第129話 それはきになります
当日――王立外来危険種対策騎士団、エントランス。
「静粛に!!」
聞き慣れた声が王立外来危険種対策騎士団のエントランスに響き渡ると、ざわざわと騒がしかった団員たちの私語がピタリと止まる。一部まだ喋る不真面目な騎士もいたが、周囲が小突いて黙らせた。
「……静粛にと言っておいてなんですが、ルガー団長の時とはエライ違いですね、皆さん」
あまりに聞き訳がいいもので――いや、普段から仕事となると結構聞き訳がいいのだが――ローニー副団長は団員たちを見渡す。普段はこういった状況での発表は形式上の最高責任者たる
そして団長が発表するときはいつでも私語全開どころか団長直々の注意に対して罵声と煽りで応酬する勢いで聞き訳が悪い。
「人徳の差でしょ」
「誰があんなヒゲの言う事聞いてやるかっつーの。金払えよ金、給料に上乗せで」
「言っときますけど俺らひげと副団長ならひげ切りますよ、マジで」
「副団長~、せっかくあのヒゲいないんだから早くお話始めましょうよ」
という訳で、今回の話はサクッと終わりそうだ。
「まぁスムーズに話が進むのは良い事ですけどね……ええと、王都南西にある山村クーレタリア。この村から春になって初めてのオーク目撃情報と被害届が届きました。よって今回はここへ遠征に向かいます。まだ春先ですし、山岳地帯ですので防寒対策を怠らないように」
「王都南西といえば、国内でも有数の山岳地帯であるメデオル山脈ですか?」
「そうです。クーレタリアまでは直線距離では然程の距離ではないですが、騎道車での移動が困難であるため今回は騎道車は使用しません」
この言葉には、流石の騎士たちもざわめいた。
王立外来危険種対策騎士団がオークに対抗できる大きな要因たる足の速さが封じられたとなれば、この動揺も無理はない。
「え、じゃあ移動は徒歩ですか!? うっわ~馬代かかっちゃう~!」
「荷物ギリギリまで削らないとな。あ、土運びどうしよ!」
「ノノカ様に安い馬車など使わせるのはこのベビオンが認めんぞぉぉぉーーッ!!」
「この手の遠征だと俺らより料理班のが優秀そうだな」
「ルート決まってんのかな? 高山病とかヤだぞ?」
「――はいはい、皆さんお静かに! ちゃんと移動方法は確保してありますので、まず説明を聞いてください!」
で、また私語がさーっと引いていき静かになる。後ろの方でンジャ先輩とセネガ先輩が「斯の至恭至順ぶり、人徳の成すもの也」「ひげジジイ全然人望ないでやんのープークスクス、と申しております」「強ち誤りに非ず也」とか言ってすぐ沈黙した。本当に人徳の差である。ヒゲざまぁ。いなくても貶されるヒゲマジざまぁ。
「メデオル山脈へのルートですが、山脈から王都の近くを通るギャラクシャス川を船で移動します! 今回はなんと王立魔法研究院の試作開発中だった大型パドルシップを試運転がてら貸してもらえる事になりました!もちろん積載量の問題があるので無駄は省いてもらいますが、遊覧船を想定した試作船なのでそこまで厳しい移動にはならないでしょう!」
「ぱどる……」
「しっぷ?」
聞きなれない外来語に大半の騎士が首を傾げる。
移動が楽だというのはいいニュースだが、何故楽になるのかいまいち察しきれていない。それもそのはず、ギャラクシャス川は山脈から流れているので、船で行こうとすると流れを逆行しなければいけない筈だ。
しかし、幸いにしてこの騎士団には見た目にそぐわず外来語に詳しい騎士がいた。その名も悪名高き道具作成班の班長アキナである。
「パドルシップ!? パドルシップだと!? まさか魔導エンジン搭載型の最新型パドルシップなのかぁぁぁ~~~~ッ!?」
「アキナさん、パドルシップって何ですか!? 僕もう未知の予感にワックワクです!」
「俺もワックワクよ! いいかブッセ、パドルシップってのは別名『外輪船』っつってなぁ! サルでも分かるように簡単に言うと両サイドにくっつけた水車みてーな輪っかを回転させて水を後方に押し出す事で風に頼らず推進力を得る次世代船なんだよ!」
「成程! 原理自体はすっごく単純ですけど実用化するには動力が足りなかったんですね! それを魔導エンジンで補ったと! じゃあマストもういらないんですか!?」
「いらん! 邪魔だ! 革命的発想!!」
「み……見たいですぅぅ~~~ッ!!」
「俺もだぁぁぁ~~~~ッ!!」
話を聞いただけで瞬時に原理を理解したブッセくんって実は滅茶苦茶頭いいのではないだろうか。周囲そっちのけで技術屋二人はきゃっきゃと子供のようにはしゃいでいる。片方本当に子供だけど。
「え~っとまだ話の続きがあるんですけど……ま、アキナ班長が人の話聞いてないのはいつものことかな。ということでザトー副班長、いつものように後で彼女に説明お願いします」
「いつものように諾々と了解しました」
こうして、驚くほどスムーズに王立外来危険種対策騎士団は出立した。
ちなみにザトー副班長とローニー副団長はプライベートでは非常に仲が良い。同じ苦労人気質、シンパシーを感じるらしい。まぁザトーさんは妻も子もいないので格差はあるけど。
◇ ◆
