第204話 お先が真っ暗です
王国一の良質な石材が取れる山を中心に発展した町、クリフィア。
かつてそこにオークが出現したとの知らせを受けた際、俺たち王立外来危険種対策騎士団はこの地に赴き、そしてオークを討伐した。
ナギはこのクリフィアで自警団の団長を務めていた男であり、ガーモン班長の弟でもあった。尤もその関係性は拗れに拗れており、オーク探しよりそっちの方に頭を悩ませた気がする。
それ以来長らく会っていなかったナギとまさかここで再会するとは予想外だった。
あの後、コロセウムの選手用カフェをサヴァーに紹介してもらい、そこでゆっくりナギと話している。
選手同士のトラブルが起きないためか壁や敷居によって席と席が最低限仕切られており、個室もあるらしい。もしかしたら騎士団メンバーもいるのかもしれないが、店の性質上か見当たらなかった。
「どうなんだ兄貴は。まだ根に持ってるのか?」
「ああ、あの件は未だに気にしてる節があるな」
あの件とは、俺の差し金で拗れた兄弟仲を修正するために二人に殴り合いをさせたことだ。
絆を確かめ合うために夕日を背に殴り合い、というのは物語でたまにあるが、アレの場合は嗾けられたのでそりゃ恨まれてもしょうがないという話である。
なんやかんやあって最終的に兄弟仲は上手くいったのだが、その後ナギがクリフィアを離れていたという話は初めて聞いた。
「オークが来る危険性が減ったし、俺が抜けても自警団は大丈夫だろって思ってな。本格的に槍の実力を磨きにちょっくら旅に出たのさ。兄貴には海外旅行行くって伝えてるけど、実際何か月かは海外でも槍を学んでたんだ。ほら、これ見ろよ」
すっとナギが懐から取り出したのは、ギルドの短期冒険者資格である。どうやら魔物との戦闘まで経験したナギは相当にパワーアップしたらしい。武人の性か、歩き方で何となく分かる。
抱えている槍も以前のものより立派なものに買い替えているし、何より会ったときに抱えていたトロフィーが実力を物語っている。
「お前の腕が落ちてねぇか、差がどこまで埋まったか確かめてぇ所だけど、それは本大会に取っておくとして……」
「お前も本大会狙いなのか。まぁ、挑む以上は目指すよな普通」
「おうよ。実は今回の優勝でもう本大会出場資格は得てんだ。そもそも俺の場合はコロセウムが王国に行くって聞いて帰りの便の代わりに乗り込んだかんな。知ってるか? 海上だと波の影響が若干あるから大抵の大会は中止なんだけど、大乱闘バトルだけは休まねえ。あれはギャンブル性がウリだからな」
大会種目の中でも比較的ライトな層に人気だという大乱闘は、予想外のステージギミックによって次々に荒らされるステージ上で数十人の出場者が争う乱戦だと聞いている。
実力のある人でも反応が遅れた瞬間に理不尽にステージ外に飛ばされ、勝ち上がる人が予想出来ないのがウリだ。尤も、シアリーズぐらいの実力になると負けようもないみたいだが。
頼んだ飲み物を頂きながら、先にこちらの事情も話しておく。
「俺が参加した理由は金欠からの荒稼ぎ。以上」
「王国筆頭騎士にあるまじき俗物的理由ッ!?」
「ちょっと予想外の出費があってな……騎士団の活動資金を議会が出し渋るのが悪い。あいつらマジ滅べ」
「お前そういうところホンットに変わってねぇのな……」
ちなみに議会が金を出し渋る最大の要因である聖靴派は、過半数を占めてはいるがその隆盛はピークを過ぎて陰りが見えている。理由はルガーの団長就任後より繰り広げられた熾烈な資金獲得合戦とロビイング、そして特権階級における商家の割合が増えてきたこと。
その他にも色々あるのだが、聖靴派は衰退しているとはいえ、未だ最大の障害である事に変わりはない。彼らを勢いづかせる訳にはいかない今、王立外来危険種対策騎士団も多少は無茶な手を使ってでも今の勢いを止めないことが重要だ。
「騎士団の事情は別として、ここでの戦いは楽しみたいけどな」
「ちなみに兄貴は?」
「こっちには来てない。少数派遣だし、本隊の戦力を減らし過ぎる訳にもいかないからな」
「ちぇっ、今なら兄貴に勝てる気がするんだけどなぁ」
話を聞くや否やつまらなそうな顔でナギはドリンクを呷る。やはり彼にとって兄の存在は未だに大きいようだ。二人の実力差がどこまで詰まったかは俺も興味のある話だ。
それにしてもこのドリンク美味いな。ライムのはちみつ漬けを炭酸水で割ったライムソーダらしいが、ライムの清涼感もさることながらしゅわしゅわとする泡の感触が王国で一般に出回っている炭酸より強い。
これは王国でも売れそうだ、と道具作成班は食いつくだろうな。
その後も少しばかり雑談をした。
なんでもナギは皇国、宗国、列国を半年ほどかけて回り、我流の槍術に磨きをかけていったという。現在持っている槍は「
「……っと、喋り過ぎたか。お前は確か午後の大会にも出場するんだろ? そろそろ行った方がいいぜ」
