第199話 いと暗き深淵です

 時は、今から数か月前――御前試合より幾つか前の任務に遡る。


 ある一報を受け、王立外来危険種対策騎士団は珍しく離島にオーク狩りに向かう事になった。


 それほど大きくはないが、白を基調として整然とした建物が並んだ港。国内でありながらどこか異国情緒に溢れ、青い空と青い海の狭間に浮かぶような美しさがあるそこは、王国の擁する島々のなかでも最西端。

 大陸に近い為に途中の寄港場所としても使われる島、ジマル島だ。


 聞き覚えのない団員もいるかもしれないが、ジマル島と言えばこの前いの一番に雨季の到来を騎士団に知らせて情報料をせびってきたジョージさんが居を構えるあのジマル島である。


 派遣されたときはえらく少数派遣な上に遊撃班の数がえらく少なかったのでひげジジイの謀略を疑った所だが、実際に着いてみると何のことはない。要するに「ただオークを全滅させるだけならば事足りる戦力」を彼らが有していただけのことだった。


 俺はその際に彼女と出会い、大陸の話を聞いたりオークの事を教えたり、二刀流ってカッケーと思って技を盗もうと模擬戦挑んで「冒険者でもないのに何でそんなに強いの?」とドン引きされつつも決着をつけられないまま一緒に任務に臨んだりした間柄なのだ。


「おひさ、シアリーズ」

「久しぶり、ヴァルナ。さっそくだけど試作品パスタをあげる。さぁ召し上がれ」

「酸っぱッ!? 食べるだけで喉が爛れそうなレベルで酸っぱい臭い放ってる!?」

「これぞ新作、『三聖吸酸さんせいきゅうさん生々流転しょうじょうるてん柑橘パスタ』だよ」

「柑橘の爽やかさや甘さが欠片も感じられねぇんだよっ!! 大会参加前に俺の胃を殺す気かッ!?」

「美味しいのに……」


 残念そうに、どこから取り出したかもよく分からない上に近づくだけで嗚咽が漏れそうなくらい酸っぱい臭いのするパスタをフォークでモグモグ美味そうに食べるシアリーズ。

 実は彼女の現在の本業は、王国では珍しいギルド傘下海鮮料理店『ウミネコ』の店主である。一人で経営しているので料理も彼女の手作りで味はなかなかの評判なのだが、何故かシアリーズの作る正道外れの創作パスタは味覚と命を破壊するものばかりである。


 ちなみに最初に振舞われたのは『荼毘煉獄だびれんごく生々流転しょうじょうるてん海鮮パスタ』という激辛界のグルメたちも恐れ慄くマグマの如きパスタだった。


『食べてるうちに一回輪廻を巡りそうな名前してるな!?』

『辛さを感じた時には、既に意識は半回転。途中で止まって戻らない』

『それを世間一般では料理じゃなくて殺人兵器と呼ぶからね!?』

『美味しいのに……』


 シェフの気まぐれパスタは普通に美味しかったのにこいつ本当にどういう味覚をしてるんだろうか。もし将来結婚するのならその創作パスタは個人の趣味にとどめておくか、味を分かってくれる人を相手に選んでくれ。この世の平和のために。


「相変わらずですね、シアリーズさん……」

「え、そうなの? 俺会ったことないから分かんないんだけど」

「はい、先輩とあんな感じのやりとりを三回ぐらい繰り返してて、なんか波長が合うみたいです」


 カルメとキャリバンが小声で何やら喋っているが、シアリーズは超マイペースな上に実は王権とか騎士団とかが嫌いな人なので、最初に会ったときは普通に喧嘩売られてたりする。買わなかったけど。


