第136話 嘘じゃないです

 今回の俺の単独行動、今までの個人的行動とは全く違う性質を持っている。


 今までの単独行動というのは、目的と手段が明確で、かつ騎士団内からの理解を得られるものだった。しかし今回、俺は碌に別の騎士と話をしていないし、協力者も少ない。理由は明確で、時間的猶予が圧倒的に足りないのだ。

 作戦決行となる明日までに王国を納得させられる形でケリをつける方法とか、正直思いつかない。もう恩赦求めるしかない気がしてきた。


 とりあえずメラリンの話とワダカン先生の話を纏めた結果、道通したちの本拠地がどこにあるかは大体分かった。元々メラリンにこの辺の土地勘はなく、仲間の誰かが夜にこっそりメラリンを迎えに来る手筈だったらしい。

 当然、土地勘のあるワダカン先生を頼れば彼らの所には辿り着ける。

 だが、当の先生はというと険しい表情を隠し切れないでいた。


「私は彼らの恋路を応援したい気持ちはあります。しかしそれを差し引いても――正直、今回の計画には怒りを覚えざるを得ません」

「それは、まぁ褒められた話ではないのは確かですね。彼らの軽率な行動で騎士団まで出張る事態になりましたし」

「あ……そっか。そだよね。剣皇ヴァルナが来てるって事は、豚狩り騎士団出動しちゃってるんだよね……うわー、何でそれ思いつかなかったんだろ……」


 計画に関わったメンバー内で唯一その危険性に気付けた筈のメラリンは、今更ながら俺がここにいる意味、ひいては事態の重大さを漸く把握したらしく、青い顔で頭を抱えている。


 そう、俺たち騎士団は常に存続を危ぶまれる騎士団だ。一度出撃した以上、俺たち騎士団は信頼の為に必ず事件を解決しなければならない。既にオークの姿が確認された以上、俺たちにはオークを討伐する、ないしオークのフリをしていた現地人がいたならその身柄を拘束しなければいけない。


 実はいませんでしたなんて誤魔化しはヤガラ記録官に酒を叩きこんで誤魔化せる段階を通り過ぎたし、理由が何であれ国敵を装った強盗行為は王政からすれば紛うことなき重罪だ。見逃しましたは通じない。俺が彼らを逃がすことは出来ようが、そうなれば騎士団衰退、オーク跋扈、聖騎士団ヘッポコの王国壊滅という盛大な連鎖爆発が待っている。

 そのすべてを踏まえるに、彼らは余りにも世間に対して無知で、軽率に過ぎた。


「あの、もしかしてアタシもわりと重罪に……?」

「その辺は何とかなると思うから後にしましょう。問題は他の面子をどうするか……」

「私個人としては、やはり看過できません。大事を起こしたことについては勿論ですが、それ以上に、パズスやターシャたちが余りにも自分の両親家族の将来に対して無関心とも言える行動をしていることが、どうにも腹に据えかねるのです」


 どんな物語の主人公とヒロインにも親がいる。

 俺だって世間じゃ超力超人みたいに語られてるが、親とかアレだぞ。「え、アレからコレ?」って言われるくらいアレだ。ともかく、冗談みたいな奴にだって家族はいる。自分で言うのも嫌だが。


 今回だって既に俺はターシャさんの母親と出会っている。

 世間体を気にしている母親というと聞こえは悪いが、世間体を気にするのは人として当たり前の事だ。誰だって過ごしにくい日常も、自分だけ疎外感を感じるのも嫌に感じる。あの人が「ターシャはもう家にいない」と言われれば、どんな顔をするだろうか。


 困惑、怒り、茫然、悲哀、考えられる感情はいくつか思いつくが、今まで可愛がっていた娘に突然見限られて、しかも戻ってこないかもしれないとなれば、後には後悔しか残るまい。父親は悲しむか怒り狂い、その感情を溜め込んだまま生き続けるかもしれない。


