第144話 真実の上塗りです
時は、ワダカン先生に案内されてヴァルナが倉庫を離れた後にまで遡る。
「さて――改めて、皆さんには騎士団として私の指示に従ってもらいます」
セネガがヴァルナ・ワダカン両名に「一切の事情は自分は説明するものとする」旨を伝えた理由は、先輩として面倒な役を受け持ったわけでも二人の負担を減らす為でもない。ただ単純に自分の役割を果たす為である。
「まず、皆さんはこれから後にやってくる騎士団に自首してはいけません。あとオークに扮装して強盗行為を行ったことも一切言ってはいけません。それとこのことを私が指示したということも、私がこれからやることについても他言無用です」
「あの……騎士団は俺らを捕まえに来たんですよね? なのになんで言っちゃいけないんですか?」
「騎士団には騎士団にしか分からない事情というものがあります。つまりはそういうことです」
「は、はぁ……よくわからないんですが、理由を一応聞いても?」
「理由は先ほど言った通りです。そして都会の女に同じ質問を二度することはマナー違反ですよ」
「は、はぁ……よくわかりませんが分かりました」
「つまり、どういうこと?」
「そういうことですと言っています」
全く説明になっていないごり押しなのだが、何故か自信満々に断言されることで相手が正しい気がしてきて反論しなくなっていく道通したち。道通し以外の女性陣は流石に変だなと思っているようだが、相手は騎士。すなわち規範側の人なのでひとまず様子を伺っている。
ちなみに都会の女云々は完全にガセなのだが、都会人ながら都会から離れているメラリンは「最近の流行なのかな?」と訝しみつつ受け入れてしまっている。
しかし、事情聴取と称して話を聞いたセネガが「じゃ、君たちは職場にオークが入り込んでて身動きが取れなくなってたって言ってね?」とか「君は外にオークがうろついてる可能性があるから遠くまでいく勇気がなかったって……」「君はまぁ、事情を告げたら役立たずと罵られるのが怖かったってことで……」と何故か一人一人に嘘の設定を植え付けているのを見て、やっとメラリンを含む多少は頭回る側の人間は気付いた。これ悪だくみの類だ、と。
何だかんだで実はセネガに次いで教養のあるメラリンがおずおずと手をあげる。
「あの、騎士セネガでしたっけ? なんかそのー……事件もみ消しにかかってません?」
「もみ消しではありません。上書きです」
「言葉の綾ですやん!?」
「逆に考えなさい。これは巡り巡って貴方がたの命を救った騎士ヴァルナの為になるのです。恩返ししたくないのですか?」
「それは、まぁしたいけど……」
怖かろうが恐ろしかろうが自分たちを認めてくれた命の恩人だ。そう思うのはおかしくはない。だがその言葉こそセネガの待っていたものだった。後はセネガの独壇場だ。
彼女は事実っぽい虚偽と事実を言葉巧みに混ぜつつ感情論でその場の皆の心理を掌握し、最終的に全部ヴァルナの為になるからと大多数を納得させるに至った。それでもウンと言わなかったのがヴァルナに「必ず罪を罰してください」と言ったパズスとターシャの二人なのであるが……「じゃあ貴方がたには後で罰を用意します」とあっさり言われてしまい、肩透かしを食らった二人はなし崩し的に懐柔されてしまった。
最後の良心、悪女の甘言に潰えて消ゆ。
かくしてセネガはオークの皮を全部焼いて証拠を隠滅。
当事者に嘘のストーリーを作らせオークを撃退するのに協力した部分だけは真実として語らせるものとした。嘘をつくことに当初は罪悪感を感じていた道通したちも、途中から「騎士ヴァルナは身を削って貴方がたの減刑を求めているのですよ!? それに報いずしてなに贖罪か! 恩返しは道通しや騎士以前に人間としての基本です!!」と微妙にいいことっぽい雰囲気を醸し出したセネガの熱い論点のすり替えを受け、いつのまにか全員「ヴァルナの為」という免罪符を心にしかと張り付けてしまっていた。
