第205話 すれ違いざまの事件です
コロセウムの観客にも様々ある。
賭け目当てで入り浸っている者、好きな選手だけ欠かさず追いかける者、暇つぶしにスリルを求める者、戦いを分析したり最強論争に華を咲かせる者……しかし、注目度の高い選手には必然的に人が集まる。
午前にいきなり現れて本大会参加者レベルのサヴァーを破り優勝したヴァルナという男への注目度は、非常に高かった。そんなヴァルナが午後にも試合に出るとあって、既に会場である『アルタイル』は観客が満員だった。
三つの会場のうち『アルタイル』は普通のコロシアムだ。
『デネブ』は戦いの花形が来る関係で床の損耗が激しいため、ステージ上を整える専用の設備が入っている。『ベガ』はステージギミックの多さが自慢で競技に合わせて次々に形状が変化するので有名だ。
つまり『アルタイル』は、『デネブ』に入りきらず『ベガ』のような特殊性もない中堅的な競技が行われる。
デネブとは違いこちらの実況はボーイッシュな声の女性だ。
『誰が始めたかハンディ・マッチ!! 普段は自由に使える体の一部を自ら封じての真剣勝負! 当人は本気そのものでも観客から見れば珍勝負になりがちなこの大会に、今日も優勝賞金吊り上げを狙って馬鹿なハンディをひっさげた猛者たちがやってくる!! 司会実況はこのわたくし、今回『デネブ』より集客数上がっててテンションも上がっちゃってるミラベル・ショコラがお送りします!!』
会場から歓声が上がるが、一部からおっさんの雄叫びも混ざっている。シアリーズに変な声援を送っていたのと同じ面子のようだ。
ちなみにミラベルは『デネブ』で司会実況を務めるマナベル・ショコラの娘である。就職に際して父とモメたとかでやたら集客率を気にしている他、おっさん層の人気が高く売店でこっそりブロマイドを売っている。
父親と違って省くところは省いて要点を強調する実況スタイルは開始当初こそ常連客が難色を示したが、新規層はむしろ旧来スタイルがくどく感じるという理由から彼女の実況を好んでいる。
『ではさっそくルール説明に入ります! 基本ルールは通常と一緒なので飛ばすとして、目玉はやはりハンディ・ルール!! 特殊な魔法道具で体の一部を封じて戦うこの競技は、ひとたび封じれば勝っても泣いても外れません!! これが外れるのは敗北したときと優勝したときの二つに一つ! 競技の性質上事故が起きやすいため、武器はコロセウム側の用意した模擬武器によるものになります! 選択武器以外の持ち込みはルール違反で容赦なく失格にしちゃいますよ!』
ハンディマッチは、所謂コロセウム常連の間では中の下程度に見られている比較的ライトなマッチであり、ヴァルナの試合を見られなかった人にとっては有難いマッチと言える。今回集客率がいいのもそのせいである。
『では第一試合ッ!! 第一ゲートから入るは……野郎共の注目集め、今日も晒すぜ胸尻お腹! コロセウムでも一、二を争う露出度とナイスバディで対戦相手も観客も悩殺するビューティレディッ!! プリム・ヘブゥゥゥ~~~~~ンッ!!』
「ハァーイ♪ 今日もたっぷりバトルを堪能していってねぇ~♪」
ピンク色のハート型スポットライトに照らされ、第一ゲートからモデル歩きで入ってきたプリムは観客に向けて投げキッスをした。今度はコロセウムの男の殆どが雄叫びを上げる。対照的に女性陣の視線は絶対零度だが。
金髪の髪を栗色の髪留めで纏めたプリムの服装は、完全に男ウケに特化している。背中剥き出し、胸を覆うビキニアーマーは面積が小さく谷間どころか下に揺れる部分まで見えているし、お腹も脚線美も当たり前のように曝け出し、お尻を覆う布に関してはわざと薄くパツパツの生地を使っているので、肌が出ていないのに逆に煽情的である。
手足の一部には軽量鎧もあるのだが、鎧部分の面積が少ない代わりに固定する紐が彼女の柔らかい肌に軽く食い込んでおり、むしろそっちを見せるのがメインにさえ見える。
