第140話 書き記します

 信用の有無というのは、騎士に関わらず人生を大きく左右する問題だ。


 子供の頃は時折本当の事を言っているのに信じてもらえない等ということがあったものだが、士官学校時代は真実を歪めんとする特権階級共の手によって何かと濡れ衣を着せられた。盗難とか器物破損とか置き引きとか、果てはかなり品のないものもあった。もちろんその全てが冤罪であったのだが、時には偽造証拠まで出てきて退学の危機にまで陥ったものだ。


 その度に俺はセドナとアストラエを引き連れて問題解決に向かおうとして学校を混沌とハチャメチャの坩堝に落としてきた。主に両サイドの天然と愉快犯のせいで。俺は濡れ衣を晴らせればいいってのにあの二人ときたら途中から犯人探しに夢中になって俺置いてけぼりだよ。友情どこ行った。


 現在の騎士団内でこそ信用度は逆転しているが、それも結果あってこそ。

 故に、ワダカン先生の周囲の信用度の高さには、正直驚いた。

 最初、道通したちは突然現れたワダカン先生に驚きながらも自分たちが村の襲撃犯であることなどおくびにも出さない態度で歓迎した。しかし、犯行がバレている事を即座に先生が告げるとその顔色は一斉に蒼白になった。


 ――犯罪者というのは、こういった絶体絶命の状況に於いては短絡的な手段を選びがちだ。代表的なものとして、ヤケになって襲い掛かるなどだ。そうなるともはや話し合い所ではない。事実、ほぼ無意識だろうが周囲にある武器に使えそうな代物に手を伸ばした者が数人いた。或いは、先生自ら引導を渡しに来たと思い覚悟を決めていたのかもしれない。本当の所は当人たちの心の内でさえあやふやだろう。


 だが、ワダカン先生は「戦いに来たのではない」と宣言した。


「村から去り行く貴方たちに、一時は指南役として教えた私から伝えたい事と、聞きたいことがあっただけです」


 続いてメラリンからも事情を聴いたこと、事態を把握した騎士が一人ここに来ていることを伝える。決して口達者とは言えない端的な事実確認と通告ではあったが、かつての教え子たちはそれに戸惑いつつも、口をそろえて「先生が言うなら」と言った。


 村から見捨てられた彼らにとって、先生は未来を奪った側の人間だ。それでも従うのは、決して立場的に上だからという事ではないのだろう。彼らは多分、こうも思っている。先生の期待に添えなかった不甲斐い自分たち――と。

 それは間違いではないが、真理でもない。

 ともかくこうして、俺たちはパズスとターシャのいる部屋にまで来たのだ。


 ……そこまでは確かにシリアスな空気だったのだ。


「もー予想以上にイチャイチャしてて、Uターンして帰ろうかと本気で思ったよ」

「ごめんなさい! わ、悪い事してるとは思ってたんですけど、久しぶりだったから!」

「あの、パズスは手先は器用でも心は不器用な人なんです。どうか許してあげてもらえませんか、騎士様……」

「いいよいいよ、別に責めてるんじゃないから。俺のやる気の問題だから」


 周囲メンバー十数名も多かれ少なかれ似たような事は思っていたのか、周囲のパズスに対するジトッとした視線は多い。嫉妬もあろうが、道通しになって尚想ってくれる女性がいることが羨ましいと見える。俺もちょっと気持ちは分かる。


 ちなみにメラリンは恋人同士の生のやりとりとやらにインスピレーションを受けたのかふにゃけた顔で何やらメモ帳に書き込んでいる。なんのかんの言って女の子、他人の恋愛には興味津々のようだ。


 まず前提として伝えるべきことを伝えた。すなわち、騎士団が村にやってきており、ここにいるメンバーを捕まえようという話になっている事だ。

 これを聞いた時、全員が唖然としていた。

 村との接触を断っていた為に寝耳に水なのだろう。

 あの排他的な村長が、というのが全員の本音のようだ。

 皆の様子を見てワダカン先生がぽつりとつぶやく。


「実のところ、私も話を聞いた時は少し不思議に思いました。なんというか、すぐさま遠方に頼るのは村長らしくないと言いますか。正しい判断であることは間違いないですが……」