「彼らは自由を手に入れるかもしれません。しかしそれは自分たちの身近な人々を深く傷つける自由です。パズスの家だって、パズスが道通しになった事で決して快くはない言葉を多く受けましたが、それをパズスのせいにしたことなど一度もありません。そんな家族たちに彼が突きつけるのは、村に強盗に入って娘を一人誘拐した悪党の息子という事実です」

「でもそれは二人の愛の為じゃんオッサン! 男の子と女の子がくっつくのに余計な口出ししすぎる村のルールが悪いし、そこまでさせたのは家族であり村なんじゃないの?」


 メラリンが反論する。しかしワダカン先生も退かない。


「そうであったとして、ならば自分と恋人の為に家族の想いはいくらでも踏み躙ってよいのですか? 咎人の親は、当人程ではないにしろ罰を受けます。これは村のしきたりです。彼らは自分のせいで苦しんでいる家族から目をそらして何処かにいく。この不義理をあの子たちが為すというのは、どんな理由があっても……」

「その村長ってジジイを村から叩きだせばいいじゃん。一番邪魔だし。てか、そもそも親は関係ないのに罰受けさせてる時点でダメ人間でしょ。理屈に合わないじゃん」

「村長は秩序の体現です! 村長がいなければクーレタリアの地を纏める人間がいなくなり、後継者を擁立するにも時間がかかるでしょう!!」

「クーレタリアみたいな田舎に住んでなくて都会に来ればいいんじゃない?」

「あー、やめやめ!! 二人ともやめ!! これ以上何か言い合いするなら俺はもうこの一件の全てから降りますッ!!」


 もっと早く止めてればよかった、と俺は内心で後悔した。

 根っからのクーレタリア育ちのワダカン先生と、根っからの都会育ちなメラリンさんで話が合う訳がなかったのだ。まだ何か言いたげなワダカン先生とメラリンは同時に俺を睨むが、俺が「二言はないですよ」と改めて宣言すると渋々引き下がった。


 協力者同士がこうも対立すると、この先に不安しかない。

 ともかく、俺はワダカン先生と別れてメラリンを一旦騎士団にお呼びすることにした。移動時間も考えて、犯行グループの居場所に向かうのは正午。その際に合流するが――ワダカン先生は、協力してくれるだろうか。


 俺はどちらかと言えば都会派の人間だ。

 ワダカンさんの言う理屈も分かるが、感情はメラリンさんに寄っているのは否めない。今回の話を自分で整理して、教え子に引導を渡すのが自分の使命だとワダカンさんが言うならば――もう、無理強いはすまい。




 ◇ ◆




 俺は騎士団に戻り、メラリンさんが重罪に問われないよう少々の保険をかけた。

 とりあえず、クーレタリアの人達に対する誤魔化しとして彼女は偶然この町に旅行に来たこととし、後は騎士団の客として扱う。騎士団内も今回の件はピリピリしてるので、馬鹿正直に報告せずに気の知れた人以外にはやはり旅人として扱う。


 その後の事の推移によっては事実が露呈して彼女も罪に問われるかもしれないが、それは保険がどこまで効くかによる。とりあえず他の実行犯と違って彼女は今なら小細工が出来た。それより後の事を深く考える時間的余裕は、今の俺にはない。


 正直、俺は最終手段として国王に直接彼らへの恩赦を求める気でいる。無罪とまでは言わないが、社会復帰出来る範囲の罪にしてもらうことは出来る。そうすることによる弊害というのはびっくりするほど多いのだが、人の命を見て見ぬふりが出来ない俺の騎士道を恨み、断腸の思いで身を切ろう。


「そんなに問題があるんですか、恩赦って?」

「そんなに問題があるんだよ、恩赦ってのは」


 今回はいつもの面子からキャリバンがおらず、カルメとノノカさんがメラリンと共に話を聞いている。俺に無条件で協力してくれる精一杯の面子である。ロック先輩の事も脳裏に過ったが、今の先輩はヤガラに絡んで動きを阻害するという尊い任務をされているので敢えて声はかけなかった。実際問題本当に重要な任務だ。