その余りの格好に初見の男は大抵が動揺の余り敗北するし、そもそも試合の勝敗に関わらず彼女に夢中な男たちの貢ぎがあるので生活には全く困っていない。爆発的な男性人気とは裏腹に「下品すぎる」と彼女を毛嫌いする層もいるが、見た目に反して意外と格闘技術が高いので見た目だけではない。
『彼女の今日の制限は右手の拳ッ!! 殴る分には問題ないですが、お得意の柔術が使いにくくなる点を考慮し、賞金倍率は二倍ですッ!!』
彼女が上に掲げた右手の手首から先には黒い布が巻かれている。これによって彼女は右手の平を開いたり閉じたりできず、手首も固定されている。拳が武器の格闘家にとってこれは地味に痛い。
ただ、プリムはハンディを見せつけるためではなく自分の剥き出しの脇を曝け出すために手を上げている。案の定スケベな男たちは食いついているが、女性の一部も「いいなぁあんなに綺麗な脇で」と呟くほど綺麗に手入れされている。彼女だって方向性は違えど努力しているのだ。
『もはや男は見ずにはいられない悩殺ボディは心を惑わし、女同士では悩ましきキャットファイト!! 彼女が負けると観客が減るので出来れば粘って欲しいですね!! そして、彼女に立ちはだかる刺客が第二ゲートから登場だ!!』
第二ゲートから大量のスモークが噴出し、その中からゆっくりと一人の男が出てくる。地面に付きそうな程に長い漆黒のコートを身に纏い、銀色の装飾が施された服を纏い、コロセウムでは珍しい列国刀型の模擬刀を握るその姿に観客がざわめく。
『まさかの一日二大会、それも『アルタイル』の競技に参加!! 見たか聞いたかあの噂、コロセウムの華である無差別級であのサヴァーを破り初出場ながら優勝したその男ッ!!』
やがてスモークから体が完全に抜け、観客はその姿にぎょっとした。
『王国筆頭、最強騎士ヴァルナぁぁぁぁ~~~~ッ!! ってウソ!? 色々言うこと準備してたんですがちょっと待ってください!! 彼のハンディに観客も既に釘付けですッ!! まさかまさかの『目隠し』だぁぁぁ~~~~~ッ!!?』
「おいおいどういうことだ!! こんなネタハンディで参加なんて聞いてねえぞ!!」
「意外とお茶目な人……なんでしょうか?」
「優勝決めて調子に乗り過ぎてんじゃねえの? ぷっ」
「真面目に戦えるんだろうな!? こちとら金払ってお前の勝負見に来てんだッ!!」
漏れるのは罵声、驚愕、失笑、そして戸惑い。
しかしその中にあっても歓声は上がる。彼の漆黒にシルバーという独特の服装と、両目を覆う黒い布の端が頭の後ろから棚引く様に、一部の『そういう服装大好き』な男たちが「かっこええーーーーーッ!!」と盛り上がっているのである。人間、何歳になっても好きな人はずっと好きなもののようだ。
普通の人がやればちょっとイタい人の服装だが、比較的平凡な普段の目つきを隠し、更にバトルスイッチが入ったヴァルナからは闘気のようなものが噴出している。その闘気が風もないのに後ろに伸びた目隠しの布をはためかせ、得も言われぬ強者感を醸し出してるのである。
もちろんこれで負けたらイタいに恥ずかしいも加わって目も当てられなくなるが。
『し、失礼しました! 嘗て目隠しで挑んだ選手は数知れませんが、その全てが浅慮とウケ狙い!! 一回戦を突破するだけでも奇跡とされる代わりに賞金倍率十倍を誇る伝説のハンディをまさかあのヴァルナ選手がするとは!!』
そこも衝撃的だったが、プリムにとっては更に衝撃的な事態だった。
『し、しかしこれは波乱の展開!! ダイナマイトボディで誘惑するプリム選手の十八番がこれでは一切通じませんッ!! なんという奇跡の勝負!! わたくし、ちょっと楽しくなって参りましたッ!!』
プリムは内心歯噛みした。目隠しした相手にどんな大胆な恰好をしたところで色仕掛けは無理だ。対戦相手はランダムに選ばれているので狙ったということはなかろうが、当の本人は実況でしか知り得ない対戦相手の情報に首を傾げている。
