第138話 お前を見ています

 今回の一件、騎士団の士気は高い。

 理由として一番大きいのは、王国民にあるまじき卑劣極まりない行為――オークに扮した強盗行為を許せないからだ。言い方や考え方は様々あるが、総じて今回の犯人を捕まえて罰を受けさせるという点は一致している。


 ちなみに他の理由は、オークより生捕りが楽そうとか血の後片付けの心配しなくていいとか刺股さすまたを初めて使って変にテンションが上がってるとか、そんなしょうもないのばかりだ。これから出発しようという陣営のメンバーが小学生のじゃれ合いの如く端っこで刺股チャンバラを繰り広げている。


 しかし一方で、テンションの低い者も一部いた。

 その筆頭が、遊撃班の班長を務めるガーモンである。


「人間相手に騎士として力を振るうというのは……変な話だが、少々気が引けるな」

「フツー騎士ってのは対人が基本じゃないんスかね?」

「それはそうだが、騎士団に入ってから鍛え続けた我が槍はオークを殺す為に研ぎ澄ませたと言って過言ではない。模擬戦と違って相手が強者という訳でもないと思うと、どうも……」

「独特の悩みですね、班長。まぁ確かに俺らの戦術ってオークを殺すためのモンですし、畑違いなのは否めませんな」


 浮かない顔で自分の槍を磨くガーモン班長に対する団員の反応は様々。近くに居た旧知の部下は同意するが、他はよく理解できないといった顔が多い。罪人を捕まえるなんて、まるで『まとも』な騎士団みたいだと興奮しているのだ。


「なんにせよ、村の話を信じるならば今回の犯人はオークに扮した平民。見逃したとあらば騎士の名折れってもんです。ヴァルナだって当初はやる気だったっしょ?」

「んあ、そういえばヴァルナの野郎いねーな。カルメ知ってるか?」

「え!? ええ、と……こ、個人的に何やら調べてるとか、らしい、です……」

「何だ、またかよ! つーかもしかして今回の逮捕には不参加か!?」

「今更何を調べるのかねぇ……はっ! もしや女と逢瀬を!!」

「お前、いつも二言目にはそんな話だな。あいつがそんな理由で任務抜けるタマかよ! 班長、なんか聞いてません?」

「いや、深くは聞いていない。ただ、そうだな……そういえば昨日、偶然村に来ていた旅行客の女性と一緒にいるのを」

「ギルティ」

「ギルティ」

「いやいやいや! やましい理由と決まった訳でもないだろ!? どうせ現地人の痴情の縺れとかに巻き込まれて何とかしようと右往左往してるだけだ!」

(だいたい合ってます、班長……)


 適当にいなしてるようでほぼ正答を言い当てるガーモンに周囲は「信じられるかー!」「吊るせー!」などとノリで適当な事を叫んでいる。この辺の彼の察しの良さも、ヴァルナを入団当初から指導したり弟の件で暗躍していたのを踏まえての事だろう。


 しかし、問題解決の糸口は見えないまま犯人の元へと向かったであろうヴァルナを、果たして皆は許してくれるのだろうか、と唯一この場で真実を知るカルメは不安に思った。


(……いや、ノリで動いてる節があるから何かノリでどうにかなるかもしれない。うん、そう考えよう。ポジティブポジティブ)


 大分騎士団に毒されたことを考えるカルメをよそに、騎士団の進行は続いて行く。




 ◇ ◆ 




 今頃カルメたちも出発しているだろうなぁ、と思いながら、俺はワダカン先生の後ろを追って傾斜のきつい足場を移動し続けていた。


「ヴァルナさん、足は問題ありませんか?」

「ええ、今のところ。むしろ慣れてきたところですよ」

「流石ですね。この辺は傾斜だけでなく、平地部分も砂利が多くて歩きにくいのですが。ドラテとメラリンさんは問題ないですか?」

「だ、大丈夫です……で、でも一度休憩を……」

「ゴメンねドラテ。アタシをおんぶしたままだと流石にキツイっしょ?」

「いえいえ羽のように軽いですとも! それに貴方のおみ足に擦り傷を付けたとあってはクーレタリアの男の名が廃るというもの!」


 メラリンに声をかけられた途端にこれである。

 途中まではメラリンも自分で歩いていたのだが、それでも現地人二人と騎士一人の行軍に足並みを合わせるのは体力自慢でも辛いものがある。ましてここは高所、無理は禁物ということで、ドラテが彼女を背負うこととなったのだ。ちなみにワダカンさんは年齢的に遠慮し、俺は初めての足場なのにそのハンデは辛いだろう、とドラテに力説された。

 おいドラテ、お前そんなにか。


「やれ、婚約者がいるのにあの浮かれよう……余所者が珍しいのは分かりますが、あれも若さですかね」

「え、いるんですか婚約者?」

「いますとも。何を隠そう彼はパズスの兄なのです。パズスより年上なのに婚約者がいない方が珍しい。あと一、二年もすれば結婚式です」


 あんまり聞きたくなかった新事実である。もし「やっぱ婚約者より都会の女だな!」とか笑顔で言われたら俺はもうどんな顔すればいいのか分からないので聞くのが怖い。あと、俺の勝手な直感ではあるがメラリンは彼の好意に割と無頓着な気がする。男と音楽なら音楽取りそうだし。