 ちなみに犯人去勢させる同盟は、思いのほか動機がピュアだったためか一時活動を中断している模様である。パズスと愉快な仲間たちをタマなしにするのは余りにも忍びないし。

 さて、話は戻って恩赦である。恩赦とは、国のトップに当たる人が特別に司法の下した罪状を軽くしたり取り消したりしちゃう制度だ。この国では実質王様だけの特権となる。


「んー、ノノカちゃんもそこんとこ、ちょっち疑問ですね。別に王様に恩赦求めるのって、求めるだけならタダなんじゃないですか?」

「普通の人がそれをすればそうですね。でも俺は国王と直接顔も合わせてるし、その息子と親友で国民にも顔の知れた王国筆頭騎士。つまるところ、一般人やその辺の特権階級が出す恩赦請求とは『通る確率』が全然違うんですよ。自分で言うのもアレですが、全力で手回しすればほぼ100%通ります」


 こちとら第二王子だけでなく第一王子のイクシオン殿下とだってたまに文通してるし、メヴィナ王妃と個人的に会話したことだって一度や二度ではない。ロイヤルファミリーとここまで緊密なのは王国中探しても俺とセドナくらいのものである。

 さて、そんな俺が国王に恩赦を求めて罪人が減刑されたとしよう。

 すると知り合いに罪人のいる国内連中はどうなるだろうか。


「センパイの恩赦砲を求めて各地から殺到してくる……?」

「というかぶっちゃけ、巡り巡って俺が政界に引きずり出される可能性あると思う。あくまで可能性だけど」

「んー、ヴァルナくんの一声で罪状がひっくり返るとなると、政治的にも法律的にもいらぬ懸念の声は挙がるよねぇ。そういうのに対応するとなると、確かに現場の人ではいられなくなるかも……」

「ノノカちゃん小さいのにめっちゃ賢いやん! 頭ナデナデしちゃう!」

「やーん照れますぅ♪ あ、ちなみにノノカちゃん王立魔法研究院の教授なんでメラリンちゃんよりダンゼン年上ですよ?」

「あはははははそんな見え透いた嘘を~! ……え、嘘じゃない?」


 端っこでノノカさんの初見デストラップに引っかかったメラリンが頭を撫でる手をフリーズさせているのはどうでもいいとして、状況の確認だ。今回は罪人を確実に捕らえる為にキャリバン率いるファミリヤ隊は全員出動しているため、情報の交換が難しいのだ。


「で、どこまで進んでるんだ?」

「既に現地の人を連れて先遣隊が出発しています。明日の明朝には包囲網が完成するって話です。ルートはここの山の緩やかな斜面、というかほぼ獣道ですけど……」

「ワダカン先生の示したルートとは大分違うな。まとまった人数を、現地人でない人を連れての移動だから足場のいいルートを選んでるのか?」

「でしょうね。だからセンパイが先回りするのは可能だと思います。問題は、どう話に収集をつけるかです……」

「そこはもう考えるのはやめた。会って確かめてやることやるだけだよ」

「うぅ……僕、まだ先輩に教えてもらいたい事沢山あるんですよ? 内部の人間になっちゃって一緒にいられなくなるなんて、です……」

「分かってるよ。だからそんな顔すんなって」


 泣き出しそうな顔で俯くカルメの肩を抱いて励ます。俺だってそれを望んでいる訳でもない。カルメは前髪で目の隠れた顔で、か細く「……信じてます」とだけ言って、俺の体にもたれる。まるで、もうすぐ去ってしまう人の体温を少しでも感じたいかのように。

 ……いや、何でそんなに女の人ムーブが堂に入ってるんだよ。

 というか肩華奢だな、なんかいい匂いまでするし。


「カルメちゃん乙女~! ひゅーひゅー!」

「確かにこの騎士団の誰よりも乙女! あ、ちなみに騎士カルメは「ちゃん」じゃなくて「くん」なんですけどね♪」

「あはははははそんな見え透いた嘘を~! ……え、嘘じゃない?」


 うん、まぁこの光景を初見で見てカルメは男だと思える奴はいないだろうな。

 俺も一瞬性別の境界が曖昧になるんだもの。

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