第161話 責任の所在です

 良いことが起きた際に、次にも良いことが起きるだろうと考えるのは、一見して楽天的に見える。しかし、次は失敗するなどと勝手に起きもしていないことで悲観的になるのは逆に悲観的すぎる。精神を安定させるには、少し楽天的なくらいで生きていた方がいい。

 ただし例外として、失敗しても成功するという意味の分からない人はどっちを考えていても同じである。


 モリョーテ探しが想定外に早く終わった四人は今、少し早めに合流しようとプロを連れて竜小屋に向かっていた。時間に余裕があるのでお喋りに花が咲き、話は現在フィーアの過去話となっている。


「……ってことがあってねー。それで占い師さんの言う事を信じ始めたの。で、言われた通りに生きてたら偶然貴族の人の恩人になっちゃって、その伝で裏口入学させて貰っちゃって、偶然がひたすら重なって今こうして騎士団にいるの。あ、でも旦那との出会いは必然だと思ってるけどね!」

「こうして聞くと、フィーア先輩は腹が立つくらい人生楽しんでますね」

「ちょ、私が悪いことしたみたいに言わないで!? 確かに裏口入学は今になって思えば悪いけど!!」

「でも確かに少し羨ましいですわ。自立した女性という感じがします。それに、なんだか敬虔な信徒のような達観した人生観をお持ちなのですね」

「いや、根拠のないことを勝手に信じてるだけなんだけどナー……」


 若干の嫉妬をネージュから、羨望をロザリンドから浴びて微妙に居心地悪そうに口ごもるフィーア。

 ネメシアは、二人の意見を足して二で割った感想を抱いた。

 自分の判断に迷いを抱かず、そして結果としてそれが正道となる。

 父の敷いたレールを辿って育ったネメシアには、それが眩しく見えた。


 別に、父にそれを押し付けられた訳ではない。

 家の長女であるので将来的に家督を継ぐ可能性もあるが、恐らくは今年五歳になる弟が継ぐことになるだろう。女の身で家長になることは現代ではそこまでおかしな話ではないが、やはり貴族社会では男がなるのが大多数派だ。だからこそネメシアは社交界もそこそこに騎士となることを許されたともいえる。


 望み、許されて選んだ道。

 それでも些細なことで躓いては、父のようにはいかないのだと思い知らされる。その点、フィーアの精神性はネメシアの今後の在り方の指標の一つとなるかもしれない。ヴァルナは……眩しいのは確かだが、あんな生き方やろうと思って真似出来るものじゃない。

 あれと歩みを同じにするには、共に歩む以外にないだろう。

 

 竜小屋前にたどり着いたところで、ネメシアは三人に改めて礼をした。


「此度の協力、誠にありがとうございました。まだ確認は残っていますが、あの防虫ハーブ以外にそれらしいものは一切発見できませんでした。恐らくこの中に入っているハーブはモリョーテかそれに類する植物の葉だったのでしょう。自力で気付くことが出来ずご迷惑をおかけしました」

「どういたしまして。しかしまだお礼には早いですわよ、ネメシア様。それに騎士として困っている人に手助けをするのは当然のことです」


 歯が浮くようでいて素で答えているロザリンドに対し、ネージュとフィーアはあまり仕事をした感がないのか謙遜気味に追従する。


「私はそれほど力には……原因に見当をつけたのヴァルナくんですし。あの子いつもオーク狩りで派手に暴れまわるから忘れがちだけど、座学の成績私より遥かにいいのよね……」

「座学五位だもんねー。当時は剣術一位座学五位の平民とかどんな化け物が来るんだって騎士団戦々恐々だったけど、実際にやってきたのは化け物殺すマンだったし」


 平民騎士の中ではかなり頭がいい方であるネージュからしても、ヴァルナの成績は驚愕だった。幼少期から英才教育を受けるという絶大なアドバンテージを持っている特権階級を六割以上追い抜くというのは、とてもではないが平民には難しい。

