第130話 テクニカルな援護です

 嘗て向かった地、クリフィアは断崖の町だった。

 断崖という意味ではこのクーレタリアも近しいものがあるかもしれないが、実際に見て感じた印象はクリフィアとは全く異なるものだ。


 クリフィアの周囲は基本的に荒れた平地で緑が極端に少なく、断崖の周囲を流れていた川を中心にしてやっと人間の住める土地へと開墾された開拓地だ。


 それに対してクーレタリアは、緑は多いがとにかく細長い山が多い未開の地というイメージを受ける。標高がそれなりの為か湿った印象はないが、船から見た景色には平たい地面が殆ど見当たらない。もとより山岳地帯とはそういったものだが、なんというか、平地を生きている人間としてはこんな土地に人間が住めるのか疑問を呈してしまう。


 しかし、風景としては結構な見ごたえだ。王国内ではあまりお目にかかることのない岩山と緑のコントラストは見ていて新鮮だし、水面を揺らして推進する船の中を移動すると風景の見え方も少しずつ変わっていく。

 どこか絵になるこの風景は、昔どこかの本で見た宗国の風景画と少し似ている気がする。本当に珍しく、騎士団で役得である。


 が。


「ここでクルージングなら集客効果ありそうだねー」

「王都から行けるしねー」

「行先で一泊して帰るコースとかかなー」

「いいねー」

「でも雨天と霧で欠航かなー」

「それもあるねー」

「でもこの辺って季節で雨量ガラっと変わるでしょー?」

「そうなのー?」

「そうだよー?」

「おいしい食堂を中にいれてー」

「お土産販売してー」

「顧客満足度あげあげでー」

「コース一人当たり五万ステーラ辺りからー?」

「もっと取れないかなー?」

「最初は安くて後から上げた方が良くないー?」

「値段をー?」

「サービスをー?」

「両方だよー?」

「ウィンウィンだねー」


 近くから聞こえる頭のおかしくなりそうな程途切れない声色の会話が、俺の和んだ心をガリガリと音を立てて削っていく。なんだろう、この脳髄を搔き毟りたくなるもどかしさを催す言語の羅列は。


「船完成したら買えるかが問題だけどねー」

「原理分かったら作ってみようよー」

「えー、作るのー?」

「買ったら高いよー?」

「それもそっかー」

「材料手に入るかなー?」

「班長に相談しよっかー」

「またライくん巻き込もうよー」

「詳しそうだもんねー」

「ライくんって今どこにいるのー?」

「王都じゃなーい?」

「そっかー。任務終わんないと会えないねー」

「じゃあ終わったら聞きにいこっかー」

「終わったら聞きに行こうねー」

(相変わらず眩暈がする会話……お願いだから個室でやってくれ……)

 

 声の主は悪名高きトロイヤ・リベリヤ・オスマン三兄弟である。

 道具作成班の人間だけあって金儲けの話しかしていないが、聞こえないフリをしても無理矢理耳にねじ込まれてくる地獄の会話に早くも俺の任務に対するモチベーションが虫の息である。

 そしてサラリと地獄行きが決定したライには黙祷を捧げるほかにしてやれることがない。連中が引っ張ってこれる人材の中で最適であるのが余計に哀愁を誘う。せいぜいみゅんみゅんで摩耗した心を癒すといい。


 なお、今回の任務にみゅんみゅんは同行していない。

 理由は言わずもがな浄水設備不足だ。

 川も渡れないことはないが、どこぞのファミリヤにされたように鳥に捕まったりデカイ魚に追いかけまわされたら可哀そうだということで王都でお留守番である。


 俺は特大のため息を吐き出し、景観を楽しむ事を諦めて部屋に引っ込むことにした。とりあえずは居心地のいいノノカさんの所にでも向かうか。ノノカさんマジ三大母神。


 なお、廊下を通る途中で機関室に突入しようとするアキナ班長と船の機関士が揉み合いになっているのが見えた。馬鹿な、あの馬鹿力のアキナ班長を数人がかりとはいえ押し止めているだと!?