「そうみたいだな。店員さんが見てるし」
視線を横に逸らすと、俺がそろそろ行かなければいけない事を知らされていたらしいウェイトレスさんが近くに待機してこちらに目配せする。クルーズに従事する人の横の連携が強いから、俺の情報もここまで伝わっているのだろう。
さっきの優勝賞金――は口座送りにしたので財布から飲み代をテーブルに置き、俺は立ち上がる。
「ハンディ・マッチだったな。どこ封じて戦うんだ?」
「そいつはやってからのお楽しみさ。まぁ見てな、元々こっちの参加が今日の目的だったんだ。かるーく優勝して大会出場権を取ってくるよ」
「お願いだからヘマして怪我すんなよ。お前が俺以外に負けてるところも大会に参加できずにベッドで寝てるところも見たくねぇからな」
冗談めかして笑うナギがすっと手を出す。
俺はその手に自分の平手を向け、二人同時にバシン、とタッチした。それ以上の言葉はなく、ナギは「さっさと勝ってこい」とばかりにひらひら手を振った。
短い再会だったが、本大会できっとまた会えるだろう。
最後の一騎打ちからどれだけ強くなったのか、手の内も含めてここで知ってしまうと後の楽しみが減ってしまう。本大会でナギに当たる事を願い、俺はその場を後にした。
◇ ◆
突然だが、新たな試みは進化を促す側面がある。
例えばみゅんみゅんがワイバーン暴走事件でポンプ代わりにされた結果一回り大きく成長したように、俺もシャルメシア湿地で合氣伝一の型『
エロ本師匠以来進歩してこなかった氣の扱いを本格的に学ぶ機会でもあればいいなとは思うが、現時点でも使える札は使っておきたい。そしてハンディ・マッチにおいて最も賞金倍率が高くなるハンディを考えた末、俺はそれを思い付いた。
出発前に何度か訓練して確かめたのだが、恐らく問題はないどころか普段より更に集中力が研ぎ澄まされた感覚さえあった。もともとハンディ・マッチという競技自体、真剣勝負というよりは半分お遊びの大会だと言うし、問題ないだろう。
ちなみにハンディ・マッチはあくまで普段使えるものを封じてのマッチだから、最初から身体にハンディのある人も何かを封じなければならないらしい。理由は前に隻腕の戦士や隻眼の戦士が自らの体そのものをハンディとして参加した際の出来事に起因するとか。
彼らはそもそも目が片方なかろうが腕が一本なかろうが通常大会でもハンディなんて知ったこっちゃねえとばかりに敵を叩きのめしていた。彼らにはその条件は最初からハンディになりえなかったのだ。
しかしルール変更の際には「健常者による差別だ」という抗議運動も巻き起こして結構荒れたらしい。
平等を唱える人、不平等と思っていない人、ハンディを逆手に取る人。誰一人として意見が噛み合ってないのに抗議活動というのもよく分からないが、ともかく紆余曲折を経てハンディ・マッチは今の形になった。競技としてはより洗練されたと言える。
「――ヴァルナ様、本当にこれで行くのですか……?」
衣装コーディネートを担当しているらしい従業員二名のうち、男性の方が恐る恐る尋ねるが、体を動かしたりしてみても問題なさそうだ。女性の方も含めて無差別級でも衣装を選んだ人たちだ。
「今までこのハンディに挑んだ人はいますが、優勝出来た人はいません。少々無謀かと思いますが……」
「心配性なのはこの口かな?」
「むぎゅっ」
からかって女性従業員の口を指で塞ぐ。
従業員の表情は見えないが、驚いていることだけは感じ取れた。
「俺の剣はここにある。出口までの衣装掛けも避けられる。何ならドアも自力で開けようか? 道は一応覚えてるしな」
「うっそ……自力でステージまで行けるんですか!?」
「出来なきゃ挑まないって」
「王国筆頭やばぁ……後輩のロザリンドさんとカルメさんもかなりヤバめだったけど、一番大人しそうな人が一番やばいわぁ……」
接客態度が急に崩れた女性従業員。
男性の方がため息をついているので普段はこっちの口調なんだろう。
いや、実際問題俺としてはちょっとズルしてる感覚さえあるのだが、やはり使えるものは使っておくべきだと思う。大丈夫、大会が終わるまで集中力は余裕で持ちそうだ。
唯一不安なのは、目隠しした後になってからコーディネーターが服を更にチェンジしたことで若干布の量が多い服にされたっぽいことだが、そこはコーディネーターさんを信じるしかない。
「では、決定ですね? ヴァルナさまがハンディとして封じるのは――両目ということで」
もとより参加の際にそう書いていったし、変更もしない。
俺がこの大会に優勝した際に言うセリフは決まっている。
『この程度ならば目を瞑ったままでも優勝できる。今まさにそうなっている』、と。
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