「え、そんな大胆な恰好してるの?」
「してるのよ。ボウヤは運があるのかないのか分からないわねぇ。この奇跡の産物を見られないだなんて……あ、でも試合に負けたら間近で見られるわよ? 麗しの乙女のカ・ラ・ダ♪」
「まぁ、見る事なく終わると思いますよ」
「アラ大胆発言。でもお姉さんだって負けないぞー?」
試合前の会話をしながらも、プリムは内心少し気が落ちていた。
まず、プリムは男を誘惑するために媚びているのではなく、自分自身の体に自信を持って生きるという人生哲学からこんな格好をしている。その結果として相手が感銘を受けることが彼女にとっての快感だし、女性からの嫉妬の視線も彼女の自尊心を擽る。
しかし、せっかくお堅い騎士を誘惑出来るチャンスと思ったらまさかの目隠し。しかも如何にも彼はプリムの体に興味なさげである。怒るほどの事ではないが、テンションが下がるのも無理はない。
そしてもう一つ。両目隠しというハンディを負う相手に負けるほどプリムは弱くないという戦士のプライドが少し傷つけられた。
素人の思い付きとしてよく「音を頼りにすれば目が見えずとも勝てる」というものがあるが、コロセウムの大歓声が響くなかでそれは不可能に近い。また、目隠しといいつつ少しは透けて見えるのではと思う者もいるらしいが、本当に何も見えないのだ。
それでも匂いなど野生的なカンで突撃して相手の不意を突く輩もたまにはいるが、カウンターや投げ技、寝技を得意とするプリムにとって突っ込んでくる相手などカモでしかない。
勝負の結果はもう見えていた。
(本当に損してるわ、ボウヤ。せめてもの御褒美に、余裕があったら寝技で決めてあげる)
『王国筆頭騎士ヴァルナ、ここで笑いの種になってくれるのか!? ここで負けたら客が減る! でもプリム選手が負けても客が減る!! 実況としても非常に悩ましい第一戦、カウントダウン五秒前ッ!! 三……二……一……!!』
プリムは左手を前に、右手を後ろに基本的なファイティンポーズを取る。彼女の服は密着率と露出の少なさ故に布が擦れる音も立たない。対しヴァルナは既に剣を腰だめに構え突撃の姿勢を見せていた。
『ゼロッ!!』
瞬間――ヴァルナは音もなくプリムに瞬時に近づき、居合の構えを取っていた。
「ッッ!!?」
腹の底に氷が落ちるような寒気。防御が難しい装備故に回避と受け流しに特化したプリムの本能が『受けきれない』と叫び、瞬時に身を逸らしてバク転する。彼女の絞られたウェストが先ほどまであった場所を鋭い斬撃が通り抜けた。
態勢を立て直したプリムの体からどっと汗が噴き出る。模擬刀とはいえ直撃すれば立ち上がれなかったかもしれない一刀もさることながら、彼は完全に自分とプリムとの距離関係を把握していた。
スタート地点と声の場所で割り出したのではない。プリムは試合開始のカウントダウンの途中、音を立てずに立ち位置をずらしていた。にも拘わらず、試合開始と同時に彼はその角度と距離を完全に調整してきた。
嘘だ、あり得ない。一瞬だけその思考が頭を過るが、その疑問を切り捨てるようにヴァルナが回避後のプリムに真っすぐ突っ込んでくる。
「くっ!!」
なんとか予備動作から動きを予測して回避し、模擬刀を手で捌く。しかし鋭さは増すばかりで次第に先端が体を掠り始める。狙いも正確どころか動きを先読みしてきて、たまらず後退するも瞬時に距離を詰められる。逃れられない様はまるで猟犬に喰らい付かれているようだ。
格闘技を長くやっている手前、相手の斬撃を潜り抜ける術は持っている。しかし達人の手合いになると本当に隙がない場合がある。目の前のヴァルナがまさにそれだった。目隠しがハンディとして機能していないのではないかと疑いたくなる。
