第198話 サプライズゲストです

 世の中には雨男とか雨女と呼ばれる人種が存在する。


 雨が降ってほしくない特別な日程に於いて雨を降らす人ではなく、実際には自ら名乗ることの多いそれは、だいたいの場合統計を取れば言うほど雨男雨女ではない。ただ言っているだけである。


 自分が雨を齎す存在であることをアピールすることに果たしてどのような意味があるのかは不明だが、もし本当にその人が雨を呼ぶなら雨乞い士として大成できるのではないかと思う。天の女神を崇めるよりそっちの方が早いし。人類は即物的な物が大好きなのだ。


 で、思ったのである。


「多分『コロセウム・クルーズ』にはその逆で晴男、晴女をしこたま従業員として採用してんじゃないかな」


 なんとはなしに呟いた言葉に、隣でカルメが苦笑いしつつ空を見上げる。


「き、興味深い考察ですね……でも、確かにこれは……」

「大陸の雨季って、短くとも二、三週間はある筈ですよね……?」

「なんでルルズだけ晴れてんだよ……!!」


 俺達騎士団緊急金策チームが数日をかけて到着した賭博街ルルズの空は、多少の雲はあれど恐るべきことに太陽の光が降り注いでいた。


 町を行き交う人々は興奮していたり消沈していたり様々と聞いていたが、どうやら今だけはお祭り騒ぎらしい。煌びやかに飾り付けられた町の入り口には『ようこそ絢爛武闘大会へ!』の横断幕が躍り、次々に訪れる人々の熱気が雨雲を追い払ったかのようだった。


 賭博街ルルズ――フィーア先輩から予め話は聞いている。


 コール、レイズ、ドロップ。

 積み上がるチップが呼ぶは女神の口づけか悪魔の高笑い。

 金貨の行方は何処へか、刹那の勝負が全てを決める。


 まぁ、ギャンブルによる身の破滅を防ぐために持ち込める資金の額に上限があり、貧乏人がバカな夢を見て浮浪者にならないように下限もある。基本的には特権階級と海外からやってくる金持ち連中の娯楽の場という印象だ。

 以前に王立記録書庫で読んだ資料の内容を思い出す。


「賭博やってると治安悪そうなもんだけど、ルルズの衛兵は王国内でも一番荒事に慣れたベテランばかりで、逆に事件は少ない……と、王国衛兵白書にはあったな」

「そんなピンポイント過ぎる本を一体どこで読んだんっすか先輩……」

「ヒュベリオんとこで立ち読みした」

「しれっと言われましたけど誰っすか!?」


 キャリバンの突っ込みで、そういえばこいつら知らないんだったと思い出して知り合いだと言う。忘れてる人の為に言うと王立記録書庫に務める元同級生だ。過去の公式資料を漁りたいときの貴重な伝手である。


 ともかくこのまま荷物を持ってホテルの確保だ。指定されたホテルは海外客向けになっているが、これは王国民の上流階級だと俺が顔バレするからだろう。既に賑わう人々の一部が俺の顔を流し見しているのを感じる。

