第八章 春と進歩と憂鬱と

第128話 若さ故です

 春、それは出会いと別れの季節。

 草木には花が咲き誇り、眠っていた生命たちが地上に戻り、そして人は春に組織の再編を行う。何故春なのかは知らないが、だいたいそうなっている。別段それに不満もないなら理由の分からない慣習も受け入れるべきだろう。


 まぁ、王立外来危険種対策騎士団に於いて覚えのない出来事があると必ず裏にひげジジイが絡んでいると邪推され、そしてその邪推の九割半は真実である。ジジイ自重しろ。


 さて、冬眠から目覚める生物の中には当然にっくきあのオーク共も含まれている訳で、この時期になると騎士団より各地にオークへの注意喚起と目撃情報提供のお願いが通達される。この通達というのが曲者で、注意喚起の情報は指示として各地の大貴族だの領主だのに行くのだが、我らが騎士団が出来るのはあくまで指示の内容までなのだ。


 具体的には、騎士団の要請で議会を通るので騎士団自体は動かないし、動くだけの予算と人員もない。お役所仕事と言うことなかれ、実行しようとすれば全国行脚なので連絡だけで三か月はフル稼働するハメになるのだからオーク退治の仕事が出来なくなる。


 一応議会の定めたルールでは各自治体から小さな村まで人の住む場所ならば余すことなく必ず資料などを配布するようにという事になっているのだが、紙代と労力をケチったボンボンどもがなぁなぁ程度で仕事をするので毎年必ず漏れが出るのである。


 また、この国は地方になればなるほど識字率も教養の度合いも下がっていたりと王国のトップ基準についていけない人も少なからず存在する。仮に奇特な領主がメッセージを伝えたとして、その内容や危険度を理解できないというパターンも出てくる。また、例年メッセージは来るが「今はまだ」オーク被害がないから事実上の無視、なんて事もあって大変だ。


 ……という問題を、俺は副団長補佐の仕事をするうちに知った。


 そう、後から知った。俺はてっきり現場にこそ真実があるものだと思っていたが、机に齧りつきになることで見える真実というのもあるものだ。要するに、この国からオークが消えないのは各国民の無意識の怠惰にもあるのだ。

 という感想文を副団長に提出したら、若いね、と苦笑いされた。確かに青二才だけれども。


「ま、現実はそんなものですよ。注意喚起して万事解決するならば、法律が出来た時点で理論上犯罪者が地上から消える訳ですし? 理論は得てして現実から乖離するものです」

「ンなこと言ったってオークの危険性も分からないってのは呑気に過ぎるでしょ!」

「実物を見たことがないのに恐怖を実感しろというのは難しい事です。前のクリフィア自警団なんてオークの危機を見た上でも勝てると思っていたのですよ?」

「そりゃ! まぁ……」


 冷静な反論に俺が抱いたのは、そういや俺も「実物を見た事のない連中にオークの怖さは分からん」とかしたり顔で言ってたな、という自分を恥じる思いだった。これは恥ずかしいブーメランである。実感こそ難しい事だなどと自分でとっくに分かっていた筈なのに。これが副団長の言う若さか。


「……まぁ、実感が湧かないのにはもっと直接的に、オークが森林や野山を好むのも要因ではあります。人間はこの王国を狭く思いがちですが、実際には人間の住んでいない範囲のほうが圧倒的に広い。そして、そういった手つかずの環境は必然的に大都市の活動範囲から外れた場所になる」

「それこそ本末転倒でしょ。注意喚起の必要性が薄い都会にばかり情報が出回り、より危ない筈の地方に情報が回らないとか……何か手はないんですか?」

「ありますよ。膨大な人件費と消費される時間に目をつむれば」

「そもそも議会が手伝えば!」

「議席全体に対して王立外来危険種対策騎士団の味方と呼べる人間の割合はいちごショートケーキの体積のうちいちごの種くらい微量です」


 かなり微量らしい。二言目には金だ権力だとのたまう愚かな人間どもめ、となぜか人外目線で社会を見下したくなった。

 何を議論しても結局はそこにぶち当たる。

 王立外来危険種対策騎士団が大々的に動けないのは、元をただせば派閥争いの煽りなのだ。というか、国王が公正な目をしてくれているからギリギリ外面を保てる程度の締め上げで済んでいるという可能性もある。


