第135話 これが事件のあらましです

 順を追って話そう。


 メラリン・リーコンという女性は王都を居とする商家、リーコン一族の人間らしい。そういえばうちの騎士団のスポンサーにリーコン通商ってのがあった気がする、と言うと、割と感動した顔で「それそれ!」と言われた。特段有名という訳ではないが、騎士団のスポンサーはひげジジイに覚えさせられたので一通り頭に入っている。


 話を戻そう。どっかのスクーディア家ご令嬢程ではないがそれなりに甘やかされて育ってきたらしいメラリンだが、彼女は自称、流浪の音楽家ミュージシャンらしい。


「とは言っても、アタシの音楽って全然周りに理解されなくて路銀すら稼げてないんだけどさ。パパとママがスポンサーでいてくれる間だけ、アタシは流浪でいられんの」

「人それを親の脛齧りという」

「言わないでっ! その言葉は思った以上に鋭利だからっ!」

「みゅーじしゃんとは一体如何なる職業なのでしょう……?」

「あ、先生は知らないか。ええとですね……」


 さて、便宜上「音楽家」を「ミュージシャン」と呼ばせてもらったが、実際の所、この職業には現在二種類が存在する。


 一つは騎士団聖歌隊やオーケストラ、ミュージカルなど音楽の演奏や作詞作曲に携わる人間の事だ。音楽に携わる相応の組織に所属する人間は勿論、個人的なコネがあったりスポンサーのいる貴族お抱えの音楽家、後は宮廷音楽家なんてのもそれに当たる。


 さて、上記の音楽家が昔ながらのそれだとすれば、ミュージシャンは極めて近代のものである。彼らは作詞、作曲、演奏や歌唱を行いその評価として金銭を得る。ここまで聞いても別に上記の音楽家とは変わらないように思えるのだが、ミュージシャンの特徴はその「個人性」にある。


 昔ながらの音楽家は、大掛かりな組織の庇護に入る。

 そして組織の指針に従って音楽活動を行う。

 宮廷音楽家や騎士団聖歌隊にはそれほどクリエイティブさは求められないし、ミュージカルやオーケストラも基本は大衆に求められているであろうものがほぼ定まっている。言ってしまえば彼らの殆どは『望まれるから音楽を提供する』のだ。そこには一定の秩序と和が生まれ、それを乱すことは求められない。


 対して、ミュージシャンとは極めて個人的な活動だ。

 自分で自分のやりたい曲を作り、したい演奏をして、それがたまたま周囲に受け入れられるとお金や仕事が舞い込む。安定した収入を見込むのは難しいが、音楽活動に於いて彼らは余りにも制約が少ない。というかぶっちゃけ集団行動しないから無秩序だし場所も相手も選ばない。源流は吟遊詩人辺りなのかもしれないが、極論を言えば『仕事』ではなく『趣味』みたいなものである。


 この職業の分裂に至る背景は色々とあるし、音楽家とミュージシャンの間に様々な偏見や確執があったりもするが、それはさて置く。簡単に言うと、ミュージシャンは若者の音楽活動で、周囲には仕事と認識されてなかったり遊んでばかりいる連中だと上の世代からは白眼視される事も多い、なんともコメントに困る仕事なのである。


「と、ともかく! アタシは親にお金貰いながら王国内をブラブラ旅してた訳! で、山の下にある町の酒場で、ギター片手にちょっくら歌を披露したのよ! いいい、言っておくけどウケる時は結構ウケるし雇われないかって誘われたことだってあるんだからね!」


 まだ何も言っていないのに顔を真っ赤にして捲し立てるメラリン。自分の仕事が世間で胡乱気に見られている事に少なからず自覚はあるらしい。恐らくその『ウケる』の回数と雇用のお誘いは数にすると両手の指で事足りるのだろう。でなければこんなにムキにならず自慢げに話す筈である。

 年上だけど生暖かい目で見守ってあげることにした。


 閑話休題。ともかく山の近くの町で歌ってたメラリンの事をいたく気に入り、たびたび音楽を聴きにくる集団がいたのだという。彼らはメラリンの歌が余程刺激的だったのか、気が付けば常連になっていたそうだ。


 そう、その集団とは道通しの若い衆である。

 物資輸送の為に何度も町と山を行き来する彼らはメラリンの事をとても気に入り、時には食事を奢ってくれることもあったという。道通しには男しかいないので最初はちょっぴり身の危険を感じたりもしたメラリンだったが、都会の送り狼共とは根本的に文化性の違うクーレタリア民の女性に対する礼儀正しさにメラリンも次第に慣れていったという。


 やがて酒の席まで一緒にするほど親しくなった頃、メラリンはその集団の一人――パズスからとある話を聞いたという。


「ターシャちゃんって子と愛し合ってたのに、成人の儀を失敗したせいで結婚できなくなったって……でも好きで、忘れられないって。アタシ、そこで初めてクーレタリアのルールとか知ってさ……お酒入ってたのもあんだけど、納得できなくてブチギレちゃったの」


 彼女は色んな事に怒りを覚えて色々とぶちまけたそうだ。

 格闘技一つ覚えられないだけで成人も認めない文化性についても怒ったし、それを理由に親が結婚を取りやめさせたのにも腹が立った。結果を認めて未だに村にいるターシャや諦めムードを漂わすパズスにも怒った。