 しかし、ヴァルナを誉める者あらば貶す者あり。

 黙っていられなかったネメシアが口を尖らせる。


「ヴァルナの成績がいいのは当たり前よ! 座学一位セドナ座学二位アストラエから直接勉強を叩き込まれていたのよ? あれで頭が悪くなる方がおかしな話よ!」

「でも五位だよー? しかも士官学校ってたった一年で全部詰め込む超過密スケジュールなのに、五位まで上がるって本人の努力なしには無理じゃない?」

「……まぁ、確かに平民にしてはよく頑張ったって言えなくもないけど。休みの日の半分は図書室に籠って参考書や歴史書とにらめっこして耳から煙噴いてたからそのうち投げ出すかと思ってたけど、なんだかんだで最後まで勤勉ではあったし」


 当人に諦めないのか聞いたことがあるネメシアだが、返ってきた答えは「騎士がバカだと格好悪いだろう」だった。そして分からない部分は時折頭を下げてネメシアに助言を請うこともあった。

 彼は、理想とする自分に近づくために自己研鑽を欠かさない。

 結果、彼は中間試験を過ぎた頃から爆発的に成績を伸ばした。


「剣術は天才だったかもしれないけど、勉強に関しては間違いなく努力の人なのは百歩譲って認めるけど……」

「というかネメシア様、割とばっちりヴァルナ様のこと見ておいでですね」

「なっ、ち、違っ!! 図書室に用事があるときによく見かけただけだからっ!!」


 なお、これは本当と言えば本当の話だ。

 この頃、偶然にもネメシアの図書室利用サイクルとヴァルナの個人勉強サイクルが重なっていた。ヴァルナ的には、ネメシアが「図書室では静かに」の原則をきっちり守るため時間を変えたり場所を変えたりはしなかった。結果、二人は幾度となく図書室で邂逅することとなったのである。

 例え図書室に入るたびにネメシアが気になる様子でちらちらヴァルナを見ていたとしても、きっかけそのものは偶然なのだ。


 そして悪口を言うと見せかけて結局実力を認めてしまうというネメシアの鮮やかなボロの出しっぷりにフィーアがどこか感心したように笑う。


「なんだかんだで認めちゃう。これがツン素直! いやー、ヴァルナくんからどんな人なのか聞いた時にはちょっと想像つかなかったけど、言う通りの子だったねー」

「ふん、どうせ我儘な女だとか高慢ちきな女だとか好き勝手言っていたんでしょう……」

「んーん? 真面目過ぎて感情の表し方が不器用とか、根は素直だけど素直すぎるとか、真面目過ぎるところが心配になるとか言ってたよ」

「……なによそれ」


 感じたのは照れでもなければ嬉しさでもない。そこまで真面目にネメシアという存在を考えていたヴァルナに対し、自分はなんといい加減なことを考えていたのだろうという後ろめたさと後悔だった。


「そんなこと言われたら、嫌なことばっかり考えてた私が馬鹿みたいじゃない。もう、いつもアイツとアイツの周りだけは予想が当たらなくて嫌になるわ……」

「さっそく真面目過ぎて落ち込んでるし……」

「ネメシア様、流石に気にしすぎです。もっと面の皮を厚くしましょう。ヴァルナ様くらいに」

「そ、そうね……そうよね! よく考えたらなんでヴァルナのことなんかでこんなに気持ち浮き沈みしてんのか意味わからないし!」


 沈んだ空気を追い出すように一度深呼吸したネメシアは、乱れた心を平常心に戻した。

 ヴァルナが絡むとつい心の奥で思っていることが上に浮かび上がってしまう。

 ネメシアはよく、自分とヴァルナは相性が悪いと思う。

 それは互いに上手くいかないということではなく、ネメシア側が感じることだ。


 ヴァルナは、本人にはその気はないのだろうが、相手の「素」の面を引き出す性質を持っているように感じる。その分だけ好かれる人には好かれ、そうでない人には嫌われる。その性質がネメシアを落ち着かなくさせる。

 例えばヴァルナと接したのがオルクスなら、オルクスは内に秘める荒れやすい精神が表層化する。アストラエならば、王子という地位によって抑圧された子供っぽい悪戯心が表層に出る。精神の根底にある「こうしたい」の欲求だ。


