第197話 角が三つで三角です

 『絢爛武闘大会デュエルオデッセイ』。


 世界最大規模、無国籍の武闘大会であるそれは、絢爛の名に恥じぬ世界一派手で美しい大会だ。その大会目的はシンプルに唯一つ、世界一強い戦士を決めるというものである。


 その歴史は意外にも浅く、第一回は十年前に帝国の港で開催されている。主催国は祭国という小国で、帝国とは友好な関係にある。ただし会場となる超巨大客船『コロセウム・クルーズ』の共同開発はその実、帝国の方が遥かに出費が大きかったという。


 それでも帝国が祭国と共同という対等な立場になったのは、祭国が持つ「演出能力」の歴史にある。祭国はその名の通り祭りが大好きな国であり、画期的な娯楽文化を数多く世に送り出しているなど、他者を楽しませるエンターテインメントのセンスと経験の蓄積が他国を凌駕しているからだ。


 大衆の娯楽に代表されるサーカスもこの祭国の発祥であり、新興国で娯楽が少なかった帝国の治安の安定の裏にはこの祭国の助力があったとも言われている。そんな彼らのセンスを大爆発させた『コロセウム・クルーズ』を共同で経営すれば、莫大な利益を生むことを帝国は予期していたのだ。


 その目論見は大成功。第一回・絢爛武闘大会デュエルオデッセイは賞金目当て、戦い目当てに世界中から数多の人間が集まり、大会は大盛況。初代武闘王アルダ・バラーンの勝利で観客のボルテージも最高潮に至り、絢爛の名に相応しい華ある大会となった。


「その後、第二開催国は宗国となり、初代武闘王を素手で破ったチャン・バウレンが二代目武闘王となるも、彼が年齢による衰えを理由に王座を固辞したことから現在武闘王の座は空白となっている……はぁ!? チャン・バウレンが二代目武闘王!?」

「ん? それがどーしたんだよヴァルナ?」


 絢爛舞踏大会についての本を読んでいた俺は思わず上げた素っ頓狂な声に酔っぱらって寝ていたロック先輩が目を覚ます。しかしこんなもの聞いたら驚くに決まっている。


「チャン・バウレンって今の王宮の執事長じゃねーか!! 俺が裏伝習った人だぞ!?」

「……え? ヴァルナ先輩、王宮の執事長はセバス・チャンさんでは?」


 ロザリンドが疑問を呈すが、実は俺も彼女も間違ってはいない。


「セバスの名はチャンさんが王国に帰化して王に仕える時に賜った名前なんだよ!! フルネームはセバス・チャン・バウレン!! どーりで鬼のように強い訳だよ……!」


 思わぬ過去を知ってしまい戦慄する。

 王宮の管理を請け負うセバス・チャン・バウレン執事はアストラエの無茶ぶりに常に笑顔で応える生粋のジェントル執事だ。お願いだからこの人の爪の垢を煎じて飲みまくれと学校時代に何度思ったことかと懐古する程度にはお世話になっている。

 そんなナイスミドルの宗国人は拳を握ると突如としてデスミドルに豹変して苛烈な猛撃を繰り出す人で、軽い気持ちで裏伝習ったら凄まじかった。あの掌底打ちは受け損なったら絶対内臓口からはみ出るって。


 当人はそんなこと一言も言っていなかったのは、謙虚なのか理由があるのか……それにしても年齢による衰えって、手合わせした身としてはちょっと意味分からないワードが出てきたな。あの人素手でオークの群れ鏖殺とか普通に出来ると思うんだが。


「んん、おほん。驚愕の過去はさておいて、作戦会議をそろそろ始めませんか?」


 ローニー副団長の目配せでその場にいる全員が一斉に佇まいを正す。


 集められた面子は俺、ロザリンド、カルメ、キャリバン、ベビオン、ロック先輩(再び寝た)、他数名の男性騎士だ。恐らく半分ほどが大会参加で残りは補佐だろうと俺は予想する。