「貴方も普段は悟ったような顔をしながら根は熱血漢ですね。ちなみに危機感がない理由には国王の治世の弊害もありますよ」


 と、いつから聞いていたのか執務室にセネガ先輩が入ってきた。


「不敬罪に当たらない範囲で頼むよ」

「不敬だなどと。国王の治世が上手くいきすぎているからこその弊害だという意味です。言葉の端を切り取って人を貶めようだなんていやらしい……」

「勝手に人をセクハラ上司みたいに扱わないでくれたまえ!?」

「先輩、続き」

「む、ねだりますねヴァルナ。まぁ良いでしょう」


 副団長弄りに早々に見切りをつけたセネガ先輩は、手に持った書類をデスクの上で整理しながらつらつらと語る。


「我らが偉大なる国王、イヴァールト六世の治世は世界的に見ても確かなものです。外交は上手ですし、時代に沿った柔軟性や各産業に対する先見の明もある。議会に大幅な仕事を押し付けつつも増長を防げているのも高得点です。おかげで大抵の王国民は、身分差別問題を認識しつつも基本的には治世に不満を抱かない生活が出来ますし、僻地の部族なども生活を王国色に染められることなく生きています。多民族国家としてここまで治世が安定しているのは王国ぐらいのものです」


 特権階級による差別は苛烈だが、それは特権階級のテリトリーに平民が入るから起こる事だ。特権階級と平民は、基本的には生活圏や立場が綺麗に区別されているから、互いに接触しなければそこまでトラブルは発生しない。なにより貴族と平民の間にいる商人の存在感が、身分の壁を絶対ではないものとしている。


 それでも横柄なのはいる訳だが、それを通り越して横暴にまで届くのを看過するほど法律は特権階級の味方ではない。特権階級制度は、落ちる時はあっさり落ちるのだ。だからこそ連中は面子を尊ぶ。……そしてイジメをしても許される環境でだけ人を罵ってくるのである。根性にカビ生えてんのか。


 閑話休題。

 つまりルールと身分を知っていれば平民は不自由なく暮らせるし、権力の腐敗をそうやすやすと許さない階級構造によって王国は驚くべき治安の良さを維持している、というのがセネガ先輩の見解らしい。


「今のところ良いとこずくめに聞こえますけど、それによってどんな問題が生じるんですか?」

「民心が緩むのですよ。王に任せておけばとりあえず生きていけるから、と現状を維持する意識が低下していくのです。王国が長らくオーク問題を抱えながらもそれを解決する方向に向かなかったのは、とりあえずオーク被害を王家が抑え込めているからそれでいいやと思っているからです」


 意識低い系国民、ということだろうか。

 普通に衆愚政治すれすれなので恐ろしい話である。

 言わずもがな意識高い系の国民は特権階級連中であり、連中はオークの引き起こす弊害を認識しつつもそれを解決するのは自分たちじゃないから関係ないと雑事扱いだ。


「王は偉大ですが、すべての問題を万事解決に導ける程超人的な存在ではありません。オーク問題を意識しつつも待遇がそれほど動かないのは、国民からの悲痛な叫びが微量だからです。小さな問題と認識されている事に優先的に時間を割くほど国王は暇ではない、と、そういった所ですね」

「ある意味、現状は奇跡的なバランスで均衡を保っています。オーク壊滅に舵を切るには、王家としてはリターンよりリスクが多いのです」

「つまり王立外来危険種対策騎士団がこれ以上力をつけるには、もっと民意を味方につけなければならない……或いはオークによる重大事件でもあれば風向きは変わるかもしれない。でも、そんなもん起こさせるわけにもいかない、と」

「そういうことですね」

「つまり現状ひげジジイの政策が一番有効って事か……」


 ひげジジイは徹底して民意に騎士団の存在をアピールし、大小問わず味方を作り、継続し、増やす事に腐心している。それは――それは、「態と事件を起こさせて犠牲を以てして存在感をアピールする」という悪魔に魂を売る手段を、あのひげが頭の隅では考えつつも一切実行して来なかったことを示す。


 それは、いいことだ。

 もしそうでないならば、俺は騎士道に則ってこの騎士団を躊躇いなく後にしただろう。潔癖とか若造とか目先の事しか考えられないと揶揄され、後ろ指を指されても、断固そうしただろう。大多数の幸せの為に少数の犠牲を是とするのは、それは正義ではなくただ積極的に妥協しているだけのことである。

 俺は、そんなものは認めない。


「それはそれとして、ひげジジイが正解ってなんか腹立つなぁ……」

「私も時々思います。正しいからといって納得できないのが人間ですよね」


 副団長と二人で、なんとなく脳内に人を嘲笑うひげジジイを幻視しながらうんうん頷いた。なお、セネガ先輩は手元の書類を見つめながらなにやら難しい顔をして顎に指を当てている。相変わらず他人のノリには乗らないマイペースな人である。


「そういえば俺って副団長にされるんですよね? じゃあローニー副団長はどうなるんです?」

「ああ、それなんですがね。どうも副団長の役職に一つ上の役職が出来るらしく、降格だけは免れそうですよ。次の人事発表で副団長という呼び名と別れるかもしれないと思うと、苦労ばかりだったとはいえ一抹の寂寥感がありますね」

「……副団長。どうやら部隊人事発表を前に、最後の一仕事が舞い込んだようです」


 ――こうして、王立外来危険種対策騎士団の春の平穏は終了した。

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