第九章 遂に入団3年目

第146話 開幕から地獄です

 王立外来種対策騎士団には、一部特殊な経緯を経て入団した人間がいる。


 平民騎士団に入るには平民枠で士官学校に入学・卒業しなければならないのだが、ときどきひげジジイことルガー団長が不思議な魔法――もちろん本物の魔法ではない――を使って騎士団に人をスカウトしてくることがある。


 例えばンジャ先輩は海外で有名な戦士だった為に士官学校での指導を免除されているし、海外の騎士や実績のある冒険者は高確率で騎士団に入団できる。また、専門的な知識のある人もそのまま入団とはいかずとも比較的優遇される形で研修を受けて入団することがある。


 しかしながら、今回のひげジジイの魔法には周囲も唖然とした。

 アキナ班長が真っ先にメンバーの思いを代弁する。


「王立外来危険種対策騎士団を二分するぅ!?」

「おう。海外からオーク討伐レクチャーした冒険者だのなんだのをが五十人引っ張ってきたからな。ここに現行騎士団から三十人ほど引っ張って、あと騎士団OBに何人か指導を頼んでる。お前ら実感なかったろうが、今の所帯はちょっと過剰人員だったんだよ。まぁ指導員は体力的な問題もあるからとりあえず海外組が仕事に慣れるまでだけどな」


 新人事発表前に団長執務室に集められた各班長と副団長は何でもないように告げられた大胆過ぎる采配に驚愕した。実は俺は前にノノカさんの助手として議会に呼ばれたときに話だけは聞いていたが、正直皆の気持ちもよく分かる。

 アキナ班長は胡乱気な表情を隠さず問い詰める。


「役に立つのかよ、他所者五十人も連れて。いくらOBつけて現行騎士団からも人間回すったって、俺らの忙しさ知ってんだろ? 使いものになるまで教えてる暇ねーぞ」

「心配すんな。OB連中は先に海外でオーク討伐レクチャーをそいつらに教えてるから基礎の基礎は全員理解してる。それに殆どが元冒険者だからオークとの戦闘だけなら今の騎士団にも引けは取らねぇよ。後は現場のノウハウだ。あ、道具作成班からは人回さなくていいぞ。第二部隊は道具作成班拡大してっから、何年かすれば逆に第二部隊からお前らの所に人回せらぁ」

「ったりめーだろヒゲ! 今でもカツカツなのに一人でも減ったら仕事進まねーよ! というか今年入ってくる正規新人一人寄越せ! 確定枠で!」

「適正あるやつがいればなー」


 適当に返事しながらデスクに座って髭の形を整えるひげジジイにアキナ班長は心底信用できないといった顔をして、とりあえずジジイのヒゲを一本引き抜いた。しかも鼻の下から伸びてる一番痛いやつを。悶絶するひげジジイの姿を見てニヤニヤする姿にイタズラ小僧精神を強く感じさせる。

 もちろん他の面々がそんなジジイに同情したりリアクションする訳もなく、ガーモン班長が次の質問を投げかけた。


「ちなみに今年学校より入ってくる新人騎士はどちらの部隊に?」

「第一部隊、つまり現行の方だ。アクの強いのが二人いてな……片方は次の御前試合に出せるレベルだ。というかほぼ確定枠な。いわゆる第二のヴァルナだ。ヴァルナに手綱を握らせる」

「さらっと責任押し付けたぞ、このひげ」

「相変わらず最低ですねぇ、あのひげ」


 回収班班長のネルトンさんと工作班班長のロンビードさんがギリギリひげジジイに聞こえるひそひそ声で喋っている。班長の中でも年長の二人ならではの息の合いっぷりだ。

 それにしても、とガーモン班長が唸る。


「よく外国人を五十人も、最底辺とはいえ騎士に就かせられましたね? あのオーク密輸入だのが議会を黙らせるのにそこまでいい薬になったんですか?」


 騎士の任命にはどんな経緯があれ王の叙任が必須であり、そこに至るまでには議会の網をすり抜けなければならない。五十人の責ある階級を一挙に海外から引き入れるなど前例のない事をすれば、当然ながら議会連中は黙っていない。


 そんな連中の首を縦に頷かせた理由が、ついこの間行われた王国議会でノノカさんがぶっ放した「この中にオークの品種改良をやってる奴がいる!!」という衝撃の暴露と、それに伴う新たな対オーク政策草案の提出だ。あれで王立外来危険種対策騎士団の発言権は大幅に上がり、割かれる予算も数倍に膨れ上がった。


