第189話 戦士たちの船出です

 その日、騎士団には朝から何とも言えない緊張感が漂っていた。


 今日の戦いは全てがスピード勝負だ。

 ひげジジイの手配で送られてくる魔導式電網を道具作成班と出向組で一秒でも早く組み立てて動作チェックを行い、そのまま船に乗せて現場に直行する。そして雨季の最初の雨が始まる前にイッペタム盆攻略戦を開始する。


 騎士団の任務としては珍しく、特殊な道具を使用する上にその道具の到着が遅れているという状況だ。出向組と道具作成班は既に到着場所に指定された試験場前の広場で準備運動などしながら待機している。


 その一方で、俺とライは昨日に随分湿地を暴れたとあるボートを調べていた。


「おいおい三連ギアかよ。ヴァルナさん、こいつ多分改造品だ。既存の奴よりレスポンスはちょっと下がるが、加速は一級だぜ」

「今回の任務に使う分には?」

「長期的に見れば安全性は低いけど、今回の任務でフルドライブするぐらいなら全然問題なさそうです。操作は前でも出来るか……よし、俺が使いましょう」

「頼むよ。しかしサイズが小さめだな。魔導式電網は結構重いんだろ? これには乗せられんが何とか活用したいな」

「なら後ろにボート括りつけて牽引係しましょう。小さいとはいえパワー結構あるから推進力の足しになります」

「よし、どっちにしろ足並みは揃える必要があるんだ。それで行こう」


 そう、これは昨日騒いでいたヒャッハー兄弟のボートを司法取引的な手続きで借りたものである。

 尋問の末に罰金とどちらがいいかと選択肢を提示したとき、二人はかなり警戒していた。しかし帝国出身だし物は試しとライの名前を出すと途端に態度が豹変し、ぜひとも貸すから会わせてくれと興奮した様子で迫られた。

 

 そう、彼らはどうやら帝国帝都で伝説となった暴走族『帝韻堕狼襲てぃんだろす』の大ファンだったらしい。ライはこの『帝韻堕狼襲てぃんだろす』でエンジン改造とカチコミ隊長をやっていたので今も暴走族の間ではレジェンドなんだそうだ。お前の後輩だぞ、なんとかしろよ。

 なんにせよ、こいつを使えるのは嬉しい誤算だ。化け物相手に戦う上で動力付きの船を使えるのは何かとアドバンテージがある。このボートなら速度で上回れる。


 と、誰かが空を指差して叫ぶのが聞こえた。


「おいおい、ありゃ聖天騎士団のワイバーンだぞ!? まさかアレがぶら下げてる袋がそうか!?」

「総員受け取り用意! ほら道空けろ道ぃッ!!」


 視線の先には四頭のワイバーンが、円柱状の大きな袋を吊り下げて接近していた。四頭が美しい正四角形の陣形を崩さず、それぞれロープと重さを分担して飛ぶ芸術的な飛行。しかも予想に反し、地上に荷物を降ろす際も恐ろしく緻密な降下によって荷物に大きな衝撃を与えることなく騎士団がキャッチに成功する。


 荷物受け取りを確認した先頭の竜騎士――同級生であるネメシアが後方に手でサインを送ると、一斉に固定していたロープを解いてワイバーンはそのままの流れでこちらに来る。

 ホバリングによって結構な風が吹くので互いに声を張りながら、思いの他早い再会の言葉を交わす。


「久しぶりって感じでもないけど、とりあえずアンタ一応現場責任者でしょ!? あのひげ団長に頼まれた荷物、確かに届けたわよ!!」

「お前が来てくれるとはな! 助かった! 助かったついでにオーク狩り手伝ってくれないか!?」

「馬鹿言わないでよ!! ワイバーンは乾燥した地域の生物よ!? ワイバーンの寝床もないこんな場所で雨に打たれてたら風邪ひいて死んじゃうわよっ!! 今のこれだって雨季に引っかからないギリギリだったんだからねっ!!」


