第206話 挑戦者の登場です

 目隠しバトル、意外と余裕説を俺は提唱したい。


 まず外氣を取り込むモードを起動させ、そのモードをいろいろいい感じにするとチャクラが見えるようになる。チャクラとはすなわち生物なら何であれ持っている氣の循環なのでこれで周囲に相手がいると居場所がスピリチュアルなニュアンスでなんとなく分かる。

 ここまではイスバーグで気配察知を使ったときとだいたい同じだ。


 で、ここから更に自分を収縮し五感だけ拡大してくような感じで認識範囲をバッと広げると、その認識が擬似的な触覚っぽいものを得て、結果的に生物以外もスピリチュアルなニュアンスでなんとなく分かる。


 ここまでくればもはや目が見える見えないは戦闘に於いては大した問題ではなくなる。


 結論からして、目隠しバトルは意外と余裕である。

 

「ごめんなさいセンパイ、僕にはまずガイキって何だろとしか思いません」

「モードを起動させ、ってそんな『レバーを押して』みたいに簡単に言われましても……」


 目隠しバトルが楽勝であることを証明するように大量の賞金とトロフィーを手に入れた俺の説明に、カルメとロザリンドは気まずそうに眼を逸らした。いやいやマジで、これ出来るようになったらハンディとか意味を為さなくなるから。


「そこまで出来たらもう人間という概念も意味を為さなくなりそう」

「失礼なこと言うなシアリーズ、俺は立派な人間だぞ」

「王国民、どうしてこうなるまでヴァルナを放っておいたの……」


 シアリーズの憐れみが籠った視線にカルメとロザリンドがそっと目を逸らす。おいお前ら、俺の後輩だろ。なんかフォローしろ。という年長者特権を振り翳すのはやめ、大人しくコロセウム『ベガ』の席に大人しく座る。


 現在、俺のテンションは大会参加前くらいまで落ち着いている。


 その原因――ハンディ・マッチの顛末を語ろう。


 あの後も多くの戦士との戦いが当然待っていた訳だが、正直あの後は子供の大会に大人がやってきて荒らし回るみたいな一方的なマッチが続出。あっという間に大会優勝はしたが、別の問題も起きた。

 会場も盛り上がってはいるものの途中から「結果は見えた」とばかりに退席する人がちらほら見受けられ、決勝も予定調和的な雰囲気が漂っていたのだ。

 つまるところ、熱が冷めて一部が白けてきたのである。


 ハンディ・マッチはハンディによって生まれる素人臭さが一種の醍醐味という面があったせいだろう。もともとが賞金目当てなので会場の反応をそこまで気にすることもないと言えばないのだが、目隠ししてるのに観客の一部から「そういう試合(ゲーム)じゃねえから!!」と叫ばれる始末に大会側も遠回しにもうこっちの大会に参加しないよう勧めてきた。

 賞金が一回きりになってしまったのは残念だが、俺もちょっと消化不良だったので素直に納得した。もっとレベルの高い戦いでないと満足できないというのも事実ではある。


「なんか試合に勝って勝負には負けた気分だ。大会選びってのも重要なんだな……」


 俺の愚痴にシアリーズが意地悪な笑みで横腹をつついてくる。


「あらいいじゃない。おかげで新しい二つ名を手に入れたでしょ? ええと何だっけ……そう、『宵闇の剣鬼』? きっと追っかけも出来るわ」

「だっせぇし二度とやらねーから」

「そ、そうですか? 僕はいいと思いますよ? 目隠ししたまま勝てるなんて物語のライバルキャラっぽくて格好良くないですか? 黒騎士みたいな!」


 そういうお年頃のまま成長してしまったらしいカルメの思わぬ男の子っぽい要素を意外に思いつつ、俺はメモ帳に賞金を書き込んでいく。


 現在の賞金は、剣術大会で優勝して早くもファンを獲得したロザリンドが百万、的当てで大波乱を起こしたカルメの賞金が五十万にプラスして弓の腕前に対する称賛を含めてボーナス三十万、俺が無差別級で稼いだ百万にハンディ・マッチの優勝賞金五百万と、俺は見れなかったのだがピオニーが斧部門で優勝して八十万獲得したらしい。