しかし、ここで終わるのに一つだけ障害があった。
それは村長と目撃者たちの証言である。
そもそもネタが割れたのもそこからだというのに、今更オークは本物でしたと言ってはあちらもこちらも面子が立たない。前者は真実を歪められた側、後者はオーク専門家の名に泥をつけてしまった側だ。どちらにせよ彼らは少ないながら間接的に特権階級との繋がりがあるため、遺恨を残して悪評が流れるのは避けたい。
そもそも、セネガは今回の問題のしわ寄せがヴァルナに行かないようにすることがあくまで主たる目的であり、現場工作ではなく犯人捕縛後の裏工作のための情報集めのためにヴァルナを尾行していたという経緯があった。
しかしながら、ここに来てセネガとヴァルナに幸運を齎したのが本物のオークの大暴れで討伐そのものは成ってしまった。更に純朴な性格のクーレタリア民がヴァルナの為という助け合いの意識に甘えたことも良かった。
そして何よりも重要かつ幸運な事実が一つ。
「パズスくん。貴方は――村長の弱みを一つ握っているようですね」
ここに、最大の取引材料があったのだ。
男を魅了して思いのままにしようとしてるかのような妖艶で美しい笑みが従僕なパズスに迫り――横合いから邪魔された。
「ちょっと、騎士セネガ。それ以上
「おや、ミス・ターシャ。可愛らしい遠吠えで大変結構ですが、嫉妬のし過ぎは男を縛りますよ?」
「パズスを信じてないんじゃなくて貴方を疑ってるんです……! さっきも嫌らしい手つきでワダカン先生の腰を触ったりして、ふしだらです!」
「むぅ、初々しすぎて逆に可愛くしか見えませんね……からかい甲斐がありそうで……」
「た、ターシャを変な目で見ないでください!!」
最終的にいじり甲斐のある獲物を見つけた目に反応して今度はパズスがターシャを庇いに出てきてわちゃわちゃしたものの、ヴァルナの件を引き合いに出されたパズスは弱みを教えてくれた。いや、身内の悪口ともとれる内容だったために相当に葛藤していて中々聞き出すのに時間がかかったが、見かねた彼の兄のドラテが先に口を割ったのだ。
◇ ◆
――それから一晩が明けた翌日の昼。
オーク討伐がなされた現場の近くの木陰で事のあらましを、俺は丸太のベンチに共に座るパズスから聞いていた。
「……ということです。あの、ファミリヤと言うんですか? あの神の遣いみたいな鳥さんが村の騎士に話を伝えて父さんを黙らせちゃったみたいです」
「真面目に今の地位捨てること考えていた俺の決意とはいったい……いや、いいんだけどさ。もうその方向で話が纏まった以上はケチつけても話が拗れ続けるだけだし」
「す、すみません」
「いいっていいって謝らなくて。君が悪いんじゃないんだから」
悪いのはセネガ先輩である。そしてそんなセネガ先輩に恐らく副団長を通して指示を飛ばしていたであろうひげジジイである。ひげジジイ、諸悪の根源はオークか貴様と相場が決まっている。
俺一人が非常に釈然としていないだけで、道通したちは自分たちなりに納得したらしい。すなわち俺に対する恩返し――それともう一つ。
「よいしょ、こらしょ。ふぅ、普段と違って担架で運ぶもんだから慣れないなぁ……」
「ぼやくな、行くぞ。重さは普段に比べればなんてことねぇだろ?」
布でぐるぐるに巻かれたオークの死体が、道通し達に運ばれていく。
彼らは誰に指示されるわけでもなく、この地形での運搬なら自分が役に立つと死体や土運びに協力していた。実際、いかなる回収班とて標高が高く砂利の多い道では普段と同じパフォーマンスは発揮できておらず、日常的に荷物運びを行う彼らに甘えている状態だ。
彼らなりの贖罪の一つなのだろう。
回収班は最初こそ難色を示したものの、試しにと壊れた荷物等を運搬させると安定した仕事を見せたのですぐ認識を入れ替えた。彼らは決して自分で自分を全て許した訳ではないのだ。