 しかし、ネメシアが常に思っているのは「クリスタリア家の人間として正しい道を征く」であり、その裏には「常に自分の判断に不安を消せない」自分がいる。皮肉にも、この事実に気づいたのはヴァルナを前に醜態を晒した日の夜、自分の気持ちを整理している時だった。

 だから、ヴァルナがいるとネメシアは落ち着かなくなる。

 正道を歩んでいるという強い意志で抑え込んだ小さな不安が、抑えを失って出てくる。


(私が未熟だから心が乱れるのか、それとも弱ってる時に限ってヴァルナが来るのか……どちらにせよ、これ以上醜態を見せる気はないんだから覚悟しなさいよ!)


 こうしてネメシアはヴァルナに「次はこうはいかないんだから!」などと言って更なる精進を誓い、この一件は丸く収まる。それがネメシアの思い描いた筋書きだ。


 しかし、ネメシアはこの時失念していた。

 ヴァルナは悪名高き「ハチャメチャ大三角」が一角であるということを。


「……あ、見てみて。ワイバーンが一頭竜小屋から出たよ」

「あら、本当ですわ。青い服を着た男性が乗っていますわね」

「色までわかるんですか、ロザリンドちゃん。私には乗ってる人が男か女かもよく見えないんですけど……ちょっと待って」

 

 ネージュ先輩が懐からメガネを取り出す中、ネメシアは首を傾げた。


「はて、こんな時間にワイバーンを飛ばすなんて変ね……それになんだかやけに飛ばしてるし。無断出撃なんてないとは思うけど、バネウスさんに聞きに行ってみた方がいいかしら?」


 この判断が結果的に正道であったことを知るのは、すぐ後のこととなる。




 ◇ ◆




 俺たち竜小屋調査組とネメシアの部屋捜索隊が合流したのは、一つ下の階層だった。予想より早く物を見つけた彼女たちと、一度休憩室に向かおうとしていた俺たちは、その階層で困ったように話し合っている騎士たちを見つけて足を止めた。


 彼らが何かを言うより早く、騎士バネウスはこの階層の道具入れが開いていることとワイバーンが一頭いなくなっている事には気づいた。流石管理人というか、いなくなったワイバーンの名前とその騎手まで記憶していた。


 いなくなったワイバーンはオスのアルハンブラ、騎手はサイラード。フーン、と他人事のように思っていたら横からネメシアに小突かれ「昨日あなたに突っかかってきた騎士よ。若手最有力でそこそこのボンボン」と補足してくれる。

 国内トップランクの貴族令嬢がそこそこというからには、聖天騎士団の中では結構上の方だろう。厄介な奴に嫌われてしまったかもしれないとも思うが、よく考えたら俺の同級生は殆ど厄介な奴に含まれるので今更だ。


「また彼ですか……」

「すんません、先輩。俺らも止めようとしたんっすけど頑として聞かなくて……練習許可もいつものアレです」

「もぉ、僕ここの管理責任者なんだよ? 管理責任者に回ってくる書類が事後承諾ってどういうことなのさ……これじゃ何のために管理してるんだか分からなくなるよ」

「ほんとすんません……」


 今まで接していた時より気持ち低めの声で、バネウスは新人たちを咎めるような目で見つめる。余計な言い訳をせずに新人たちが顔を伏せている辺りも含め、どうやらこのやり取りは一度や二度ではないようだ。

 ネメシアが小声で再び補足する。


「……サイラードはニジンスキー家、簡単に言えばこの砦の最高責任者の息子なの。砦長は悪い人じゃないけど子供に甘いところがあるから、サイラードが口頭で訓練するって言っただけであとから正規の書類がでっちあがる。もちろん現場責任者のバネウスさんを素通りしてね」

「性質が悪い、と言いたいところだが俺も人のこと言えんな。単独行動多いし」


 ローニー隊長には前から幾度となくその件についてフォローしてもらった。ひげジジイもまぁ、認めたくないがそうだろう。俺なりに考えがあっての行動ではあったが。騎士団のトップとセカンドに庇われているのなら人の事を言えないどころかこっちの方が悪質な気もする。