『怒涛の追撃、怒涛の連撃!! 情け容赦一切なし!! ヴァルナ選手、本当に見えていないのか疑いたくなる勢いでプリム選手を追い詰めています!! 見えなくとも戦えるとは、いったい何が弱点なんだこの人はぁぁぁーーーーッ!?』
「ッ! くぅ、はっ……!!」
「誘導によるリングアウトを狙っても無駄だぞ。気付いてはいるだろうがな」
「私の動きだけじゃなくて狙いまで見えちゃってるのかしら!? モテる女は男を夢中にさせるもの、ねッ!!」
一瞬の隙に飛び込んで身を屈めて足払いを仕掛けるが、逆にヴァルナは足を動かしてこちらの蹴りを弾いた。今のは拳法の類を学んでいなければ絶対に出来ない対応、そして反応だ。
激しい攻めにプリムの全身が躍り汗が伝い、その姿にまたスケベな男たちが興奮している。しかしヴァルナに全く動揺はない。これならば見えている方が幾分か精神的効果がある。このままではどうやって動きを察知しているのかカラクリを暴かなければ勝ち目はゼロだ。
プリムは咄嗟に胸のビキニアーマーの中央の継ぎ目を外した。会場からまた汚い雄叫びが上がる。アーマーの中にもビキニを仕込んでいるのだが、この動きで引っ掛かる男は多い。が、ヴァルナは少し怪訝そうにしているものの動揺は見られない。
後退しながらプリムはビキニアーマーの一つをヴァルナの足元に、もう一つを全く関係ない方向に投げる。ヴァルナは当然のように鎧を避け、別方向でカツンと鳴った音に少し怪訝そうにした。
「この試合って小道具持ち込み厳禁だよな? 何投げたんだか……」
「胸を守るアーマーが窮屈だから取っ払ってみたの。どう、この揺れる双眸?」
「どうって言われても。一瞬ワイヤートラップの類かと疑ったとしか」
『一瞬胸を曝け出したかと目を疑いましたが、どうやらビキニアーマーを外しただけだったようです!! ルール的に余りいいとは言えませんが、ヴァルナ選手が強すぎるので大目に見ましょ……こら、男性客たちは露骨にガッカリするんじゃありませんッ!! そんなに女の胸が見たいならお金払ってそういう店に行きなさいッ!!』
「ドストレートに言い過ぎだよ!! ていうか俺の対戦相手けっこうきわどい恰好してるのッ!?」
ハッタリではない。やはり目が見えてはいない。
音に反応しないかという実験でもあったが、この認識精度ではどちらにしろ無理だろう。
進退窮まった。一か八か、こうなれば白刃取りしかない。
その結果を心の中では予測しながらも、戦うポーズを解けないのは、やはり彼女も一人の戦士であるからだろう。
「受け止めてあげる!! 来なさいッ!!」
勝負は一瞬だった。
「三の型、飛燕――!」
瞬間、目の錯覚でもなんでもなく、突然目の前からヴァルナが掻き消えた。気が付いた時には遅く、脇腹から背中にかけて衝撃が奔る。遅れてヒュバッ、と空間を抉るような風が吹き、痛みと衝撃に体のコントロールを奪われ跪く。
立ち上がることさえままならない体を抑えて振り向くと、剣を腰に差して振り向いたヴァルナと目が――いや、顔が合った。
「まだ立てるなら相手になるけど?」
「あは、は……ボウヤったら絶倫すぎ。お姉さんもうクタクタだわ……」
人倫を隔絶すると書いて絶倫と読む。
人並み外れたその能力は、もはやそう形容するしかない。
口惜しくはあるがプリムの受けたダメージは大きすぎた。
実況席に向けて両手でバツのマークを送る。
リタイアの意志表示を拾ったミラベルが叫んだ。
『強烈な一撃にプリム選手もたまらずダウンッ!! 同時にたったいま降伏を受諾しました!! 終始圧倒!! まるでプリム選手を寄せ付けずにヴァルナ選手の圧勝ですッ!! コロセウム関係者として誓って宣言しますが、ヴァルナ選手は本当に前が見えていませんッ!! この強さ、まさに破天荒伝説!! ここまで見せつけられては認める他ないでしょう……彼は『本物』だぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!!