 当のピオニーは癒しを求めてパンくず片手にカモメに会いに行ったそうだ。


 現状で稼げたのは八百六十万ステーラ。


 騎士団の負債は約千七百万ステーラなので、まだ試合の始まっていないウィリアムを含めて計算上は全員あと一回ずつ優勝したら粗方の負債を埋められる。

 ここから更に俺達の食費、宿泊費等も加算されるが、そっちはシアリーズの獲得賞金の五分の一が計上される予定なので余裕でカバーできるだろう。彼女は今日の午後の無差別級で累計獲得賞金が一千万ステーラに到達するそうだ。


 となると、問題はピオニーが抱えた五千万ステーラ相当の借金である。


 こればかりは残りの三日間俺たちが小大会で優勝し続けても届かない。本大会の優勝賞金の五億ステーラがないと厳しいだろう。準優勝の三千万ステーラでは全額返済に届かない。

 更に言えば、毎日大会にフル出場はリスク管理の視点で見ると良い選択とは言えない。俺とシアリーズは別として、負傷や体調不良など不測の事態を予想するなら大会前日は全員休みが理想的だ。例外に含めた俺とて絶対とは言えないので出来れば休みたい。


 ピオニーを見捨てれば事は簡単、と言うことなかれ。彼の人生にだって幸があっていい筈だ。ひげジジイにとっても彼は未来の幹部候補生、言い方は悪いが使い潰すより恩を売った方がいいと思っている。

 そしてもう一つ問題を挙げると、そもそも優勝以外に俺達の懐に入る儲けが殆どない。


 同行者の非戦闘員たちは賭けによって銭を稼いでいるが、王国騎士団メンバーが大穴だったのは今日までの話である。俺達の大暴れによって明日からの賭けの倍率はぐっと下がり、儲けも目減りしてくだろう。


「やっぱり優勝狙うしかないか」

「へぇ、色々計算してるんだ」


 明日以降の計画も含めて色々チェックしたりメモしていると、シアリーズが横から覗き込んでくる。藍晶戦姫カイヤナイトの名前の由来である美しい藍色の髪が近くに揺れ、少しだけドキリとする。


「ちょ、距離近すぎるぞシアリーズ?」

「下っ端騎士から一端の指揮官になったから、仕事ぶりを見たくて」


 多少は確信犯的なのか、また意地の悪そうな笑みだ。


 彼女は出会った当初、騎士という存在に懐疑的だった。不信と言ってもいい。俺は「余りにも騎士らしくない」という理由から多少は話を聞いてくれたが、王立外来危険種対策騎士団全体を見直してくれたのはオーク討伐の後だった。


「民の為の騎士道っての、まだ続けるの?」

「そりゃ続けるさ。生きている限り、王国の民を脅かす敵がいる限りはな」

「……皇国辺りにも貴方みたいな騎士が生まれてればよかったのに」


 どこか遠い目で儚く笑ったシアリーズは、すぐに笑みを消した。


「いえ、貴方みたいなバケモノが騎士団の枠に収まる訳がない。商売敵は要らないわ」

「どういう手のひらの返し方だコラ。俺ってば現役で公僕なのよ?」

「公僕は武闘大会で賞金稼ぎに来ないから……っと、試合始まるわよ」


 シアリーズが俺の隣の席に座る。今更ながらこの馴れ馴れしさと距離感、万が一にもセドナがこの光景を目撃すれば嫉妬大爆発ではなかろうか。お願いだから任務の関係で来れなくなってくれ。

 なお、アストラエは「僕を差し置いてこんな面白い催し物を開くとは!」とか言って放っておいてもなんか来そうな気がするので諦める。


 これから見るのはコロセウム競技の一つ、「魔物勝ち抜きバトル」だ。コロセウムで最も過激で怪我人の多い競技であり、過激故に熱烈なファンが絶えない。何度事件が起きても途絶えることのなかった歴史ある競技だ。


 ルールは簡単。コロセウムで飼われている魔物と選手が一対一の勝負を繰り広げ、何度勝てるかという個人競技だ。勝ち抜き十二戦、勝利するたびに賞金が十万ステーラずつ繰り上げられ、十二戦後に待つ十三戦目に勝つと賞金が三百万に跳ね上がるらしい。


