第151話 たまには気楽にいきましょう
王立外来危険種対策騎士団の第一部隊は滞りなく進んでいたが、第二部隊はやはり五月病問題も軽いものではなかったようで、早くも新天地に心が挫けそうになっている人も多い。しかしそこは老獪なるルガー団長、あの手この手で足を留まらせている。
その類稀なる人心掌握術には呆れるばかりだ。
普通、大きな改革には失敗や停滞感が伴うのが世の常だ。
しかしそれを取り繕うのが上手いのがルガー団長。
議会や聖靴騎士団はこの隙を突いて嫌がらせをしたいところだが、腹が立つくらい隙の無いガードに彼らは苛立ちを募らせていた。
また、決定打の一つになることが期待されていたロザリンド・クロイツ・フォン・バウベルグも予想に反して騎士団の現実に打ちのめされることなく仕事を続けている。定期的にファミリヤ便でバウベルグ家に送られてくる手紙には、同僚の不満から先輩を賛美する声、騎士団の驚くべき知恵など充実した生活情報がちりばめられており、親バカな彼女の父はほっと胸を撫で下ろしている。
これによってバウベルグ家を聖靴騎士団の派閥に迎え入れる計画も捕らぬ狸の皮算用と消え、聖靴騎士団派閥は言いようのない停滞感を感じていた。
この平和な島で何の派閥を作っているのかと思うかもしれないが、彼らにとっては重要だ。聖靴派閥は海外との接点が多いこともあって王国の文化発展政策に乗じてかなり甘い汁を啜ってきた。王国議会の過半数を得ることで、王の機嫌に触れない範囲で法を変えて特権階級という地位を盤石なものとする。
それは当時、派閥というよりは利権を得たい者たちの暗黙の総意であった。
しかし、王立外来危険種対策騎士団の活動が拡大していくにつれ、風向きが少し変わってきている。平民でありながら特権階級の世界でも名を挙げ、民の為の騎士という一番目立つポジションに立って民意を味方につける豚狩り騎士団は、設立当初の都合のいい平民奴隷ではなくなっている。また、新しい世代の特権階級たちが聖靴派閥に入らなかったり、元々一極化していた派閥を快く思わない良識派の受け皿としても機能している。
じわじわと発言力と注目度を拡大する豚狩り騎士団。
少しずつ所属する特権階級が減少していく聖靴派閥。
純然たる勢力差があるにも拘わらず聖靴派閥が豚狩り騎士団を過剰に敵視しているのには、そういった未来の趨勢を不安視しているメンバーが周囲をけしかけているからだ。特に現最強騎士にして豚狩り騎士団所属であるヴァルナに王国最強の座から蹴落とされたクシュー団長の妄執は、周囲も軽く引いているくらいである。
しかし、そんな事情に関係なくオークたちは国内で繁殖を続けている訳で、身内の足の引っ張り合いなどしていられない王立外来危険種対策騎士団は今日も低賃金で民の為に戦い続けているのである。
◇ ◆
渓流の美しき観光名所、シュワス渓谷の上流にオークが住み着いているという報告が来たのは、ついこの間の事だ。普段は人里に現れないような獣が近隣の町の近くに出現しているのを不審に思った地元の衛兵が滝を調査した結果それが判明した。
シュワス渓谷が観光地として有名なのはあくまで下流からの景観で、上流は水に削られた荒々しい崖に阻まれ登るのが難しい。それに観光客が来るのは夏から秋にかけてであるため、発覚まで時間がかかってしまったようだ。
大抵の場合、農作物に被害を及ぼすのはオークの方だ。
しかし、実際にはこうしてオークに居場所を追われた動物が人里の畑を荒らすこともある。これもまたオークによる厄介な被害の一つと言えるだろう。
ちなみに被害について、鹿や猪よりリスが実を食い荒らす方が深刻なのでどうにかして欲しいなどと泣きつかれたりもして大変だった。なお、その問題はノノカさんがこれから考えてくれるそうだ。
そういえば、どっかの村でオークが出た時に村の周りに臭い汁を撒いてたところがあった。木を加工する過程で摂れる木酢とかいう液体で、実際に液を撒いている範囲にオークは出なかったらしい。
王立魔法研究院ではこの情報をもとに木酢の研究を進めているそうだが、俺たち騎士団は使わない。何故なら俺たちの目的はあくまでオーク殲滅であり、臭いがキツく中々取れない木酢はオークを遠ざけ討伐の妨げになるからだ。
という訳で、今日も由緒正しき泥塗りスタイルで待機している俺は、オークが通るのを待っていた。俺から十メートルほど離れた地点で待機するロザリンドは、今日から前線に出ている。この罠は二人同時に発動させる必要があるので、彼女とは事前に入念な打ち合わせを済ませている。
俺たちは傾斜のきつい地形の近くにある木の裏に隠れている。
人間にとってはきつい傾斜だが、これがオークなどの野生の存在にとってはいい道となっているようで、今回の追い込みでこの傾斜を相当数のオークが通る事になっている。
傾斜の先には十数メートルの断崖と浅い川が待っている。
人間が落ちれば水がクッションに、などという都合のいい事はなく普通に水底に叩きつけられて死ぬと思われる。それはオークも同じ事だが、皮の分厚いオークは案外高所から落下しても出血することはそれほどない。だから――ここを通るオークは落とす。
水の冷たさもあって仮に出血しても収斂作用で出血が抑えられる。
ロザリンドにハンドサインで用意だけ促し、俺は森の音に意識を集中した。
川のせせらぎ、木の葉の擦れる音。聞いていれば時間を忘れる程に心地よいが故に、それを邪魔するオークの粗雑な足音も直ぐに感じ取れた。
「ブギッ、ブギッ、ブギャッ!!」
「ブギイイイイイイイイイッ!!」
(ロザリンド、用意! タイミングはこっちで取る!)