暫く試合結果を受け入れられなかった観客たちも、その宣言に現実を受け入れる。騎士ヴァルナはネタ参戦でも舐めているのでもなく、本気で目を隠したまま優勝する気で戦い、圧勝したのだと。
「お……おお……!!」
「スゲェ、なんて言えばいいか分からねえくらいスゲェ!!」
「新たな英雄の誕生だッ!! ヴァ・ル・ナ!! ヴァ・ル・ナ!!」
枯草に火が広がるようにあっという間にコロセウム内から歓声が沸き上がり、やがてその大きな力はヴァルナコールとなって纏まりステージに降り注ぐ。
会場の主役はもはや完全にヴァルナとなっていた。勝っても負けても注目の的だったプリムの、真の完全敗北である。
と、プリムに近寄ったヴァルナが黒コートを脱ぎ、プリムの肩に無理やり被せた。
「あら、急にどうしたの? もしかして見えないならせめて触りたいのかしら?」
「あー、いや……俺の勘違いならいいんだけど、さっきすれ違いざまに切ったときになんか紐っぽいものを千切った気がしたから一応」
「……あ、やばっ。胸がっ!」
その時になってプリムは、自分の胸を隠すビキニがゆっくりずり落ちていることに気付いた。慌ててコートで前を隠すと、紐の千切れたビキニがステージに落ちる。まさに間一髪、観客に気付かれずに隠すことが出来た。
「あっ、あの野郎ヴァルナてめぇ何プリムちゃんの肌を隠してやがる!? そういう紳士アピールとかいらねぇんだよ!!」
「そうだそうだ!! 好きで素肌見せてるんだから余計な事すんなッ!!」
「は? なにこの愚物ども死ねば?」
「あなた方みたいな俗物とセンパ……ヴァルナさんの精神を同列に語らないで貰えますぅ!? あんまり不愉快が過ぎると股間のモノをボウガンで撃ち抜きますよッ!?」
「そーだこの下半身野郎共!! グチグチ言ってるともぐぞ!!」
「ああん!? 女なんぞが男の高尚な娯楽に口出ししてんじゃねー――ズォおお!? 矢が股間の真下を!?」
「お、落ち着いてください皆さま! カルメ先輩も女性に混ざって参加しないでくださいまし!!」
プリムの露出度が下がったことに抗議する客と紳士的対応を好意的に受け止める客が一部で騒いでいる。この様子ならバレずに控室まで戻れそうだ。
「あ、ありがと……それにしても、下着を切っちゃうなんてイケないぼうやね♪」
「いやそれはアーマー脱いだアンタにも問題が……ま、いいや。幸い目撃者ゼロだったみたいだし。危ない危ない……ちょっとふらふらしてるみたいだけど、手助けはいる?」
「あらどうも。でもお構いなく。これでもコロセウムの女ですので」
「一応加減はしたつもりだけど、無理しないようにな」
それだけ言って、ヴァルナは踵を返して会場に適当に手を振りながらゲートに姿を消していった。
残されたプリムはコートを抑える手をぎゅっと絞め、消えいるような声で呟く。
「ほんと、イケないぼうや……」
年甲斐もなく真っ赤になっている顔を見られなくてよかった、とプリムは内心で嘆息し、呼吸を整えて顔の血流を元に戻すよう努めた。
前が見えていないのに剣の感触だけでそれを判断し、そこまでサービスする気のない体を隠してくれる。コロセウムでそれなりに戦っているプリムだが、ここまで紳士的に気を遣われたのは初めての経験だ。
大抵の男はむしろ脱がせることを狙ってくるし、紳士的な人は逆に負かせて自分からすり寄ることでからかう。それが当たり前になった世界で戦ってきた。しかしあの青年は場の空気でも欲求でもなく、己のルールを貫いていた気がする。
(その真っすぐな優しさは誰にでもやっちゃ駄目なのよ? 特に女にはね。なんだか将来が楽しみなようで心配なぼうやだわ)
年下相手に本気で恋するほどプリムは初心な女ではない。
それでも、プリムの心にヴァルナの素朴な気遣いはどうしてか沁みた。
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