 この競技をなるべく死者を出さないよう続けるために出場する全ての魔物に魔法道具の遠隔電撃装置が付けられ、他にも選手を助けるための多種多様なギミックと対策が仕掛けられている。コロセウム『ベガ』のギミックが豊富な理由の一つがそれであった。


 この競技は明日俺が出場を計画しているもので、念のために観戦で情報収集に来たのだ。が、シアリーズは欠伸をしながらこちらの肩をつんつんとつつく。


「てゆーか、貴方に限ってこの競技で負けるとかあり得ない気がするんだけど。ヴァルナ、もしかして石橋を叩いて壊して自分用に新しく作り直すタイプ?」

「間違ってもない気がするな。自分で経験して対策立てないと安心できないってのはある」

「流石はヴァルナ先輩……その道に驕りと隙なしですわね!」


 常に俺の行動を好意的に捉えるロザリンドとは対照的にシアリーズがげんなりした顔を見せる。


「初見で私と互角以上に戦った上に二刀流の技術盗んできたコイツが負ける魔物がいたとしたら、人類終わりな気がするんだけど」

「……ちょっと気持ちが分かっちゃう僕っておかしいのかな」

「そんときゃ一人じゃなくて皆で戦えばいいんだよ。というか、俺は魔物に負ける気はないぞ。もっと効率的に魔物を仕留める為の情報が欲しいだけだ」


 無駄話をぐだぐだ続けている間に司会のクーベル・ショコラ――これまたマナベル・ショコラさんの親族で、弟らしい――による選手紹介が始まる。


『今日一日、王国騎士という存在の異質さ、強さを我々は嫌というほど知りました!! しかし、しかしです!! 今のところ大会に出場した騎士は、正確には『王立外来危険種対策騎士団』という騎士団の所属! この騎士団は王国五大騎士団の一つであります!! つまり、この王国の他四つの騎士団の強さを我々は真に目にしていませんッ!!』

「センパイ、これ……もしかして僕等以外の騎士団が!?」

「妨害が入るだろうとは思っていたが、プライドが邪魔して見世物の戦いに出るのは少数と踏んでいた。しかし、まさか俺ら以外で真っ先に魔物に挑む奴が出てくるとはな……」


 王国は対魔物という一点だけなら他の国に劣る。

 俺達騎士団以外は魔物との戦いのイロハなど碌すっぽ知らない筈だ。にも拘らず敢えてこの競技に挑むのは、無知か無謀か、はたまた俺たちに対する挑発なのか。


『王国の名を世に轟かせるは、王立外来危険種対策騎士団に非ず!! 彼は背中で、そして軍靴の音で語ります!! 我等こそが王国の騎士だとッ!! 剣神クシューが率い続け、帝国の機甲師団すら打ち破った『聖靴騎士団』より来る若き刺客ッ!!』


 聞き慣れた一定のリズムを刻む足音。かつん、かつん、と俺の足音よりよく響く美しい音を立て、その男はゲートからステージへと上った。


 多分なのだが、その人物を見て一番度肝を抜かれたのは会場のなかで俺だと思う。それほどに、余りにも予想外の人物がそこにいた。


『剣皇ヴァルナと同じ日に士官学校の門を叩いた男の一人!! 我、王国の誇りを胸に彼の者とは違う騎士道を貫き通さんッ!! 王国人の魔物狩りを見せてくれッ!!』

「――ふん。聖靴騎士団われらの誇りと実力をとくと見せてくれるわ!!」

『オルクスッ!! オルクス・プールード・オーガスタァァァァーーーーーーーッ!!!』


 それは間違いなくあの男――士官学校時代から幾度となく醜い罵り合いを繰り返し、割と優秀な筈なのにセドナへの片思いが悲しくなるほど実らない男、オルクスだった。


 しかし、あの貴族意識の高いオルクスが自ら平民の見世物となる為に参戦するとは考え難い。ではなぜここに彼がいるのか、どうしてあの競技なのか――理由は一つしか思い浮かばない。全く根拠はないのに俺には何故か確信があった。


(……セドナ来るわこれ)


 あいつが恥も外面もかなぐり捨てる理由とか、それしかないじゃん。


 ハチャメチャ大三角集合決定を確信した瞬間であった。

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