「まず、最初に説明します。絢爛舞踏大会とは闘技場で行われる他の大会とは違い五年に一度の世界大会ですが、これには参加資格が必要になります」


 配られた資料にその辺は書いてあった。先輩の一人が復唱するように口を開く。


「武器別の部門大会で二回優勝経験がないと出られない、ってヤツ?」

「正確にはその他の変則ルールで行われる戦いなどいくつか条件が存在します。重要なのは、この大会――便宜上小大会と呼びますが、これは本大会の開催前にも連日行われます」

「それを勝ち進めて結果を残せば今から大会の出場資格を得ることもできると?」

「ええ。更に小大会もそれなりの優勝賞金が出ますよ」


 なるほど、と小大会をざっと見てみる。

 剣、槍、素手、斧、ハンマーなど武器別大会のほかに毎日二度行われる無差別級の武器大会。女性の一番を決めるワルキューレ杯なるものもあるが、これは他の大会と違って年一でしか行われていないようだ。今回はこれは使えない。


 他には魔物との勝ち抜きバトル、大乱闘バトル、アームレスリング、弓術の的当て大会など大分趣の違うものや直接対決ではないものも盛り込まれているようだ。成程、これはバラエティーに富んでいる――と、俺の眼に一際賞金額が大きい小大会が映った。


「ハンディ・マッチ……? これだけなんか賞金がデカイですね?」

「ああ……それは挑戦者に物理的なハンディを与えて勝ち抜き戦をするという変則的な大会だそうです。例えば片腕が使えないよう固定して戦ったり、足に重しをつけて戦ったり……かなりお得意様向けにやってますが、制限が重ければ重いほど優勝賞金が大きく、逆に制限が軽すぎると賞金は少額にという訳です」

「ああ、確かに『最大で』五百万ステーラって書いてありますね。これ、俺が出ますわ。剣術だとロザリンドと潰し合いになりますし」


 しれっと言うと、ローニー副団長は苦笑いした。


「確かに、君くらいの実力になるとハンディがあるぐらいがちょうどいいかもしれませんね」

「ヴァルナなら両腕封じられても蹴りだけで勝てそう」

「センパイなら目を瞑ったまま優勝してしまいそうな気がします!」

「ははは、流石にそれは……あれ、何でだろう。目隠ししたまま敵を蹴散らすヴァルナ先輩の姿が容易に想像できる」


 冷や汗を流すキャリバンをよそにカルメが両目をキラキラ輝かせて期待の眼で見ている。俺には氣による察知があるので無理ではないな。視野に入れておいてもいいかもしれない。


「大会の開催が一週間後。移動に三日。つまりエントリーして大会参加資格を得るまでの猶予は三日間。もちろん本大会で結果を残したいならスタミナ管理も必要ですが……まぁ君らそういうのいらんでしょ」


 基本ハードワークしかしていないような王立外来危険種対策騎士団メンバーである。その辺は心配するだけ無駄だろう。それはスタミナが尽きないという事ではなく、日常的に自己管理を行っているという事だ。酒におぼれて寝ているロック先輩は無視しているが。


「カルメくんは特に本大会まで参加しないよね?」

「え、ええ。生憎と弓とボウガン以外は僕にはちょっと……大勢に見られながら矢を放つことになるんで、それだけは不安ですけど」

「逆を言えばここを超えられればもう怖いものなしだろ? 応援してるぜ」

 

 えへへ、と頭を掻くカルメは任務では使わないが弓の腕も百発百中だ。お前はまず受付で自分が男だと納得して貰う所から始めなければいけないかもしれない。ちゃんと男に見える服着て行けよ。


「ただ、『絢爛武闘大会』は大会の優勝者を予想する非常に倍率の高い賭け事も盛んです。しかも場所がそもそも賭博街ルルズ。騎士とはいえ荒事に巻き込まれる可能性もあるので、大会参加者と補佐の二種類の人間を集めました」

