第173話 さりげない追及逃れです

 失敗に対する謝罪を受ける際、人はついついあることを考えがちだ。

 そしてそれは特に被害者側に顕著に顕れるもののように思う。


「いや、まっこと申し訳ない。ついつい弁に熱が入り過ぎまして……お詫びといっては何ですが、儂の書きましたこちらの油絵を一人一点ずつお渡ししますじゃ。自分で言うのもなんですが中々の出来栄えでしてな。例えばこの水の質感を出すのに市販の絵の具では……」

「おいジイさん! その辺喋り出すとまた長くなるだろ!」

「むむむ、全く持ってその通りじゃな。では説明はまた次の機会に」

「ジイさん、お三方の嫌そうな顔が見えてねえの? 二度と説明いらないって顔してるんだけど?」


 すなわち、コイツ絶対懲りてないしまたやらかすな、と被害者側はついつい思ってしまうのである。というかミケランジェロ老は絶対またウッヒョイすると思う。これはもう本人の努力とかいう問題ではなく、俺たち騎士団がオーク=殺すと即座に絶対真理を導き出すのと同じことだ。


 オルレアさんが飛んできてミケランジェロ老――略してミケ老を張り倒したことでやっとウッヒョイ地獄から解放された俺たちの視線は春先の川ぐらいには冷たい。本人には善意や趣味を語れる嬉しさがあったのだろうが、被害を被った側としてはただ単に苦痛が伴っただけである。


 人間、興味のない話をダラダラする人は嫌になるものだ……とは、酒の席で女性に対して豚狩り騎士団の日常を自慢げに語った結果見事にナンパに失敗した先輩騎士の話だ。まー聞きたくないし興味ないよね、世知辛い苦労話とか。

 どうせなら武勇伝とも思うが、それはそれで引かれそうな気もするし。だって内容が「オーク殺しまくった」に集約されるもの。


「さて、果てしない遠回りとはなりましたが、つまり我ら『ネイチャーデイ』はこの土地の美しい自然を保全する為に、可能な限り自然をあるべき姿に残すという信念に基づいて活動していますのじゃ」

「最初の頃は地元とちょっとギスギスしたり色々あったけどな」

「でしょうね」


 ロック先輩とアマルがウンウン頷く。

 アマルは頷きすぎてちょっとふらふらしていたが。おバカ。

 今日会話しただけでコレなので、周囲は相当な(精神的)被害を被ったことだろう。そうでなくとも土着の民というのは余所者を嫌うというのに、相手は芸術家だ。船の扱いや土地開発など衝突しそうな案件がゴロゴロ転がっている。


 そういった組織を村の認可する組織として今現在運用できているだけで、少々驚きだ。

 率直にそれを聞くと、オルレアさんが微妙な顔をした。


「あー、最初の頃こそ研究院と村とココでなんとも言えない勢力関係だったんすけどね? 近年このシャルメシア湿地の事が海外の釣り好きや画家どもの耳に入ってきて、土地のことを知らない余所者が場を荒らすようになったんですわ」


 釣り人とかの問題は聞いていたが、そういった背景はまだ聞いていなかった。

 なんでも絵画祭などで上位に食い込む風景画を見たことや、王国が観光地や商売の中心地として存在感を増していく中で、シャルメシア湿地についての情報が国内外に伝わったらしい。よって、この湿地を一目見てあわよくば絵を描こうとか、いわゆる湿地の巨大魚ヌシの噂を聞き付けた釣り人たちがあちらこちらから湿地に侵入してきたらしい。

 その際の騒ぎたるや面倒の極みだったという。


 とはいえ、それはオルレアさんが子供の頃くらいのことのようだが、それでも当時はプレセペ村の暗黒期だったことぐらいは子供でも感じていたという。


 猟師に船を貸せだの金払うから案内しろだの、挙句手作り船を漕ぎ出して沈没したら猟師に助けを求めるなど湿地をナメくさった間抜け画家が次々に現れる。また船なしで湿地に突入したり地元の猟師の網に釣り糸をひっかけて難癖をつけるマナーのなっていない釣り勢も次々に現れる。勝手に落っことした画材道具や釣り具を弁償しろだの売れだの騒ぎを起こしたり、宿屋が足りないからと野宿を始めて火事を起こしたり……。


 挙句、現地人が絶対行くなと言ったルートに勝手に突入して勝手に遭難して勝手に死んだ人が発見されたせいで入国管理などの役人が調査に訪れたり、もはや悪夢の日々であったようだ。


「そこで俺らは過去のしがらみを捨てて協定を結んだんです。ネイチャーデイ、村、研究院でそれぞれが欠点を補いあう役割分担が生まれ、これが上手くいって現在の関係になってる訳です」

