第145話 恐れるべきは変化じゃないです
今更な話になるが――特権階級というのは特権的な立場を持った階級だ。
特権階級の子供も、当然ながら特権階級。家から勘当された場合や払える税金がなくなった場合はその限りでもないが、ともかく親の理解を得て放浪しているメラリン・リーコンという少女は立派な特権階級に該当する。
そして特権階級はその名がつくだけあって、平民から見ればずるいと思う特権を有しているのだ。
「俺がファミリヤたちを総動員して偵察から何からしてる間に色々起き過ぎでしょ!」
「正直今回はかなりしんどかった。もしもメラリンさんが正式に捕縛された場合、騎士団通してリーコン家に書を送って贖罪金出してもらうという手を保険として考えてたんだが……無駄に終わった」
やっと重労働から解放されて戻ってきたらしいキャリバンと今回の事件の裏話を語る過程で、俺は一枚の手紙をバラバラに破いて川に捨てる。ごみのポイ捨てはいけないことだが、残しておいて誰かの目に入れられれば怪訝な顔をされる代物だ。火を起こすのも大げさだし普段オークを狩って環境を守っているのだから、これぐらい見逃して欲しい。
「贖罪金? どっかで聞いたような……えーと、なんだったかな」
「平民が罪を犯したら保釈金払えば牢屋に入らずに済む。でも特権階級は、軽犯罪なら贖罪金制度でお金払うと牢屋どころか犯罪歴からも文字を消せるんだよ。もちろんそんな権利を乱用してる奴は碌な奴じゃないんでそうそう使われる制度でもないけど」
「……ああ! そういや士官学校入るための勉強でそんなのやりましたわ!」
昔の特権階級ならともかく、今ではこの制度はあくまで不注意や気の迷いでしてしまった過ちをお情けで帳消しにしてもらう制度であり、犯罪を犯しても後で金を払えばいいという傲慢な使い方をする者はそうそういない。悪い噂は王宮でも出回るし、贖罪にも限度があるからだ。
ここが特権階級制度の妙で、王国議会周辺や騎士団関連の特権階級は古典的貴族意識が強く、王宮など王家を直接的に取り巻く特権階級はノブレス・オブリージュが基本のため民に目を向け不義を嫌う。そしてどちらの言葉が王の耳に入りやすいかと言えば、当然王宮なのだ。代わりに議会派は王宮派より数が多いので必ずしも王宮派が強いという訳でもない。
なお、その二つに含まれない下位の特権階級は思想が多様化しているので両勢力の敵にも味方にもなり切らない。お上の中でも政治はしているという訳だ。なお、我等王立外来危険種対策騎士団は職務の性質上贖罪金制度対象外である。仮にも取り締まる側なので当たり前と言えば当たり前だ。
「先輩方は『逮捕したかった』ってしょぼくれてましたけど……というか俺もちょっとそういう思いはあったっすけど、結局ハッピーエンドってことでいいんすか?」
「まぁ、結果的には公の秩序に大きな害はなく、オークも狩られ、ついでに死体回収の手伝いで楽させてくれたんだからそれでいいんじゃないか? 俺らは司法の天秤眺めてるほど暇じゃないしな」
そこはそれ、別の連中の領分だ。
そしてその連中に耳に入れるまでもない悪事も世の中にはある。
実際、ここで犯人を捕まえてとっとと帰った後にオークでも出ていれば今度は本当に被害が出ていたかもしれない事を考えると、運命のすれ違いとは不思議なものだ。俺の周りは割と日常的に運命すれ違いまくってる気もするが。
と、その後ろから新たな顔ぶれが現れる。
「先輩の顔に免じて去勢させるのは諦めましたけど、ボクとしては納得いきませんっ」
「まぁまぁ、落ち着きなってカルメちゃん! 盗まれた下着はきちんと持ち主であるターシャの手に渡ったんだし、もう良くない?」
「もうっ、ちゃん付けはやめてくださいメラリンさん!」
「はははは、なんだかカルメくんがそういうやりとりをするのは珍しい気がするな」
不満げに頬を膨らませるカルメとそれを宥めるメラリン、そして出番がなくなり肩の荷が下りた様子のガーモン班長だ。
あの後メラリンは『シャクカの額』の上で歌って踊ってライブを開いたのだが、若者にはウケたものの三十代以降の世代には『肝は据わってるけど歌の良さは分からん』とご無体な事を言われ、傷心を癒すためにカルメをからかっているようである。
そのカルメは犯人を見逃す流れになったことにかなりご立腹らしく、昨日は腹いせに村の家畜を狙う野犬九頭の頭部をボウガンで撃ち抜いてクーレタリア民を戦慄させていた。普段はオークの子供でも射抜くとちょっと罪悪感を感じてたくせに、怒ると結構見境ないんだなこいつ。