「成程、ファミリヤ使った連絡役の俺は分かるけどなんでベビオンが呼ばれたのかと思ってたら、そういう……」


 ベビオンはカルメと同期で他のメンバーより距離が近く、なおかつ中々にガタイがいいので悪い虫を追い払うには都合がいい。普段は俺がその役割を担っている事が多いが、今回は別行動が増えるからしょうがないだろう。


 結果的に、剣術大会にロザリンド。弓術大会にカルメ。そしてハンディ・マッチに俺が参加することになった。場合によっては別の大会でも優勝を勝ち取る必要があるので、その辺は現地に着いてからの調整となるだろう。その他、実は第二部隊の一部の面子と現地で合流するため総数はもう少し増える予定だ。


 他の御前試合組は残念なことに非常時に備えて待機になる。

 オークはいつ出るか分からないので、確実に結果を残せる面子を用意したのだろう。

 計画を決めたローニー副団長が今一度全員に確認を取る。

 

「いいですか? 一番の目標は赤字金額である千七百万ステーラを手に入れる事です。三人がそれぞれ小大会で優勝しても目標金額の半分程度にしかならない以上、全赤字を回収するには最低でも準優勝まで行く必要があります」


 準優勝の賞金はガクっと下がって一千万ステーラ。

 それでも、ここまで行ければ何とか赤字は埋まる。

 賭けを当てて一儲けという手もあるが、どっちにしろ元手になる金が相応に必要になる以上は確実とは言えない。


「騎士がこの催しに参加する件についても、逆にあちらから騎士団宛てにぜひ参加してほしいと頼まれたぐらいです」

「元最強のクシュー団長は堅物でこういうの参加してませんからね。王国騎士の実力を知りたいって所ですか」

「そう、つまり国の威信も多少なりともかかってはいます。また、他の騎士団から催しに参加する者がいる可能性もありますが、その場合はライバルだと思って妨害に注意してください」


 こうして、王立外来危険種対策騎士団の金策が始まったのである。

 

「古今東西の強者がひしめき合う世界大会に、このわたくしの剣がどこまで通用するのか……腕が鳴りますわ!」


 見世物や賭け事に難色を示すことが予想されていたロザリンドだが、ここでバトルマニアの血が騒いでか俄然やる気を出している。そういえば彼女は戦う口実を求めて騎士団に来たようなものだし、むしろ願ったり叶ったりだろう。


 ――少々長くなるが、ここいらで大陸冒険者のランクについて説明させて貰う。

 大陸の冒険者は原則ギルド所属であり、冒険者の実力と実績に合わせて星のランクを与えられる。大陸はそこかしこが魔物だらけの為、冒険者に戦闘能力は必須と言って差し支えないものだから、このランクが様々な目安となる。


 最低ランクは『一星アルカイド』。

 駆け出しの実績ゼロで、全ての冒険者がここからスタートする。


 次に『二星ミザール』、『三星アリオト』と続く。三星アリオトくらいになると成体オーク相手でも問題なく勝てる為、うちの騎士団の遊撃班は最低でもこのランクと同等になる。ただ、うちは尖った能力の持ち主も多いため、完全に星の枠に当てはめるのは難しいが。


 お次は『四星メグレス』。ここまでくるとかなり優秀な部類であり、聖靴騎士団の面々は世界的に見ればこの四星の最上位辺りに匹敵する実力らしい。ただし、対人戦限定で、という注意文言は付くだろうが。


 次、『五星フェクダ』。王国で言えば御前試合参加資格を得るラインに差し掛かる猛者だ。複数人集まれば大型の魔物も討伐可能で、恐らくイスバーグに出た巨大白髪オークはこのランクの方々にとっては狩り甲斐のある獲物だろう。


 そして、『六星メラク』は冒険者の中でも上位に位置する実力者の集まりだ。このランクに至った人間は軽く人のくびきを超えているとよく言われ、並外れた実力と才覚の持ち主がひしめき合う。