 うかうかしていると、最悪いつぞやの議会サイン祭りの二の舞だ。幸い海外からの客の方が割合が多く騒ぎにはなっていないが、急いでホテルに向かった方がいいだろう。


「はぐれんなよ。特にカルメ。ほら、手」

「あっ……いえ、自力で付いていきます!」


 一瞬それを握ろうとしたカルメだったが、はっとして首を横に振った。甘えん坊のきらいがあるカルメにしては珍しい。


「弓術大会では一人で人前に出なきゃいけないのに、そんなに簡単にセンパイを頼る訳にはいきませんからっ」

「いい心意気だ。言ったからにははぐれるなよ?」

「はいっ!!」


 ここ最近のカルメの精神的な成長は眼を見張るものがある、そのうち誰の手も借りずに一人で任務に向かう日も来るかもしれないな、と俺は後輩の将来に思いを馳せた。


 数分後、カルメはバニー服のセクシーなお姉さんに捕食……もとい捕まっていた。


「あら、貴方バニー服を着せたら絶対可愛いわよ! どう? うちのバニーズバーでアルバイトしなぁい? 一晩でも結構稼げるわよぉ?」

「わぁぁぁぁ!? ぼ、僕は大会に参加しに来たんです! あ、アルバイトなんてしませんし、僕は男ですッ!!」

「男の娘ッ!? こ、これは余計に離せないわ!! こんな稀有な人材絶対見逃せるものですか……えーい、お姉ちゃんに捕まりなさ~いっ!!」

「むむむ胸を当てないで放してください!! 助けてベビオ~~~ン!!」


 俺は駄目でもベビオンに頼るのはセーフらしい。だが悲しいかなベビオンは現在、これまた別の存在に捕食……もとい別次元の脅威に捕まっていた。


「アラ、貴方ベビオンって言うのねん♪ 中々ソソられるカ・ラ・ダ! ウチのバーでアルバイトしなぁい? ダイジョーブ、ウチはお触り厳禁がモットーだから!!」

「ギャアアアアアアアア!? 清らかさと純粋さから最もかけ離れた筋肉オカマたちが寄ってくるぅぅぅぅぅ!? たす、助けて誰でもいいからぁぁぁ!?」

「あーんら失礼しちゃう!! 私たちほど心が清らかで純粋で開放的な漢女、王国中探したってそうそういないわよぉぉ~~ん?」


 若人たちの試練を俺はなるだけ遠くから見守った。これも愛なのだ、お前たちの成長を促す為の。決して俺もあの人たちに捕まるのが嫌という訳ではない。


 それにしても、天国と地獄だな。カルメを見てギリィ、と歯ぎしりした男たちがベビオンを見て急に真顔に戻っている光景がシュールさを加速させている。

 賭博街ルルズは基本的には夜の街だ。当然夜向けの酒場も多いので、勧誘もかなり盛んなようだ。


 ちなみにこの騒ぎは、最終的に何故かロザリンドがオカマたちと打ち解けてバニーさんたちを説得して貰うことで解決した。なんでもロザリンドにはジュドーという仲のいいオカマがおり、彼らと共通の知り合いだったようだ。

 ロザリンドと談笑するオカマたちは割と普通で、俺は彼ら……もとい彼女たちを地獄と評したことを内心で謝罪した。俺は近寄らないけど。


 時間は進み、一行はホテルに到着。

 ホテルの部屋取りは先行していた第二部隊の選抜メンバーが取ってあり、ロビーでさっそくメンバーと顔合わせをする。


「第二部隊遊撃班所属、ウィリアム・プレステス。このような華々しい場に参加させていただけるとは恐悦至極……」


 さて、さっそく問題児の気配しかしない。


 ウィリアム・プレステス。

 テンガロンハットとヴィンテージものの茶色っぽい服を基調とし、斜に構えた態度とキザな口調が特徴のナルシスト、と書類にはある。俺にはボロっちい服にしか見えないが、彼なりの拘りなのだそうだ。

 顔は悪くないのだろうが、綺麗に整えられた顎下の三角形の髭から放たれるイロモノ感は半端ではない。


 なんでも大陸の荒野国で冒険者をしていたそうなのだが、他者に理解できない拘りを追求するあまり武器を鞭のみに限定。その結果、鞭の腕は達人級だが一定以上の防御力を持つ魔物に一切対抗できなくなって仕事に困ったそうだ。