(了解しましたわ! いつでも行けます!)
罠にかけるという騎士にあるまじき卑怯な所業も、ロザリンドは割と平気だ。俺は少し誤解していたが、彼女は俺が思うより戦いに対して現実的な思考を持っているというか、騎士という形式にそこまで頓着がないようだ。強さを求めるが故の見境のなさかもしれない。
見えた敵は六体。既に多くの罠によって冷静さを欠いたオークたちはひと固まりになって必死に逃走している。こちらには気付いていない。
あとはタイミングを合わせて――。
(いくぞ。一……)
(二の……)
((三ッ!!))
示し合わせた通り、同時に罠を作動させる簡易レバーを外す。
瞬間、道具作成班謹製のギミックが発動して設置されていた無数の丸太が一斉に解き放たれ、傾斜と重力に従って轟音を立てながら転がり落ちた。完全に不意を突かれたオークたちは丸太の大質量に抗う暇もなく足を丸太に強打し、次々に渓谷に落下していく。
「ブヒィィィィィィィィッ!!?」
「ブギャ、ギャアアアアアアアアッ!?」
「おし、ドンピシャ!!」
「――!? ヴァルナ先輩、上を!!」
すぐさま何かに気付いたロザリンドが上方を指さして叫ぶ。そこには、丸太が来た瞬間に高く跳躍して難を逃れ、太陽を背に負ったオークの醜悪で不敵な笑みがあった。オーク群体序列二位、群れのナンバー二である兵士長クラスだ。
兵士長クラスは常に前線に出る為に、時にボスオークより手強い。騎士団で負傷者が出る場合、その殆どが兵士長か兵士長の率いる兵士オークによる手傷である。このオークは中々に経験が豊富だったようだ。
しかし、それを想定してなかったわけでもない俺とロザリンドは、打ち合わせ通り懐から拳大の石ころを取り出した。ロザリンドが美しい投球フォームから豪速球のアンダースローを繰り出す。
「顔面にぶつけて視界を潰します! せぇいッ!!」
「ボギャフッ!?」
「そして俺が……足を砕くッ!!」
腰だめに構えた石ころを、大きく体を捻じりながらボッ!! と解き放った。自慢ではないが投擲の命中率には自信がある。理想のコースをなぞった投石は見事に自由落下中のオークの足首に命中した。
顔に石を喰らって視界が失せ、しかも着地に必須な足首に大打撃を受けたオークがこの傾斜で体を支えられる訳もない。落下と同時に足を滑らせたオークは、そのままゴロゴロと丸太のように転がりながら、奇怪な悲鳴を上げて崖下へと落ちていった。
「ブギャギョギャギョギェブヒィィィィィィイイイイイイイッ!!?」
やや遅れ、ドボジャ、と何ともキレの悪い水音。
自分も落下しないようにロープを木に結んで下を見やると、回収班がてきぱきと落下したオークを下流に運ぶ準備をしていた。死んでいないオークも辛うじていたようだが、ノノカさんの用意した薬を注入されて覚めない夢に誘われている。
メンバーの一人がこちらを見上げてサムズアップしているので、どうやら上手く落とせたらしい。
「しかし、元々伐採してあった丸太を利用してオークを落とし、しかも下流でオークと丸太両方を回収するとは……実に無駄のない作戦ですね。わたくし、毎度ながらこの騎士団の作戦立案能力には頭が下がります」
「樹木も財産だし、きちんと町に持っていかないと勿体ないからね。にしても、ロザリンドも投擲上手くなったなぁ」
「アマルと二人で散々練習しましたしね。なんだかちょっとハンターに近づいた気分です」
「はは、その調子だ」
両掌をぐっと握って誇らしげな顔をするロザリンドは、実に生き生きしている。
手を挙げて彼女に近づくと、ちょっと慣れない動きながらぴんと背筋を伸ばしてハイタッチをしてきた。貴族育ちでは永遠に学ぶことがなかったであろう俺たち流の生活に随分慣れてきたようだ。
五月病問題も乗り越え、今回の任務も滞りなく綺麗に決まり、木を町に運んで喜ばれ、ついでに貴重な生捕り&高所から落下したオークという貴重なサンプルを手に入れてノノカさんが「うっひょぉ~~~!」と大興奮。
今回の任務、大成功と言って差し支えなかった。
――そういえば昔読んだ本に、良いことは続くし悪い事があった後には良いことがあると考えた方が、精神的にストレスの少ない生活を送れると書いてあった。
ならばそれに習い、ポジティブに考えていこう。
運命の女神だってご機嫌な時はきっとある。
そう、明日もきっといいことがある。ツキは俺にあるのだ。
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