第143話 やってしまいました
戦いは数が多い方が勝つというのは定石だが、味方に非戦闘員や無能が多いと力関係は割と簡単に逆転する。こっちの態勢を味方の筈の人が揺さぶったり、重しになったりするのだ。逆を言えば非戦闘員を戦闘員に育成したり、力がなくても実行可能な戦術行動を取らせることが出来れば、後は数の差が物を言う。
アホの俺にはそのような軍略的な話は知識としては知っていても実感が湧かなかったのだが、今日こうして民間人の助力を得てオークを撃退したことでようやく実感が湧いている。
「諸君らのお陰でオークを全滅させることが出来た! ありがとう、立ち向かう勇気を示してくれて!」
言葉にすると軽薄だが、本当にこれは大したものだと心底思う。
初めてのオークとの戦いにて震える膝を抑え込むのは新米騎士だってなかなか出来ることじゃない。彼らの罪は当然よろしくはないが、この戦いは誇ってしかるべきだと思う。そんな暖かな祝福を込めたつもりだったのだが、何やら道通したちの反応は芳しくない。なにやらこっちを見てオークを見た時より顔色を青ざめさせている。
(おいヤベーよ十二匹のオーク実質一人で皆殺しにした人が血の海の真ん中で満面の笑みだよ。マジこえーよサイコだよ)
(返り血すら浴びてないとかどういう次元で動いてるんだこの人……げぇ、足元に転がってるオークの生首と目があったッ)
(俺らあの人にしょっ引かれるのか。死ぬ予感以外の何を感じろと?)
「うっぷ……ヤバ、血ぃ見てたらちょっと吐き気が……!」
「メラリンさん、耐えて! 女の子がこんなところでゲェボしちゃいけません! 俺たちの夢のシンガーとしてここはグッと!!」
……どうやら俺の足元に広がる惨憺(さんたん)たる光景は素人には刺激が強すぎたようだ。そうだよね、冷静に考えればいくらオークでも惨殺死体と血が大量に転がってていい気分しないよね。ノノカちゃんに付き合いすぎて感覚が麻痺してしまったことを自覚させられる。
衛生状態もそうだが、気化したオークの血液を吸い続ければ健康被害もありうる。ここは彼らを外に誘導するのが吉だろうと思った俺は、全員で外に出る事を提案した。まぁ結果的には外にもオークの死骸が一つあって皆の顔色は優れることがなく、メラリンさんも結局草葉の陰でゲェボしてしまった。
ごめんね。背中さすさすしてあげるから許して。
「そんなに吐くほど気持ち悪かったんならじっくり見なきゃよかったのに」
「だって、魔物が惨殺される光景とかそうそう間近で見られるモンじゃないし……こう、未知の光景ってイマジネーションドバドバになるから絶対忘れたくないんよ?」
「ある意味凄い根性と拘りだけどさぁ……」
吐瀉物を吐きだした後も尾を引く涎を拭いながら楽しそうに語るメラリンさん。これは一種の芸術肌という奴なのだろう。あらゆる経験や体験を溜め込み、その印象を別の方法で外に出力する――きっとそれが彼女の歌に対するスタンスなのだ。その性質上、自制心が極端に薄いのかもしれない。
多分今回の事件での自分の経験を全て歌に投影するのだろう。そして歌詞とメロディと微妙にミスマッチな可愛い系の歌声で歌うのだろう。……可愛い系の歌を歌ったら案外ブレイクするんじゃないだろうか。
「おや、また娘を誑しこんでいたのですかヴァルナ。年が年とはいえお盛んですね。何人目の現地妻で?」
「現地妻作ったことないし、そもそも現地の人じゃないです。というか誰が追っかけてるのかと思ったらまさかのセネガさんでしたか」
パズスとターシャを守るように周囲を警戒していた女性――セネガが剣を納刀して相変わらずの態度で弄ってきた。というかセネガ先輩が戦っている所を見たことがないのだが、オークの死体を見る限り急所を複数個所貫いて確実かつ堅実に殺害しているのを見るに実は強いのだろうか。完全にデスクワークタイプだと思っていたので意外だ。
「てっきり追跡とか得意なンジャ先輩が追いかけてきてるのかと勝手に思ってたんですけどね」