まぁ、これで「ヤッター俺ら無罪だー!」などと諸手を挙げて喜ばれると俺も流石に気が変わってくるし、妥当な落とし所なのかもしれない。ターシャとパズスはこの後個別に何かの罰を受けるらしいが、司法上なんの罰もない彼らの罰とはさぞかし牢獄と遠いものになるだろう。
少し離れたところではターシャとメラリンが炊き出しを自主的に手伝っており、騎士団連中がほっこりした顔をしている。料理班と違って無害な――いや、厨房の戦乙女たちが有害という訳では決してないが――女の子に謎の安心感を覚えている模様だ。
「二人とも元気だなぁ。余計なお世話とは思うけど、浮気しちゃダメだぞ?」
「そんな、僕みたいなどんくさい人を好きになってくれる人なんて……そんなに居ませんよ。むしろターシャが他の男に連れていかれないかの方が心配です」
「俺も恋愛詳しくないから偉そうなことは言えないけど、好きだって気持ちを伝えることは忘れちゃダメだぞ。そういう心を忘れた夫婦は崩壊していくらしいから。先輩方の談だが」
「が、頑張りますッ!!」
焦燥に駆られたような顔で叫んだパズスは、そこで大声を出し過ぎて周囲が何事かと見ている事に気付いて恥ずかしそうに俯きながら座り込んだ。その姿はどこか愛嬌があり、彼という人物の人間性を感じさせる。ターシャは大体何があったのか察しているのか、可笑しそうにくすくす笑っていた。
互いに互いを意識し合う男女。
初々しくて温かみを感じる二人の姿を見ていると、なんというか「俺もいつかああいう彼女欲しいな」というモテない独身みたいなことを考えてしまう。いや、モテない独身なのは事実だが。俺なんか騎士としての能力を抜きにすれば慕ってくれる女の人なんていないし。初めに地位と力ありきだ。
尤もそれはモテる条件を外見や人格に絞った時の話で、他人から言わせれば地位と強さは立派なモテ要素の一つなのかもしれない。それのみではどうにもならずとも、それがあるから始まる恋もあるかもしれない。
彼女か――候補とかいるだろうか。
ちょっと考えてみたが、料理班の若い組は男湯を集団覗きするような奴らなのでちょっと恋愛対象として見られない。ノノカさんはかなり年上だが、もし仮に交際することがあったとしても今とあんまり変わらなそうだ。互いに初々しさはないだろう。後は誰がいるだろう。
前にカリプソーの町で出会ったコルカさんはもう意中の人がいるそうなので除外。
王宮メイドのノマ……全然ありだと思うが、前も言った通り
カルメ――いやいや待ちたまえ俺。何故男の名前が候補に浮かんだ。あいつが女だったら確かにありだったかもしれんけど。
他にもロザリンド、アマルテアなど年齢の近しい候補らしいものが浮かんでは消え、セドナの名前が浮かぶか浮かばないかくらいのタイミングで急に頭痛がしたので考えるのをやめた。セドナ……交際……駄目だ、第六感くんが「そこより先は通行止めだ」と首を横に振っている。
封印されし記憶でもあるのだろうか。割としょうもない事が封じられていそうだ。
気分を入れ替えようと思った俺は、そういえば村長の秘密を聞いていなかったなと思い出す。
「なぁ、言いたくないならいいんだけど、村長の『村がひっくり返る秘密』って結局何だったんだ? 脅しが通じたって事は事実だったってことだろ?」
「う、うぅぅん……あんまり父さんの事を色々言いたくはないというか、こういう陰口みたいなのはズルい気もするんですけど……もう騎士さんの何人かは知っちゃってる話ですし、ヴァルナさんは悪い人じゃなさそうだし……」
両手で頭を抱えて懊悩したパズスはやがて大きく息を吐いて「耳を貸してください」と消え入るような声で呟いた。そこまで嫌なら無理しなくてもいいのだが、「他の人に言わせる事になるぐらいなら自分で言います」と断言した。彼なりに、他人に自分が嫌と思う事をさせたくないという意識があったのかもしれない。
(あのですね……)
(うん……)
(父さんは高い所に立つと足がすくむ人で……)
(マジか……全然平気そうに見えて恐ろしくミスマッチな弱点があったんだな。で?)