そして民間人に槍を振いたくないと乗り気じゃなかったガーモン班長は、普段より肩の軽い様子で二人を引き連れて王都帰還のために船に戻ってきたという訳だ。
「メラリンは旅を続けるのかと思ったけど、王都にもどっちゃっていいのか?」
「今回ので色々とインスピレーションが浮かんだんで、一度実家に帰って歌作りに没頭したいんです! それに、なんか……パパとママの顔見たくて」
「村長とパズスの関係とか見て?」
「ウン。元気してるかなって、なんかガラにもなくセンチになっちゃった」
てへへ、と恥ずかしそうに頭を掻くメラリン。
パズスとターシャの婚約話は無事復活したが、二人は今回のトラブルの引金を引いてしまった責任感から、暫く王都に行って王立外来危険種対策騎士団の本部の方でボランティアをしてもらうことになった。ターシャの母親は不承不承だが納得。ソウジョ村長は「好きにしろ」とぶっきらぼうだった。
二人が感謝の言葉をそれぞれ述べ、頭を下げて家を離れていくなか、深くため息をついて項垂れる村長とその肩をさする奥さんの姿が見えた。まだ、どんな顔でパズスと顔を合わせればいいのか分からないんだろう。こればかりは、家族の間でしか分からない苦悩だ。
「ってなわけで、カルメちゃん暫くヨロシク!」
「ぼかぁ男です。ちゃん付けは不名誉です。先輩もなんとか言ってやってください!」
「……お前がそんな風にフランクに接するなんて珍しいな。普段は同期相手でもちょっと引っ込んでいるのに」
「ボクだって気が立っちゃうこともありますぅ」
「女の子の日みた~い」
「こらっ、人が言われて嫌だと感じているのですからしつこく絡むのはいけません!」
ついに見かねたガーモン班長が弟を叱るように話に割って入ると、二人は素直に従った。しかしあんなにへそを曲げたカルメも珍しい。後に響くかもしれないのでこっそりフォローを入れてやろう。
「帰りも賑やかになりそうっすね、先輩」
「まぁな。ノノカちゃんもオーク解剖が待ち遠しくてウッキウキ、先輩方も村から色々お土産貰ってほくほく、お客さんも三人増えて任務も無事完了だ」
「現体制最後の任務……なかなかに思い出深いものになりました」
ぽつりとつぶやくガーモン班長に、メラリン以外がはっとする。
そう、部隊再編前の最後の任務が今回のこれだったのだ。
いつも以上のドタバタだったためにその辺がすっぽり頭から抜け落ちていた。
「部隊が二つに増えるんでしたっけ。ファミリヤ使いの負担増えそうだなぁ……」
「こちらに至っては、ヴァルナくんに階級追い抜かされる可能性ありますね」
「え? 騎士ヴァルナ出世すんの!? スゴいじゃん!」
「センパイと今みたいに喋ってる時間も減るんでしょうか……」
騎士団でもない一名を除き、誰もが新たな環境に少なからぬ不安を抱いているらしい。俺もオークとの乱闘前ぐらいまで色々と考えていたのだが、今では少し悟った気がしている。
「それは考えてもしょうがない。なるようにしかならないし。重要なのは、どんな環境の変化があっても俺たち騎士団が『何をするか』を最初から明確に定める事だと思う。そこさえ違えなければ、苦労はしても戸惑いはしないんじゃないかな?」
「はぁ、なるほど。確かにやること自体は変わらなそうっすし、ちょっと目先の変化に思考を囚われてたかなぁ」
「そもそも我々、そんなに頭を悩ませるガラでもないですしね?」
「何をするか定める、かぁ……ボク今度から先輩になるんだし、いい加減センパイ離れしないとですよね。よぉし――やっぱり悩みがあったら頼らせてください……」
一度気合を入れたかと思うとやっぱり不安だったのか病院に連れていかれそうな犬みたいな目でこちらを見るカルメ。まぁ、カルメはカルメだしこのままでいい気もする。
変化を恐れるな、自分を見失うことを恐れよ。
そんな格言のようで単純な言葉を胸に抱き、俺の騎士団生活二年目は幕を閉じた。
「ところでメラリンさん。君たぶんもっと優しいというか、可愛い系の歌を歌った方がウケるんじゃないかなって思ったんだけど……」
「断っ固っ拒否ッ!! アタシはクールでロックなソングを目指してんのっ! そんな大衆に媚びへつらって男共を騙すような軟弱な歌は絶対絶対ぜーーーーったいに嫌ッ!!」
……訂正。あまり自分を貫きすぎるのも、もしかしたら問題があるかもしれない。
声可愛いから絶対そっちの方が栄えると思うんだけどなぁ。
音楽性の違いって難しい。
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