある意味おあつらえ向きのカードになるか!? 調子が上がっていくオルクス選手の前に立ちはだかるは三つの大きな壁……』
緑色の巌の如き肉体。
二メートル以上ある巨躯に、携える棍棒。
牙の突き出した醜悪な顔面に、俺は思わず目を見開いた。
『五戦目とあって数も増えるぞ! トルプル・オォォォーーーーーークッ!!』
「討伐対象確認。これより王立外来危険種対策騎士団は権限により任務を遂行する」
「座りなさい、剣を仕舞いなさい、ちゃんと現状を把握しなさい」
オークと聞いて反射的に剣に手をかけステージに乱入しようとした俺を、シアリーズが座らせて剣を手から弾いて諭した。そんなことを言われてもオーク根絶は王国の悲願だし、憎っくき緑のあんちきしょうを一分一秒でも長く生かしておくのは豚狩り騎士団として非常に認め難いのだが。
「アレは王国の許可得て入れてるんでしょ? それに会場の外に逃げ出す訳でもないし。あんた相手がなんだろうと状況を見極めてから行動しなさいよ」
「ちっ」
「ちょっとこいつ舌打ちしたわよ後輩共。この王国ナントカ騎士がいま親切心からの忠告に舌打ちしやがったわよ」
「センパイ、気持ちは分かりますけどここは闘技場ですし……」
「ブ、ブギ……!!」
オーク共は命の危機を感じ取ってかこちらをものすごく気にしていた。何見てんだ。討伐するぞコラ。
『豚狩り騎士団の面々がいる方からの殺気に若干オークがキョドっております!! 競技の公平性を期すため殺気は抑えてください!!』
「ほら、分かりやすすぎて名指し指名されてますよセンパイ!」
「……分かった、分かったよ」
司会実況にまで釘を刺されては仕方がない。大人しくオルクスの戦いっぷりを見物しつつ、腹の下辺りに無駄に氣を溜め込んで外氣を抑えよう。俺が氣を抑えるとオーク共は平静を取り戻したが、なんかチラチラこちらを見ている。何見てんだ。首狩るぞコラ。
「ブギィ、ブギギ……」
「プギッ」
「プギャア……」
オークたちは最終的に目を合わせた方が危ないと認識したのか、一切こちらに視線を送らなくなった。何無視してんだ。埋めるぞコラ。
『騎士団……というかヴァルナ氏、大人しくなったはいいですが静かすぎて逆に不安になるのは私だけでしょうか! もう長引けば長引くだけこの状況が続きそうなのでさっさと始めさせて頂きますッ!!』
「あれが本物のオークか……なんという不快で醜悪な外見なのだ」
「一刻も早く王国から根絶されて欲しいものですな」
「オークを消し去りたい皆様は王立外来危険種対策騎士団の支援をお願いしまぁす!」
「お、お願いしています……」
こんなとこでもロビイングしているひげジジイの使者。
既にこの会場に相当数のジジイの私兵が潜り込んでいる模様である。
支持者が増えるのはいいことなので邪魔はしないでおく。
主に俺のせいでグダグダと話が延びてしまったが、コロセウム内には今日初めてオークを見るという王国民も少なからずいるようで、この対戦は他のものより注目度が高まっている。
百年に亘って王国に蔓延ってきた諸悪の根源にして王国最大の仇敵、オーク。たった三匹の飼いならされたオークとはいえ、オルクスも恐らくは初めての邂逅だ。先ほどまでの戦いで調子づいたオルクスだが、第四戦まではあくまで一対一の戦い。奴が複数の敵を相手にどう戦うのかが勝負のキモになる。
『宿命のバトル! レディ……ファイッ!!』
「たかが三匹に増えたところで獣は獣! 容易く蹴散らしてくれる!!」
勢いに乗って不敵な笑みまで浮かべるオルクスは試合開始時とはまるで別人のように動きがいい。しかし、ここまでの試合で出てきた魔物は全て四足歩行や変則的形状の魔物だ。その立ち回りや戦略は全くと言っていいほどには異なる。
その違いを理解していないのであれば、オルクスはもう一度魔物との戦いの壁にぶち当たるだろう。
◇ ◆
一方のオルクスは増長していた。
(ふ……フハハハハ!! 獣如き、我が剣技の前には何するものぞ!! 何だ何だ、こんなもの奥義をぶつけてやれば木端ではないか!!)
