第168話 番外過去編:王国士官学校の事件簿
学生時代、それは苦くも甘酸っぱい青春の日々。
と、なるのが青春を生きる健全な学生たちの理想であることは否定しないが、騎士の卵を育成する士官学校に関して言えば、それを実現できるかどうかは家柄が決めることだ。何故ならこの国の騎士は特権階級身分がその大多数を占め、平民騎士は騎士になる前から既に肩身が狭く理不尽な扱いを受けるからだ。
やれ少々ちゃんばらがお上手な野蛮人だの、やれ生粋の貧乏人身分だの、人権とは差別を正当化するためにあるのだと言わんばかりに罵ってくる連中の何と多い事か。騎士の心構えや誇りといった格好良さを信じていたヴァルナにとって、これは衝撃と失望の日々であった。
しかし、幸か不幸かヴァルナという男は過酷な環境にすぐ慣れる図太さと、壁を壁とも思わず淡々と登る実直さがあった。その面の皮の厚さが余計に高慢な特権階級のプライドを煽る面も大きかったのだが、彼は肉体的にも精神的にもこの苦境を柳の如く受け流していた。
そんなあるとき、決定的な事件が発生する。
「つまらん。真剣勝負だというのにどいつもこいつも及び腰……僕が模擬戦で木刀を食らった程度で機嫌を損ねるほど狭量だと思っているのか? 全く、その考えこそ僕の言葉を信用していない証とも気付かんとは、まっことつまらん」
この年、ヴァルナと同期の士官にアストラエという男がいた。
その男は現国王イヴァールト六世の第二子、すなわち王子という途轍もない身分の持ち主だった。当然この王子の不興を買おうものなら自分どころか家までお取り潰しになりかねないと周囲は全力で王子を接待した。幸いにしてこの王子は容姿、性格、学問、剣術共に恵まれた人間であり、周囲が何もせずとも自然と学校の中心になってゆく。
さて、話は戻るが件の王子こそが事件と称されるものの発端である。
王子の剣術はお世辞抜きに強力であり、入学から僅か一か月で同級生の殆どが太刀打ちできないほどに洗練された。しかしそれ以上に、剣術でアストラエに手傷は負わせられないという強いプレッシャーが練習相手を委縮させていた。アストラエ当人もそのことは薄々感じており、そのことに強い退屈を覚えていた。
そこで王子は一計を案じる。自分はその程度で怒るほど狭量ではないことを示す必要がある。それを示す相手役として、平民の中で1人だけ教官以外に負けたことがないと言われている男に訓練のパートナーを申し込んだ。
そう、その相手こそがヴァルナである。
当初、特権階級たちはこの邂逅に様々な懸念を示したが、最終的には「これでヴァルナが負ければ鼻を明かせるし、逆に王子に勝てば結局王子の逆鱗に触れるだろう」という打算を抱いてこの立ち合いを是とした。
「平民の中でも最強と噂される男、ヴァルナよ! 遠慮はいらん、正々堂々かかってこい!!」
「手なんぞ抜くか。そんな余裕ないわ!」
王子に対してこの物言い。しかもヴァルナは試合開始と同時に本当に手加減抜きで苛烈な猛攻を仕掛けた。しかし王子もさるもの、独自の剣術を展開して猛攻を捌きながら戦いは押しつ押されつの激戦に発展する。
王子は本気で戦っていたが、この時初めての気持ちを胸に抱く。
予想以上に強い。容赦がない。ならば、いままで有効だろうと思いつつも敢えて使わないでいたすべての技術とアイデアを開放してもいいのではないか、と。
途中から王子は世間一般で卑怯と呼ばれる行動をとり始める。突きだと叫びながら繰り出される足払い。砂を蹴り飛ばしての目潰し。強引に鍔競り合ってからの唐突な頭突き。そしてそれらの技術を隙を見て仕返すヴァルナ。二人の戦いは次第にルール無用の喧嘩となりつつあった。
