第139話 夢中過ぎて気付きません

 今回の俺の単独行動のタイムリミットは、騎士団メンバーがパズス達道通し包囲網を敷くまでだ。故に騎士団が今、どの位置にいるのかがは気になってくる。今までならファミリヤによる情報伝達で色々と知れたこともあるが、今回はそれもない。

 後は自分の体力を信じるのみとなる。


 とはいえ、作戦決行は明日の朝を予定していた筈なので、日暮れまでには目的地に着く予定のこちらが有利ではある。慣れたとはいえここは高所であるし、若干遠回りなルートを選んでいる騎士団側の時間ロスは決して小さくはないだろう。


 途中で地形の安定した場所はメラリンが自力で歩いたり、小休止したり、たった四人の行軍はひたすら続いた。途中で少しクーレタリアの話を聞いたり、代わりに俺とメラリンが都会の話をしたり、少しばかりパズスとドラテの話も聞けた。


 パズスは家族の中でも母親に似ていて、外で何かするよりは織物の方が得意だったそうだ。しかしクーレタリアでは織物は、イメージ的には女性のやることらしい。男も簡単な裁縫程度なら出来るが、凝ったものとなると話が少し違ったという。特にいい顔をしなかったのが彼らの父で、女々しいだとか苦言を呈されていたそうだ。


 ターシャはそんなパズスと一緒に織物をして遊んでいたそうで、時にはそれをドラテや、ドラテのさらに上の兄弟も一緒になってやっていたという。運動が得意ではなくいつも父に叱られるパズスに対する、家族の優しさだったのだろう。


「あの頃が一番楽しかったな。成人の儀なんてまだ先の話だったし、パズスも死ぬ気で頑張れば儀を乗り越えられるだろうなんて他人事のように思ってた……」


 俺は死ぬ気で頑張って何とかなった側なので何とも言えない。

 というか殊更勉強に関しては友達二人に『なんとかさせられた』というか、一種の洗脳学習というか……やめておこう。あまり思い出したい過去ではない。成功にもそれなりの代償は必要なのだ。


「親父だってパズスだけ嫌いだってんじゃないと思うんです。悪くは言いますけど、他人がパズスを馬鹿にすると凄い目つきで睨むんです。でも親父は一度決めると決めた事を他の人にも喋らないし……」

「必要なのですよ。父として、責任ある男として、有無を言わさぬ厳格さというものが」

「典型的な家父長制ですね。理不尽にも思えるけど、まとめ役が明確でない家庭は関係拗れることあるからなぁ……」

「家出して夜の町で遊ぶ娘、自分の事にしか関心のない母、グレて暴力を振るう息子……こんな荒んだ関係が家族なのか!? 求めていた暖かさは何処に!? ……んー、次の新曲のテーマとしてはアリかも。メモメモっと」

「魔境ですね、都会とは」

「いやいやいや、ごく一部の話ですよ?」


 メラリンが何やら軽い気持ちで深い歌を作ろうとしているが、彼女の言うような家族関係の崩壊というのは都会ではちらほら見受けられるようになっている。父親が畏怖の対象ではなくなった時、子は親を見放すのだ。


 結局のところ、恋心を捨てられなかったパズスは村の外に広がる自由という名の誘惑に惹かれてしまったのだろう。或いはターシャもか。何割かメラリンのせいな気もするが、メラリンからすれば村がおかしいという話であるし、彼女の一言で覚悟を決めるくらいなら別の切っ掛けでもいずれそうなったかもしれない。

 どちらにせよ、起こってしまえば後の祭りだ。


 やがて、俺たちは山にぽつりと建った、飾り気のない大きな木造家屋を見つけた。少しの窓を除けば入り口に大きな扉があるだけの、まさに倉庫といった佇まい。既に太陽は瞼を下ろすように地平線に吸い込まれてゆくなか、一行は遂に道通したちの居場所へと辿り着いたのだ。




 ◇ ◆




 パズスという男の人生は、後悔の連続だった。


 まず、厳格過ぎる父の元に生まれてきてしまった後悔。

 次に、父親に似た屈強な体や才能を得られなかった後悔。

 それにいじけて男らしくない趣味に走った後悔。

 成人の儀を乗り越えきれなかった後悔。

 そして、道通しとして村の近くに残った事による後悔。


 しかし、その後悔を苦に思ったことはあれど、やり直したいと思ったことはない。

 その理由が、伸ばした手を優しく握りしめている。


「明日、ここを発って都会に行く。もう村に戻れない。それでも君は――」

「本当にいいのか、なんて今更聞かないでよ? 私知ってるんだから。貴方って男は私が付いてないとなんにも出来ない――ううん、私の為じゃないとなんにも出来ない男なんだから。そんな貴方だからここまで来たのよ?」


 隣に座る愛しい人は、覗き込むように横からパズスを見る。

 ターシャ――本当に、彼女がいないと何も決断できないのが自分だ。


 虐められてはターシャに助けられて「しゃんとなさい」と言われた。

 ターシャがからかわれると、僕はそれが許せなくて引っ込み思案の心を封じられた。

 何をする時も彼女が先で、彼女が近くにいないとき、自分はいつもターシャを探した。そんな自分をみっともないとか甘えたがりとか、男らしくないなんて言う人はいた。でも、僕はターシャと一緒に居たいって思いだけは止められなかった。ターシャに迷惑だろうと言われて不安になって、迷惑じゃないかと馬鹿正直に聞いたこともあった。