 事実、現在は単独行動権限まで与えられるという贔屓っぷりだ。


 むしろ筆頭騎士なのに何でその権限今までなかったんだ、などと考えてはいけない。筆頭騎士だろうが最強騎士だろうが騎士団という集団を構成する一であることに変わりはないからだ。事実、給料もそんなに上がっていない。

 心なしかネメシアの視線が胡乱なものを見る目に変わった気がする。


「アンタねぇ……何してきたのよ今まで」

「俺の偽物捕まえたり、現地の人と酒盛りしたり、殺人パスタ食べさせられそうになったり……」

「本当に何してきたのよ!?」


 殺人パスタ、あれは人生でも屈指の生命の危機を感じた。

 今もあの人はあの商人の島で用心棒をやっているのだろうか。

 できればまた会って二刀流の極意を教えてほしいものだ。


 閑話休題。

 騎士バネウスは咎めるような物言いはしたがひとまずその場は収まるかと思われたのだが、新人たちがおずおずと事情を語りだすと騎士バネウスの血相が変わる。


「はぁぁぁーーーーッ!? モリョーテを無断で持ち出して釣り竿でアルハンブラの鼻先に吊るしたぁぁぁぁーーーーッ!?」

「無断で持ち出すのは流石にシャレにならないし危ないからって俺らも止めたんですけど……」

「お前遠巻きに見てただけだろうが! とにかく、結局力及ばずサイラードは出ちゃったんですよ!」

「バネウス先輩、私たちどうしたら……サイラードさん、騎士ヴァルナの鼻を明かすためにミラマール不調の原因を立証するんだって」

「俺のせいか……」

「え、あっ! そういう意味で言ったわけじゃ――」


 新人の少女が何か口ごもっているが、俺はすぐに別の事を考えた。

 どんな理由があるにせよ、事情を聴く限りは俺が焚きつけたも同然の状況だ。それに、曲がりなりにもミラマールの不調を調べる為に無謀な行動に出たのならば、俺も無関係と放っておく訳にはいかない。匂いが染みついた手袋でも空中でバランスを崩すのだ。原木そのままを突き付けたとあらばワイバーンの理性が吹き飛び、サイラードが天空から真っ逆さまという最悪の展開も有りうる。


 もはや騎士団の垣根も問題ではない。

 人命救助が最優先だ。

 俺は確認のために、おろおろする若手騎士を捕まえて質問する。


「おい、なるだけ正確に事実を答えてくれ。騎士サイラードはワイバーンの手綱を握れていたか? 御していたか?」

「……あんまり取れてる風じゃなかった。一応指示には従ってたけど、人参を目の前に吊るされた馬の状態だからな。飛び立つと同時に暴走してるように見えた」


 やはり危険な状況だ。

 こうなるとワイバーンの理性に期待はできない。

 サイラードが自力で帰還するのも厳しいものがありそうだ。

 とにかくもっと子細に状況を確認する必要がある。

 実際に現場を見つつ最悪の事態に備えなければならない。


「ワイバーンと騎手が最低でも二組、いや三組は必要だな。サイラードの救出とワイバーンの沈静化のためのモリョーテ排除。そして伝令。騎士バネウス! 緊急時のワイバーン出撃許可は出せますか?」

「いえ、緊急出撃は隊長格や砦長の判断なしには無理です。急いで許可を――」

「お待ちに、騎士バネウス!」


 すぐさま駆けだそうとした騎士バネウスに待ったをかけたのは、ネメシアだった。

 一瞬何故、と思ったが、ネメシアには精神的に動揺している気配がない。俺は今にも無視して飛び出しそうな騎士バネウスを手で制し、ネメシア続けるよう目配せする。彼女は声に出さず小さく何かを――ありがとう、と見えた――呟き、自論を展開した。


「今回の出撃目的は騎士サイラードの安全確保です。ニジンスキー砦長も息子の命の危機とあらば、それこそ出撃許可のでっち上げに了承するでしょう。それにここには現場責任者の騎士バネウス、クリスタリア家のわたし、そして王国筆頭騎士ヴァルナがいます。三人の意見一致とあらば高度な現場判断には正当性が発生し、同時に上の忖度も働く筈です。このまま出撃しましょう!」