 ちなみに数倍になったところで元が少額なので、未だに他の聖騎士団との格差はだいたい十倍以上である。二十倍から十倍に縮まったと聞くと凄く感じるが、あれだけ頑張っても埋まった幅がそれだけな所に議会の闇を感じる。

 ともかく、俺の疑問に対しひげジジイは是とも非とも取れない物言いをした。


「それもある。が、それだけじゃないんだなぁ」

「フム、あれか? 我等騎士団が少々増えてたところで依然として聖騎士団の優位性は揺らがない……と、そう納得させた訳か?」

「おっ、ロンビード分かってるじゃねーの。そうよそれ、俺らが五十人増えただけじゃ奴らの権力と特権に対してそこまで脅威じゃない。その五十人だって冒険者制度の中じゃ最下層に座らされてる連中だ。だったら従来通り下賤な輩に汚れ仕事押し付けようって自分たちを納得させたのさ、奴らはな」


 王立外来危険種対策騎士団が五十人増えてしかもそれが外国からの移住者だったとして、所詮こき使ってる使い捨ての連中が増員されただけと考えることもできる。仮にその五十人の中に王国に仇なす輩がいたとして、それは人選を行ったひげジジイに全責任を押し付けて潰す格好の口実になる。一方的に悪い話ではないのなら、多少は妥協してやってもいいか、とお偉いさんたちは考えたようだ。


「まぁ、第二部隊が実績上げれば俺らの実績は二倍になって、もっと予算搾り取れるんだよなぁ。ついでに言うと事件の黒幕は確実に議員クラスの権力者だし、しょっ引けば世間の味方は特権階級共と俺らとどっちになるかって話だよなぁ……クケケケケッ」


 そしてこの悪人笑いである。

 実際の所、ひげジジイに限って人選ミスなどありえないし、あったとしたらそれは巧妙な罠であり裏を辿れば最終的にひげジジイの利益にたどり着く構造になっている。そして一度の妥協という隙を見ればこのジジイは吸い取れる所まで吸い取る腹積もりだろう。

 身から出た錆だと思って諦めて骨までしゃぶられてろと思う。


「で、新人事がこちら」


 ぺらりと差し出された紙をローニー副団長が受け取り、みんなでわいわい騒ぎながらのぞき込む。第一部隊の班長は旧来のそれとほぼ同じ。人員も見知った面子からカルメ達後輩までほとんど以前と同じであり、第二に飛ばされたのは俺と付き合いの薄い人ばかりだった。


 ただ、ローニー副団長が第一部隊長との兼任に代わっているのと、特務執行官なる見慣れない役職が副長のセネガ先輩の横に追加されている。栄えある新役職に選ばれたその者の名は――騎士ヴァルナ。


「知ってた。いや、副長の名前がセネガ先輩だった時点でなんとなくそんな気した」

「なんですかこの役職? 第二部隊にはないんですが……」

「ああ、そりゃアレよ。さっき話したヴァルナ枠の新人が来たもんで、ヴァルナには広い見識を維持してもらうためにいっそ単独行動が出来る役職をくれてやろうかと」

「そして都合のいいときに都合のいい班にスムーズに派遣してこき使う魂胆だろひげジジイがッ!!」

「おいおい儂の心ばかりの気遣いに対してなんちゅういちゃもんを……イデデデデデ!! ヒゲ引っ張るなヒゲ! しかも左の鼻の下から出てる奴を!!」

「おいコラジジイ!! このアキナ様の給料が二倍に増えてねぇぞッ!! 予算二倍なら二倍出せやクルァァッ!!」

「いででででで!! ヴァルナと反対側のヒゲ引っ張るな!! 唇めくれる!! 正面から見たら変な顔になるッ!! つーか部隊二倍なら維持費も人件費も二倍なんだから増やせる訳ねーだろッ!!」

「……おいヒゲ。見たところ士官学校上がりの新人が三人しか見当たらん上に一人明らかにやんごとない身分が混ざってるぞ」


 ひげジジイが面白顔をしている中、ネルトン班長が気付いてはいけないことに気付いてしまった。アクの強い問題児なんて優しい言葉で片付けられない特大爆弾、ロザリンドのことだ。


「ああそれ。士官学校の時点で平民三人が聖靴騎士団に買収されて、代わりにそのやんごとないのが物好きにも入ってきたんだわ。一応ヒラ扱いだけど実質副長クラスの待遇で頼……イダダダダダダ!! 顎髭引っ張るのやめろッ!! 三方向から引っ張られて嘗てない顔の形になってるからッ!!」