(若いころ、どうしても成人の儀を自力で完遂できなかったので……誰も見ていない夜を狙って、当時まだ結婚はしていなかった母が一緒に『シャクカの額』に乗って手取り足取りダンスのようにリードしてもらって成人の儀を無理やり突破したらしいんです。目撃者の母が「難易度の高い夜に儀に挑戦して踊り切った」って微妙に真実を覆った証言をして)
(いや、不正じゃん)
それは、確かに衝撃の秘密だった。
程度は低いけどある意味罪深い。
あんな厳格そうな面して厳しく道通しを糾弾していながら、そんな卑怯というか他人頼みな方法で突破していたとは、呆れて果てた話である。
なんでも当時の村長の奥さんは中々の男勝りでパリットも見よう見まねで習得していたらしい。対して村長は強面で周囲から一目置かれているものの、実際には意地を張りに張りまくって張りぼての威厳を保っている小心者だったそうだ。そんな彼はどうしても自分のイメージを護りたくて、半ば不正――というか九割不正な方法で成人の儀を突破し、現在は村の最高権威の持ち主として君臨しているという訳である。それまでに道通しになった人たちにどの面下げて村長やってるんだという話である。
(もう公表していいんじゃねえかな、その話)
(ダメです。父さんはよくても他の家族に飛び火します。それに……父さんのお父さん、つまりおじいちゃんは当時の村長だったので、その息子が道通しになるような事は絶対にしたくなかったんだと思います……)
パズスの目は、暗にそんなに父を責めないで上げて欲しいと言っていた。彼にも彼の事情があったのは確かなようだ。道通しに辛く当たっていたのは、実は試験で不正した分だけ余計に自分は厳格であらねばならないという強迫観念に駆られていたのかもしれない。
確かにこれが暴露された日には村長の権威は失墜するだろう。いい年こいてもう一度成人の儀をやる羽目に陥るかもしれない。それでもパズス一人の意見など戯言と言い切ることも出来たのに脅迫に屈したのは、それだけ自分の過去が露呈するのではないかという不安が勝っていたのだろうか。
不正をしたその日から、村長ソウジョさんはずっと怯えていたのだ。
しかし真実を明かせば家族にまで被害が及ぶ手前、自白も迂闊にはできない。
その怯えが逆に顔を怖くしてたのかもと思うと悲劇なんだか喜劇なんだか。
ともかく、その恐怖に地力で打ち勝てない限り、あの人は真の成人とはいえない。
「何十年も前の嘘が、誰にもバレなかったばっかりに自分を苦しめ続けていた……なんか、皮肉だな。お前さんもバラせない嘘が出来ちゃったし」
「でも父のそれと比べると僕のなんて軽い気がします………」
「結果的に誰も犠牲にならない形に落ち着いたんだ。俺は、君や他の道通したちが反省の心をしっかり持っていればそれでいいと思うよ」
そう言って俺は励ますように彼の肩を軽くポン、と叩いた。
翌日、オーク相手に勇敢に立ち向かったとして、当日倉庫にいた全員の道通しが特例として成人に認められた。過去に例のないルールの追加に多くの村人からは戸惑いの言葉も挙がったが、村長の眼力の前に面と向かって反論できる人はいなかった。村長なりの罪滅ぼしなのかもしれないと思いつつ、俺は深く突っ込まずにパズスたちに祝福を送った。
春の運んできたオークという異物によって、奇しくもクーレタリアが特例という名の新たなルールを作り出したという進歩。決してベストエンディングという訳ではないが、後に続く憂鬱の少ない終わり方という意味では上等なのかもしれない。
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