 怒鳴っているようでいてワイバーンへの優しさに満ち溢れた言葉である。確かに図体の大きいワイバーンを収められるほどのスペースはここにはなく、更に雨季が始まってしまえばどう足掻いても雨の中を突っ切ることになる。

 ここで他の特権階級なら開口一番「この私に汚い雨風に塗れろとでも!? ハッ、だから貴様は下民なんだ!!」とか普通に言っちゃう所だというのに。いやむしろ「そんなことより先ほどの美しき編隊飛行をこなしたこの私の腕前を褒め称えるのが先では?」とワイバーンの存在そのものを無視して威圧的な事を言うかもしれないが。


 あれ、何でだろう。ネメシアって実は天使だったんじゃないかと思えてきた。いやいや騙されるな俺、聖天騎士団にとってのワイバーンの存在は平民以上でパートナー。気遣うのは当然だ。

 ミラマールも絶好調のようだし、あまり長く呼び止めるのも気が引けるので、冗談だと笑って他のメンバーにも軽く声をかける。


「他の3人とワイバーンたちにも、感謝する!!」


 他のメンバーが敬礼で応えた。メンバーの一人の女の子――ワイバーン騒ぎの時に少しだけ話した子だ――が「ご武運を!!」と叫ぶと、それを最後に四騎は旋回して撤収していった。

 しかし聖天騎士団の伝手を使うとはじじいも思い切った事をしたものだ。

 十二時到着を覚悟していたが、十時到着に無理やり短縮させた手腕だけは誉めてやろう。


「ちぃっ、梱包材引き剥がせ! 部品はネジ一つ見落とすなよ!」

「班長、設計図です!!」

「部品割り振り急げよ!! 魔導機関はこれか!? 出向組、動作チェック!!」

「お前は左を抑えろ、お前は真ん中の部品が倒れないよう踏ん張れ! いくぞ、せーのっ!!」


 荷物が開かれ、中から次々に部品が運び出されては整然と並べられてゆく。ここからは技術者達の仕事だ。ライは今回こちらのボートがあるので魔導式電網の作業は彼の同僚たちがやっている。


 枯草に火が付いたように激しく動き出した騎士団。

 その傍らではネイチャーデイとプレセペ村漁師も黙々と船の準備や連結を進めていた。その中には腹を決めたマモリの姿もある。朝に少し言葉を交わしたが、覚悟は済ませたとのことだ。


 しかし驚いたのがその近くで作業する二人組だ。

 片方はあれほどヤヤテツェプを恐れていたオルレアさん。

 そしてもう一人はあの自称敏腕記者ことパラベラムだ。


 先ほどの出来事を振り返り、人は変わるものだと思った。

 彼は現場に来るなり俺の所に来て頭を下げたのだ。


「ネイチャーデイとプレセペ村代表と、取材の件の話を通した。記事が売れた際の売り上げ分配、記事内容の共同精査、取材中の禁止事項、出された条件は全部呑んだ。今回お前らが何をしに行くかは聞いてないけど、何があっても俺は傍観者としてオルレアの船から状況を見続ける。だから……頼む!! 取材許可をくれ!!」


 あれから何があったのか、パラベラムの眼は真剣そのものだった。サインした誓約書や書類にも簡単に目を通したが、守秘義務含めて同行許可には十分な内容となっている。

 特に目を見張るのが、マモリのプライバシーの為に内容を検める権利をネイチャーデイ側に渡した点だ。個人の名を売って儲けようとしていた彼の数日前の姿勢からは考えられないことだ。


「何があったってんだ、この数日で」

「オルレアに拾われて村を回って……記者の癖に大切な事を何も見てなかったことに気付いた。ここの風土料理すら調べてねえし、芸術家に話を聞くのに芸術の知識も仕入れてねぇ。だから俺は自分の計画を白紙にして、俺が見聞きした全てを取材にすることにした。アンタに取った態度も全部謝罪する」

