第131話 不謹慎の極みです
クーレタリアに着いてからの調査は、まだ始まっていない。
作戦会議も明日に延期されている。
というのも、山岳地帯だけあって移動が単純に難しいという問題と、それ以上に標高が高くて工作班の体力が追い付かないのだ。高所は空気が薄く、呼吸で得られる酸素の量が少なくなる。船での移動で多少は慣らされていたが、川からクーレタリアまでの道がそれなりにあったのでその段階でグロッキーになった者も何人かいる。
こればかりは訓練不足のせいではなく、体質の違いなどもあるだろう。
なお、料理班は今回厨房がない関係で少数精鋭だが、全員既に高所に適応している関係で騎士を看病している。一部ちょっと役得みたいな顔をしているが、カルメに甲斐甲斐しく看病されている先輩騎士だけは激しい葛藤に見舞われているようだ。何の葛藤か知らんけど。
「ここまで高度の高い山でのオーク狩りは今までないから、ノウハウ不足でしたね」
「うぃ~、俺らの行動で今後の対策が決まる! 騎士団の歴史に刻まれる討伐だぞぅ~!」
「あんたはお願いですから山から落っこちないでくださいね。探すの七面倒臭いんだから」
遭難したらした方も大変だが、探す方も大変な重労働である。
ちなみに騎士が遭難した場合、ペナルティも兼ねて捜索費用全額自腹というルールになっている。故に騎士団メンバーは不意の事故でもない限り、懐のために意地でも自力で本陣に戻ってくる。尤も、今ではファミリヤ導入でそういった心配も少なくなってはいるが。プロに匂い探らせたり鳥連中に探させればいいもの。
「片や素で堪えてない人、片や高山でやってはいけない事の代表例たる酒浸りの人。どっちが凄いのか分からなくなってきたぞ……」
「何言ってるのキャリバン。酒浸りでセンパイに迷惑かけるオジサンには凄い所なんて欠片もないよ。あったとしても見間違いだよ」
「相変わらずロック先輩に対して風当たり強いなカルメは……」
気弱なカルメが毒舌を吐く数少ない男、ロック。
ある意味稀有な存在かもしれないが、よく考えると来年度から副団長になるのなら個室が貰えてロック先輩の隣からオサラバ出来る筈だ。
なんと愚かな、何故その発想にもっと早く至らなかったのか。
つまりこのおっさんと一緒にいる時間がこれから減るというのだ。
めでたい、この任務は極めてめでたい話だ。
そう思うと一気に活力が湧いて来た。
「――ところでセンパイ。センパイは班長クラスに混ざって村長さんから今回の事件のあらましを聞いたんですよね? どんな感じなんですか、状況は?」
そう言いながら、カルメはちらりと町を見やる。
起伏が多く地形を利用した通路と階段の多い村の中は、人の往来が少ない。特に女性や子供はまったく見ていない所を見るに、家の中にいるのだろう。一部の家からは織物を作る規則的な木音が聞こえてくるが、これが平時とはカルメ達も思っていまい。
「まぁ、見ての通り村人の皆さんは警戒心を露わにしてる。ただ、俺らを警戒してるんじゃなくてオークを正しく警戒してるみたいだ」
「はぁ……にしても解せないと思わないっすか? なんたってこんな高所にオークが住んでるのやら。旨味がないでしょ、旨味が。その辺も含めて聞きたいっすよ先輩」
「ん……明日には話すことだし、まぁいっか」
俺はこの後輩たちを信用してるし、仮に少々話が漏れたところでさしたる支障も発生しないだろう。俺は今回の件について話をする事にした。危機意識低すぎとか言わないでくれ。本当にさしたる支障のない――というかぶっちゃけ高確率で「しょうもなっ!」ってなる話だから。
「数日前に、オークが村に現れたそうだ。肥沃でもないし空気も薄いこの山に。理由は不明だが、まぁ山から川沿いに下れば獲物もいるし、全くオーク向きでないという程過酷ではないな。あいつらどこでも住むし」
「ふむふむ」
「話が逸れたけど、ともかくオーク自体は現れた訳だ。そして奴らは信じられない事をした」
「と、言いますと?」
「俺たちはオークだ、と自己紹介したそうだ」
「「「……はぁ?」」」
ロック先輩を含む三人が、一斉に首を傾げた。