 騎士団側の感覚としても正しい判断だが、現地人の感覚ではどこか腑に落ちない所があるようだ。確かにこれまでの任務で訪れた場所には、多からずではあるが地元で解決しようと危険な努力を重ねたところもある。地方に行けば行くほど、この国は自治意識が強いのだ。

 この微かな疑問に答えたのは、意外にもパズスだった。


「お、オークに負けた村長……って思われるのが嫌で、意地を張る余裕が、なかったんだと思います……」

「は? 親父がか? お前、いくら辛く当たられたからってそれは……」

「ううん、僕知ってるんだ。母さんがお酒を飲んだ拍子に、父さんの昔の話を……」

(……あれ? 親父、父さん……?)


 ドラテはその話が懐疑的だったのかすぐに否定しようとするが、パズスの様子に嘘は見られない。と、それは別として俺はパズスの顔をよく見てみる。村長の奥さんの面影が何となく見て取れた。続いてドラテの顔を見る。最初に見た既視感は何かと思っていたら、村長と目つきが似ている。

 思わず小声でワダカン先生に確認を取る。


(ソウジョ村長の息子だったんですか!?)

(そういえば言い忘れてましたね……いや、説明足らずで申し訳ない)


 人間何でも説明してもらえると思ったら大間違いだ、などと士官学校時代に教官に言われて「じゃあアンタ何のために教鞭とってるんだ」と疑問に思ったが、言うまでもないと思っていたことが実は全然伝わっていないという事は時々ある。というか前にもカリプソーの一件でセドナと勘違いコントしたばっかりだった。


 しかしなるほど、厳格な父親というのにものすごく得心した。

 言ってしまえば村長なんてこの村で一番厳格である事が求められる人間だ。規範がブレれば下もブレるし、規範が歪めば下も歪む。集団とは得てしてそういう性質がある。


 ドラテは未だに納得のいかない顔をしている。

 父の威厳からかけ離れたパズスの言葉に納得できないのだろう。

 父親に対する畏敬というのは、大げさに言えば家族内での信仰だ。

 父はかくある、という認識を根底に置く。

 それを否定するのは反抗期の子供か、或いは父のとんでもない失態による。


 流石にこの場の全員には聞かせられないのかパズスはひそひそとドラテの耳元で言葉をささやく。ドラテの変化は劇的で、肯定と否定が真正面から衝突したような複雑な表情を浮かべ、本当か、と確認した。パズスが頷いたのを見て、ドラテは呻きながら膝をついた。


「親父ぃ……それはズルい。マジでズルい。そんなズルして村長になったとか知りたくなかった……やべーぞこれ村の皆に知れ渡ったらクーレタリアは内乱だ!」

「えっ、そんな段階の話だったの!?」

「思いのほか衝撃的な内容のようですね!? かくいう私も話の内容が気になってしょうがないのですが!!」


 閑話休題。

 いいな、どんなに内容が気になっても閑話休題なのだ。


「えー、諸君らはオークに扮して村を襲撃し、金目の物やら女やらを奪った。間違いないか?」

「そんなスタンダードな盗賊みたいな言い方しなくても……まぁ、結果論的にはしましたけど。でもターシャは自分の意志で来た訳で、奪ったというのは……」

「そこはまぁ後でいい。問題は、『オークに扮して犯罪を行った』というこの一点が猛烈にマズいんだよ」


 俺は、この犯罪がいかに重罪であるかを説明した。

 最悪打首なのだが、そこは敢えて言わず終身刑や島流しもあり得るという話にした。終身刑も絶望的に重い罪なので、事の重大さはしっかり伝わり、その場のほぼ全員が青い顔をしている。


「……もっと世間を知ってから計画を立てるべきだったな。はっきり言うけど、事によってはターシャさんとメラリンもしょっ引かれる大事件だぞ。王都はこれを知れば大騒ぎだろうな」 