「二人ともマイペースな戦闘狂だし、同類の匂いを嗅ぎつけてるのかも」

「ああ、納得」

「あの、皆さんそろそろ……」

「あーハイハイ作戦会議ね。おっし、みんな集合ー」


 四人部屋にいったん集合していた騎士たちとシアリーズを集めて、部屋の真ん中に大会スケジュールと参加受付時間をメモした紙を置く。


「まずは俺とロザリンド、あとピオニーは本大会出場を目指す為に小大会で二回優勝を目指す必要がある」

「さらっと俺本大会出なきゃいけない話になってない!?」

「金欲しいんだろ?」

「欲しいけどっ!! 欲しいけど人権も欲しいっ!!」


 贅沢な奴だ。世の中実は人権ほど保障があやふやなものはないというのに。特権階級にそれを言えば二つ返事で「猿や豚に人権があると思うのか?」とか言われるぞ。くそう、滅びろ権力者共。


「大会で活躍すれば物好きからプレゼントや金が貰える事がある。活躍するに越したことはない」

「ヘイ、責任者のボーイ。ミスタ・カルメとこの俺は本大会を目指さなくていいのかい……? 別に出場しても構わんだろう?」


 無駄にキザな声のウィリアムの質問に、俺は一応ながら現場責任者なので指示という形で返事をする。


「カルメに対人戦はまだ早い。弓術大会で稼げるだけ稼いだ後は、変な怪我しないように本大会出場は控えろ。ウィリアムに関してはその気があるなら出ても構わん。ただし小大会では俺達同士での潰し合いになると都合が悪いから、特殊武器部門以外で出るならあらかじめ相談してスケジュールを確かめること」

「フッ……俺みたいな風来坊は、そんなしがらみだらけのルールは守らない……」

「命令違反した場合は俺の裁量で罰則を与える。稼いだ賞金全没収とカルメの弓矢の的になるの、どちらか選んでいいぞ」

「フッ……強い者に雇われることもある。それが風来坊……」

「そのとりあえずフッって最初に笑ってたらハードボイルドになるみたいな浅はかなキャラ付けやめた方がいいぞ」

「沈黙は金なり、か」


 ウィリアムはそのままテンガロンハットを深くかぶって何も言わなくなった。若干手先が震えている辺り、指摘されてちょっとショックだったらしい。鬱陶しいキャラしてる割に意外とメンタル脆いなこいつ。


「シアリーズ、小大会について知ってる情報を教えてくれ」

「私は剣術、無差別級、大乱闘、魔物勝ち抜きバトル、ハンディ・マッチの五種類しか出てないけど、その分でいいなら教える」

「助かるよ」


 シアリーズによると、この小大会の大部分はルールが共通しているという。


 まず原則としてステージの外に押し出されたり重度の負傷をする、ないし意識を失ったら負け。審判の言葉に逆らったら厳重注意、二度目は失格だ。


 武器を弾かれても降参宣言しない限りは素手で戦ってよし。但し素手部門以外で最初から武器を捨てて素手で戦ったり態と武器を弾かれて素手で殴るのは厳重注意か失格。

 ただし武器を握ったまま相手を殴るのはありになっているそうだ。


 また、無差別級を除いて隠し武器や小道具によるダーティプレイは原則失格。ただし言葉による煽りは、多少のものなら黙認される。

 無差別級は毒物を除けば殆どの物を持ち込み可能で、敢えて卑怯な行動をとることで一定の注目を得る敵役ヴィランのような人もいるらしい。


 当然ながら殺しはご法度、必要以上に相手を痛めつける行為をした場合は審判の判断次第で失格。余りにも悪質な場合はコロセウム・クルーズ永久出禁もあるそうだ。


「あと、これが一番重要なことなんだけど……コロセウム・クルーズの運営をしている祭国の人たちはルール以上に大切にしている事がある」

「……それは?」

「コロセウムでの戦いが盛り上がるかどうか。盛り上がらない試合では早く終わらせるために臨時で戦いの内容が指定されたりするし、観客の顔色次第では稀にルール違反を『まぁいっか』で済ませることもある」