――事のあらましを説明しよう。
ともかく、そのオークは共通言語で俺たちはオークだと名乗ったのだという。
そして村を襲われたくなければ金目の物を出せ、と要求してきた。
村人たちは色々と悩んだ。
しかし、土着信仰の名残か彼らは宗教的な教えを多く持っており、その中に「武力によって物事を短絡的に解決してはならない」といった教訓があったそうだ。その辺のバックストーリーは長くなるので割愛してもらったが、ともかく元来人と争うことを滅多にしない彼らは、お人好しにも金目の物や、後から思いついたように要求される物品を無理のない程度に差し出したのだという。
まぁ、一旦要求を呑むというのは賢明な判断だ。断れば報復に何をされるか分かったものではない。なにより彼らはオークの事は詳しく知らずとも、「粗暴な亜人の魔物」だとか「見つけたら騎士団にご一報を」といった断片的な知識を持っていた。よってその場は下手に出て、王国経由で騎士団にオーク被害発生の一報を送ったのだ。
その上で彼らは冷静に女子供や老人を村から出さないようにし、次のオークの襲来に備えた。パニックも起こさず、下手に反撃にも出ない。驚くほど理性的な人達である。
が、一つだけ残念な事があるとすれば。
『……村長さん』
『何ですかな、ノノカ教授』
『あの、とっても言いにくい事なのですが……』
『構いません。若くして人に教える立場にある方だ。私の年齢や立場はお気になさらず』
『そ、そういう事じゃないんですけど……』
ノノカさんが物凄く言いにくそうにしている。俺も実は言いにくいと思っていたのでノノカさんが声を上げてほっとしたくらいだ。周囲の班長、副団長も恐らく同じ気持ちだろう。
がんばれノノカさん、負けるなノノカさん。
人には言わねばならぬ時がある。
『オークは喋りません。声帯……声を出すときに震わせている部分が、根本的に人間と異なります。なので、それ多分オークじゃなくて山賊……じゃないかなぁと』
『……………』
村長は一瞬目を見開き、しばし固まり、そして目頭を押さえて二度ほど首を振ったのち、家の隅で控えていた奥さんらしき人に目配せした。
『……オークを見た者を連れてきてくれ』
『分かりました』
暫く間を置いて。
『こーゆーのでしたか?』
『そうそう、こんな顔でした! で、こう……獣の毛皮で作ったような服を首元や腰に巻いて……』
『ノノカさん、オークって服作るんですか?』
『なくはないですけど……すいません、このスケッチブックにどんな感じで服着てたのか書いてくれます?』
『こんな感じで……』
『これモロに首とか肩とか重要な関節部分を隠すように着てますね。オークの着方じゃないです』
『……という事は?』
『……超々奇跡的突然変異で人間の特徴を手に入れたオークでないのなら……』
『あの、少しよろしいでしょうか。私の見たオークはもっと足元や関節に沢山のしわがあって、こんなにパンパンに張った皮膚じゃなかった気がするんですが』
『それはまた……』
『決まりだな』
『……なんというか、見る目のない村長で誠に申し訳なく』
『いやいや、近所の領主が連絡を徹底しなかった弊害です。村長の負うべき責ではないことは我々保証します』
――といった感じに話が進んだ。
で、結論。
「多分だけど、この村に出たオークはオークの皮を被ってオークのフリをした唯の犯罪者の可能性が極めて高い」
「「「……………」」」
「言いたい事当ててみようか? 『呆れてものも言えない』、だろ」
こうして――余りにも前代未聞過ぎる上に概要を聞いただけで気力の萎える事件が幕を開けたのであった。
「あの、先輩。もうオークだったって事にして斬り殺さないっすか?」
「センパイ。もうオークだった事にして射ちゃいましょうよ」
「騎士がぁ、ヒック。犯罪者を殺したらぁ、それはしょうのないことだよねぃ♪ 事故事故!」
みなまで言うな、俺だって衝動的に犯人を斬りたい。
言わずもがな、殺すのはナシの方向である。
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