「口では何とでも言えるぞ。そして後になって反故にしたとき、今回のこればっかりは命の保障にも関わる。本当に覚悟出来てんのか?」

「……相当危ないんだろうな。あんたら豚狩り騎士団が出るってことは、オークか他の外来種が相手だろ? 正直に言うと、ちょっと怖ぇ……だから俺は臆病に徹する。でも目は逸らしたくねぇんだ」

「………」


 敢えて厳しい言葉もかけたが、もう引く気も狡い手を使う気もないらしい。

 パラベラムの眼の色は、真実を追う者の眼に変貌していた。


 俺は彼の以前の言動が決して誠実ではなかったことを知っている。しかし、一緒にオルレアさんまで頭を下げるのであれば、その変化が正しい方向に向かった事を信じてやりたくなる。

 幸いにして、オルレアさんも含め二人は後方待機。絶対に現場指示に従うという条件を彼が履行すると信じるのならば、許可してもいい。


「記事出来たら俺にも読ませてくれ。採点してやるよ」

「ハハ……こいつは辛口な点がつけられそうだ」

「オルレアさんはどうなんです?関わりたくないって言ってましたけど」

「あー……まぁ、俺もパラベラムに触発されたかなぁ。どんな形であれ俺も村の長で責任ある立場だ。せめて見届けるぐらいはしないとってな」


 頭を掻いてそう呟くオルレアさんもまた、前に出会ったときより纏う空気が穏やかになっている。緊張を前にして穏やかでいられる心とは、戦士に必要な心だと俺は思っている。

 結局二人を信じることにした俺は、硬く握手した。


(っべー、まじっべーわこれ。お願いだから俺がアンタのこと平騎士呼ばわりしたことだけは忘れてくれ指摘しないでくれ寛大な心で許してくれ……!)

(……? やけに手汗が出てるな。そんだけ緊張してるってことか?)


 そして後でマモリにお小言を言われた。


「私がついていくって言ったときは沢山条件と難癖つけてきたくせに二人はいいの?」

「まー二人はぶっちゃけ見てるだけだし、君と違って自分の命はどこまでも惜しい人たちに見えたから」


 マモリは納得すると同時に、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気を醸し出す鋭い目つきでこっちを睨んだ。言っておくけど命が惜しくないというのは決して誉め言葉じゃないからね?


「むぅ。でも武士の……」

「待ってる人の気持ち、わかるんだろ?」

「……し、知ってたもん。ちょっと言いたかっただけだもん」

(ちょっとノノちゃん、もはやあれは睨みから感情を読み取る睨ミケーションだよ)

(こうなるとノノカ、睨みだけで感情を伝える彼女も大概な気がしてきました)

(落ち着いてノノちゃん。冷静に考えれば睨むというのは敵意や威嚇以外の大幅な意味を内包する余地は殆どないから)


 同じく現場についてくる二人の教授が、また何やら人をダシに言いたい放題な事を話している気がした。


 それから一時間ほどが経っただろうか。

 魔導式電網が四本、予備パーツとあり合わせで作られた魔式電槍が一本、動作チェックを含めて終了した。


 また、水場で電気を使う際に警戒すべき感電を警戒して、絶縁服が配備された。手袋と靴だけという簡素なものだが、そもそも水中に落ちたらアウトな上に水辺とはいえ水に浸かって戦う訳ではなく、更に電気の出力の問題でそこまで広範囲に電気が奔る危険性が低いので、極論を言うとなくともよいものだ。


 道具作成班を代表してテストまで行ったアキナが全員に装置の説明をする。


「いいか、オークが掛かったときはここのツマミを最大に設定しろ。ただし一瞬だぞ。十秒以上はオーバーヒートの危険がある。オークを麻痺させるには至近距離かつ瞬間的な電気だ。ぶっ壊した奴はタダじゃおかねぇッ!」