「見せろ! 中身見ーせーろーーー!! 言わないから、絶対言いふらさないから!!」

「機密です!! 機密ですから!!」

「後生ですからもう諦めて下さい!! これ漏洩したらマジシャレにならないんすよ!! 帝国由来じゃない完全オリジナル構造なんで国家レベルで機密なんですッ!!」

「今だっ! 失礼しまーす!」


 と、アキナ班長が時間稼ぎしている間に大人たちの足を潜り抜けて、好奇心に満ち炙れ過ぎてキラッキラに目を輝かせたブッセくんがスケッチブック片手に禁断の部屋に突入していく。

 ブッセくん、きみはもしかして好奇心が勝ると見境ないのか。


「ああっ!? 俺らが揉み合ってる間に子供が機関室に入り込んだ!?」

「ウチの部下だ!! これは責任を持って保護者兼上司のオレが中に入って連れ戻さねばー!!」

「棒読みッ!? やられた、コイツらグルだ!! おのれ……マルク、モース! ここは任せる! 俺が子供を連れだすまで何としてでも保たせろッ!!」

「へっ、厳しいこと言ってくれるぜ悪友め……!!」

「だが保たせるさ! 末席とはいえ泣く子も慄く元『帝韻堕狼襲てぃんだろす』のメンバー! ライ大先輩の知り合いとてここは譲れねぇぇぇぇーーーッ!!」


 ……あいつライの地元後輩だったのか。

 驚異的な世間の狭さに俺は思わず幸せを燃料に更なるため息を生産した。


 なお、この後「あ、ライ大先輩の更に大先輩の人!」と助けを求められたので取り合えずアキナ班長を捕獲しておいた。ブッセくんはスケッチブックを取り上げられてぶーたれた顔で連行されたが、機関室を離れた後にこっそりと服の中に隠したスケッチの切れ端を取り出してアキナ班長とハイタッチ……もとい、身長の差がありすぎたためハイじゃないタッチをしていた。仲良しすぎる。


 しかしブッセくんが順調に悪の道を歩んでいる気がして不安になったので、取り上げて俺が処分した。そんな悲しそうな眼をしたって駄目なものは駄目です、ブッセくん。そしてそんなに恨めし気な顔してないで反省してください、アキナ班長。あんたいい大人だろ。

 

 そんなこんなで時間を潰しているうちに一日程が経過し、一部船酔いに襲われたり船から転落しかけたり設備をうっかり壊して自腹で修理費を支払わされたりと少々浮かれた馬鹿共が幼児の如く周囲の世話を焼かせながらも、王立外来危険種対策騎士団は目的地に到着するのであった。




 ◆ ◇




 おおよそ、こういった僻地へ向った際にまず確認するのは人里の「成り立ち」だ。

 文化性、歴史、土地固有のタブーやルール。完璧に網羅することは難しいが、こういった認識について知らずにいると、後で大変な事態に陥る事もある。ことクーレタリアは内陸の中でも、周囲の地形から陸の孤島に近しい存在となっていることから、独特の風習がある事は予想されていた。


 村長――ここでは「そんちょう」、ではなく「むらおさ」という言い方が一般的らしい――の家で話を聞きながら、俺は手元の紙にメモを書き込む。普段ならこういった話は予め町村の代表と連絡を取ってある程度纏めた資料が用意されたりするのだが、今回はそれをする暇もなかったらしい。


 クーレタリアは、王国建立以前よりここに住まう少数民族の土地なんだそうだ。南方を中心に存在する土着信仰の一つによるとこの山は神の世界に近しい「霊峰」であり、彼らはそういった信仰から山に住まうようになったのだという。


 その信仰も、過酷な山での暮らしに適応するうちに信仰という形からより生活に密着した慣習に落ちていき、今では変わった風習程度のものとなっているという。あまり複雑なルールだと村に立ち入る人間を制限しなければいけなくなるので、緩いならばその方が助かる。


 現在ではクーレタリアを中心にこの周辺に指で数える程度の集落があり、物流は不作の年を除いて九割程度が自給自足。但し綿栽培・羊牧・染色技術の三点セットが揃った上質な織物が近年注目を浴び始め、今はそれなりに栄えているという。


「とはいえ基本我らは品を作るだけ。山の下に下って商売し、荷物を抱えて山に戻る。故に村の外からお客が来る事は珍しい話でして……騎士という身分も碌に判らん浅学な者が無礼を働くこともあるやもしれませんが、よく言い聞かせますのでなにとぞご容赦を……」


 そう言って礼儀正しく頭を下げる村長のソウジョさん。年齢は五十代といった所だが、絞り込まれた肉体と鋭い眼光を持つ真面目そうな人だ。どうも村長は強くなければいけないのがこの辺の地方の決まりらしい。誤解を招かないように言うと、強いから選ばれるのではなく選ばれたから強くなるといった感じだ。