 ばか、と怒られた。でも、そんな迷惑な所がないとパズスらしくなくてつまらない、なんて言われた。意味はよく分からなかったけど、また手を握ってくれた。その温かさと柔らかさが忘れられなくて、その日は一晩中心が高ぶって眠れなかった。

 成人の儀だって、プロポーズに応えてくれたターシャに格好いい所を一度くらいは見せたくて、寝る間も惜しんで頑張った。


 でも、駄目だった。

 家族と話をする暇もなく、父に家から追放された。

 ワダカン先生は面倒を見てやると言ってくれたが、もう駄目だった。

 父がああでは、もうターシャと結ばれる道があり得ない。

 たとえターシャの両親がよしと言っても、彼女にこの落伍者は釣り合わないと言って父は頑なに断るだろう。そういう人なのだ。


 それでも、道通しの生活は耐えられないようなものではなかった。

 肉体労働が苦手な自分は随分と足を引っ張ったが、道通しの皆は弱者がどんな扱いをされるかよく知っているから、優しかった。やがてどんくさい自分でも出来る仕事を回してくれるようになり、共に食事をし、会話を楽しみ、居場所が出来た。


 それでもターシャに会いたくて、仲間の手を借りてこっそり村に行ったものだ。

 今ではこそこそ出会うことしか出来ないが、外の町で買ったプレゼントだって渡した。


 こんな時間がずっと続いてくれれば、なんて、儚い想像をした。

 いつかターシャが他の男に抱かれる未来から必死に目を逸らして。


 それでは駄目なのだ、と。

 とある人の歌を聞いて気付いたのは、暫くしてからの事だった。


 メラリン。都会の女の子。不思議な言葉遣いの彼女は、村では全然見ないし近くの町でもそんなにいない、独特の雰囲気を纏う人だった。チャーミングで、友達たちは告白したいなんて人もいた。そんな彼女に惚れこみはしなかったが、奏でるメロディと歌はパズスを虜にした。


 きっと心の底で、自分が吐きだしたかったであろう本音を吐露するような歌。

 聞いた時、まるで自分の為に作られたような歌だと思った。ターシャに励まされるのと同じ気分になった。パズスはメラリンの歌の虜になった。

 だからだろうか。彼女にそれを言われた時、パズスは「ターシャもそれを待っているんじゃないか」とさえ思ってしまった。


『故郷から花嫁を奪い取れーっ!!』


 パズスは生まれて初めて、悪事を働く決意をした。

 村のルールに明確に背くことを計画し、その為に仲間の知恵も借りた。

 でもターシャには最初怒られた。喜んでくれるんじゃないかとちょっぴり心のどこかで思っていたので、ショックだった。でも、ターシャは項垂れる自分の頭を抱いて「一人でやらせると失敗しそうで不安だから、ついててあげる」と言った。


「きみは、僕の為なら村を裏切ってもいいの?」


 ぽつりと、呟いた。

 

「良くないに決まってるでしょ? パパとママがどんな顔するか……」


 即答だった。ターシャは助けてくれるけど、いつもこちらの求める返答とは全然違うような事を言う。そんな彼女に夢中になっているのだけど、それでも不安は湧いて出る。


「君はここに来ちゃった。悪い事をもうしてるよ」

「そうよ。でもそれはいいの、私が自分でこっちって選んだのだし。それは悪い事だけど、悪いからってやらないでいるというのは、善悪とはまた違うことなのよ?」

「難しい事言われると分からなくなるよ」

「やりたいか、やりたくないかってこと。私が村から出ないってなったら、今度はあなたが私を置いていってしまうじゃない。知らない女の子の話なんかされてさ。私だって不安を感じる事は、たくさんあるのよ?」


 肩と肩が触れ合う。メラリンの事をターシャがそんな風に思っているのは、全然知らなかった。でも、自分だけが怖い訳じゃない事を知ってしまうと、安心してもっとターシャに触れていたくなる。


「ごめん」

「謝るの禁止」

「ありがとう」

「それでよし」


 微笑むターシャに夢中だ。

 予想できない君に、優しい君に、そして初めて見る気のする憂いた顔の君にさえも。

 どんな結末が待っていても、きっと一生をかけても足りないくらいに夢中だ。


 だが、夢中過ぎると気付かない事もある訳で。


「猛烈に罪に問いにくい。なんならこれから話しかけるのも嫌だわ」

「そんな事言わず! 大切な話じゃん! がんばがんば!」

「私は見合い結婚だったので、ああいう時期はありませんでしたね……というか、ターシャの性格が私の記憶にあるのと違って少し衝撃です。私は彼女の事を知らなすぎた……?」

「気の許せる相手にはああなんですよ。それにしてもこの状況、本で読んだことがある。あれが都会で人気の『らぶろまんす』……!」


 他の道通しに話を通して後は当人に話しかけるだけの出歯亀集団がラブとロマンスの帳を破るのには、もう少し時間がかかった。

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