そして、激戦の末になんと王子の蹴りを掻い潜って顔面に膝蹴りを叩きこむという「剣術とは何だったのか」と問いたくなるアグレッシブな方法で勝利を手にしたのは、ヴァルナだった。
鼻血を出して昏倒する王子。獣のような荒い息を吐いて「途中から剣術関係なくなってんじゃねーか!」と、誰もが思っても言わなかったことを叫ぶヴァルナ。
特権階級たちは思った。この無礼者はここでおしまいだと。
翌日、普段はヴァルナが座る食堂の一席に彼の姿がなかった。
何故なら思いっきりアストラエに気に入られたヴァルナは強制的にアストラエの隣の席に移動させられていたからである。
「楽しかった。ああ、楽しかったとも。そうだ、僕はああいう戦いがしたかったんだよ!」
「ふざけんなバーカ! 騎士の勝負と程遠い手癖の悪さ見せびらかしやがって!」
「はっはっはっはっ!! その手癖の悪さを全部真似して返してきた君が言うかねっ!」
これが後に言う「殴り合いの末の友情事件」である。
しかし模擬戦には魔が潜む。
この事件の後、もう一つ決定的な事件が起きる。
「はぁ……剣術、上達しないなぁ。盾は使えるのになんで剣は駄目なんだろ。みんなも練習じゃ遠慮してばっかりでちゃんと向き合ってくれないし……あーあ、なんだか思ってたのと違う学校生活だなぁ……」
実はこの年、アストラエに次いで周囲に気遣われる可憐な少女が一人存在した。
少女の名はセドナ。彼女は王族の出ではないが、なんと士官学校にとって最大のスポンサーであり国内最大の商家と目されるスクーディア家のご息女だった。
スクーディア家は国内どころか世界の長者番付にも堂々とその名を刻む超大金持ちの一族。機嫌を損ねればどんな経済的制裁が科せられるか想像するだけでぞっとする。逆に彼女と親しくなれば得られるコネも計り知れない。
セドナは蝶よ花よと周囲に持て囃され、そしてあまりに外見が可憐で華奢なために剣術練習の相手がアストラエ以上に露骨に接待してくるせいで剣術の腕が全く上達しないという悩みを抱えていた。
そこでセドナはヴァルナに目を付けた。流石はのちの友達というべきか、全くアストラエの時と同じパターンである。
周囲は当然大きな懸念を抱いたが、彼女に何かあれば子煩悩で有名な彼女の父が黙っていないだろうと再びヴァルナ失墜を願ってこれを見守った。
「手加減なんていらないんだから!」
「お、おう。まぁ真剣な訓練なんだから手加減は無粋だよな」
しかし剣術トップのアストラエ相手にすったもんだの末に勝ったヴァルナを相手取って、剣術練習に身が入らなかったセドナが勝てる筈もない。練習開始から六秒、練習用の木刀を弾き飛ばされたセドナの脳天にゴチン、と木刀の無慈悲な一撃が叩きこまれた。
涙目で蹲るセドナ。所在なさげに大丈夫か聞くヴァルナ。容赦なしかよ、と爆笑するアストラエ。特権階級たちは思った。この無礼者はここでおしまいだと。
翌日、普段はヴァルナが座る食堂の一席に彼の姿がなかった。
何故ならちゃんと剣術の面倒を見てくれることに感激したセドナに盛大に懐かれ、三人では手狭だとアストラエと共に更に別の席に移動したからである。
「今日は簡単には木刀を弾かれたりしないんだからね!!」
「今日も付き合わせる気かお前!?」
「おいおい困るなスクーディア嬢、今日は僕という先約があるんだよ?」
「お前とも約束してねーよ!! その勝手に話進めて事後承諾求めるようにチラチラ見てくるのをやめいッ!!」
これが後に言う「ハチャメチャ大三角結成事件」である。
その後もこの三人は学校内で常に台風の目となり様々な事件を量産していくのだが――それはもう、過ぎ去りし過去のお話である。
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