 こうして波乱の人事が発表され――そしてついに、あの二人が騎士団にやってくる。




 ◇ ◆




 騎士団の叙任式を受けて騎士の証たる剣を受け取った瞬間、士官学校のひよっこは最前線で戦う騎士としての使命と責任を負う。王宮より外へ向かう男も女も、その全員が今までとは違い一皮剥けた表情で――。


「ねーねー、まだ怒ってんのー?」

「怒ってます。超怒ってます」

「いいじゃん、跪くときに右足と左足のどっちを出すか間違えたくらい~」

「よくありません。王の横に立つ衛兵が引き攣った顔をしていたのが見えなかったのですか?」

「王様が許したんだから許されてると思うんですけどー」

「わたくしが許しません」


 ――訂正して、いつもと変わらぬ様子の乙女もいるようである。


 片や、特権階級の中でも指折りの名家の出身でありながら自ら望んで聖の名を冠さぬ騎士団に足を踏み入れた少女――ロザリンド。片や、余りにも出来が悪すぎて一時期は士官学校卒業さえ危ぶまれた少女――アマルテア。交わる筈のない二人の縁は奇しくも共通する憧れの騎士によって紡がれ、今や親友と呼んで差し支えない関係にまで発展した。


 あれから更に修練を積み、ロザリンドもアマルも更に強く、賢く、そして心なしか美しく成長した。ロザリンドについては家族や教官とあれから更に数度の悶着を抱えはしたものの、無事に自分の望む進路へと乗っている。

 今、彼女たちは王立外来危険種対策騎士団の執務室にいるルガー団長の下へと向かっていた。


「次はないと思いなさいな。まったく……小耳に挟んだ話ですが、今年から王立外来危険種対策騎士団は大規模な部隊編成の変更が行われ、部隊が一つ増設されるそうですわ。我々がそのどちらになるか、或いは離ればなれになるかは分かりませんが、騎士として恥じることのないようになさい!」

「そんなこと言っても、どーせ初めての頃は分からないことだらけなんだから甘えればよくないかなぁ? そんなに肩肘張った雰囲気かも分からないし?」

「だとしてもです!わたくしたちの恥は騎士ヴァルナ……いえ、ヴァルナ先輩の恥ともなりますし、研鑽と精進あるのみですわっ! 我々は最前線で民を守る騎士なのですから!」


 立派な名目を立派なまま貫く高潔なロザリンドと微妙に甘ったれた事を考えがちなアマルだが、こういった現実的な仕事の話になると何故か結果的にアマルの意見が正しかったりする。かといってアマルの考えだけではダメダメだったりもするので、最終的に二人そろうとちょうどいい塩梅になるのがこのコンビの妙なのだろう。


「というか、コーニアも私たちと同じ所属なのに置いてきちゃって良かったの?」

「どうせ聖靴騎士団派に良からぬことを吹き込まれているだけです。あの男がそんな甘言に乗る筈もなし、かといって止めに入ったところでまた別の場所で接触を図られるだけ。相手にするだけ時間の浪費ですわ」

「寝返るとか思わないの? 一時期なんか変質者とか信用できないとか言ってたじゃん」

「ないでしょ。貴方がいますし」

「……?」


 意味が分からない、と首を傾げたアマルだった、二秒後には「まぁいっか。コーニアは良い人だもんねー」と微妙にずれたことを言って勝手に納得した。やがて二人は執務室にたどり着き、重厚な扉をノックする。


「じゃ、失礼しまーす!」

「あ、こらアマル!返答を待ってから入るのが礼儀――」


 脊髄反射で動く女アマル、社会のマナーを一切無視して一気に扉を開け放った。

 そこには、威厳に包まれた団長以下騎士団代表たちが――。


「……イダダダダダダ!! 顎髭引っ張るのやめろッ!! 三方向から引っ張られて嘗てない顔の形になってるからッ!!」


 ――非常に大変な顔になった団長と、その団長のヒゲを憎しみに満ち満ちた顔で引っ張る羅刹の如き騎士たちがいた。


「………」

「……プフッ!!」


 礼節のれの字も存在しない空間に絶句するロザリンド。

 三方向から引っ張られた団長の顔の面白さに耐え切れず噴き出したアマル。

 そして新人を無視して繰り広げられる混沌の争い。


 それは、ある意味ロザリンドの受難の始まりだったのかもしれない。

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