「……あの男から仕事を奪ってやってきました。今頃仕事を取られて船の前で一人寂しく素振りでもしながら『退屈の極也』とか暇人みたいなことを言っているんじゃないですか?」
ンジャ先輩の名前が出た瞬間に露骨に嫌そうな顔をしたセネガ先輩は、ちょっとキレのない毒舌でふん、と鼻を鳴らした。よくンジャ先輩といがみ合う割には一緒にいる二人の関係性ってなんなのだろう。
反抗期の娘と父親みたいである。口に出したら足踏まれそうなので言わないけど。
「しかし、一応指示があって追跡はしてみましたが、流石に本物のオークが出現するとは。これでノノカの不機嫌も多少は改善されることでしょう。どうやら後続も来ないようです」
「そうですね……ええと、オークの皮剥がした人挙手! 冬眠中だったオークが何頭いたか覚えてる!?」
道通しの一人にして最大の戦犯がおずおずと挙手する。
「あの、二十匹もいなかったかなぁ、と……」
「殺した数と皮になった数を合わせれば大体それくらいか、或いはまだ寝てるか。どっちにしろ一、二匹ならどうとでも対応できるな」
「はい。という訳で……ヴァルナ、先輩として命令です。本陣はここから二つ先の牧草地となっている丘で野営をしている筈なので至急そちらに向かい、オーク十三匹を仕留めたため至急回収班が必要になったと伝達を。現場のあれこれは私が取り持ちます」
「了解です」
今は事件の犯人よりオークの回収が優先だろう。
倉庫内の足場は石畳とセメントで固められているので血の回収は容易だろうが、オーク撃退の為に落としまくった荷物が砕けて中々に大変なことになっている。なにより運搬の事を考えるとここからクーレタリアまでの道のりがえげつない。季節的にセーフだとは思うが万一にも腐ると伝染病対策に倉庫全体が処分される可能性もある。
「――それと」
「はい?」
急いで駆け出そうとした俺を呼び止めたセネガ先輩は、眼鏡をくいっとしながら更に指示を追加する。
「ここにいる彼らの処遇、説明、身柄の扱いは全て私が処理するので、詳しい状況は全て私に聞くよう伝えてください。また、貴方は丘の部隊に伝達が終わったらそのまま船へ戻って仮眠を。明日の昼には実況見分等ありますので、それまでにUターンして戻ってきなさい。お弁当は持参、おやつは三百ステーラまで。あと――」
「途中から遠足になってるんですが!?」
「まぁとにかく時間を無駄にしないように。ああそうそう、ノノカにもオークを殺した旨は伝えておいてくださいね。あとは、そうですね……ヴァルナを案内する役割はワダカン氏が適任でしょう。ワダカン氏、ちょっとこちらへ」
「はい」
言われるがままに素直に手招きに応じる先生の耳に口を寄せ、セネガ先輩が何やら囁く。途中でワダカン先生の腰にそっと手を回して先生がビクッとしたり、耳たぶに唇が触れそうな距離になって先生がまたビクッとしたり、完全に真面目な男を捕まえてからかっているようにしか見えない。というか実際半分はからかってるだろあの人。
「まぁそう言う事です。ではよろしく」
「は、はい……」
心なしかワダカン先生の顔が短期間でやつれた気がする。自制心が強い分、逆に精神力を多く削られているのだろう。ちなみに他の道通したちはセネガ先輩から感じる大人の色香に大分心の天秤が傾いているのか、一部は鼻の下を伸ばしてみている。
クーレタリアの男たちは実はハニートラップに弱い習性があるのかもしれない。さっきまで心配そうに囲っていたメラリンさんに寄り添ってるのは既にドラテのみである。
お前はお前で問題あるな。婚約者と上手くいっていないのかと邪推すら湧いてくる。
ともかく、俺とワダカン先生はすぐさまセネガ先輩に言われた通り走った。
丘の部隊に事情を伝えると想像の斜め上を行く状況に「説明しろ!」といろんな声が挙がったが、もはや面倒なので言われた通りセネガ先輩に全部説明を押し付けた。なるほど、ここでの時間ロスを気にしてたのか、などと思いながらワダカン先生と共に再び夜道を走った。