「結果として儂らネイチャーデイは、猟や養殖に忙しい猟師たちの代わりに湿地を見て回る係となった訳ですじゃ。もちろん他所からくる人々に湿地での過ごし方についてレクチャーも行っとりますしの」

「湿地に入るのは研究院からの許可制になったんで、もし許可証持ってないのが中に入ってたら衛兵にしょっ引いてもらうことになってるんですわ」


 こうして湿地の自然は守られているというべきか、浅ましく愚かしい人々の襲来をこうまでして防がないと湿地がピンチと考えるべきか、微妙なラインである。これだけ大きな土地でも、人々が沢山入っていた時期は猟場の状況はかなり悪かったそうだ。

 話を纏めると……。


「オークより余所者の人間の方がよっぽど環境破壊するので迷惑してると」

「まぁぶっちゃけるとそうです。この上オークとなるとキツイんで騎士団の方にも協力させて貰ってます」

「落とし物とか遺留品とか見つけたら後始末が面倒でしょうがないんですじゃ……」

「分かるわー、おじさん超わかるわー」


 うんうん頷くロック先輩。

 先輩が入団した頃はまだオークによる民間の死者がちょいちょい出ていた時期で、しかもその殆どが無謀にも自力でオークを倒そうとした人々であったという。そういった手合いは今でこそ珍しいが、当時は豚狩り騎士団の名が一人歩きし過ぎてオークが過小評価され始めるという現象が起きた時期だったらしい。

 民心の移り変わりが起こした悲劇である。


「もうね、死んだ人に対して不謹慎だとか言われんのは分かってんだけど、死後の手続きが面倒くさいんだわ。今じゃ記録官が全部してくれんだけど、当時はまだ記録官(ヤツら)たまにしかついてこなかったもの。身元確認、所持品確認、死因確認、戸籍確認、遺留品の受け渡し人確認と管理輸送、上への報告書とそいつの住んでる町の管理者への報告書と王宮側への報告書とあとえーっと……」

「それですじゃ、それ。あんまりにも仕事量が多すぎたんで今じゃ都会育ちの秘書を雇って手伝ってもらわんと終わらないもので……」

「つまりヤガラおじさんは意外とスゴイ人だってことですか?」

「まぁエリートだし仕事は出来る方だろうけど、オーク被害での死者はもう長いこと出てないからやっぱ役に立たないねぇ」

「才能のモチグサレってやつですね!! 腐ったおモチは誰も食べないと!」


 持ち腐れの持ちはお餅のモチではないのだが、ヤガラが腐ったモチだと考えるとそんなに否定する気分になれない俺であった。


 ともあれ、今回オーク生息の有無を調べるにあたっての敵が色々と見えてきた。

 天気。

 余所者。

 そして……芸術家。


(最後の一つが協力者を兼任してる辺りに絶望感ある)

(予見は出来るけど回避できないもんねぇ)

(帰って寝かせてぇ……)


 現地入り初日、三人は何も仕事をしていないのに誰よりも疲れた顔で野営地に帰還し、周囲に不思議がられた。




 ◆ ◇




 翌日、騎士団の朝食は珍しく魚料理が多かった。

 なぜ多いのかなどと疑問に思う者はおるまいが、一応説明すると、この村で要職を営む騎士団OBが善意で融通を利かせてくれたから魚だらけなのだ。しかもタマエ料理長が合宿出立前にかなりの川魚レシピを用意していたらしく、同じ魚でも一品一品で趣の異なる味付けや食感をしているのが有難い。


 さて、腹ごしらえが終わったら今度は任務だ。

 今日は今回の調査でも必須である『船と水に対する慣れ』が必要になる。何を隠そう俺は人生で船に乗った経験がそんなにない。酔いもしないが慣れておく必要はあるだろう。


 また、泳ぎについては子供の頃に川で泳いだりしていたが、久しぶりなので練習の必要があるだろう。ちなみに騎士団内には少なからずカナヅチがいるので、その泳ぎの訓練も行われる。水場は気を抜くと死のリスクがあるため副団長たちも気合を入れていた。


「総員、水着の装備は出来たか!?」

「普段着も用意してるな!? 今回は着衣時の水中での動きも訓練内容に入る!!」

「いいか、これから行くのは水深一メートルの浅瀬だ! 冷静に立てば溺れることはないのでパニックになるなよ!! この深さでもパニクれば簡単に溺れるから気の抜きすぎも禁物だ!!」

「必ずチーム単位で行動し、決してはぐれるな! はぐれた奴は溺れている可能性があると思え! 即時報告、即時捜索だ!!」

「低体温症に気をつけなさい!! 整備班の計らいですぐお湯を用意できるよう手筈は整えてあるから!」


 ちなみに王国内の騎士団で誰が一番水場に強いかと言われれば、言わずもがな海で働く聖艇騎士団の連中である。彼らの任務は基本すべて海や入江。カナヅチではお話にならないので泳げない人はこの騎士団に入れない。