 巨大オーク程度なら欠伸交じりに刈ってしまうくらいの修羅場をくぐった面々ということだが、俺の私見では本気になったアストラエやロザリンドは今この辺りではないかと思っている。

 

 最後に、全冒険者たちの頂点――『七星ドゥーベ』。

 実力は完全に埒外。超大型の危険種を単独討伐したような英雄級冒険者だけが名乗る事を許される頂に煌めく星だ。


 恐らくこの大会、大陸最強『七星ドゥーベ』ランク冒険者の参加もあると見ていい。実際、初代武闘王は冒険者だったそうだ。飽くなき強さの探求者であり金の亡者でもある冒険者が集うのは自明の理だ。

 『八咫烏』の習得こそ終えていないが既にうちの騎士団トップスリーに入る実力を示すロザリンドが、世界の壁とぶつかって更なる躍進を遂げればいいのだが。


「あ、ところでヴァルナ先輩は優勝賞金の五億ステーラは何にお使いになられるので?」

「おいおい、参加する前から既に取らぬ狸の皮算用か?」

「……? だってヴァルナ先輩は騎士の誇りに懸けて負けないのでしょう?」


 まるでそれが当然の事であるかのように首を傾げる可愛い後輩を前に、俺は苦笑いする他なかった。王国最強は名乗っているものの世界最強を名乗った覚えはないのだが、彼女の知る世界では俺に勝てる戦士はいないことになっているらしい。

 まぁいいか、と思う。俺自身、ちょっとだけ世界中の戦士の戦いが見られることを楽しみにしているのだ。腕試しで羽目を外しても罰は当たらないだろう。後輩に負けた姿を見せるのも癪だと思った俺は、その話に乗ることにした。


「……どうすっかねぇ、五億ステーラ。手元に置いとくとまたヤガラみたいなのが面倒だし、フィーア先輩に倣って募金とかにパァっと使ってしまうか」

「豪快ですね。でもそれが宜しいかと。民の為の騎士団が優勝賞金で豪遊しているのも変ですしね」

「分かってきたじゃないか、ロザリンド。そうだな……どうせなら俺とお前で決勝戦なんてのも面白いかもな」

「それは是非とも。その時は皆の前で一曲踊りましょう? きっと人生最高の武闘ダンスになりますわ!」


 まるで恋焦がれるような笑顔に合わせて笑ったが、彼女がそのまま「わたくしの本当の居場所はここだったのです!!」とか言って『コロセウム・クルーズ』に乗って海の向こうへ行ってしまったらどうしよう。入団前から彼女を知っている身としてその辺が真面目に心配である。



 ところでこの時、俺は大切な事を忘れていた。


「ジルベーサ団長、この船の警備は我々聖艇騎士団の仕事ですよねぇ……? ああいえ、その日は俺は有給休暇を頂こうと思っているのですが、いいですよね? ん?」

「ダメって言っても行くのでしょう? お願いですからお怪我をして帰ってくるのは勘弁してくださいよ、『王子』……!!」

「くくく……聞けばこの催し、兄上が壇上で挨拶するという話ではないか! 一人だけ参加はずるいですよ、兄上!」


 こんなどでかいお祭り騒ぎ、あると聞いてて黙っていられない連中が約二名いることを。


「海外スパイ対策ということで我々も向かいますが、いつも通り貴方は自由行動です、『無傷の聖盾』殿」

「えーまたー!? ぶぅ……あ、でもそうなると大会を観戦しても参加してもいいって事だよね!?」

(うう、またこの子の悪い癖が……! それでいて毎度いい囮になってくれてるのがまた……!)


 今大会、開始前に既に大波乱の予感が渦巻いていた。

 そしてもう一つ――第二部隊の外部協力者である冒険者に『七星ドゥーベ』ランクの冒険者がいることも、この時は勘定に入れ忘れていた。それはのちに、思わぬ再会ともなるのであったが。

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