「タダじゃないからお金ぇッ!! を払えと」

「しょうもないこと言ってないで真面目に聞きなさい」

「班長の怒りはオーバーヒート、壊した奴の肝と財布はオーバーフリーズ!」

「黙ってないと電導網に括りつけるわよ。間違ってないのが余計腹立つわ」

「そんなシビれることされたら恋に落ちちゃう!!」

「最大出力で昇天しとく?」


 ケベス先輩とネージュ先輩のコントも相変わらずである。

 一方で道具作成班にすっかり馴染んだブッセくんは、予定にないけど急遽作った魔式電槍の説明をガーモン班長にしている。


「すみません、これは一度使うと機関の冷却に三十分以上かかるので事実上の使い切りと思ってください。安全装置をつける時間がなかったので作動させる前に柄の底にあるT字スターターを思いっきり引っ張って下さい。有効な時間はたった十秒ですが、刺されば網以上の出力を直接体内に送れます!」

「分かりました。しかし、これは……」


 なにせ槍に無理やり小型の魔導機関を括りつけたような代物だ。槍と呼ぶには余りにも造詣が不細工で重心も前に偏り、対人戦で使えるようなものではない。それでも万一の時の為に一撃で仕留められる武器が存在するのは心強いものがある。


 説明が終わると同時に全員が船に乗船し、先頭を務める動力ボートが唸りを上げて前進する。これまで数多くの任務をやってきたつもりだが、こうして戦闘要員総出で同じ船に乗って出撃するのは初めてだ。


 全員で一つの場所に集結する、言うならば総力戦。


 この一戦を逃すと雨季、雨季以降のオーク大量発生、そして時期的に危険な冬を越して来年の勝負だ。目に見える脅威を丸一年放置しなければいけない上に、失敗すればヤヤテツェプの情報が漏洩して釣り人、画家、そして海外の研究者や魔物退治に名乗りを上げる無謀な冒険者もやってくる。その厄介者たちの対応をしながらの戦いなど、とてもではないが事件事故の予感しかしない。


 ネイチャーデイの前を通る際にふと陸を見ると、ミケ老を筆頭に画家たちが狂ったよう筆を奔らせキャンバスに絵を描いていた。どうやら出撃する騎士団と協力者たちを絵にしているらしい。


 その端にはヒャッハー兄弟、居残り組の騎士、そしてコメットさんもいた。一様に手を振ってこちらにエールを送っている。


「ヒャッハー!! 流石ライの兄貴、俺らのボートで先陣切ってるぜ兄者ぁっ!!」

「ヒャッハハー!! ライの兄貴ぃ、バカデケェ戦果期待してやすオウイィエーッ!!」

「こいつら声でけーな……雨降り出す前に帰ってこいよー!」

「ヴァルナさ~~~~ん!! ちゃんと責任もってマモリちゃんを守ってくださいね~~~!!」

「ほう。ヴァルナはまた現地妻をしかも二人……ほう」

「あっ、水に入れなくて怖いから現場に断固行こうとしなかったセネガ! 水に入れなくて怖いから現場に断固行こうとしなかったセネガじゃねーか!」

「う、煩いですよこの無意味高学歴仕事結婚ショタコンクソ女アキナッ!!」

「なっ、誰がショタコンじゃい!! 俺ぁそもそも結婚できないお前と違って自分で結婚しねぇ道選んだんだよッ!!」

「私とてその気になれば引く手数多ですぅー! 何せ貴方より年下ですからねぇぇーーーッ!! え、なんです? その年でもしかして処女だったり?」

「お前の場合結婚できたとして、誰が相手だろうと性格のせいで長続きしねぇんじゃねーのォ!? 結婚適齢期終わるまでに一体何個のバツが付くか見ものじゃねーかエエッ!?」 


 端っこで醜い争いが勃発しているのは見なかったことにしよう。さり気にコーニアとトマが二人がかりでブッセの目と耳を塞いでいる。どっちもいい年して独身で性格が最悪なので、どうしても教育に悪影響な争いに発展するようだ。

 ブッセ、君はそのまま清らかで健やかに育ってくれ。


 まぁ、こういう所もある意味いつもの騎士団だ。

 俺たちは俺たちらしく、俺たちのやり方で敵を倒す。

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