 ぶっちゃけ理不尽すぎね? と疑問を呈すと、「アタシもカッとなってたんだよっ! 後になって後悔したんだよっ!?」と顔を真っ赤にしながら反論された。ははーん、さては貴方テレ屋さんですね。


「もうそっからは売り言葉に買い言葉。じゃあどうすればいいんだ! って叫ぶパズスにね、アタシこう言っちゃったんだよ――『故郷から花嫁を奪い取れッ!!』……って」

「年頃の女の子がそんな乱暴な言葉を……」

「山賊的発想ですね」

「違うし! 駆け落ちって言いたかったんだし!」


 駆け落ち。成程、駆け落ちか。

 となると、メラリンがこの場所でターシャのふりをしていた理由を粗方察することが出来る。しかし、駆け落ちという言葉に馴染みがないワダカン先生は、まだ得心していないようだった。


「駆け落ちっていうのはですね……簡単に言うと、親の意向も村のルールも無視して愛し合う男女が二人で逃げちゃうって事だと思って下さい」

「……な、なんですって? そ、それは、残された親の立場は一体どうなるのです?」

「二人の愛が優先なので、通常は知ったこっちゃありませんね。逆に、子に逃げられた親が慌てて結婚を認める事もあるとか」

「い、いえ! そもそも結婚を認められない男女が共に生活する事も、結婚も認められていないのですよ! それでは結ばれません!」

「いえ、認めないのは恐らくクーレタリアの人達だけです。別のルールで結婚できる場所に行けば結婚できますよ」

「村長に永久追放の刑を受けますよ!?」

「村にいる限り結婚できないならむしろ都合よくないですか?」

「……に、逃げた者勝ちではないですかッ!?」


 そう、他の場所ならそこまで上手くはいくまいが、クーレタリアという閉鎖的環境は恐ろしい事に村への執着さえ捨てれば逃げた者勝ちである。だって村の外に出ないから逃げられると追いかけられないもの。彼らの世界はクーレタリアで終わっているから、世界の外には手が届かないのだ。


 大衆演劇にありがちな貴族同士、或いは貴族と平民の実らぬ恋となると、家の権力や威光が大きくて失敗する可能性が高い。社会的慣習から見ても後の生活は大変だろう。しかし王国は王都を含め大都市は軒並み好景気で、しかも海外からの移民も多いので外部から来た人間を異物と認識することが殆どない。

 あとは二人が都会の暮らしに慣れればお金にもそこまで困らないだろう。


 ワダカン先生もこれなのだから、道通したちにとってもそれは革命的発想だったろう。少なくともパズスはその言葉に衝撃を受けた筈だ。このメラリンの若さに任せた発言が、どうやらこの偽オーク事件の事の発端となったようだ。

 ……これ、下手するとメラリンは教唆犯なのでは。

 念のために後でちょっと保険かけとこ。


「で、あいつらすげーその気になっちゃって、色々考え始めたみたいでさ。や、アタシの知らない所でだよ? 気が付いたらあいつらオークの皮をどこからともなく調達してきて、オークのフリしてターシャを村から運び出す計画立ててたのよ」


 その計画概要は、おおよそ俺の予想と合致するものだった。


 まずオークのふりをする理由は、ルールに雁字搦めにされたクーレタリア民には生身で行けば叩きのめされるがオークのフリをすれば迂闊に手を出してこないと当たりを付けたからだろう。オークを喋らせたのも、オークの事をクーレタリア民がよく知らない事を逆手に取っている。運び屋の彼らは外部に出る機会が多かったので、さぞナイスアイデアだと思ったろう。

 ――オークのフリが想像を絶する重罪であることに気付かずに。


 そして村に侵入。恐らくこの際にターシャは事前にパズスと打ち合わせをし、強奪された家具――嫁入り道具だったというこの家の大箪笥の中に隠れていたのだ。他の物品を盗んだのはカムフラージュか、或いは逃亡後の資金にする為といった所か。


 直接攫わなかったのは、恐らく表立った人攫いになれば如何にクーレタリア民と言えど手段を選ばなくなることを警戒してだろう。綱渡りな感はあるが、よく考えたものだと感心する。


「で、計画を聞いててさ……ターシャとパズスにどーしても結ばれて欲しいなって気持ちがいっぱい出てきちゃって……だって好きなのに結ばれないとか可哀そうじゃん! だからアタシ、自分から言い出して暫くターシャのフリする役を引き受けたの」

「翌日からいなくなった事がバレたら騒ぎが拡大するから、その時間稼ぎという事ですか。部屋に籠ってるフリすれば家族相手でも暫くは誤魔化せると」

「実際、剣皇が見破るまでは上手くいってたっしょ?」


 にかー、といたずらっぽい笑みを浮かべるメラリン。

 嘘が露呈すればどんな目に遭うか分かったものではないというのに、ある意味大した肝っ玉である。根拠はないが、彼女はきっと将来とんでもない大物になる気がした。


 ただし、村長宅で話し合った物品の運び出し日時もあって、すぐには山の外に出られなかったことが彼らにとって災いした。俺たち騎士団の派遣が間に合ってしまったのだ。俺がここで知った事実を騎士団に伝えれば、いよいよパズスたちの駆け落ち計画は瓦解するだろう。


 そう――今、ようやく事件のあらましが分かっただけ。

 問題は、まだ何一つとして解決へと向かっていなかった。

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