「ところでワダカンさん。行くのはいいですが、元教え子たちに会ったら何をするかはもう決めてらっしゃいますか?」

「賛成するか反対するか、御気になりますか?」

「いえ、俺は実はまだ決めてなくてですね。話を聞く気ではあるんですけど……言い出しっぺの癖にひどいもんだ」

「悩むのはいい事です。年を取ると意固地になって、悩むまでもないと盲目的になってしまう。そんな頑なさが招くのは、今回のような事件です」


 道を見据えるワダカン先生の表情は見えない。

 少なくともその足運びに迷いはない。

 教師として何をすべきか、しっかり見据えたのだろう。


「私は指南役です。それは武術だけの話ではない。しかし教えるとは、正道を指し示す事だけではない……今はそう思います。それは貴方のおかげでもあり、メラリンさんの言葉の影響でもある」

「メラリンはともかく、俺が? 優柔不断に悩んで今も答えを出せてないんですよ?」

「しかし貴方は一度も止まりませんでした。そこだけは何の迷いも持っていない。この問題、誰もが納得する解決策が思い浮かばない事など当たり前なのです。そのうえでも、貴方は歩みを止めない」

「無策に突っ込むとか騎士としては最悪の部類ですけどね」


 自嘲気味に言うが、ワダカン先生は首を横に振る。


「私はそうは思いません。私が事件の全容を知った時、二つの選択肢が頭にありました。一つは呆れた蛮行に及んだ生徒たちを『愚か者』と断じて見限る事と、どうしようもないから自分にできることはないと諦める事でした。貴方はそれを選ばなかった。何故です?」

「えぇ? うーん……なんでだろ。えーと、例え重罪人であってもハイそうですかと断罪して終わって、それって楽な方を選んだだけじゃないの? とか疑問を抱いた気はします。最初から諦めるってのは、目の前で関わってる以上絶対ないなって最初から除外してた気が……」

「やはり。つまるところ今あなたが歩みを止めずに直進しているのは、揺るがぬ心根があるからなのですよ。やるべきことが分からずとも、自分という人間がどの道を歩くかを頑固なまでに決めている。それが私には羨ましかった……メラリンさんもです」

「ほぇ? おっさん今なんか呼んだ~?」


 ドラテとお喋りしていたメラリンがこちらに顔を向ける。

 彼女の考え方とは水と油かと思いきや、ワダカン先生は彼女の考えも本人なりに考察していたらしい。


「私の主張に間髪入れず否定や屁理屈のような事を言ってきましたよね。信じられない言葉を連発されて私も熱くなりましたが、後になって思えば全部が全部誤りだと私は否定しきれなかった。村の責任ある立場にあって規範を示してきたつもりで、私の心は狭く弱くなってしまったのかもしれない」

「おっさん……」

「それはそれとしてメラリンさんは狭量でおしとやかさが足りないと思いますが」

「おっさんクラァッ! 一瞬ごめんねって謝ろうかと思ったのに!」

「うわぁ!? 何があったか分かりませんが暴れないで!! 怒った声は貴方には似合いません!!」


 決して届かない手をぶんぶん振り回して抗議するメラリンさんに突拍子もない宥め方をするドラテ。ふっ、と前から失笑が聞こえた気がした。


「ともかく、私は決めました。貴方もきっと、方法が分からないだけで決まっている。それでも不安があるならば、先に私が彼らと話をさせてもらっていいですか?」

「先生、それが終わったら次は俺から弟に言いたいことを言わせてください」

「アタシは特に今更言うことはないかなー。一蓮托生だよってくらいだよね」


 どうやら、ここに来て腹を決めていないのは俺だけらしい。

 しかし、『方法が分からないだけで決まっている』、か。

 確かにそうなのかもしれない。

 最悪の場合は恩赦砲ぶっぱするって自分で言ってたもの。


 やれることをやれるだけ、やればいいだけ。

 それはつまり、いつもの俺でいればいいってだけだ。

 三人の話を聞いて、少しだけ足が軽くなった気がした。

 と――。


「……?」

「どうしました、騎士ヴァルナ?急に立ち止まられて」

「いや、いま後方でなんかの音というか、気配を感じた気が……」

「小さな獣が通り過ぎたのかもしれません。なんにせよ、今は急ぐときでしょう?」

「……そうですね」


 気のせいだったのだろうか。

 ……いや、気のせいじゃないか。

 カンというのは経験則を基にするもの。人間の持つ一種の未来予測装置であり、何よりも鋭敏なセンサーでもある。自慢じゃないが、俺は自分の野性的なカンについては人並み以上の自信がある。


 そこまで思い至ったうえで、俺は「まぁ放っておいていっか」と判断し、そのまま目的地に歩き続けた。


 ――その場所から、ゆうに三百メートルは離れた岩場の陰から。


「この距離で勘付くとは、ヴァルナのくせに生意気ですね」


 その人影は、冗談とも本気とも知れない事を呟きながら、影のように音を立てずゆっくりとヴァルナたちを追った。

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