村についてからは先生とも別れ、船に到着した俺はローニー副団長に報告をした。とはいっても副団長は流石にセネガ先輩が俺を追跡した事は知っていたらしい。報告は手短に済み、俺は翌日に向けて休んでよしと言われた。
今日の移動距離は中々だったし、考えてみれば夕食はスープしか飲んでいない。妙に空腹であることを自覚しながらも体を洗って服を着替え、既に時間は深夜なので食堂は開いてなかろうと諦めて今日できる最後の仕事――ノノカさんへの報告へ向かう。
「……というわけで、今回はオークあります」
「ぃやったぁっ! ここにきてオークを呼び寄せるヴァルナくんの豪運にノノカ惚れ惚れしちゃいますぅ! まぁ欲を言えば冬眠中のオークを確保したかったなー、とか思わないでもないですけど、それは時の運というものですしね。運命の女神に厳重抗議しましょう」
流石世界最高のオーク研究者、出来れば生きたまま解剖したいらしい。ともかくこれでノノカさんを犯人去勢させる同盟から脱退させることが出来たようだ。
「じゃ、俺はそろそろ自分の部屋に――」
「その前にミルクと夜食はどうです? 実は夜に作ってもらったサンドイッチがあったりして! どう? お腹すいてません?」
棚から降ろしたバスケットを持ってにっこりするノノカさんの厚意と腹の虫の欲求に、俺は素直に従った。ノノカさんマジ三大母神。更には厚意でノノカさんの部屋に余っているベッドを使っていいと言われ、俺はそのまま眠りに落ちた。
◇ ◆
『あのね、冤罪だから。いや、毎回ほぼ冤罪なんだけど、今回ももちろん冤罪だから』
『ふぅーん』
『あっ、その信じてない感じの目つき傷つく……いやね? そりゃ人は尊いし魔物の運命管理は私の管轄外なんだけど、魔物ってのはつまり進化の過程が異常なだけで歴とした生物な訳で……その寝込みを襲って皮剥ぐって。しかも目的が宴会芸に使おうとしたって。そんな不義やったら私がなんにもしなくても応報の因果ってものが生まれるのよ?』
『まぁ、俺も正直話を聞いた時は絶句ものでしたけど。でもあのタイミングで悪い事してない人も巻き込んで爆発するのは都合よすぎると思いません?』
『そんなこと言われても……わ、私だってちょっとハラハラしながら見守ってたんだからね?』
今回は分が悪いと思ったのか運命の女神(自称)もしおらしい。というかジト目で見ておいてなんだが、明らかに難癖か逆恨みな俺の事を心配までしてくれていた運命の女神(自称)は意外といい人なのかもしれない。
……悪い人感は今までもなかったけど。
『貴方は世のため人の為っていう言葉の意味をよく知ってるからいいけど、初心を忘れてオークを殺すことを楽しんではダメよ? いくらここに来られるからって、地上で生きる貴方に私が贔屓するとか助けるとか、そういうのは出来ないんだから』
そう言って、運命の女神は心配そうな顔でそっと俺の頬を両手で包むように触る。やわらかくなめらかで暖かな指は、恥ずかしいのに心地よい。どうしよう、うちの実母より母親感あるし三大母神とは違う根源的な母性を感じる。騎士になってこの方こんな真っ当な心配のされ方をしたのが久しぶり過ぎてちょっと泣けてきた。
俺の身の心配してくれるとか、もしかして女神か。
◇ ◆
翌日――何が楽しいのかニコニコ笑いながら俺の寝顔を見ていたノノカさんの視線で目が覚め、食事や身支度を済ませた俺は船を出た。「いってらっしゃ~い!」と元気いっぱいに手を振るノノカさんは何故かちょっと新妻感がある。もうとっくに三十歳過ぎてる筈だけど。
山の上の澄んだ空を照らす太陽を見るに、登り具合からまだ早朝だ。回収班は既に出発した後だった。一応「任せろ」と言われたから事件の犯人たちも含めてセネガ先輩に任せてきてしまったが、今更少し心配になる。あの状況では合理的判断だと今でも思うが、それでも心配になるのが人情だ。
人情味の薄い先輩方に非情な言葉を投げかけて殴られていないか心配である。
あの人たちは合法という名目があるとこれ見よがしに振り翳すから。
と――非常に珍しい人影が船に近づいてくるのを見て、思わず首を傾げる。