「……それで勝敗がひっくり返ったら困るんだが」

「安心して。正々堂々の勝負での勝敗に物言いをするほど彼らも傲慢じゃない。要はルールと実際の戦いで起きた事とのバランスを現場で判断してる人たちなの。だからある意味ルールよりも公正だし、何よりお客の求める展開を無碍にしないという信頼がある」


 成程、と俺はどうしてか納得できてしまった。


 祭国にとってはエンターテインメント、すなわちお客さんの納得できる勝敗こそが法で優先すべき事なのだ。だからお客が盛り上がる適度なジョークや柔軟さは持ちながらも、真剣勝負の勝敗を面白がって変えたりしない。


 それは「拘り」だ。俺が騎士であろうとすることと、根っこは多分同じなのだ。そんな彼らを味方につけて戦うには――。


「つまり、ステージの上で輝く主演俳優になれと。そうすれば少なくとも除け者にされることはない訳だ」

「うん。ちなみに私は『七星ドゥーベ』冒険者で可愛いという華があるから問題ない」

「そういうの自分で言わないの」


 むふー、とそこはかとないどや顔のシアリーズは確かに可愛いが、彼女のこれは俺の突っ込みを待っている節があるのでジョークのつもりらしい。それを察してしまえる辺り、カルメ達の言う通りやっぱり同類なのかなぁ俺達って。


「見た目がいいと最初から有利だけど、それがないなら後は戦いで魅せるしかない」

「魅せる、魅せるねぇ……何やりゃ魅せることになるんだか。ウィリアムみたいに変な恰好した方がいいのか?」

「変とは少し心外だな。これは俺のソウルドレスであって――」

「恥ずかしいからやめてくださいセンパイ。人は見た目より中身ですよ」

「……今宵は風が冷たいな。いやに、冷たい……」


 駄目人間認定した相手には情け容赦のないカルメの口撃で精神的ダメージを負わされた恥ずかしい人はさておき、他人に美しく魅せるための技や動きというと思い浮かぶものがない。その手合いを学ぶ機会がなかったからだ。しかし、そんな俺を後押しするようにシアリーズが微笑む。


「ヴァルナは大丈夫」

「そう、なのか?」

「あんたみたいな珍獣は二試合もすればコロセウム中で噂になるから」

「おいコラ」

(((あながち間違ってない気が……)))


 何はともあれ、大会エントリーは明日から。誰がいつ何の小大会に参加するか、日程まで話し合う俺たちの部屋からはなかなか灯りが消えることはなかった。


「ちなみにピオニーは何の武器が得意なんだ?」

「斧と鎌を扱えますけど、やっぱり一番はくわですね! 鍬……俺の鍬は畑を耕す為の農具モノなのにな……」

「じゃあお前は一日目に斧で残り時間は見学、二日目は無差別級と大乱闘な」

「今の話堂々とスルーしてその反応ッ!?」


 涙を流しながら睨まれた。睨んでもお前の借金減らないんだからキリキリ働けと言ったら更に泣いた。解せぬ。何が正解なんだ……賞金余ったら一緒にバニーズバー行こうぜとか言えばよかったのか?


「バニーちゃんっすか!? もちろん大好物ですよ!!」

「そ、そうか。思いのほか食いつき凄くてちょっと引くぞ」

穴兎バニーを含め兎肉は柔らかくて旨味も強くて、何より捕まえる時にシカやイノシシと違って危険も少ないんです!! 最初は可愛いから殺すの躊躇ってましたけど、空腹に耐え兼ね一度殺して作った丸焼きの味は今でも忘れられませんッ!! ラビットパイ、ラビットシチュー、ラビットステーキッ!! 嗚呼、素晴らしきかなジビエの世界ッ!!」

「違う、そうじゃない。兎料理の店じゃないぞ」

「え? そうですか……兎姿の女の子が。でも兎の仮装した女の子と兎なら兎の方が可愛くないですか? 喋らないから嘘つかないし……嘘、つかないし……」


 ピオニーの心の闇が深すぎる。

 俺はそれ以上何を言っても駄目な気がして彼を先に眠らせることにした。

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