 この人に逆らうには相当な勇気がいるだろう。事実、窓の外からこっそり様子を見ていた若い人がジロリと睨まれて一目散に逃げ出している。この威圧感、訓練指導をしている時のンジャ先輩に匹敵するな。


 彼が警察で裁判官で、そして最高責任者。そういう社会制度だ。

 しかし、それでも我々余所者に一定の敬意を払う姿勢を見るに、頑固な人ではないのかもしれない。事実、オーク被害が出てから王都に連絡が届くまでの期間が短い。余所者に自分たちのコミュニティで起きた問題を解決してもらうという事に抵抗はなかったのだろうか。


「意外そうですね、そちらの……騎士ヴァルナ殿、でしたか」


 不意に話を振られた。他の面々に聞かず俺に聞いたということは、俺が一番顔か雰囲気に感情を漏らしていたのだろう。一瞬取り繕おうかと思ったものの、結局正直に心境を吐露した。


「……はい。こんな話をするのは何ですが、呼ばれて会ってみると快い顔をされない、なんてことは我々にはよくある事なので」

「左様ですね。我らにも我らの誇りはあります。騎士団を呼ぶことに誰もが頷いたわけでもありません。それでも頼ったのは、あなた方が仕える王を信頼しての事です」

「王を?」

「ええ。あなた方の王は我らの伝統織物を高く評価し、この地に実際に訪れて我らに賞賛と感謝の意を伝えに来た事があります。奥方と共に我らの伝統衣装を身につけられたことも。大国の主として、我らの文化を認める為だけに、この山奥まで来たのです」


 余程印象深かったのか、ソウジョさんは自分の身に着けた民族衣装を指で撫で、過去を懐かしむような表情を見せた。赤や緑のラインを基調としたその織物は、鮮やかな色合いが目に楽しく布地もしっかりしているように見える。


「我らは辺境に住む田舎者です。生活を王国基準に変えるよう強要されればささやかな抵抗しか出来ない。しかしあなた方の王は我らの織物文化を優れたものとして認めた。王に認められた事で、我らの織物は売り物としての価値も得たのです」


 世の中、偉い人ほど態度が尊大で椅子から降りず、上から目線で自分のやり方を他人に押し付けてしまうものだ。そういった意味で、国王は非常に大らかな人だと言えるだろう。


「この山で生きる我らは政治に明るくないが、あの方は誠実で善き王だと思えました。だから、王国の言うオークという野蛮な存在が現れた際、我らは王国の発する情報を信じてあなた方を呼ぶという選択を出来たのです」

「……そうなのですか。であるならば、王の信頼に泥を塗らぬように我々もますます奮起せねばなりませんね」

「ええ、騎士ヴァルナの言う通りです。我ら王立外来危険種対策騎士団は、全力を以てこの事件の終息に当たります!」


 自国の王をこれだけ称えられて、嬉しくない筈もない。

 そしてその期待に応えたいと願うのは自明の理ですらある。

 オーク討伐に騎士としての誇りが重なるのを感じつつ、副団長の熱い一言でオーク捜査が開始された。


 ……なお、その捜査の傍らでヤガラ記録官は珍しく渋い面をしていた。真横で酒瓶抱えたロック先輩が馴れ馴れしくも凭れ掛かっていることに対する不快感ではないらしい。


「ええい、王家御用達の織物生産地となると被害総額の計算に気を遣わねば……」

「ドンブリ勘定でいいんじゃねぃの? パァーっと補填出しちゃえばイイじゃん!」

「馬鹿言いなさんな! こういうのはあくまで原則ルールから逸脱してはいけないんですよッ! ああぁぁぁこれだから計算も出来ない脳みそ筋肉の下品で粗野な酒臭蛮人は……あぁ、失礼。貴方の場合は脳みそアルコール漬けの間違いでしたね」

「ヒュウ♪ 久々にキレのある毒舌にオジサン涙が出そうだねぃ♪ そんな真面目なヤガラくんの手伝いにオジサンも被害計算を手伝って進ぜよぉ~!」

「んえええええええい触るな纏わりつくなこの一本十二万ステーラの高級ペンに薄汚く垢まみれの指でベタベタ触れるでないというか酒臭ぁぁぁぁぁあああああッ!?」


 ロック先輩、その調子で妨害頼みます。

 本人面白がっているだけだろうけど普通にファインプレーです。

 絡み酒が仕事スキルとして成立する騎士団とは一体。

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