 

 閑話休題。水泳のお時間である。


「えーロザリーって意外と泳ぐの遅ーい!」

「し、しょうがないでしょう! 泳ぎなんて別荘で年に数回しかしないのですよ!?」

「……カルメはなんで女用水着着てるの?」

「男用で注文した筈だったんです!! そして替えがなかったんです、サイズ的に!!」


 だからって胸元と股間を抑えながら水中に入って出てこないのは如何なものなのだろうか。一部の先輩は面白半分にポロリを狙っているが、例え相手が男であっても犯罪臭しかしないのでキャリバンとかが追い払っている。みゅんみゅんも一緒にいる筈だが、どうやら今はオスマン・リベリヤ・トロイヤ三兄弟と一緒に泳いで遊んでいるようである。

 ちなみにベビオンは騎士団でも上位に入るほど泳ぎが上手かったらしく、俺は速さで負けてしまった。


「ぜほー、ぜほぅー!! お゛、おれ゛の勝ちっずね゛ぇ!!」

「う、うん。すごいと思うぞベビオン」


 顔から涎や鼻水が垂れてちょっとばっちく見えることは心の隅に伏せておくが、俺が負けたことで見物していたロザリンドは少なからずショックを覚えたようだ。俺だってなんでも無敵ではないからしょうがないのだが、少し心苦しいものがある。


「まさかヴァルナ先輩が負けるとは予想外ですわ……敗因は何なのでしょう、見学のセネガ先輩」

「体脂肪率の差でしょう。脂肪が多いほど浮き、筋肉が多いと沈みやすくなります。つまりベビオンの方がデブということです」


 いや理屈上はそうだけど泳法の差かもしれないし、言い方ってもんがあるだろ。ベビオン歯ぎしりして目が血走ってるぞ。相変わらずこの人は……。

 ベビオンだって毎日訓練を欠かしてないんだから、体に弛みはない。むしろ平均以上に肉体が出来上がっている。俺とベビオンの体脂肪率の差は、多分戦闘スタイルの差である。


「あとはそうですね……二百メートル泳ぎで息絶え絶えのベビオンが、同じ距離をそこまで変わらない速度で泳いだのにそれほど息切れしていないヴァルナより本当に優れているのかという点は、あえて言わないでおきましょう」

「あ……つまりヴァルナ先輩は長距離向きだと?」

「そうとも言えますし、ベビオンはそのまま泳がせたらペース配分が出来ず溺死するとも言えます」

「あ゛んたには人の゛情がね゛えのかッ!? え゛ほっ、言わないでおぐんじゃね゛えのがよ゛ッ!!」


 ロザリンドが咄嗟に言葉を選んで向き不向きで片付けようとした話を自分で掘り返しやがった。本当に性格悪いなこの人は――って、そういえばセネガ先輩はなぜ見学なのだろうか。当然のようにいつもの姿で上から見張っているが、全体を監視してるメンツと違って明らかに水着すら中に着ていない完全な普段着だ。

 ベビオンも何か言い返そうと考えてそこに思い至ったのか、息を整えると指を指して叫ぶ。


「人に色々言ってるけど先輩は水に入ってすらねーじゃないですか!! あんた実は泳げねえんじゃねーの!?」

「おやおや、水を得た魚が水面で何か叫んでいますね。しかし水の中で自分を誇示したところで地上にいる私には何一つ意味がありませんし、私の言ったことは事実ですよ? ヴァルナは真面目なので『無理のない範囲で』本気を出しただけのこと。自分を省みられないヤカラはこれだから……」


 ほう、と悩まし気にため息をつく余裕綽綽のセネガ先輩だが、その前をすいーっと平泳ぎで横切っていくンジャ先輩が通りすがりにこちらを向いた。


「セネガは顔が水に浸ると狂乱し周囲を水底に引き摺り込みつつ己も沈むが故、危険で入水させられぬ也」

「………………こ、こ、この平泳ぎしか出来ない内地の変人が何をぃいい、言いますか!!」

「陸で何をのたまおうが、水面の我に其は掉棒打星とうぼうだせい也。己を省みぬ浅ましさ、真実を受け入れられぬ駄々の小娘也」


 そのままセネガ先輩が何か言う前にンジャ先輩はまた平泳ぎですいーっと行ってしまい、顔を真っ赤にしたセネガ先輩が「待ちなさい!!」と叫びながら追いかけて行った。


「あの反応は……まさか内心ギクっとしてた系か!?」

「ンジャ先輩は嘘言わないだろうし、真実だろうな。へぇー、あの人がねぇ……」


 人間、意外な長所もあれば意外な短所もあるものである。

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