「あれ、ロック先輩? おはようございます。こんな朝早くに起きてるとか珍しいですね? 普段はまだアルコールが抜けずに爆睡してる時間帯でしょうに」
「おーぅ、まぁねぃ。クーレタリアのお酒は美味いんだけどスッキリしすぎてていけねぇや。若干素面になっちゃってるよ」
「日常的に素面じゃないロクデナシは言う事が違いますね」
「褒めるな褒めるなっ♪」
欠片も褒めてないのだが、この酒浸りには褒めているように聞こえたらしい。あるいはボケか。どちらにせよスルー安定である。
ここでムキになっては「何を騒いでいる!」と先輩の誰かが来て、「いやロック先輩がふざけて……」とか言うと急にキリっとした顔になったロック先輩が「自分の不手際です」とまるで俺の尻を拭ったような態度を取って「ああ、なるほど。騎士ヴァルナ、精進したまえ」とか勘違い台詞吐かれて俺が悪かった流れになったりする。
なお、真面目なふりが通じない人の場合は酔っ払いのフリを敢行して「その馬鹿相手にムキになってどーすんの」とか言われるので結局怒鳴り損である。
「にしてもアレだねぃ。昨日大変だったらしいねぃ」
「あ、もう聞いてるんですか。そうなんですよ、大変だったんですよ」
「まぁでも、苦労の甲斐はあったんじゃない? 結局アレだろぅ? 村長が『オークが喋ったというのは村の者の勘違いでした』って事で、本物のオークは綺麗に討伐出来たワケだし。逮捕者も出ずに当初の予定通り、俺らはオークを討伐して王都に帰還ってな!」
「そうですね、村長が……え。ちょっと待って」
かなり聞き覚えのない話がさも当然のように語られて一瞬乗りそうになった。
俺の認識する事件の顛末とは事実どころか想像すら異なっている話だ。
ロック先輩は相変わらずとぼけたような口調で話を続ける。
「俺らはオーク討伐の依頼受けて来たんだろ?」
「そうですけど、でも実際にはノノカさんの認定で偽オークだって……」
「でもオークは討伐されただろ?」
「そりゃ、まぁ。かなり予定と違う話ですけど」
「倉庫で派手に暴れたんだってなぁ。倉庫がオークの拠点だったんだなぁ。オークに盗まれた荷物は全部オークに壊されてダメになっちゃったってのは被害者には残念だけど……まぁ、そういう話なら『辻褄はあっちゃう』よなぁ。村長が発言を撤回したんならもう確たる情報なんて無いってことだし、俺たちが悪いんじゃないし、責任取る人もいらないもんねぃ♪」
けらけらと面白そうに笑うロック先輩。
つまり、こう言っているのだ。
――オークに扮した盗賊行為などなかった。それは村人の勘違いで、実際には本物のオークが盗難行為を行い、それは討伐されたため後は事後処理さえ終われば事件は終了。逮捕者もゼロ。騎士団の名誉と面目になんの曇りもない、と。
「あっ」
俺の記憶が昨日に遡り、断片的な情報を繋げてゆく。
俺の後をつけたセネガ先輩は、何の為について来た?
状況説明を全部自分がやるって、あの人はそんな殊勝な人だったか?
俺とワダカン先生が去ったあと、あの人はあそこで
そういえば――そういえばで思い出したが、村長についてパズスは『村がひっくり返る秘密』を知っていると言っていたが、それは村長と取引を持ち掛けられるだけの内容だったのではないか?
「あ。そういえば小屋の外になぜか焚き木した痕があったらしいんだけどさ。オークを警戒して焚き木したんなら別に不自然じゃないよねぃ。木のほかになんか、そう、
「………」
すうー、と息を吸い込み、肺を極限まで膨らました俺は思いの丈を全力で放出した。
「あの人やりやがったぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!」
早朝のクーレタリアに響き渡る大絶叫に驚いた鳥たちがバサバサと飛び立っていく空に、俺はとてもいい笑顔でサムズアップするセネガ先輩の幻影を見た気がした。
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