「そんな! やったことはといえばたかが盗みじゃないか!」


 道通しの一人が声を荒げるが、たかがで済む問題ではないのだ。


「オークは王国最大の敵だぞ。これまでの歴史で幾人もの死人を出し、経済に大きな損失を与え続けている魔物だ。その魔物被害に遭った人たちがお前らを見て、盗んだだけかと納得できると思うか? よしんば民が許したとして、騎士団と王国にとってこいつは大きな侮辱なんだぞ」

「王国の治世なんて関係ないじゃないか! 俺らはただ山の中で暮らせてりゃいいんだ!」

「だが村長は王国ひいては騎士団に判断を委ねた。社会と立場っていうものがあるんだ。大体クーレタリアは織物や絨毯を出荷して外貨を得てるだろ? 関係あるじゃないか」

「ぅ……」


 周囲を見渡す。その多くが思いもよらない罪科に項垂れている。

 顔が上がっているのはハラを決めているメラリンとターシャ、あとはパズス含む数名といったところだ。


 俺の役割はひと段落だ。

 騎士として彼らに真実を伝え、真実を見る。

 俺の目に映る彼らを浅はかな犯罪者と罵れるか、と言われると、浅はかとは思うが罵る気分にはなれない。彼らは極悪人でもサイコパスでもない、ちょっと悪知恵を働かせた若者たちに過ぎない。

 これ以上、何を言うべきか。

 そう思うより前に、ワダカン先生が前に出た。


「私は君たちを見届けに来ました。犯罪者となっても進むか、今引き返すか。私は君たちの力になれなかった男、止める気はありません。無力な私にできるのは、もはや見届けること……そして君たちの指南役である事だけです」


 ワダカン先生が、懐から羊皮紙の束を取り出す。

 そして道通したち一人ひとりに、それを手渡しし始める。

 よく見れば羊皮紙には文字が書かれており、それを見た道通したちの目が驚愕に見開かれていく。


「これ、母さんの……手紙?」

「俺のは姉ちゃんからだ……」

「はい、これが君の分です。母君は頑なに書いてくれませんでしたが、弟が名乗り出て書きました」


 回りまわって、なんとターシャにまで手紙を差し出し、ワダカン先生は役目を終えたとばかりに戻ってくる。その場の道通したち全員と、ターシャが目の前の手紙に釘付けになっていた。手にはまだ少し余った羊皮紙が書かれている。


「……あなた方と別れた後、私の教え子の家族の家を一軒一軒回って手紙を書いてもらいました。『貴方の息子がクーレタリアから離れるかもしれない』と告げて。余った束は、計画に参加していなかった教え子の分です。家族のいくらかは、事情を察したかもしれません」

「どうしてそんなことを……? 下手をすれば村長にばれて、よろしくない事になるのでは?」

「覚悟の上です。それでも私は、皆にもう一度自分を見返して欲しかった。そのうえで決断するというのなら、それは成人の儀に匹敵する覚悟に相違ありません。それだけ強い意志で決断するのであれば……認めますよ」


 それは、ワダカン先生なりの最後の課題なのかもしれない。これを乗り越えてなお前に進むなら、もう自分で物事を考えられる年――成人になったと、村のルールから外れた方法でも認めてあげたいという願望だったのかもしれない。

 岩の上で演武も恐ろしいが、子にとって親元から離れるのは野生生物から人間まで、誰であっても大いなる勇気が必要になる。それは、不安や恐怖に打ち克つ力だ。


 もはや日が沈み夜の帳が周囲を包む中、俺は彼らを見渡す。

 悲しそうな瞳の者、嗚咽を漏らす者、手紙を抱きしめる者。

 手紙の内容は必ずしもすべてが優しさで構成されてはいなかっただろう。しかし、故郷の家族を想う純真さが欠けている人間は、その場には一人たりとていなかった。


 やはり、俺の腹の内で決めた覚悟は変わらないようだ。

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