 思わず、上手いな、と感心した。

 普段から正規の手続きを取っていないサイラード故に、こういった場合でもでっち上げが成立する可能性はある。いや、むしろ息子の不祥事を隠すために出撃の件そのものが消されて誰もお咎めなしもありうる。事実としてそうなるという話ではなく、そう思わせる言葉選びだという点が上手い。


 更に、上から気を遣われているクリスタリア家という名と王国筆頭騎士である俺を引っ張り出すことで、実際には命令を下す立場の人間がおらずとも緊急の判断を下したことに説得力と忖度が生まれる。つまり後始末の憂いを騎士バネウスの思考から遠のかせることが出来る。

 最後はストレートに、他ならぬ騎士バネウスがそうしたいであろうことを述べて同調を示す。俺もそれに倣うことにした。


「騎士バネウス、仲間の命の危機です。許可を取りにいく時間が惜しい」

「……確かに。それに先ほど出たばかりならば砦に戻っている間に手遅れになるかもしれない。分かりました。ワイバーンを出撃させます! ホラ、君らも手伝う! ワイバーンの皆、お昼ご飯前で悪いけど一働きしておくれ!」


 躊躇いのない真摯な表情だった。

 騎士バネウスはすぐさまその場に残っていた新人たちのうち、近いフロアにパートナーのワイバーンがいる者を五名選んで出撃させる。最初はおどおどしていた新人たちだが、一度ひとたび出撃許可が出れば動きに迷いはない。

 いい訓練を受けているようだ。多分これが聖靴辺りならあと十分は責任の所在について不毛な議論が続いてると思われる。


 五体出撃なのは、ワイバーンによって空中で小隊を編成する際の最大数が五体であること。そして俺の割り出した人数に加え、暴走したワイバーンを牽制して動きを制限する人員が必要だと考えたからのようだ。

 流石、現場の人は優秀だ。聖靴辺りなら後になって「だってあいつがそう言ったもん!」と思考停止の責任を他人に押し付け始めると思われる。


 状況確認と伝令をスムーズにする目的のため、俺たちは竜小屋の最上階に向かった。最上階は実戦における待機場所を想定されているため見晴らしも発着場も空間もすべてが広い。その途中で俺は念のためキャリバンに頼んでプロに待機中の騎士団に伝令を頼み、砦への報告も含めて新人騎士とうちの女性騎士たちを下がらせた。伝令を受け取るのはキャリバンがいればいい。


「あの……騎士ヴァルナ」

「ん? 君は砦に伝令に戻る子だったな。何か確認が?」


 ふと声をかけられる。サイラードが無断出撃した原因を話した女の子だ。

 キャリバンが見覚えがあると言っていたので、恐らく一学年下の後輩だろう。


「あの、私あのとき騎士ヴァルナのせいでサイラードくんが暴走したみたいに言ってしまって、ごめんなさい」


 ぺこりと少女は頭を下げる。俺はそんな彼女の肩を軽く叩いた。


「何言ってるんだ。実際、無関係でもないだろう。それに騎士なら謝罪もいいが人助けが一番。今すべき最優先はサイラードの生命確保だ。俺も全力を尽くすから、君もやるべきことをやれ」

「あ……はいっ! 伝令、行ってきます!!」


 一瞬だけ呆気にとられたような顔をした少女は、すぐにハッとしてやるべき仕事へ戻った。


 さて、空の戦いとあらば俺には無駄にいい視力と凡人より多少は賢しい頭でサポートに回るしかない。流石の俺も空は飛べないしワイバーンの騎乗も素人以下だからだ。というか空飛べる人間とか少なくとも地上にはいない気がする。みゅんみゅんのように人型に近い魔物、ハルピュイアが一番それっぽいだろうか。


 ふと、ネメシアの姿が見当たらないことに気づいたが、まぁ大丈夫だろう。

 今のあいつは目的のために冷静に物事を判断している。

 考えがあってのことに違いない。


 屋上に到達した俺たちが、空中で暴れまわるワイバーンに必死にしがみつくサイラードを確認したのは、そのすぐ後のことだった。

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