 率直に言って馬鹿じゃないんだろうか。さっそくロザリンドの手の甲にキスしようとして汚らわしいとばかりに払いのけられている。


「寄らないでくださいまし」

「フッ……この俺に物怖じしないどころかその率直な物言い……キライじゃないぜ、アンタ」

「冒険者やらずとも他に仕事探せばよかったんじゃねえの?」

「俺は荒野のアウトロー……荒野を離れてもアウトロー……安定した生活? 馬鹿言っちゃいけねぇ。俺は今日を生きるので精一杯さ」

「と言ってるわりに王国騎士に所属して安定した収入を得ている訳だが」

「アンタみたいな率直な物言いをする奴は……苦手だ……」

「初志貫徹できないタイプみたいですね」


 さっそくさっきと言っている事が違うせいでカルメの視線が冷たい。どうやら心の中でロック先輩と同類に分類されたようだ。


「働いてくれれば別にいいさ」

「流石ヴァルナ先輩は心が広いですわね。わたくしは正直既にこの男を一発殴りたいのですが」

「気の強い女……嫌いじゃない。そちらのキミ、ミス・カルメも」

「ボク男です」

「なんだ男か。話しかけて損した」

「センパイこいつ射ていいですか? 根無し草じゃなくて去勢してタネ無し草にしてやりたいんですけど」


 それは女性関係で不祥事を起こしたときだけにしとけ、と宥める。ウィリアムは「フッ……止めてくれないの?」と急にチラチラ助けを求める視線を送り始めたが無視した。

 待ちぼうけを受けているもう一人の選抜メンバーが待っている。


「第二部隊回収班所属、ピオニーです。あの、俺もう騎士団辞めたいんですけど」


 息をするように問題児だ。ひとまず理由を聞こう。


「あのですね、そもそも俺は戦士じゃなくて農家なんですよ。王国来たのだって作物の販路拡大とか農業研究とかが目的なんですよ。そしたらそういう事するのに都合のいい職種があるよーって王国の人に誘われて、そしたらあれよあれよという間に騎士団メンバーに……! 俺が刈りたいのは作物と雑草なんです! オークの首とか狩りに来た訳じゃないんですっ!!」


 可哀そうに、ひげジジイの配下の者に目をつけられたらしい。


 とりあえず資料によると、冒険者ではないものの目を見張る戦闘能力を持つらしいこのピオニーと言う薄幸そうな青年は、一応書類にサインはしているらしい。恐らく口八丁で丸め込んだか書類の文章量が膨大で読み切れなかったのだろう。完全に悪徳商法であるが、法的には残念ながら引っかかった方が悪い。


「そんなぁ……うう、都会の入社試験前日に友達だと思ってたアンニャロウにしこたま酒を飲まされ酔った隙に借金を背負わされ、借金返済の為に買った土地が魔物の巣窟になってる森のど真ん中で、やけくそになって開拓してるうちに段々と農林業の喜びを覚えてきたのに、木と間違えてトロールの足を伐採したり作物を荒らす魔物を鍬で殺したせいか『魔狩りの森人』とか呼ばれて挑戦者が押し寄せてきて畑が荒れ果て、挙句の果てに海外の騎士団に騙されてオーク狩りなんて……」


 彼はどうやら運は最悪なのに逆境には激強らしい。たった一人で魔物の巣窟に突っ込んで開拓することになった時点で逃げ出そうとは思わなかったのだろうか。


「だって借金取りの人たちコワいんですもんっ!! あんなのトロールの何倍も怖いわっ!! ちなみに借金は利子こそ止まったものの現在進行形ですよッ!!」

「……借金額は?」

「聞いた瞬間見捨てませんか?」


 潤んだ瞳はチワワの如く。薄幸そうなイメージの所為か同情と関わり合いたくない感情がせめぎ合うが、余りにも報われない人生のようなので聞くだけ聞いてあげる。


「騎士の名に誓って、無碍にはしない」

「五千万ステーラ相当です」

「あー急に耳が聞こえなくなったなー。突発性難聴ってやつかなー」

「ちょっとぉ!! 聞こえてるでしょバッチリとぉ!?」


 そりゃ聞かなかったことにしたいよ。

 そういうことかあのジジイ、今回の件がなくとも最終的にはこの大会で金を毟り取って返済に充てる計画だったのだ。俺がピオニーと会えば放っておけないと知っていて。次に出会ったら泣いてやめてくださいと叫んでもひげを毟り続けてやろう。


「となると準優勝じゃ足りないな。やっぱり優勝目指さないと厳しいか……分かった、借金はこの大会の賞金で何とかしよう。農業については……まぁ、何だ。一応掛け合ってみる」

「ううぅぅぅ……他のみんなは『諦めろ』とか『おまえが悪い』とか『お前との縁は今日ここまでだ』とか薄情なことばかり言って見捨てるんですぅ……騎士ヴァルナは立派な人だから見捨てませんよね? 前言撤回しませんよね!?」