騎士団本部にはその敷地の端に畑が存在し、その畑で収穫された新鮮な野菜は騎士団の食堂に提供されている。その野菜をふんだんに使ったパスタに、俺は舌つづみを打っていた。周囲にはいつもの面子である後輩のカルメとキャリバン、そして今日は珍しくフィーレス先生なんかもいる。
「ん~! 王都の店もいいけどやっぱり騎士団食堂の方が一枚上手よね~!」
「料理班の皆さんもここではちょっと凝った料理出したがりますよね」
「パスタって凝ってるんすか?」
「茹でるのに沢山お湯がいるから、遠征中はちょっと作りにくいんじゃないかなぁ?」
ちなみにこの野菜を育てるのに一役買っているのが、なんと我らが怨敵オークである。というのも、畑の野菜には浄化場でいい感じに解毒、発酵されて土に還った栄養満点オーク肥料が惜しげもなく提供されているのである。
ちなみに肥料になっているのは偶然で、システム開発をしたノノカさん曰く無毒化システムを適当に弄ってたら出来たそうだ。昔に書いた論文を基にしたシステムなので本人的には過去の遺物みたいだが、普通にすごいぞノノカさん。
「商品化とかしないんスかね?」
「無理……」
「あ、トマ先輩」
道具作成班の寝る精密機械、トマ先輩が殆ど寝ている顔でお盆を手に近くの席に座った。アキナ班長とブッセくんが盛り上がりすぎて普段寝ているテリトリーを追われたのだろう。まぁカルメも「遊覧船に乗るなんて初めてです~♪」と浮かれていたが。
「あの肥料、オーク殺した分しか作れないから、生産性最悪……質が良くても大規模農業には絶望的に足りない……」
「そっか……まぁ確かに、一度に仕留めるオークの数は多くとも1年平均で考えるとそこまでの量でもないもんな」
「あと……オークの死体を発酵させた肥料とか、イメージ最悪だから……」
「ちょっと、今まさにそのイメージ最悪の肥料で作られたパスタ貴方も食べてるじゃない?」
「もぐもぐ、もぐも……ぐぅ……」
「寝た……いや、寝ながら食べてるっす……」
流石、大抵の仕事を寝ながらこなす男。
しかも意外と綺麗に食べた挙句口元の汚れをナプキンで拭っている。
本当に寝てんのか疑わしいなこの人。
「にしても、今回のオークは気になるっすね~」
「ああ、被害の事か。確かに、オークが食物を狙うのは被害の基本中の基本だが……家財に貴金属まで盗むってのはなぁ?」
「ノノカさんにはもっと詳細な被害資料が届いてたんですけど、その、下着とかまで盗まれてたとか……」
気まずそうに身じろぎしながらカルメがぼそぼそ言う。
それが本当なら、やはり今回の事件はどうにもおかしい。
オークは野生生物だ。道具を扱う知性もほんの少しはあるので、人間の道具とか物珍しい品を盗んでいくことはあっても、やはり基本は食料奪取が最大の目的である。ところが今回村から伝えられた被害リストには、そんなオークが狙いそうもない家財や貴金属などの品が記載されていたのである。
「なんだか人間の真似事してるみたいね。そのオーク」
「オークが人間の真似なんかするんっすかねぇ?」
「ない訳じゃないらしいが、ともかく行って調べない事には判然とせん」
群れの規模自体はそう大きくないようだが、なかなか傾斜のきつい山を拠点にしているらしいので少しばかり下準備が大変そうだ。まぁ、オークの生態の謎を紐解きつつも気持ちよく新年度を迎える為にいつものように戦えばいい。
「捕まえてノノカさんの実験材料にして、残りは畑の肥やしにでもなってもらうか」
「先輩、言葉だけ聞くと完全に悪の組織の人間っすよ……」
「この時期に肥やしだと、夏野菜たちに栄養を吸収されますね! マメにナスにキュウリにカボチャ……後は、スイカとかですか?」
「スイカは確かに畑にできるけど、果物だろ?」
と、キャリバンが尤もなことを言った――と思ったらフィーレス先生が待ったをかける。
「何言ってんのキャリバンくん? スイカは木に生らないから野菜よ!」
「えー! その理屈だとメロンもイチゴも野菜じゃないっすか!」
「当然よ。野菜だもの! ねぇヴァルナ! 貴方、弟弟子でしょ!」
「さらっと姉弟子の権威を振りかざしてきた!? えーと、その辺の分類は国によって違いますから! 王国だと果物分類になってるんで、誰が間違ってるとかじゃ……」
「ぶっぶー。姉弟子に口答えしたのでマイナス十点です」
「その点数に一体なんの意味がッ!?」
「うふふ、冗談よ。過剰に反応しちゃって可愛いわね♪」
くすくすと笑うフィーレス先生は、キツそうな人に見えて意外とからかい上手だ。
それがまたファンたちにはたまらないらしいが、姉弟子の立場を利用するのは素直にやめて欲しい。
ちなみに去年スイカ栽培に挑戦した騎士団は、収穫時期ぴったりに野鳥たちにスイカをほじくられるという失態を冒してあえなく敗北している。今年はリベンジマッチということでいろんな農家さんから聞いた対策を以てして迎え撃つそうだ。
人もオークも食べ物に執着する。
こればっかりは、生きている以上永遠に抜けられない宿命なのだろう。
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