第200話 満を持しての登場です

 騎士団は集団行動が基本。

 と、堂々と言いたかったのだが、単独行動の多い俺にその台詞を言う権利はない気がする。単独行動多すぎて最近は特務執行官とかいう役職で行動を正当化してるし。

 しかも今回は各員数人で小チームを組みつつバラバラに行動して夜だけ集合みたいな形になっている上に、俺自身が人員削減のために単独行動中という有様だ。


 という訳で、予め用意した身分証明の書類と大会参加費――当然の如く自腹なので、その分さえ賞金から回収しなければならない――を握って受付に行ってみた。


「ヴァルナさま、ですか」

「はい」

「もしかしなくとも、あのヴァルナさまですか?」


 受付嬢のお姉さんの目が獲物を発見した野獣の如くギラリと光る。あのって言われてもどのですか。


「王立外来危険種対策騎士団所属にして王国筆頭騎士。国外での知名度は低いものの御前試合では負けなしで、剣神クシューを二度も完全敗北させた現王国最強にして王国攻性抜剣術免許皆伝、王国護身蹴拳術八段、任務での負傷敗走一切なし。士官学校は平民としては異例の剣術一位、座学五位で卒業した、いま王国で最も高名な平民騎士。出身は王都から山川を隔てて存在する農村アデイヤ村、御年十七歳、世間への素顔の露出は任務外ではほぼなしのミステリアスな面も人気で……」

「多い多い情報が多いッ! 王国民でもそこまで知らないからッ!!」


 蹴拳術の段位とかタマエ料理長と合宿仲間しか知らないし、出身村の名前を言い当てられたのも正直初めてだ。そこまで知られてると逆に恐怖を感じる。受付嬢さんはヒートアップし過ぎたとばかりに咳払いした。


「おほん、失礼。我々コロセウム・クルーズでは常に世界中の名だたる戦士たちの情報を収集し、注目度の高い人については重点的に調べておりますので……というか今回の大会に貴方様が出場するという噂は入港前から流れていたので、来るべき人が来たなという感じです。あ、握手いいですか?」

「いいけど、あんまし周りに言いふらすのやめてよ?」

「何をおっしゃいます! 大会に参加すれば否応なしに司会に紹介されるのですから今のうちに慣れておかないと! あ、握手した手袋にもサインお願いします」

「コレクションアイテムにする気満々かッ!!」

「ここで名戦士のサインを直に貰えることだけを目的にコロセウム・クルーズに就職しましたので! おかげで余った給料をコレクターグッズに費やせます!」


 目をキラキラさせつつ握手した後の手袋をそっと外してサインペンと共に再び突き出してくる受付嬢さん。コメットさんも目を光らせて売り込みをしていたが、この人はただただ純粋にコレクションアイテムとして欲しがっているコレクター系の人のようだ。

 片や金の亡者、片や散財の亡者。出会わせてはいけないな、この二人は。


 ただ、ちらりと遠目にシアリーズの方を見ると彼女は受付嬢に慣れた手つきで手袋にサインをしているのが見えたので、ここでは割と一般的な事なのかもしれない。サービス精神が相手側の印象に関わるかもしれないからとサインをしてあげると、受付嬢さんは宝物を触るように丁寧に折りたたんでポケットに仕舞いこんだ。

 なんかこういうの、されたことないから目の前で見せつけられると背中辺りがむず痒くなる。書類仕事の時にサインには慣れたけど、あれで良かったのか。


「して、本日はどの大会の御出場予定ですか?」

「午後からあるハンディ・マッチを……」

「つまり、午前中はお時間があったりします?」

「え? ええ、まぁ」


 今日の午前中は観戦に回るつもりだったので空けてある。特に大乱闘と魔物勝ち抜きバトルはいきなり挑むには少し不安要素があったので、一度偵察したかった。

 その話を聞くや否や、受付嬢さんは追加で一枚の書類を取り出した。


「実はここに、午前に行われる無差別級の出場書類が一枚余っていたりしますが……如何ですか? ハンディ・マッチも変則的な戦いです。まず万全に動ける戦いで調子を付けてみては?」

「……無差別級は全競技の中で一番参加者が多いって聞いてたから出られないと踏んでたんですけどね。特に午前の分は」


 コロセウム・クルーズで数多の競技が行われているのは、特定の大会に参加者が集中し過ぎて試合に出られないという人を極力減らすのも目的の一つだと聞いている。そしてその日出られなかった選手は翌日競技の優先登録権まで与えられるという話だ。

 無差別級はその最たる例で、常に定員を超える応募が来るので即日参加は難しく、前日に優先権を得た参加者が殺到する午前の部の飛び入りは宝くじの一等に近いとまで言われているそうだ。


 少し怪訝に思う俺に対し、受付嬢さんはにっこり微笑む。


「先日貴方がルルズに入った時点で、支配人の指示によって一つ空きが出来るよう手回しがされましたので♪」

「……そうか、町に入ったときの目線は王国民だけじゃなかったのか」

「もし受けて頂けるのであれば、失礼のお詫びとして出場料金をこれに限り無料にさせて頂きます。我々は新たな戦士の登場に湧き、ヴァルナさまは大会に一回多く参加できる。無論賞金も勝てば手に入ります。如何致しますか?」