確かに初戦で魔物相手に勝手が分からずもたついたという事実は若干あったが、所詮相手は獣でしかない。最後には突っ込んで来るしかなく、そしてリーチは剣を持つこちらが上だ。
近づいた相手に奥義を打てば勝てる。
オルクスの中では、これが至上の対魔物方程式だった。
相手が一匹相手でも三匹相手でも、同じ方法で勝てる。十二戦勝ち上がりも夢ではない。確かな高揚感を胸に剣を構えてオルクスは三匹のオークに相対し――戸惑った。
「……来ない?」
三匹のオークは棍棒を片手にオルクスの周囲をじりじりと包囲し、手を出してこない。オルクスとの実力差に恐れ慄き戦えないのか、と判断したオルクスは勝ち誇った笑みを口に称えながら、来ないならばこちらからと接近する。
あと一歩で剣の間合い。次の瞬間にはオークは死に絶え、王立外来危険種対策騎士団など所詮は雑魚を狩って思いあがっているだけの野蛮人だということが証明される筈。
だが、文字通りあと一歩のところで、待ち望む未来に水が差される。
「ブギャアアアアアッ!!」
「なにッ!?」
動かなかったオークが全身をしならせ、手に持つ棍棒を振り下ろした。力任せで粗雑に振り下ろされた棍棒を前に反射的に身を引くと、棍棒はステージの床に叩きつけられ石畳にビキビキッ、と亀裂が奔った。
「な、なんという威力……いかん、これは受け流しきれん!!」
何故こんな単純な事を忘れていたのか、とオルクスは猛省した。オークの巨体は人間を超える膂力を持つ。人間より野太く巨大な四肢を見ればそんなことは子供でも察する。
たまらず距離を取ろうと後方に下がる。
しかし、その行動は既に意味を為さない。
「ブギョッ!!」
「なっ、後ろにも!? ぐあッ!!」
オークが横薙ぎの豪快なスイングで棍棒を振り回し、先端が避け損ねた腕を掠る。触れたのはほんの僅かだった筈なのに、掠った場所を中心に腕が持っていかれそうな衝撃だった。反射的にオルクスはその衝撃に逆らわず全身を捻って受け流した。
何とか体勢を立て直しながら、安堵と緊張の入り混じった吐息を吐く。
(今のは危なかった……流れに逆らえば腕の筋を痛めていたかもしれん! くそ、またヘマを! 立て直さなければ……立て、直し……)
「ブギャギャギャギャ!!」
「ブヒッ、ブヒッ!!」
「ブギャアアアアアアアアアッ!!」
その時になってやっとオルクスは気付く。
自分が三匹のオークに包囲されていることに。
「なん……だ、これは……?」
隙間を抜けようと道を探すも、先ほどのオークのリーチから逆算したら抜け道がない。オークのリーチを考慮に入れず、一匹だけ注目して残り二匹の注意を怠った結果がこの窮地だ。思わず悲鳴のような叫び声が上がる。
「包囲していたぶる気か!? それはまるで、人間の狩りじゃないかッ!?」
リーチの有利を活かした戦い。
数を活かしたフォーメーション。
根拠のない勝算に満ち溢れていた頭が一気に冷め、自らを包囲する三匹の異形が放つ威圧感と恐怖が遅れて心に満ちていく。言葉の通じず手加減もしてくれない異形たちの攻撃を一度でもまともに受ければ、骨の一本や二本で済む筈もない。
獣如きにそんな知能がある筈もないと、高を括っていた。
それこそ、子供でさえ数の優位というものを理解している筈なのに。
目を離さなければ、動きを注視してさえいれば、避けられた状況なのに。
(ヴァルナはこんな連中と戦っているのか……!? 平民はこんな恐ろしいものの脅威に晒されているのか!?)
これがオーク、王国最大の仇敵。
リーチの有利がなく、数の有利もなく、獣を上回る知能を持つ。
オルクスはここに至って、やっと自分が窮地に立たされている事を自覚した。
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