 こんなに哀れで薄幸そうな上に回収班なのに、第二部隊ではピオニーは既に次期班長候補として名が挙がるほど仕事ができる男だという。追い詰められれば追い詰められる程更に能力を発揮して、それが本人の不幸を呼んでいるようだ。

 まぁ、彼の事は追々処理するとして、だ。


 資料によるとこの二人と数名のサポーターのほかに、実はもう一人来ている筈なのだ。


 もう随分前の話なので忘れている者も多いかもしれないが、王立外来危険種対策騎士団が二部隊に再編された際に一人の『七星ドゥーベ』冒険者が入団するらしいという噂があった。

 実際には当人との兼ね合わせもあって入団には至らず、隔月一回のペースで第二部隊に来ては剣術の教練に付き合ってくれているという。マイペースな人なので入団挨拶の際には来てすらおらず、俺も最近になってその存在を思い出して書類を確認したくらいだ。


 『彼女』は王国に住んでいるがあくまでギルド所属の人間という立場を崩さず、海外に魔物狩りの出稼ぎに行ったかと思えば王国で商人に付き合って王国の港を物色したり、一言で言えば変な子である。

 嘗て様々な事情からオーク狩りでタッグを組んだことを思い出しながら、俺は二人に問うた。


「なあ、アイツはどこにいるんだ」


 ピオニーたちに聞いてみると、名前を言わずとも誰なのかは察したらしく返事がやってきた。


「え、ああ……あの人ならクルーズが港に入ったその日には既に小大会に参加してバンバン稼ぎまくってますよ。今頃なら恐らく『大乱闘』で一人無双してるんじゃないかと」

「フッ……あの調子では本大会開始前に取得賞金が一千万ステーラを超えるだろう。尤も騎士団との契約で獲得賞金の五分の四は自分が頂くことになっているそうだが、な」


 数度軽く手合わせをしたあの二刀流の剣士の事を思い出し、俺の右手は気が付けばウズウズと剣の柄を触っていることに気付く。決着が着くまで勝負は出来なかったが、アストラエとの手合わせに並ぶ高揚感を覚えさせてくれた剣士との再会を全身が望んでいた。




 ◇ ◆




『決着ぁぁぁーーーーーくッ!! 強い、強すぎる!! これが世界最強『七星(ドゥーベ)』冒険者!! これが嘗て魔王を打ち破った若き伝説の一派!! 大陸ではすっかり姿を見せなくなったあの可憐なる剣士はしかし、ここに健在ですッ!!』


 圧倒的な光景と司会の煽り文句に、会場内ははちきれんばかりの歓声に包まれていた。

 小大会の中でも最も開催時間が短く、それ故に根強い人気がある競技――『大乱闘』。二十人近くの戦士が円形の妨害ギミック付きステージのなかで乱戦を繰り広げ、最後まで立っていた者が勝ちというシンプルでスピーディな戦いが人気を博すこの競技。

 そのステージの中心に、可憐なる少女がたった一人、勝者のみが浴びるスポットライトの下に立っている。


 機動性を極限まで意識しつつ女性的な装飾としても美しい軽量鎧を身に着け、一本の片手直剣と一本の細剣を両手で鞘に納めた少女に、会場全体から惜しみない称賛と一部の熱心なファンのプレゼントが降り注ぐ。


 その光景を少し煩わしそうに一瞥した少女は、仕方ないとばかりに右手で拳を作って天井へ向けて振り上げた。瞬間、更に爆発的な歓声が上がる。


『熱き戦士たちの技と武器がぶつかり合うコロセウムッ!! 今宵その頂点で唯一人拳を振り上げる、我らが美しき姫の名は――『藍晶戦姫カイヤナイト』シアリィィィーーーーーーーズッッ!!!』

「「「ウオォォォォォーーーーーーーッ!! シアリーズたーーーーーーんッ!!」」」


 一部のファンたちの野太い声に、吸い込まれそうな碧い髪の少女は眉をひそめてこう言い放った。


「だから、『たん』付けはやめて。気持ち悪い」


 彼女こそが世界最強『七星ドゥーベ』ランク、伝説の一角。

 二刀流使いと言えば必ず真っ先にその名が上がる冒険者。


 『藍晶戦姫カイヤナイト』の二つ名を抱く冒険者――その名を、シアリーズという。

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