 もしかすればひげジジイが敢えてリークしたのかもしれないが、それを差し引いても徹底している。早い段階から参加するであろう人物をピックアップし、その情報につぶさに耳を傾けていたのだ。


「コロセウム・クルーズは古強者も歓迎ですが、新たなる英雄も常に求めております。これは我々運営だけでなく、戦いに熱狂する観客の皆様の総意でもあります」

「期待されてる、と受け止めていいのかね?」

「もちろん。見掛け倒しや名前負けでなければ、ですがね。臆病風に吹かれて断っても誰も笑いませんよ?」

「……………」


 そう告げる受付嬢さんはどことなく不敵で、俺はそれに不思議と怒りは覚えなかった。


 この人は期待しているのだ。

 自分がサインを貰った目の前の剣士が闘技場で脚光を浴びる瞬間を。あの戦士のエントリーを担当したのが自分だという優越感や、活躍に沸き立つ人々と想いを共有したい欲を求めている。


 王国内では見たことのない人種でありながら、理解できてしまう。

 それはきっと王国に限らずどこの人間であろうと、心のどこかにその情熱を灯しているからだ。


 本当に、凄い戦いが見たくて見たくてしょうがないのだ。

 であるならば、存分に暴れてやろうじゃないか。

 書類にさらりとサインした俺は、不敵に微笑んだ。


「むしろ相手を速く倒し過ぎて退屈しないか心配だね」

「イイですね、そういうノリ。騎士の名に懸けて、なんて堅苦しいのより断然そっちの方が我々の好みです! ――遅れましたが、ようこそコロセウム・クルーズへ! 古往今来の古強者から新進気鋭の出世株まで、我らが闘技場は世界中の戦士を歓迎いたします!!」


 これが、コロセウム・クルーズの新たな伝説が生まれた瞬間であった。


 ……と、受付嬢さんが小声で勝手にナレーションを付けた。いつもこんなことばっかりしてるんだろうかこの人は。人生楽しそうに生きてるなぁ。




 ◇ ◆




 コロセウム・クルーズという巨大な豪華客船には三つのコロセウム『デネブ』、『アルタイル』、『ベガ』が存在し、それぞれ少しずつ違う趣と競技が割り振られている。その中でも特に『デネブ』はコロシアムの正統派競技の会場として常に満員に近い観客が犇めき合っている。

 どのコロセウムのどの競技を見るか、或いは参加するかをスケジュール帳を前に思案するのがこのコロセウムの常連の日常だ。


『さぁ、本日もやって参りましたデネブ・コロセウムの花形の一つ! 無差別級大会午前の部、開幕ですッ!! 司会実況はお馴染み、名前は甘いが指摘は厳しいマナベル・ショコラでお送りいたしますッ!』


 音響魔法を利用した特殊機構によって、たった一人の男の声が熱気に湧くコロセウム全体に響き渡る。祭国では魔法とはエンターテインメント性と利便性の向上に特化しているため、このような設備は世界中を見ても多くはない。


 そして、その設備を以てしても小さな声では掻き消えてしまう観客のボルテージはその全てがコロセウム中心のステージに集中している。


『ではお約束のルール確認ですッ!! 戦士同士の異種格闘技とも言われる無差別級マッチの盛り上がりも、無粋なことをされては盛り下がってしまいますッ!! 殺しは論外、悪質ないたぶりも失格! 武器の持ち込み自由!! 毒など武術を否定する代物はなし! ドーピングアイテムは……おっとここでルール変更のお知らせです!! 宗国選手からの苦情で酒の持ち込みが今日から解禁ッ!!』


 コロセウムでは選手や客の要望に応えて常に細やかなルール変更が行われている。酒は元々ダーティプレイに使われる事が多いためステージへの持ち込みに注意される事が多かったが、宗国に伝わる『酩酊拳』という酒を飲んで真価を発揮する拳法を用いる拳士がこれを不服としたのだ。

 彼の独特過ぎる戦闘スタイルには難色を示す者もいたが、せっかくの実力者が埋没してしまっては申し訳ないと今回より解禁された。


 なお、目潰しの道具は失明や視力低下の恐れがないものに限り可。観客に流れ弾が及ぶ可能性のある道具については一部禁止、更にお客が負傷した際は治療費全額負担。これについては対戦相手の過失がある場合双方が支払う。


 他はといえば、観客の視界をも塞ぐ煙幕は完全禁止になっている。

 観客は戦いを観るためにお金を払って会場にいるのだ。戦う姿が見えないまま決着など営業妨害も同然であるため、極めて厳しい。


『試合中にステージに物投げ込むなんて無粋な真似もノーサンキュー! やるなら試合後、選手に怪我させた奴にはオシオキですよ!? ……さあ、堅苦しい話はここまでにしてさっそく第一試合ッ!!』


 長いルールを早口かつテンポよく消化したマナベルが宣言すると同時に、コロセウムの第一ゲートが開き、花火が弾けてスモークが床を伝う。逆光に煽られながら、一人の戦士が悠々とステージに歩みを進めた。


『無差別級ではお馴染み! 大会常連の技巧派にして、巷では強者揃いと噂の砂漠の一族ディジャーヤに連なる戦士ッ!! サヴァァァァ~~~~~~ッ!!』


 その男、サヴァーは鍛え抜かれた褐色の腕に鎖を巻き付け、鷹のような鋭い眼光に不敵で迫力のある笑みを浮かべる。砂漠の民特有の白い装束がはためき、観客から割れるような歓声が上がる。


『彼の武具は世界的にも珍しい鎖で出来たボーラ! 元々は投擲狩猟道具ですが、彼のそれは列国の分銅鎖を参考に独自の改良を加えたものだそうです!! 使い手が殆どいない為に初見では誰もが敗北を喫してしまう必殺武器に、対戦相手は対応できるのか!? 重さと遠心力が生み出す破壊力は巨漢をも悶絶させ油断すれば鎖を巻き付けられてあっという間に剣を絡め捕ってしまう為、サヴァーは『刀剣殺しソードブレイカー』の異名も持っていますッ!!』

「サヴァァァーーーッ!!」

「砂漠の民の誇りを見せてくれぇぇぇーーーッ!!」


 彼のボーラは三又の鎖とその先端に付いた分銅のような鉄の重りによって構成され、まるで人間業とは思えない手捌きでそれらを巧みに操る彼の戦いはまさに『魅せる』戦い。リーチも槍並みに長く、彼以外にここまで巧みにボーラを使いこなす人はいないと言われている。


『対するは、謎多き騎士の国より騎士様がエントリーだッ!!』


 その瞬間、突然会場の灯りが小さくなり一気にステージが暗くなる。観客は一瞬面食らうが、それがコロセウムの演出であることを瞬時に悟ったか固唾を呑んで第二ゲートを見守る。


『魔物が殆ど生息しない国、王国……王国出身の戦士は殆ど冒険者になったり武勇を立てないため、その異常なまでに精強な騎士団以外は謎に包まれていました……我々が第三回の絢爛武闘大会を開くことにしたのは、この王国の謎を暴く為と言っても過言ではありません!』

「おい、これまさか……」

「シッ、まだ分からんぞ。どっちだ……?」

「な、何の話だよそれ?」


 王国、戦士、騎士……マナベルの口から語られるワードに、真っ先に登場する人物を悟ったのは王国民だった。王国民以外はまだ予想がついていない者が多く、予想が付いているものも正解に辿り着いている者は少数だ。


『その中にあって、我々バトル好き達の記憶にある名と言えばあの男!! 親善試合、演習等の数多の公式試合で無敗を誇る王国の懐刀、『剣神』クシュー・ド・ヴェンデルッ!!』


 その言葉に、ピンと来ていなかった人々と『どっちか』迷っていた人々、そしてクシューを最初から予想していた人々が思わず身を乗り出す。クシューの戦いを目の当たりに出来た者は世界でも少なく、誰もがその実力を確かめたかったからだ。

 しかし次の言葉に彼らは愕然とし、或いは歓喜した。


『されど、その無敗伝説も今や過去のもの!! 我々が知らぬうちに彼の無敗伝説は王国内の御前試合にて破り去られていたのですッ!! それも、一度ならず二度までもッ!! 古き剣士は去り、今この王国の頂点に座するは新たなる星の輝きッ!!』


 会場のすべてのライトが第二ゲートに殺到し、扉がゆっくりと、もどかしいほどにゆっくりと開き、その内からスモークがもうもうと這い出てくる。

 既に何者が出てくるのかを確信した王国民から声にならない声が漏れた。


『王国の全ての魔物の天敵! 常勝無敗、天衣無縫、掲げし名は『剣皇』ッ!! さあ見せてくれ、最強をッ!! 満足させてみせろ、バトルグルメたちをッ!!』


 開いた扉の中からかつん、かつん、と不気味なまでよく響く音。

 儀礼用の高級な兜を身に纏い、格式高げな鎧と一体化したサーコートを揺らし、敢えて派手な音も花火も鳴らされない荘厳なまでの空気の中、ステージまでたどり着いた男は足を止めた。


 そして、その戦士の手が兜とサーコートを煩わし気に脱ぎ捨てた瞬間、あらんかぎりの力を下腹部に込めてマナベルがシャウトする。


『王国筆頭ォ騎士ッ!! ヴァァァルナァァァァァァーーーーッッ!!!』

 

 瞬間、会場そものもが爆弾にでもなったかのような大歓声が轟音となってコロセウムに弾け飛んだ。




「……演出凝り過ぎだっつーの。てゆーかスポットライトの集中砲火で暑いわ」


 故に、周囲にかき消される程度の小声でぼやいたヴァルナの声は誰にも届くことはなかった。

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